聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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ついに届いた、海皇からのまともな指示!

歓喜するカノンたちをよそに、ソロ家では海皇の三叉矛が公開されようとしていた!

しかし――。

沙織、まさかの神器接触!?

そしてジュリアンの目に映ったものとは!

君は、小宇宙を感じたことがあるか!


海皇覚醒!? ジュリアンが見た神々の真実

「うーん……昨夜は、侍女に抱きついたり謎の叫び声を上げたりせずに眠れただろうか……。……む?」

 

枕元で画面が点滅している。

 

見たくない。起き抜けから、また覚えのない行動を突きつけられるのか。

昨夜の記憶を確かめる。岬に光を見つけた。バイアンに調査を命じた。寝室に戻った。

 

その後は眠ったはずだ。

手を伸ばし、端末のロックを解除する。送信履歴が目に入った。

 

 

◇

 

 

件名:無題

 

ジュリアン・ソロの16歳の誕生日を迎えた。任務の進捗状態を報告せよ

 

またか。

 

自分の誕生日について、なぜ他人のように書いている。誰に何の任務を与えた。送信時刻は未明。やはり私の寝ていた時刻だ。

 

返信がある。

 

 

◇

 

 

送信者:セラフィナ

 

現在ヒルダの身辺に潜入成功しております。同盟の条件等、至急指示されたし

 

 

穏やかではないな。この人物とは、どんな関係なのだ。宛先を確かめ、直後の送信履歴へ目を移す。

 

 

 

◇

 

 

件名:Re: 無題

 

我は海の神であるゆえ寒いのは好まぬ

 

「…………なんだ、この返信は」

 

寒いのが嫌なら、暖かい部屋にいればよかろう。

 

相手が求めているのは同盟の条件だ。衣服や暖房の相談ではない。しかも、こちらから進捗を尋ねておいて、この返事か。

 

履歴を遡る。二日前。五日前。一週間前。

 

同じだ。文面を変え、繰り返し条件の提示を求めている。なのに、こちらの返事は侍女の容姿や海運事業の自慢。返答すらない日もある。

 

この状態で、二か月も現地にいるのか。

 

気の毒に。私なら最初の一週間で、指揮を執っている者の正気を疑う。

いや、今まさに疑っている。その正気を失った者が、自分自身かもしれない点には目を瞑りたい。

 

セラフィナ。女性の名だな。女官として相手の身辺へ入り込んでいるらしい。

正体を隠さなければならず、周囲には強い警戒を要する者がいる。報告の表現は簡潔だが、何度も指示を求める理由はわかる。

 

勝手な約束はできない。かといって、何もしなければ叱責される。本人に決めさせるつもりなら、その権限を最初から渡しておくべきだ。

 

どうも腹が立ってきた。

 

誰がこの指揮を執っているのか知らないが、人を使う資格があるのか。現場から届く質問を無視して、神を名乗る余裕はあるとは。

 

任務は同盟と説得。そのための接触を命じられたとある。ならば、相手を脅して従わせる必要はない。守りたい利益を探り、こちらとの協力で得られるものを示せばよい。

 

まずは使者として話を聞いてもらうことだ。

 

素性をすべて明かせば誠実だ、というものではない。自分の身を守る余地は残しておく。相手が交渉に応じるかもわからない段階で、切り札を出し尽くす必要はない。

 

……ここで返事をしてよいのだろうか。

 

私には、この者を動かした記憶がない。

 

ただ、この端末へ助けを求めていることは確かだ。黙って画面を閉じれば、また同じ質問が届く。いい加減な返信を重ねるより、筋を通してやりたい。

 

せめて威圧的な命令は出すな。危険な相手へ不用意に正体を明かさせるな。最初の返答としては、その二点をはっきりさせればいい。

 

 

 

◇

 

 

 

宛先:セラフィナ

 

アスガルドには同盟を持ちかけよ。しかし、決して上から圧力をかけてはならん。あくまで潜在的脅威に対する相互互助を旨とする形で話を進めよ。

 

貴殿の正体については、現時点で告げる必要はない。自らの身の安全を考慮するならば、非力な一介の女官であるという立場こそが有利に働くだろう。

 

我が『使者』である事実のみを告げ、交渉のテーブルに着かせよ。状況が動き次第、また報告せよ

 

送信。

 

「…………送ってしまった……。……まあ良い。筋の通った外交戦略だ。これで現場の混乱も収まるだろう」

 

