聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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星が夜空に瞬くとき、運命の階段を登る者がいる――
光と闇、希望と絶望、すべてを胸に抱きしめて。
いま聖域は新たな時代の扉を叩く。
教皇継承の決断、その果てに待つものは、栄光か、悲劇か――

次回――
「星よ応えよ!希望と絶望の階段」

選ばれる者、選ばれなかった者。
小宇宙を燃やし、少年たちは運命を超えていく。

君の小宇宙は、いま、輝いているか――?


星よ応えよ!希望と絶望の階段

(アッシュ視点)

 

 

俺は今、ついに念願の「世界一周出張」のため、アテネ空港発のエーゲ航空便の窓側で機内食を前にウキウキしていた。隣席のギリシャ人老婦人は、「あんた…まさか神話の世界から来たの?」と不審そうにチラ見してくるが、そんなの気にしない。なぜなら今、俺のカバンの中には、教皇シオン直々の“世界出張ミッションパスポート”が入っているからだ!

 

いやあ、ここまで来るの、長かったな…。

今日から俺は、“修行地指導者のトップ”という名の、各地温泉とB級グルメ制覇ツアーの主役だ。どうだ、サガ!アイオロス!見たか俺の出世!世界は広いぞ、胃袋も広がるぞ!

 

……と、思った、その時だった。

 

バリィィィィィン!!!

 

機体がぐらっと揺れる。

なんと、機内の全電源が一瞬でダウン!「どうした!?」とCA(キャビンアテンダント)が慌てふためき、乗客たちは「神の怒りか!?」とギリシャ正教の祈りを捧げ始める。

 

俺は背筋が寒くなった。なぜなら、明らかに“異常な小宇宙”が、遥か遠く、聖域の方角から、ズドーンと押し寄せてくるのが分かったからだ!

 

(やばい…!この感覚、やばすぎる…!え?なにこれ、バグ?バグイベント発生?)

 

機内の小さなモニターに「本日は天候不良のため…」と映し出されるが、違う!違うぞおおお!俺の小宇宙アラートがフル稼働している!

もし今ここで「小宇宙の柱が空を割る」なんてことになったら、エーゲ航空どころか全世界ニュースになってしまうぞ!?

 

(やめてくれよ、やっと“普通の出張”っぽいイベントが始まるところだったのに!俺を巻き込むな、空気を読め、運命の神様!)

 

ふと、スマホを見ると聖衣の量子通信経由で、サガからメッセージが飛んできている。

 

サガ:「……なぁ、さっきから空がバグってるんだが、アッシュ何した?」

俺:「こっちこそ何もしてない!むしろ今ギリシャの空を脱出中だ!」

アイオロス:「アッシュ、落ち着いて。これは“事件”だ。君の仕業じゃないと信じてる…多分」

 

心の中で俺は絶叫していた。

(頼むから、俺がいない時だけは、世界をバグらせないでくれ、聖域ィィィィィ!!)

 

……だが、その願いが、神話の世界で通じるわけがなかった。

 

「これから聖域に“新たな神”が降臨します」とでも言わんばかりの、清らかな鐘の音。まるで、俺の心を嘲笑うような、金色の光の柱が、はるかアテナ神殿を貫いている――。

 

(よし、現地着いたら…速攻で聖域に引き返す準備しとこ……)

 

そして俺は、遠ざかるギリシャの空を見ながら、全力で“次の修羅場の予感”に震えるのだった。

 

――おい!

せめて、三日くらいは世界遺産めぐりさせてくれよな、頼むから!

 

 

 

 

 最初のミッション地は、アルプス山中の修行地。山羊座シュラの後輩がいる、あの伝統と寒さしかない場所だ。現地責任者は筋金入りの「精神論者」。

 「修行は死と隣り合わせでこそ意味がある!」

 ――はい、テンプレ来ました。

 

 俺はすかさず資料を見せてカウンター。「精神論は尊いですが、死者ゼロの方が効率は数千倍です!ちなみに世界ランキング上位五ヶ国の訓練施設は、エアコン・カロリーメーター・心理カウンセラー常駐ですよ」と、サクサク数字とグラフで押し切る。

 最後は、現地のガキ大将たちと一緒にピザパーティー。カロリー補給の重要性を体感してもらい、村長に「次の修行生は全員水洗トイレ付きで頼む」と懇願された。俺の「トイレ革命」は国境も越えた。

 

 次はロシア、カミュの生家近く。氷点下三十度の地で、指導者たちは凍傷で小指が折れても笑ってるタイプだ。

 「痛みを超えると、小宇宙が燃え上がる!」

 ……いいから、せめて手袋しろよ!

