聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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聖域へ行きたい!前世もち金持ち、ローマ少年アッシュの野望

 杯座(クラテリス)のアッシュが生まれたのは、イタリアの永遠の都、ローマ。その高貴な家柄と豊かな暮らしは、まさに勝ち組転生者として申し分ないものだった。

 

 朝――大理石の床に、シルクのカーテンから差し込む陽光が降り注ぐ。アッシュの部屋は、コロッセオとサン・ピエトロ大聖堂の屋根が遠くに見渡せる絶景。毎朝、専属の執事が焼きたてのクロワッサンと絞りたてオレンジジュースを運び、庭師が手入れする広大な庭園を見下ろしながら、彼は優雅な朝食を楽しんだ。

 

 そんな彼には、幼い頃から“前世”の記憶があった。平成の日本、寒いアパートで一人目覚ましの音に追われる毎日。あの頃は、何もかもが「普通」で、むしろ何もないことこそが普通だった。だからこそ、目の前の豪奢な暮らしは夢のようで、彼はしばしば胸の奥でガッツポーズを決めた。

 

 この世界は、どこかで見たような――そう、「聖闘士星矢」の世界だと気づいたのは、幼少のある日。父と母が何気なく交わす会話。世界の各地に“聖域”が存在し、聖闘士(セイント)が神話の時代から守護している。親戚の中にも、“青銅”や“銀”の聖闘士の名を持つ者がいた。アッシュは耳をそばだて、胸を高鳴らせながらその話を盗み聞きした。

 

(――まさか本当に、“あの”世界?)

 

 両親は、彼を特別な目で見ていた。幼いアッシュは、物心ついた頃からイタリア語もラテン語も自在に操り、何より“魂”に不思議な熱を感じていた。そう、小宇宙(コスモ)だ。

 

「アッシュ。君には特別な資質がある。いずれ聖域へ行く時が来るだろう」

 

 父の言葉に、アッシュはうなずいた。彼の夢はひとつ、「聖闘士になって、いつか流星拳で世界を救う」こと。そのために毎朝ランニングを欠かさず、剣術や体術の師範から個人レッスンを受け、時に親戚の“お坊ちゃま”扱いも笑顔で受け流した。

 

 家の書斎には、神話や歴史書が所狭しと並ぶ。彼はギリシャ神話の記述から、聖域の構造や各聖闘士の特性まで徹底的に暗記した。前世のオタク的情熱が、今や“自分が主人公”となって燃え上がっている。

 

「小宇宙と札束――どちらも、この両手で掴んでみせる!」

 

 アッシュの毎日は充実していた。世界中の遺跡や聖地を巡る親の仕事について旅をし、各地で聖闘士候補生たちと交流した。ローマの友人たちは彼を「坊っちゃん」とからかいながらも、その頭の良さと物怖じしない態度に一目置いていた。

 

 

 前世の彼は、いつも“憧れ”に手が届かなかった。聖闘士になれるはずもなく、ただアニメや漫画の中で憧れを募らせるだけ。だが今は違う。この世界に生まれ、すべてが現実のものとなった。「本物の小宇宙」を燃やし、伝説の戦士になることができる――はずだ。

 

 だからこそ、アッシュは妥協しなかった。毎日の訓練を欠かさず、時に雇った指導員の無茶な課題にも食い下がった。武術だけでなく、語学、数学、科学。とくに科学と小宇宙の融合――「小宇宙でどう電力を生み出せるか」「クロス(聖衣)は現代科学で再現可能か」といった問題にまで興味を広げた。

 

 家族はそんなアッシュを温かく見守った。使用人たちは彼の命令に忠実で、メイドたちは彼に新しい知識を教えたり、時に愚痴をこぼしたりした。彼の周囲には、常に人の温もりがあった。だが、それだけでは満たされない“何か”が、彼の中でじわじわと膨らんでいった。

 

 

 

 

(アッシュ視点)

 

 