次に届く返事は、自分で読もう。今度は記憶のある指示なのだ。何を伝えたか忘れたりはしない。

 

端末を伏せ、寝床を出る。

 

さて、父上のお顔を見るのは少々怖い。昨夜は本当に大人しく眠っていたのだろうな、私は。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「む……またポセイドンからのメールか……。いい加減、まともな指示を寄こさぬと胃に穴が……むむっ!?」

 

……待て。

 

最初から読み直す。文末に、ただし余の気分による、などと書かれていないか。

ない。侍女の話もない。寒さへの不満もない。

 

質問に答えている。

 

私の質問に、返事が来たのだ。

 

「どうしたのですか、セラフィナ?」

 

ソレントか。ちょうどよい。これは一人で抱えておく話ではない。

 

「何かあったのん? ポセイドン様からまた『裸エプロンでヒルダに迫れ』とか無茶振りでも届いたのん?」

 

イオ、その口調はどうにかならんか。男に戻った時、元の喋り方を忘れるぞ。

 

いや、今はそんなことはよい。

 

「……違う! ついに……ついに、常識的かつ極めて理路整然とした同盟条件が提示された……!!ゆくぞ、3人とも! 本日これより、ヒルダとの正式な同盟交渉を開始する!!」

 

「お、おお……っ!!」

 

来たばかりの頃は、数日で話をつけて戻るつもりだった。

 

それが二か月。書類の分類を覚え、女官の仕事を覚え、ヒルダの誘いを断る口上を磨く日々。ようやく、その日々に終わりが見えた。

 

ジュリアン・ソロの誕生日を迎え、神としての思考も整われたのだろうか。理由は後で考えよう。この指示なら動ける。

 

抱えていた書類を机へ戻す。交渉前に処理しろと誰かに言われる前に、私室へ向かおう。足取りが軽い。ドレスの裾さえ気にならん。

 

「ヒルダ様……今、少しよろしいでしょうか?」

 

扉の向こうで物音。返事を待つ間、笑顔を整える。女官セラフィナ。非力な一介の女官として振る舞うのだ。余計な威圧感を出してはならない。

 

「あら、3人とも……。……ああ、ごめんなさいね。行方不明になったという貴女たちの友人――テティスさんは、まだ近衛兵の捜索でも見つかっていないのよ」

 

テティス。その件もあったな。

 

どこをほっつき歩いている。無事なら一言知らせろ。こちらは敵国の兵士に捜索を頼んでいるのだぞ。

 

「いえ……ヒルダ様の優しいお心遣い、心より感謝申し上げます。……ところで、今少しだけ、重要なお話のお時間はよろしいでしょうか?」

 

「えっと……これから宮廷医師のアンドレアスによる定期検診があるの。私の体を隈なくチェックされるから、それが終わった後なら大丈夫よ」

 

「承知いたしました。では、検診が終わるまで控えさせていただきます」

 

……なぜ頬を染める。

 

重要な話と言ったのだ。誘いに応じるとは一言も言っていないぞ。薄絹のガウンの襟元を直しながら、こちらの顔を何度も見るのはやめろ。

 

まあいい。二か月待った。検診の時間くらい、どうということはない。

そう思った途端、背筋が冷えた。

 

テティス?

 

この小宇宙は間違いない。こちらへ向かってくる。見つかったのか。それなら都合が――いや、待て。

 

周りの連中は何だ。

 

「セラフィナ……っ」

 

「これは……尋常ではないぞ……」

 

わかっている。

私一人の勘違いではない。ソレントの声が硬い。イオもすぐそばから動かない。

 

テティスを除いて三人分の気配。抑えているのか、輪郭は掴みにくい。なのに、近づくにつれて肌が粟立つ。

 

神闘士クラスか。それ以上か。

 

テティスの気は乱れていない。戦っている様子もない。捕らえられ、抵抗を諦めた可能性はある。何を連れてきた、あの女。

 

「……ヒルダ様」

 

「なーに? ふふふ、改まっちゃって」

 

朝から嬉しそうだな。

 

「その……これから往診にいらっしゃるアンドレアス様は……武芸の心得など、お強いお方なのでしょうか?」

 

「え? 彼は本職の医師よ?まあ……宮廷を守る兵士たちよりは、いくらか小宇宙の心得もあるとは思うけれど……それがどうかしたの?」

 

その評価で済ませるのか。

ここで問い詰めるわけにはいかん。あちらを刺激せず、話を聞ける場所に残る。

ヒルダから離れない理由なら、女官として申し立てられる。

 