 

 俺は、「適切な防寒こそ最大出力の秘訣。医学と物理学に基づくトレーニングメニュー、これぞ現代の常識」とプレゼン。最新のヒートテックを支給し、みんなで「凍傷ゼロ達成」記念写真。カミュの弟分も「今年は指が全部残った!」と大感激だ。

 

 南米ブラジルのアマゾン修行地では、熱帯病のリスクと戦う。虫よけネットを全寮生に配布し、蚊取り線香の小宇宙版まで開発。指導者に「科学こそ、現代の聖闘士の武器です」と講義したら、全員目から鱗の大合唱。

 

 「アッシュ、さすが世界の衛生王!」と村人に持ち上げられ、ちょっと天狗になりかけたが、帰りの飛行機でサガから「調子に乗るな」とLINEが来て反省。

 

 アフリカのナイロビ修行地では、訓練場を「虫食い豆腐まみれ」から「スポーツジム風」に大改装。給水ポイント、シャワー完備!生徒たちの記念すべき「初シャワー動画」が村のSNSでバズったのは、ご愛嬌。

 

 北米の新興修行地は、なぜか半分が「謎のオタク部屋」仕様。俺が乗り込んでVR訓練器具を設置したら、みんな最終的に「小宇宙VRバトル大会」で盛り上がり、今や現地の一大イベントである。

 

 アジア方面の修行地は、各地の宗教施設との兼ね合いがややこしかったが、「宗教は大事に。けど命はもっと大事に」を徹底指導。菩薩像の前でエアコンを直していたら、住職さんに「悟りもいいが、まず快適な座布団」と褒められた。

 

 そんなこんなで、俺の「世界修行地巡業」は、国境・伝統・言葉の壁すら軽々と飛び越え、どこでも大受け。

 「アッシュさんのおかげで死者が出ませんでした!」

 「次世代の聖闘士たちが生き生きしてます!」

 「やっぱりトイレが一番ありがたいです!」

 ……評価基準、トイレ率高っ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サガ視点:降り注ぐ影

 

 

女神が降臨し、聖域が新たな時代を迎えようとしていた。その数週間後、アイオロスと共に教皇の間へと呼び出された時、俺はすでに胸の内にわずかな予感を抱いていた。

 

古き時代の終わり。新しき時代の始まり。

この神殿の石壁が、遥か昔から見届けてきた儀式の、ただの一場面――そのはずだった。

 

だが、あの日の教皇シオンの表情は、今思えば、どこか遠いものだった。

 

「女神は降臨された。この聖域と、幼き女神を導くため、わしはこの座を次代に譲ろうと思う」。

 

静かな声。玉座の前で、俺たち二人は並んで立った。

 

シオン様は、互いをどう思うかを問われた。

アイオロスは、笑顔で言い切った。「サガこそが、次代の教皇に相応しい。彼の力、知性、人望、どれをとっても私などを遥かに凌駕している」。

 

その言葉に、俺の胸は熱くなった。アイオロスの信頼が、心の底から感じられたからだ。

私は、まっすぐ彼を見つめて答える。「いや、アイオロスこそ。その清廉さと、アテナへの絶対的な忠誠心は、何者にも代えがたい。彼ならば、聖域を正しく導くだろう」。

 

二人で笑い合った。その瞬間、俺たちは少年の日々と変わらない、ただの友人だった。どちらかが選ばれるとしても、悔いはない――そう、心から信じていた。

 

だが。

 

「次期教皇は、射手座のアイオロス。お前に託す」。

 

―――世界が、静止した。

 

耳鳴りがした。

心臓が、ひとつ、大きく脈打った。

 

だが、俺はすぐに微笑みを浮かべた。アイオロスの肩を叩く。

「おめでとう、アイオロス。お前なら、立派な教皇になれる。俺も全力で支えよう」。

 

心からの祝福のつもりだった。

アイオロスもまた、私の手を握り返してくれる。その手は、温かい。

 

――友情。希望。信頼。

それを裏切りたくない、と思った。

 

だが、頭のどこか、心の最も暗い底で、別の声が囁き始めていた。

 

(なぜだ――なぜ、俺ではなく、アイオロスなのだ?)

