聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
蛍子、幽助、そしていつもの騒がしい日常。
海外土産を配り、不良教師を懲らしめ、新学期は平和に始まる――はずだった。
しかし放課後、蛍子から告げられたのは。
君は、小宇宙を感じたことがあるか!
新学期になったからって、朝から学校へ行きたい気分になるわけじゃない。
もう少し休みたかった。帰国して、荷物を片づけて、制服を引っ張り出したら新学期。
ギリシャも北欧も楽しかったけれど、日本の自分の部屋でだらだらする時間だって必要でしょう。
聞き慣れた声に振り向くと、蛍子だった。
「お、蛍子。おはよー」
「沙織! アンタ、急にいなくなったと思ったら海外に行ってたって!?
ものすごく心配したのよ! あんなことがあって……!」
あ。まずかった。
私にとっては、帰ってきたからもう大丈夫、で済んでいる。でも、倒れたところを知っている友達には、それじゃ済まないのよね。顔を見るなり文句が出るくらい、心配してくれていたんだ。
神の機工がどうなったかを通学路で説明するわけにもいかない。ひとまず、ちゃんと元気なところを見せておこう。
「あー、うん。ギリシャで親戚とひと悶着あって、そのあとは北欧で避暑地バカンスねー。ごめんごめん」
「はいはいお金持ち、お金持ち……」
その言い方なら、いつもの蛍子だ。よかった。
こちらにも用意はある。渡した時の顔を楽しみにして、ちゃんと鞄に入れてきたんだから。
「へえ………じゃあ、この北欧限定激レアお土産はいらないってことか!?」
「よこしなさい!!」
返事より先に手が来た。まだ包みを見せただけなのに。
「ふふふふふ、現金なやつめ」
「もう、相変わらず調子いいんだから! このエセギャルめ!!」
「私のこの完璧なギャルメイクが目に入らんか!!」
「アンタなんて、いいとこ『スケバン』よ!!」
失礼ね。朝から鏡の前でどれだけ手間をかけたと思っているの。スカートもアクセサリーも合わせて、これで完璧だと確かめてきたのに。
言い返そうとして、校内放送に邪魔された。
『浦飯幽助!! 生徒指導室の竹中まで来い!! 逃げるなよ幽助!!』
「あちゃ〜……またなんかやったの? 幽助」
「新学期早々、これだもん……」
学校に着くなりこれでは、蛍子も大変だわ。
幽助の行きそうな場所なら、見当はつく。教室でおとなしく放送を聞いているはずがない。
探してくると言って、階段を上った。
「やっぱりここだった!」
「チッ……何だよ! サボってちゃ悪いかよ!!」
怒られると決めつけているのね。
普通は一言くらい言いたくなるでしょうけれど。
「いんや。別に! はいこれ、北欧土産のチョコ」
「………サンキュ」
途端に声が小さくなった。こういう時、変に照れないで受け取ればいいのに。
蛍子くらい遠慮がなくても、それはそれでどうかと思うけれど。
もう用は済んだ、とでも言いたげにチョコをしまったあと、妙な間があった。
「……………体はもう大丈夫なのかよ。倒れたって聞いてたけど」
こっちも心配してくれていたんだ。
最初にそう聞けばいいのに、とは言わないでおこう。きっと今の一言を出すまでにも、少しくらい迷ったのだろうから。
「まあ、私ほどの女神になればね……完全復活よ!」
もう体の話は出なかった。代わりに、煙草が見えた。
「……何だよ。蛍子みたいにガミガミ説教でもすんのか?」
「いや……そんなお子様向けの甘ったるいアメしゃぶってないで、こっちにしなよ」
内ポケットの箱を出したら、今度は向こうが顔をしかめた。
「げっ……よくそんな重ぇの吸えるな………」
「フッ……メンソールなんぞに逃げるのはガキのやることよ!!」
「へへ……お主も悪よのう」
「火貸して」
「ふぅ〜〜〜〜」
この時点で、何をしに来たのか忘れていたわけじゃない。
ただ、急いで幽助を連れていったところで、竹中先生のお説教が短くなるわけでもないでしょう。
少し話してからでもいい。夏休みの間、何をしていたのかも聞いていないのだし。
そんなつもりでいたら、扉の音がした。
「あーーーッ!! 煙草!!!!」
「げ!! 学級委員長!!」
「げぇっ!! 蛍子!!」
「この不良どもーーーーッ!!!!」
思ったより早かった。探してくると言ったのだから、もう少し待ってくれてもいいのに。いや、待っても戻らないから来たのか。
「ガミガミうるせえんだよ! 俺のお袋か!? お前は!!」
「アンタが行かないと、学級委員の私まで竹中先生に怒られるんだからね!!っていうか、沙織も幽助を探しに行くんじゃなかったの!?」
「いや………ちょっとヤニが切れて……」
「ニコチン中毒の自称女神か……最低すぎるわ……」
「それは俺も思った」
あんたまでそっちへ回るの!?