「なるほど……。では、万が一の粗相や危険があってもいけませんゆえ、私どもがこの部屋の前で、ヒルダ様をお守りいたしますわ」

 

目が潤んだ。

……何をどう受け取った。

 

「お願いするわ!!! ずっとそばにいて頂戴!!」

 

「は、はっ……!!」

 

手。手が痛い。

 

非力な女官として振る舞えとのご命令、もはや難しくなってきた。握り返せばヒルダの指を傷める。力を抜けば私の指がおかしくなる。

 

海皇様。まともなご指示を頂いたことには感謝しております。

ただ、現場に少々、予定外の者たちが現れました。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

どうしましょう。

セラフィナから、大事な話があるなんて。

 

二か月よ。何度お茶に誘っても、お風呂に誘っても、いつも丁寧にお断り。今日こそ、私の気持ちを受け入れてくれるのかしら。

 

それなのに往診。ああ、時間をずらしておけばよかった。

 

……待って。アンドレアスのことを聞いたのは、どうして?

 

医者に肌を見せるのが嫌なの? だから部屋の前で守ると言ってくれたの?

 

嫉妬。そうよ、嫉妬だわ。

 

あんなに涼しい顔をしていたのに、私が他の男と二人になると聞いた途端、離れようとしなくなるなんて。可愛い。ああ、手を離したくない。

 

検診が終わったら、勝負下着に着替えましょう。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

間近で見ると、いよいよ誤魔化しが利かん。

 

昨夜、屋敷へ入った神気はこれか。ビロードの上の三叉槍。錆も欠けもなく、淡い青が表面に残っている。

 

神の武器だ。

 

どうしてこんな物がある。父親としては、まず沙織を近づけたくない。だが、客人の立場でいきなり危険物扱いすれば、理由を求められる。

 

「うーむ……。古代地中海の青銅器にしては、一切の錆も劣化も見られん。……どう思われますかな、光政翁?」

 

「うむ……。わしが知るギリシャの『聖衣』とも、少々波長が異なりますな……」

 

「聖衣……。あの、世界最高峰のエリート養成機関『パライストラ』の卒業生の中でも、特に選ばれた最優秀の人に授与されるという、あの伝説の甲冑ですな?」

 

「は……はい。左様でございます」

 

義父上、その説明で押し通すおつもりか。いや、他に言いようもないな。今ここで聖闘士と神々の話を始める方が面倒になる。

 

『アイオロス、油断するな。これは間違いなく、海皇ポセイドンの神威だ。まだ封印の眠りにあるとはいえ、うかつに人が触れれば魂を喰われかねない。慎重に扱いな――』

 

エリス。わかった。まず、触れさせなければ――。

 

「へー! 結構カッコよさそうじゃん、これ!!」

 

沙織!

 

「さ、沙織さんッッッ!?」

 

「あ…………」

 

星矢の声と、妻の口から漏れた一声。止める手を伸ばした時には、もう柄を掴まれていた。

 

「な……何をなさるお嬢さん!! 貴重な歴史的遺産かもしれないのですぞ!!」

 

「さ……沙織ィィィッッ!!」

 

「え? あ……」

 

掌へ青い光が走る。引き離そうとする前に、白い小宇宙が膨らんだ。

 

眩しい。

 

一瞬、娘の顔が見えなくなった。次に見えたのは、気まずそうに舌を出す顔と、柄から離れていく手。

 

「ご、ごめんなさい……珍しかったものですから、つい……」

 

つい、ではない。

 

叱りたい。いや、その前に怪我は。手は赤くなっていない。呼吸も乱れていない。表情は、危険な目に遭った者のそれではない。

 

矛の気配が変わっている。

 

先ほどの刺すような神気は消えた。あの一瞬で押し返したのか。無茶をする。どうして、手を伸ばす前に一言聞けないんだ。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

「おはよう、バイアン」

 

「おはようございます、ジュリアン様。昨夜、ジュリアン様が岬に目撃された光の件でございますが……。私が直ちに現地へ赴き地割れを調査いたしましたところ、考古学的にも極めて貴重と思われる、古代の『三叉の矛』が発掘されましてな。現在は当主様、ならびにご滞在中の城戸光政翁たちがご覧になっておられます。どうぞ、こちらへ」

 

「むっ……! なんと……!我が誕生日の夜に、そのような歴史的発見があったとは! すぐに行く!」

 