 

自分の力、自分の知識、自分の使命。

誰よりも聖域のため、アテナのために生きてきたつもりだった。

教皇として、全てを受け止める覚悟も、痛みも、己の中に刻み込んできた。

 

なのに、選ばれなかったのは、なぜだ。

 

俺は笑顔のまま、その疑問を胸に押し込めた。

だが、心の奥に巣食う「影」が、確かに息を吹き返すのを感じた。

 

(……違う。俺は、祝福したい。

 心から、アイオロスを支えたい。

 それが、友としての誇りだ。

 この手が、闇に染まることなど――)

 

「サガ、ありがとう。本当に、ありがとう」

 

アイオロスの言葉は、嘘がない。

だが、その清らかさが、今は、どこか遠く感じられる。

 

シオン様は静かに、二人を見つめていた。

そのまなざしが、「選ばれなかった者」の痛みも、「選ばれた者」の重みも、すべて見抜いているようで――私は、その場で崩れ落ちそうなほど、息苦しくなった。

 

(……俺は、間違えない。

 俺は、聖域のため、アイオロスのため、女神のために生きると誓った。

 たとえ、この心が暗闇に引きずり込まれそうになっても。

 たとえ、影がこの身を食い破ろうとも。

 俺は――)

 

いつか、あの光のような友と肩を並べる日が来ることを信じて。

 

その日まで、俺は、俺自身と、俺の中の「影」と、戦い続けるしかないのだ。

 

(どうか、アイオロス――お前だけは、絶対に、その光を失うなよ)

 

涙は見せなかった。

俺は、誰にも気づかれぬよう、静かに、笑った。

 

希望と絶望のはざまで、友情だけを胸に抱いて――

俺は、その日、聖域の未来に、もう一度だけ、賭けてみようと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

その夜、俺は、どうしても誰かと話さずにはいられなかった。

いや、正確には――アッシュと、話したかった。

 

教皇の間を出てから、何人もの聖闘士が俺に声をかけてきた。

「おめでとうございます」「さすがサガ様です」「これからも聖域を…」

どの顔も、満面の笑みだった。だが、その祝福は、妙に遠いものに感じられた。

 

(違うんだ。俺が欲しいのは、そんな当たり障りのない祝辞じゃない)

 

アイオロスが教皇に選ばれた。そのことに納得しているつもりだった。

アイオロスなら、聖域を、女神を、きっと正しい方向へ導いてくれる。

だから、俺が支える。それが、俺の「役目」だ。

 

……そう、思い込もうとした。

 

部屋の明かりを落とし、ベッドの脇に腰かけて、しばらく膝を抱えていた。

胸の奥が、どうしようもなく寂しくて、苦しい。

自分の影が、部屋の隅でじわじわと広がっていくような、そんな夜だった。

 

俺は、ふと、手元の通信機に目をやった。

アッシュが残していった、あの高性能な携帯端末。

――使うな、使うな、弱音を吐くな、サガ。

……でも、ダメだった。

 

(アッシュにだけは、何も隠したくなかったんだ)

 

何度もためらった末、ついに俺は、通信機を手に取る。

ボタンを押す指が、わずかに震えた。

すぐに応答音が響く。数回のコールで、繋がった。

 

「……アッシュ。俺だ」

 

『サガ?どうした、こんな夜中に』

 

アッシュの声。

その、どこか間延びした、だけど真剣な響きが、耳の奥に染み込む。

 

(ああ、やっぱり、話せてよかった)

 

俺は、気がつけば、一気に今日の出来事をまくし立てていた。

シオンが、女神が、そして――教皇の指名のこと。

 

『サガ、大丈夫か。本当に、大丈夫なのか』

 

アッシュの声は、どこか切迫していた。

その問いかけが、俺の胸をきつく締め付ける。

 

(ああ、やっぱり、お前は…)

 

本当は、泣きつきたかった。

「どうして俺じゃなかったんだ」と。

「なあ、アッシュ。お前はどう思う?」と。

 

でも、俺はサガだ。

双子座の黄金聖闘士。

新世代の柱、アイオロスの右腕。

……弱音を吐くことは、許されない。

 

「……ああ、問題ないさ」

 

精一杯、明るく言ってみせる。

アッシュを心配させたくなくて。

俺自身を励ますために。

 

「アイオロスは、少し融通が利かないところがあるが、俺たち黄金聖闘士が支えれば大丈夫だ。聖域は、きっと良くなる」

 

それは、嘘だった。

――気丈な、見え透いた、でも必要な嘘。

 