二人で同じような目を向けて、腹立たしいわね。
こういう時だけ調子を合わせるんだから。
「ええい!! ほっとけ! この腐れ縁夫婦め!!幽助、飛ぶわよ!!」
「おう!!」
◇◇
着地して、ようやく自分が何をしたのか考えた。
四階だぞ。普通、屋上から逃げると言えば階段を使う。
飛ぶわよと言われて、返した俺も俺だが、こいつにはためらいがなかった。
「ふう………やれやれ…………なんとか撒いたか」
「……屋上からノーモーションで飛び降りて無傷とか、どういうカラダしてんだよ」
「あんたねぇ……私が本物の女神だって、最初から言ってるじゃん」
「……童守小のバーサーカー女神……」
「あ? なんか言ったか??」
「いえ何もございません!!」
病み上がりの心配は要らねえな。少なくとも、こっちを睨む目には何の衰えもねえ。
校舎へ戻れば蛍子に捕まる。かといって、このまま帰ったら後でもっとうるせえ。
体育館裏で少しやり過ごすかと思った時、自分の名前が聞こえた。
『へへっ、それで俺は「浦飯の従兄弟だ」ってハッタリかましてやったのさ!』
『それで相手がビビって財布ごと置いて逃げたのか? 悪いね〜。浦飯本人にバレたら殺されるぞ?』
「幽助。あんた、あんな従兄弟いたっけ?」
「いんや、知らね。そもそもお袋に兄弟がいるかも知らねーが……」
少なくとも、俺の名前で財布を巻き上げていいなんて許可した覚えはねえ。
何を勝手に家族を増やしてやがる。文句の一つでも言ってやろうとしたら、隣から先に声が飛んだ。
「おい、お前ら」
「あ? 誰だてめ――って……う、浦飯君と……………城戸様!!!!」
あいつら、明らかに俺より沙織を怖がってるな……。
俺は君で、こいつは様かよ。今まさに名前を使われたのは俺なんだが。
「おかしいな……そんなに怖がられる筋合いはないんだけど。おほん! あなた達、どうしましたか? 何か事情があるのでしたら、私がお聞きしますよ?」
急に声まで変えやがった。
知らねえ奴なら、優しく話しかけてもらったと思うかもしれない。
俺には分かる。こういう顔で丁寧に喋る時のほうが、こいつは怖い。
「ひいいいいいいいっ!!!命ばかりは……いえ!! せめて一族郎党、家族だけは殺さないでください……!!」
「………………」
お前、小学校時代に何をやらかしたんだ。
財布を返せとすら言ってねえのに、話が大きくなりすぎて、殴る気まで失せてきた。
「どうした!? お前たち!! 何をされた!?」
「チッ……岩本!!」
よりによって、こいつか。
こっちの顔を見た途端、嬉しそうになりやがった。事情を聞きに来た顔じゃねえ。
俺が何かしたことにして、怒鳴りつけるつもりだ。
「カツアゲとはな……! 浦飯……このクズ野郎が!!」
ほらな。
いつもそうだ。何をしていようが、最後は俺が悪いことになる。今さら驚きもしねえが、腹が立たないわけじゃない。
「へえ…………クズとは、ずいぶんと大きく出てくれるわね、先生」
「城戸!! お前もだ!! タバコの臭いをプンプンさせおって!お前のような不良娘も、この学校に来る必要はない!!」
「カッチーーーン!あのさ、幽助は何もしてないんだけど?」
「ふん!! 現に今、後ろの生徒たちからカツアゲを働いていた現場を――」
「貴方達……今ここで何があったのか、正直にお話しなさい」
また、あの声だ。
俺まで返事をしそうになるからやめてほしい。さっきまでの軽口とは違う。
黙っていることを許されないような気がする。
「は、はいぃぃっ! こ、この財布は、他校の不良から僕たちが盗んできたものです!!