あの光は遺物から出ていたのか。

 

崩れた遺跡の地下に、そんな物があったとは知らなかった。父上もご覧になっているなら、単なる見間違いではない。私が気づいて、バイアンに調べさせた。その結果が形になったのだ。

 

今朝の妙なメールより、ずっと気分がいい。

 

広間の前で声がした。父上と、光政翁か。何か驚くような発見があったのだろうか。扉を開けると、テーブルの周囲へ視線が集まっていた。

 

「おはようございます、皆様。……む? 朝から何を騒がしくされておられるのですか?」

 

「おお、ジュリアン。おはよう。いや……そのだな……」

 

「ジュリアン殿、我が娘が無作法な真似をいたしました。深くお詫び申し上げます」

 

ああ、またあの娘か。もう少し振る舞いを考えたらどうだ。

 

ただ、今はそれより矛を見たい。

 

「……これが。まるで神話の時代から、時を越えて現世に蘇ったかのような輝きですね」

 

見事だ。

 

古い武器を展示室で見たことはある。これほど保存のよい品は覚えがない。刃先にも柄にも、土に埋まっていた形跡が見当たらない。

 

差し出された白い絹の手袋を受け取る。指を通して皺を伸ばし、父上へ向き直った。

 

「父上、少し触れてみてもよろしいですか?」

 

「うむ、構わんよ」

 

「沙織。貴重な歴史の遺品とは、このように敬意を持って扱うものだ」

 

なるほど。素手で触ったのか。

 

当人の顔を見るのは控え、柄の下へ手を差し入れる。両手で支えれば、不用意に落とす心配はない。思ったより手に馴染む。握る位置も、迷わずわかった。

 

「これは……手袋越しでも伝わる、冷徹で滑らかな手触りだ。傷一つ、錆一つ見当たらな――むっ!?」

 

海。高い。波が、高すぎる。

 

何だ。どこの景色だ。ここは屋敷だぞ。目の前にあるのはテーブルで、父上がいる。なのに、珊瑚の神殿が見える。

 

柱。オリハルコン。なぜ材質がわかる。私はあの柱に触れたことなどない。

 

戦っている。誰と。何度も、何度も。名を知っている。顔も知っている。憎しみも、怒りも、私のもののように湧いてくる。

 

ポセイドン。

 

……私が?海皇の、生まれ変わり?

 

待て。息をしろ。手を離すな。ここで落としたら、あの娘を笑えなくなる。

 

父上の顔を見る。驚かれてはいない。ならば、まだ取り繕える。矛を敷布へ戻す。ゆっくり。刃先を人へ向けず、両手を添えたまま。

 

「……ふむ。これは間違いなく、一族の私有物として独占するには惜しい品ですな。しかるべき国際的な海洋博物館へ寄贈し、一般公開されてはいかがでしょうか、父上?」

 

「そうだな。ジュリアンの言う通りだ。検討しよう」

 

よし。

 

声は震えなかった。言葉もおかしくなかった。今のは収集品の扱いとして、ごく普通の提案だ。

 

手袋を外す。指の感覚を確かめる。何も変わっていない。私の手だ。ジュリアン・ソロの手だ。

 

背後で息を詰める音がした。バイアンの顔が妙だ。何か言いたそうに口を開き、また閉じる。

 

寄贈には反対なのか。発見した者として、手元に残してほしかったのだろうか。その気持ちは後で聞こう。今は私自身を落ち着かせる方が先だ。

 

神の生まれ変わり。そんなはずがない。

 

昨夜のメールと同じだ。海の神だと名乗る文章を見すぎたせいで、頭に残っているのだろう。誕生日の重圧もあった。疲れて、ひどい想像をしてしまったのだ。

 

父上には、しばらく休みを願い出た方がよいかもしれない。

そう考えて顔を上げた。

 

……光っている。

アイオロス殿の身体の奥。金色。礼服を透かして見えるわけではない。なのに、内側にあるとわかる。

 

強い。 怖いという感じはしない。ただ、逆らえばどうなるか、すぐに理解できる。

目を細める。変わらない。

 

バイアンにもある。

こちらは大波を思わせる。整えられたスーツの内側に、これほど激しい力を持っていたのか。面接の際には何も感じなかった。昨夜も、ただ頼もしい側近だった。

 

父上は?

