聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
ならば、あとは魂を戻すだけ!
しかしエリスが見抜いた幽助の身体には、本人さえ知らない秘密が眠っていた。
さらに沙織は、蛍子と温子へアテナの加護を授け――。
今度こそ、幽助の声は大切な人たちへ届くのか?
君は、小宇宙を感じたことがあるか!
よし、怪我は治った。
棺の中を見れば、授業中に寝ている時と大して変わらない。
呼んでも起きないところまで同じだ。違うのは、本人が上から文句を言っていること。
せっかく治したのに、まず屋根の話をするなんて、元気な幽霊よね。
もっとも、屋根についてはあとで何とかしないといけない。温子さんを雨ざらしにするつもりはないわ。
今は、幽助のほうが先。
戻る体は用意できた。魂もそこにいる。となれば、あと一つじゃない。
私にはすぐそばに頼れる相手がいる。
「エリスママ、どう? ママの力で幽助をサクッと生き返らせそう?」
「ううむ………これは少し難しいな………。我の権能を以てしても、少々厄介な事態になるぞ」
あれ。思ったより渋い返事。
いつもなら、まず私のやり方に一言あるのに。
「えー、なんで? オルフェウスさんやヤンさんは、綺麗に生き返らせたんでしょ?」
「あ奴らは元より小宇宙を操る聖闘士であったからな。魂の器が強固だったのだ。小宇宙を持たぬ一般人の死者を無理やり引き戻すとなると……ちと勝手が違う」
同じようにはいかないのか。
身近に生き返った人がいると、どうしても、できたのにと思ってしまう。
幽助も喧嘩なら強いけれど、聖闘士の修行をしたわけじゃないものね。そこを無視して頼み込むわけにもいかない。
「え? しょ、翔子さん?? エリスって……さっきから誰と話してるの!?」
説明を一つ飛ばしていたことに気づいた。
そういえば、こっちのママを紹介していなかったかしら。私には声を聞くだけでどちらか分かるけれど、初めて見たら混乱するわよね。
「ああ、ごめんね蛍子。言ってなかったっけ? 翔子ママの中には『争いと不和の女神エリス』が同居してるのよ。私にとっては育ての親だから、どっちもママなんだけどね」
「うむ。共に暮らしてもう十三年になるか。人の世の尺度では、なかなかの長さであろうな。……むっ、これショーコ! いま我が喋っておるのだ、無理に表に出ようとするな!」
そこで張り合わないでよ。余計に説明が難しくなるでしょう。
威厳のある声が途切れた途端、いつもの笑顔に戻った。これは翔子ママだ。さっきの抗議を聞かなかったことにする顔まで、よく知っている。
「蛍子ちゃん、夜分に物騒な話で驚かせてごめんなさいね。うちの娘がいつもお世話になってます」
「え……あ……は、はい……」
返事はしてくれたけれど、納得できた顔ではなかった。
私が口で説明するより分かりやすいと思ったのに、実物を見るほうが驚くこともあるらしい。
頭が追いついていないんだろうな。今夜は、それ以外にも驚くことばかりだったし。
『沙織………貴様、あの小僧の気に気づいたか?』
『へ? いきなり念話飛ばしてきて何? 何のこと?』
『はあ…………お前は本当に知恵と戦いの女神アテナなのか? 呆れるほど鈍いな。幽助の気をよく探ってみろ。肉体から魂が離脱して死んでいる今だからこそ、誤魔化しが利かずに分かりやすくなっているはずだ』
見えているだけでは足りない、ということね。
幽助がそこにいると分かって、それで安心していた。口は悪いし、こちらを睨む顔もいつもどおり。
言われたとおり、意識を向けてみる。
『んん……? ……あ。幽助の体の根底から、妙に濃くて禍々しい気配が……これって……』
『そうだ。幽助は人間の皮を被ってはいるが、紛れもなく『魔族の子孫』だ。しかも、魔界でも相当な高位に位置する血筋のな。先祖返りの因子を色濃く残しておる』
へえ……あいつ、そんな家の生まれだったの。
昼間、お袋に兄弟がいるかも知らないと言っていたくらいだから、本人も知りはしないだろう。教えたら、まず何を寝ぼけたことをと返されそうだ。
屋上から飛び降りても平気だったのは、そのせいかしら。いや、それだけで何もかも分かった気になるのは早い。
大事なのは、生き返らせた時にどうなるかだ。
『でも、今すぐ覚醒して暴れるほどではないんじゃない?』
『平時ならばな。だが、我の力を注ぎ込んで強引に蘇生させてみろ。その神気に反応して、眠っている魔族の遺伝子が否応なく強制覚醒を果たすぞ。……ゆえに、我の手は出さん。やめておくのが賢明だ』
なるほど。さっきの渋い顔は、そういうことだったのね。