浦飯君は全く関係ありません!!」
「――だそうよ?」
最後だけ、いつもの沙織に戻った。
これで済めばいいんだが、岩本の顔を見れば、そうならねえことくらい分かる。
間違えたと認めるくらいなら、もっと別の言いがかりをつける奴だ。
「ふ、ふん!! どうせお前が裏で脅してそう言わせているんだろう!!浦飯が犯人に決まっている!!」
「てめぇ、このクソ教師……!!」
「まあまあ。わかりました、岩本先生」
前に出ようとしたところで、止められた。
分かったって、何がだよ。こいつ、今の話を最初から全部聞いていただろう。
ここまで言わせて、職員室へ連れていかれるつもりか。
「分かれば良いんだ!! さっさと二人とも出ていけ!!」
「今からグラード財団の鑑識班に連絡して、この財布を徹底的に科学鑑定させます。
指紋、掌紋、皮膚片、その他諸々……まさかとは思いますが、彼ら生徒の指紋と本来の持ち主の指紋だけが検出されて、幽助の指紋が一切出なかった場合は……。でっち上げによる不当な生徒差別および名誉毀損として、文部科学省、教育委員会、PTA連合、そして所轄の警察署にご注進するということで………よろしいですよね?」
……そういうことか。
俺なら殴って終わりだ。後で何を言われようと、今この場で黙らせればいい。だが、こいつはもっと先までやる気らしい。
正直、途中から知らねえ言葉が増えて、どこまで大ごとなのか分からなかった。ただ、岩本に話をなかったことにさせるつもりがねえ。それだけは分かった。
「ハハハ!! ハッタリを言うな!お前みたいな中学生の小娘の一言で、世界的なグラード財団が動くものか!!たまたま苗字が同じだからって、そんな安っぽい脅しが通用すると思うなよ!!」
おい。やめとけ。
こいつに向かって、それは一番言っちゃいけねえことだろう。
「沙織様に対する、侮辱と暴言……看過できませんな」
どこにいたんだ、お前ら。
体育館の屋根にまで黒服がいる。校舎の角にも、植え込みにも。岩本を囲むには多すぎる人数だ。ひょっとして朝から、俺たちが逃げ回っているのまで見ていたのか。
「あーあ、みんな……出てくるの早いよ〜。まだ泳がせてたのに」
「ま……まさか、本当に……!?い、いや……俺は何も言ってないぞ! ただの指導だ!!」
もう座り込んでやがる。さっきまでの威勢はどこへ行った。
何も言っていないって、俺も沙織も聞いていたんだぞ。そう思ったが、こいつには俺たちの言葉を信じる気も、認める気もねえんだったな。
ところが、沙織のポケットには、俺たちの記憶より都合のいいものが入っていた。
「これ、さっきの『クズ野郎』発言からの全録音証拠ね」
いつから用意していたんだよ、そのレコーダー。
怒鳴り返そうとしていた時には、もう続きを喋らせるつもりだったのか。
止められてよかった気はする。先に殴っていたら、こっちの話まで面倒になっていたに違いねえ。
「な……や、やめろ……! おい、離せ! 俺をどこに連れていくつもりだ!!」
「殺す必要はないわよ。法と社会的制裁の範囲内で、徹底的にね」
「はっ!!」
「………………おい沙織。お前、本物のヤクザより怖いぞ」
「人聞きの悪いことを言わないで! 正当なコンプライアンスの執行よ!さて………それじゃ、大人しく授業に戻りますか!――おっと、竹中先生も来たことだし」
「げ!! 竹中!!!」
まずい。岩本がどうなろうが、呼び出しは消えていなかった。
「幽助ーーーッ!!生徒指導室に来いと言ったはずだぞーーーッ!!」
竹刀まで持ってやがる。あれを見ても平然としているのは、名前を呼ばれていない奴だけだ。
「うわっ、さ……沙織!! 助けろ!!」
「アデュー!!!」
「裏切り者ーーーーッ!!!!」
あの野郎。逃げ足だけは速え。
さっきは俺のために怒ってくれたんだと、少しばかり感心したところだったのに。
礼を言わずに済んだと思えばいいのか。いや、その前に、今こっちへ向かってくる竹中を何とかしろよ!