聖闘士――。

 あの幼いころ夢中で読んだ漫画のヒーロー。その修行を「受けたい」と両親に打ち明けた日のことは、いまだに鮮明に覚えている。

 あの朝、勇気を出して両親の前に立った。僕の声は震えていたかもしれない。「ぼく、聖闘士になりたいんだ」と言うと、母は目を丸くし、父は数秒沈黙した。その後、二人同時に僕を抱きしめて泣き出した。

 「アッシュ……お前は本当に……!」

 「なんて誇り高い子なんだ!」

 正直、今思い返すと冷静じゃいられない。息子が死ぬかもしれない過酷な修行に挑むと言って、感動して涙を流して大賛成する両親。いやいや、どういう価値観なんだ。まさか“聖闘士”ブランド、そんなにすごいのか?それともこの世界の親は肝が据わっているのか……。

 でも当時の僕は、両親の手放しの応援に後押しされて、胸がいっぱいになった。「絶対に、立派な聖闘士になってみせる」と心に誓った。

 

 さて、修行先の話である。

 どうせならアンドロメダ瞬やフェニックス一輝みたいに、命がけで辺境に送られるものとばかり思っていた。サハラ砂漠やアンドロメダ島、デスクイーン島……。どれも命に関わるような超難関フィールドだと覚悟していた。

 が、幸運にも僕の修行地は――ローマ市内。

 自宅から車で30分もかからない場所、丘の上の静かな館。

 「聖闘士の修行なんて、どうせ家も家族も文明も捨てて、苦行に明け暮れるものだろう」と思っていた僕からすれば、肩透かしを食らったような気分だった。

 しかし、この“現代ローマ修行”には大きなメリットがあった。何しろ、家に帰ればふかふかベッドもシルクのパジャマも、焼きたてのクロワッサンも待っているのだ。お風呂はお湯が出るし、Wi-Fiも使える。極限環境と縁のないラグジュアリー修行。いや、本当にこれでいいのか……?

 

 そんな僕を出迎えた師匠は、筋骨隆々のイタリア男だった。年齢は五十を越えているが、背筋はピンと伸び、鋭い目が僕を射抜く。名前はルカ。かつては白銀聖闘士だったらしいが、今は“隠居”してローマで悠々自適に暮らしているという。

 最初の挨拶で師匠は言った。

 「坊や、君の覚悟を見せてもらおう。聖闘士になるというのは、並大抵のことじゃない」

 そう言って、まずは“小宇宙を燃やす”ための基本を叩き込まれた。

 呼吸法、体幹トレーニング、地面に正座して一日中動かない座禅。目隠しをしたまま庭を歩く修行。毎日、筋肉痛とアザだらけ。

 しかし、ここはローマ。

 修行が終われば「本日のトレーニング終了だ」と言われて帰宅し、夕食は家族とコース料理。温かいベッドで眠り、翌朝また師匠の館へ向かう。

 正直、辛いはずの修行も、この“ローマの快適な日常”が支えになっていた。師匠は厳しいが、休憩時間には美味いエスプレッソを淹れてくれる。雑談も多い。

 「坊や、聖闘士になるってのは、戦うことじゃない。耐えることだ」

 ルカ師匠の言葉が、なぜか身に沁みた。

 

 それにしても、僕の身体はどんどん強くなっていった。

 前世の知識でイメージトレーニングも完璧、筋トレもゲーム感覚でこなす。何より、“聖闘士星矢”を愛し、いつか流星拳を放つその日を夢見ていたから、モチベーションは絶好調だった。

 時折、師匠は厳しい顔でこう言う。

 「アッシュ、お前は覚悟があるのか? 小宇宙は命で燃やすもんだ」

 そのたびに僕は、「はい!」と大きな声で答えていた。

 ――正直、死ぬほどの覚悟なんて本当はなかったかもしれない。だが、“聖闘士になりたい”その一心で、毎日を全力で駆け抜けていた。

 

 やがて、街には「ローマの奇跡の子」と噂されるようになった。

 僕が公園で走っていると、近所のおばさんが手を振ってくれる。パン屋の娘は「アッシュ、がんばれ」とクロワッサンをオマケしてくれる。

 この街も家族も、みんなが僕を支えてくれる――。

 聖闘士への道は厳しい。けれど、今はとても幸せだった。

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