戻ってきた幽助に、蛍子や温子さんが近づくのは当たり前だ。
二人とも、今すぐにだって抱きつきたいはず。その時の幽助が、相手を見分けられなかったら。
そんな賭けはできない。
『あー……なるほどね。覚醒した幽助が理性を失って、蛍子ちゃんをバリバリ食べちゃうような展開は見たくないしね。わかったわ、ママ』
ここで、念話は終わり。
幽助の血筋について、今すぐ皆に教える必要はない。生き返る道がもう一つあるのだから、まずはそちらを確かめればいい。
本人は、私たちが何を相談していたのか分からずにいる。待たせたわね。結論なら出たわよ。
「というわけだから幽助!! あんたは裏技使わずに、霊界の正規ルートでちゃんと自力で生き返ること!! いいね!? ――あ、そこのぼたんちゃん? 幽助の心臓の方は大丈夫なの?」
「えっとね……肉体の傷は沙織ちゃんの謎パワーで完治してるから、あとは幽助がコエンマ様とお話しして、試練をパスしたら心臓を動かす手筈になってるよん! だから今のところは問題なしさ!」
よかった。私が治したところは、ちゃんと役に立つらしい。
謎パワーという呼び方には言いたいことがあるけれど、今は流してあげよう。
こっちにも知らない決まりがあるのだし、案内人が問題ないと言うなら、ここから先は任せる。
幽助にも、そのくらいは頑張ってもらわないと。
「あの……沙織……。本当に、本当にそこに幽助がいるの……? 声も姿も、全然見えないんだけど……」
「そうねぇ……にわかには信じられないわよねぇ。さっき幽助の怪我を一瞬で治しちゃった沙織ちゃんが、実は超能力者でしたーって言われた方が、まだ納得がいくというか……」
私には、幽助もぼたんちゃんも見えている。だから、普通に話が進んでいるつもりだった。
でも二人には、私が誰もいないところへ怒鳴ったり、勝手に質問したりしているだけなのよね。怪我が治ったことと、幽助がここにいることは、別の話だ。
そろそろ、自分たちで確かめてもらおうか。
「んーーーー。そこまで疑われちゃあ仕方ないわね! よし、お二人にも私の『加護』を授けましょう!」
鞄にあったはず。小さい袋に入れた、フクロウが二つ。
教科書に引っかからないよう取り出して、片方を蛍子、もう片方を温子さんへ。レジンで作った手のひらに収まる大きさだから、持っていて邪魔にもならない。
小学生の頃は、こういうもの一つ作るのも大変だった。
『神の癖に加護の付与すらロクにできんとは何事か!』
あの声は今でも覚えている。エリスママだけならともかく、ヴィーナスも兄さんも加わって、できるまで終わらない特訓になったのだ。
自分で使う力を、ほかの人にも使える形で残す。言うだけなら簡単でしょうけれど、加減を覚えるまでは何度もやり直した。できたと思って見せても、もう一回。今度こそと思って持っていっても、まだ足りない。
おかげで、今では手作りの小物に込められる。
表のお店には出せないけれど、分かる人には分かる品として買ってもらえるようにもなった。自分で稼いだお小遣いが増えるのは嬉しいし、あの特訓にも意味はあったわね。
今夜は商売抜き。この二つは、二人に持っていてほしい。
「えと……これ、キーホルダー……? ……あ……えっ!?」
「うそ……幽助……!?」
その反応だけで、見えたのだと分かった。
目が合っている。今度は、私の指した辺りを探しているんじゃない。
幽助も何か言いなさいよ。さっきまであんなに騒いでいたくせに、急に口が重くなってどうするの。
「よ、よぉ……おふくろ、蛍子……」
「幽助ーーーーーーーッ!!!!」
やっと、直接呼んでもらえたね。
私が代わりに何度いると言ったって、あの一言にはかなわない。さっきから確かめるように私を見ていた二人が、もうこちらを振り返らない。それでいい。
少しだけ、肩の力が抜けた。
「えええええっ!? 霊感ゼロの一般人が霊視できるようになっちゃったよ!? 霊界の道具でもそんなの滅多にないのに!!」
ただの工芸品とは失礼ね。形を作るところから、結構手間をかけているのに。
まあ、知らずに見ればキーホルダーだもの。驚いてもらえるなら、作ったほうとしては悪い気はしないわ。
「ふっふーん! 私の加護は『戦いと知恵の加護』だからね! 戦うためにはまず敵が見えないとお話にならないでしょ? ついでに知恵の加護も付いてるから、頭が冴えてテストの点数も上がるはずよ!」
「あんだとコラァァッ!! そんな便利なもんがあるなら、なんで俺にもくれなかったんだよ沙織!!」
あら、もういつもの調子に戻った。