◇◇
放課後になっても、幽助の声を思い出すと笑いそうになった。
裏切り者はないでしょう。竹中先生の呼び出しを無視していたのは本人なんだから。
岩本の濡れ衣まで晴らしてあげたのだし、あとは自分で頑張ってほしい。
明日、顔を合わせたら文句を言われるだろうな。
その時には、チョコのお礼もまだ十分に聞いていないとでも返そう。
サンキュの一言で全部済ませて、そのあと助けろだなんて、都合がよすぎるもの。
鞄を肩にかけ直したところで、名前を呼ばれた。
「沙織!! 沙織ーーッ!!」
蛍子?
朝と同じように、こっちへ走ってくる。でも、今度は怒っている顔じゃなかった。
「蛍子? どうしたの、そんなに慌てて……」
返事を待つ間にも、嫌な感じがした。泣いている。息が上がって、言葉を出すことさえ難しそうなのに、何かを伝えようとしている。
腕をつかまれた。痛いくらい強かった。
「どうしよう……どうしよう沙織!!幽助が……幽助が、車に飛び出した子供を助けようとして……!!」
子供を助けようとして。そこまでは分かる。分かるのに、その先を聞きたくない。
怪我をしたんでしょう。病院にいるんでしょう。そう続いてほしかった。
けれど、蛍子の顔には、それを待っていてはいけないものがあった。
「……え?幽助が………車に轢かれて…………死んだ……?」
口にした途端、その言葉がひどく場違いに思えた。
今朝、屋上にいた。私の体を心配して、お土産を受け取って、一緒に蛍子から逃げた。
四階から飛び降りて平気だったくせに。さっきまで、明日何を言ってやろうか考えていたのに。
「うそでしょ……信じられないよ……幽助が……!!」
腕の中の震えが止まらない。
どこにいるの、幽助。
ねえ、幽助。
一人でどこかへ行くんじゃないわよ。
今度は私も、置いていかないから。
【アッシュの用語集】
■皿屋敷中学校
沙織ちゃんたちが通う学校。
聖域やアスガルドから帰れば、沙織ちゃんも普通の学生だ。
……普通かどうかについては、少し議論の余地がある。
■雪村蛍子
沙織ちゃんの友人。
真面目な学級委員で、浦飯幽助とは幼い頃からの腐れ縁。
今回、誰よりも早く幽助の事故を沙織ちゃんへ知らせた。
■浦飯幽助
皿屋敷中学校でも有名な不良少年。
口も態度も悪いが、友人が倒れたと聞けばちゃんと心配する程度には優しい。
今回、車へ飛び出した子供を助け――死亡。
……沙織ちゃんがこのまま黙っているとは、俺には思えない。
■竹中先生
幽助を気にかけている教師。
新学期初日から幽助を生徒指導室へ呼び出していた。
幽助。
呼ばれた時に素直に行っていれば、少なくとも午前中はもう少し平和だったと思うぞ。
■岩本先生
幽助を一方的に問題児と決めつけていた教師。
今回、事実確認もせず幽助をカツアゲ犯と断定。
結果、沙織ちゃんの録音とグラード財団の法務・調査体制を敵に回した。
相手が悪かったな。
■グラード財団
城戸家が擁する巨大財団。
科学、医療、教育その他、多岐にわたる分野へ影響力を持つ。
沙織ちゃん。
学校で使う時はほどほどにな。
……今回は正当な証拠保全だから止めないが。
■幽助の死
子供を車から救った結果の事故死。
つい数時間前まで普通に話していた相手が、突然いなくなる。
理屈で納得できる話じゃない。
さて。
沙織ちゃんが、どうするかだな。