……ほとんど見えない。光政翁も同じだ。

 

地位の高さや財産ではないのか。では、何を見ている。

 

翔子殿へ目を向け、息が止まりかけた。

黒と紫。

 

美しい。恐ろしい。こちらへ微笑んでいる顔と、その内側のものが結びつかない。

 

アイオロス殿より強い。

なぜそんなことがわかるのだ。胸の奥で、知っている、と誰かに言われた気がした。

 

誰かとは誰だ。私の頭の中だぞ。

矛に触れたせいか。

 

先ほど、何かが変わった。それは確かだ。

人の内にある力を見ているのか。人間の、本当の格を。

 

最後に、ジュースのグラスへ視線を逃がす。

 

城戸沙織。

この娘にも力はある。澄んだ白銀。それなりに強いのだろうが、アイオロス殿の金色とは比べものにならない。

 

……む?奥に、まだ何かある。

 

白銀のさらに内側。見ようとした途端、見渡しきれないとわかった。翔子殿の力さえ小さく感じる。

 

何だ、これは。

あの娘の中に、こんなものがあるのか。

 

ない。断じてない。

 

神のような力と、あの振る舞いが、同じ人間の中に収まるはずがない。私の見ているものがおかしい。そう考える方が自然だ。

 

落ち着け。尋ねてみればよい。何もかも自分の中で決めようとするから、わからなくなる。

 

「…………バイアン」

 

「はっ」

 

「君は……『人間の格』というものについて、どう思うかね?」

 

「……は? ……人間の、格……でございますか?」

 

「ジュリアンよ、朝から突然何を言い出すのだ?」

 

聞き方を間違えた。金色の光が見えるなどと言ったら、いよいよ本気で心配される。

今朝、私は一度もおかしなことをしていない。そのはずだったのに。

 

「あ……いえ! 当主様や光政翁をはじめ、この場には世界を動かす格調高き方々ばかりが集っておられると、身に沁みて拝察しておりますが……」

 

助かった。話を合わせてくれたのか。

 

父上と光政翁。社会的な格を問えば、当然、その名が出る。正しい返答だ。私自身、昨夜なら同じことを答えただろう。

 

しかし、私の目には――。

 

「……うむ。そうだな。ありがとう、バイアン」

 

自分の手を見る。ここにも、力がある。

 

矛を握った時に思い出した、あの海と同じものが。

 

……今は考えるな。

朝食を取ろう。父上と話そう。普段どおりに振る舞えば、きっと落ち着く。

 

見るな。もう一度確かめたら、否定できなくなる気がした。




【アッシュの用語集】

■ジュリアン・ソロ

ソロ家の御曹司。

今回、身に覚えのないメールの送信履歴を確認し、現地で困っている相手へ自ら返信した。

内容は極めて常識的な外交交渉の方針。

……うん。

少なくとも、仕事のできる青年らしいな。

■海皇の外交方針

アスガルドに対し、威圧ではなく相互互助を基本として同盟を持ちかけるもの。

使者の身分についても、安全上の配慮から全面的には明かさない方針らしい。

妥当な考えだと思う。

……ところで、それを誰が決めたんだ?

■セラフィナ

ワルハラ宮の首席女官。

今回、待ち望んでいた交渉方針がようやく届いたらしい。

非常に喜んでいるようだ。

部下からの質問に答える。

それだけで、ここまで感激される上司というのも珍しいな。

■三叉の矛(トリアイナ)

海皇ポセイドンを象徴する神器。

今回はソロ家の屋敷に持ち込まれ、歴史的遺物として公開された。

ただし、普通の骨董品ではない。

うかつに触れると危険だ。

……沙織ちゃん。

頼むから、珍しいものを何でも触るな。

■小宇宙の感知

聖闘士などが持つ、他者の小宇宙を察知する能力。

今回ジュリアンは、他人の身体の内側にある力を、光のように認識し始めた。

金色、黒と紫、そして白銀。

どうして急に見えるようになったのか。

気になるところだな。

■アテナの小宇宙

沙織ちゃんが持つ、女神アテナの力。

現在はその大部分を神の機工を抑えるために使用している。

そのため、表面上の小宇宙は白銀聖闘士程度。

だが、その奥に眠る力は桁違いだ。

……本人の言動については、また別の問題として考えよう。

■博物館への寄贈

ジュリアンが三叉の矛について提案した、文化財としての扱い。

歴史的価値を考えれば、実に立派な判断だ。

公共の利益にもかなっている。

……ただな。

それは海皇ポセイドンの神器なんだ。

本当に博物館で展示して大丈夫なのか?
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