せっかく二人と話せるようになったんだから、先に言うことがあるでしょう。それに、その文句は受け付けられないわよ。
「は? 何言ってんのよ。幽助にはだいぶ前にあげたじゃない。今もカバンに付けてる、あの青い鳥のキーホルダーよ。あれに知恵の加護を仕込んでおいたから、一学期の期末テスト、理科の点数が奇跡的に12点から68点に跳ね上がったでしょ?」
ちゃんと付けてくれていたから、気に入ったんだと思っていた。まさか、今ここでもらっていない扱いをされるとは。
青い鳥を選んだのも、覚えているわ。あまり可愛らしすぎるものだと、こいつは嫌がりそうだったから。あげたあとで外されていないか、少し気にしたくらいなのに。
「あーーーッ!! あの時、絶対にカンニングしただろって竹中に職員室で半日問い詰められた、あの事件!?」
「そうそう、あれあれ!」
「あ、あれ沙織の仕業だったのかよ! おかげで俺、容疑者扱いされて散々な目に遭ったんだぞ!!」
急に点数が上がったのは確かだけれど、六十八点でしょう。満点でもない答案で、そこまで疑われるとは思わなかったのよ。
私だって、渡す時にいちいち御利益を説明したくなかった。これを持てば少しは勉強が楽になるから、なんて言ったら、馬鹿にするなと返してきそうじゃない。
黙って役に立っていれば、それでよかったのに。
「でもおかしいのよねぇ……」
「あ? 何がだよ?」
あの結果だけは、ちょっと気になっていた。
効いていないわけではない。十二点から六十八点なら、十分に変わっている。
加護を込めるところで失敗したとは思えなかった。
「私、あのキーホルダーには『知恵の神』としてかなり高出力で強力な加護を込めたはずなのよ。普通の知能の人間が持てば、一夜漬けでも満点余裕で取れる設計にしておいたんだけど……」
言い終える前に、蛍子と目が合った。
あ。同じことを考えている。
「……ってことは……幽助の地頭が、それほど壊滅的に馬鹿だったってこと……?」
「そうね……。アテナの知恵の加護をもってしても、68点まで底上げするのが限界なほど、救いようのない大馬鹿だったってことよ」
うん。その顔よ。朝、私と蛍子に言い返していた時も、そんな顔をしていた。
私は自分の出来栄えを疑うつもりなんて、少しもなかった。たぶん、その態度も気に入らないのだろう。大きく口を開けるのが見えて、蛍子と並んで次の言葉を待ってしまった。
「てめぇら……! 人が死んでる通夜の席で、揃いも揃って言いたい放題言いやがってぇぇぇぇッ!!!」
今度は蛍子にも聞こえている。温子さんにも、ちゃんと。
もう私が代わりに伝えなくていい。
あとで落とさないように、鞄に付けておいてもらおう。幽助が戻るまで、何度でも顔を見て、文句を言い合えるように。
さあ、幽助。怒る元気があるなら、その調子で試練も片づけてきなさいよ。
帰ってきたら、次は七十点を目指しましょうね。
【アッシュの用語集】
■エリスの蘇生
争いと不和の女神エリスが持つ、死者へ干渉する権能。
オルフェウスやヤンのような、小宇宙を扱える強靭な魂なら比較的安定して蘇生できる。
ただし幽助の場合、事情が少し違った。
無理にやれば別の問題が起こるらしい。
便利だからと何でも使えばいいわけではない、ということだな。
■幽助に眠る魔族の血
幽助の身体の奥深くに眠っていた、人間とは異なる気配。
本人はまだ何も知らない。
エリスによれば、かなり高位の魔族に連なる血筋らしい。
今すぐ詳しく調べる必要はない。
……だが、いずれ無視できなくなるだろうな。
■霊界の正規ルート
幽助が本来の手順で生き返るための方法。
肉体については沙織ちゃんが修復済み。
後は幽助自身が霊界の試練を突破すればいい。
自分の人生だ。
最後の一歩くらい、自分の足で帰ってこい。
■アテナの加護
沙織ちゃんが自分の小宇宙や権能を、他人にも利用できるよう加工したもの。
今回は手作りのフクロウ型キーホルダーへ付与。
持っている者には霊的存在を認識する力と、知恵に関する補助が与えられる。
神具というより手芸品に見える?
本人が作ったんだから、それでいいだろう。
■フクロウ
古くからアテナを象徴する動物。
今回は蛍子ちゃんと温子さんへ渡されたキーホルダーの意匠にも使われた。
これによって二人も幽助の姿を直接見られるようになった。
幽助にとっては、下手な神器よりありがたい品だろうな。
■知恵の加護
文字通り、思考や学習を補助するアテナの加護。
沙織ちゃん曰く、普通の人間なら一夜漬けでも満点を狙えるくらい強力らしい。
幽助の理科?
12点から68点。
…………。
加護は正常に作動しています。