俺は、アッシュが、電話の向こうで黙り込んでいるのが分かった。

たぶん、こいつにはバレている。

どんな言葉を並べても、アッシュには――

 

『サガ、それでも、無理だけはするなよ』

 

静かな、でも本気の声。

(……ずるいよ、お前は)

 

お前だけが、俺の「弱さ」を知っている。

お前だけが、俺の「闇」を見てくれる。

 

アイオロスは、光の人間だ。

その傍らにいられることは、俺の誇りだ。

だけど、心の底から分かり合えるとは、正直思えない。

俺たちは、違いすぎるんだ。

 

アッシュは、違う。

お前なら、俺のどんな部分も、見捨てない気がする。

 

(なあ、アッシュ。お前は……もし、俺の中に「どうしようもない闇」があったとしても、それでも俺の味方でいてくれるか?)

 

口にできなかった。本音は、最後まで飲み込んだ。

 

「……ありがとな、アッシュ。こうして話せて、助かった」

 

『いつでも連絡してこいよ。何があっても、俺はお前の味方だ』

 

その言葉が、どれほど救いだったか――

言えない。言いたくなかった。

 

(俺はサガだ。俺は、絶対に負けたりしない)

 

電話を切った後、俺はしばらく窓の外を見ていた。

雨が止んで、夜空にわずかな星が見えた。

 

アイオロスのような、誰にも等しく光を与える星じゃない。

小さくて、隠れて、誰にも気づかれない星。

 

でも、それでも、俺の中に灯る光が、まだ消えていないことを信じたかった。

 

 

 

 

翌朝。

アイオロスに教皇の座が託された翌日、俺の前に、カノンが現れた。

 

弟の顔は、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

同情も哀れみも、そこにはない。あるのは、ただ――どす黒い野心。

 

「聞いたぞ、兄さん。老いぼれは、結局あの優等生を選んだそうだな。ならば、好都合だ。今こそ、あの老害と、赤子の姿のアテナを殺し、聖域を、いや、地上を我らの手にする時だ!」

 

あまりに、冒涜的な言葉だった。

だが、それ以上に、俺の心をざわつかせたのは――カノンが当然のように、こう言ったことだった。

 

「アッシュさんが俺たちの味方になるなら千人力だ。アッシュさんなら俺たちの野望にも必ず手を貸してくれる」

 

俺の全身が、瞬間的に逆立った。

 

(何を、言ってやがる――)

 

胸の内側に、冷たい何かが走った。

カノンの言葉が、脳天を殴りつけるような衝撃だった。

 

アッシュ。

あの変人のことだ、実際何をしでかすか分からない。

でも、そんな問題じゃない。

お前は――

「お前は、俺の“特別”だ」

そう思っていた。

 

けれど、カノンの口から、あんな風に「俺たちの味方」なんて当然のように言われて。

俺だけの“光”だったはずのアッシュを、弟にまで奪われたような、そんな奇妙な苛立ちと、不安が湧き上がる。

 

「貴様ッ……!」

俺は、怒りを爆発させた。

 

「その邪悪な心を、これ以上野放しにはしておけん!」

 

抵抗するカノンを、圧倒的な力でねじ伏せた。

スニオン岬の岩牢――波と風しかない孤独な牢獄へと、弟を自ら叩き込む。

 

「いつかお前も気づくはずだ、サガ!お前の本性こそが悪なのだ!偽善者め!」

 

牢獄に消えるカノンの叫びは、耳にこびりついて離れなかった。

 

……俺が悪?

カノンの呪いのような言葉が、胸の奥に刺さって抜けない。

 

(何が分かる。お前なんかに、俺の何が――)

 

イラつく。

カノンは何も分かっていない。

俺が、どれだけ、聖域のために。

女神のために。

アッシュのために。

 

……いや、違う。

そんな建前じゃない。

 

本当は――

本当は。

アイオロスが選ばれたときから、ずっと心の中で渦巻いている、言葉にできない黒い感情。

認めたくない。

カノンに言われたそのままを、認めてしまったら、俺は俺でいられなくなる。

 

(俺は、悪じゃない。俺は、正義だ。俺は――)

 

だけど、

(だけど、本当にそうなのか?)

 

気がつくと、俺はアッシュのことを考えている。

 

アッシュなら、どうするだろう。

アッシュなら、どんな状況でも合理的な解を見つけて、誰よりも鮮やかに道を切り拓く。

俺がいくら悩み苦しんでも、あいつは――

あいつだけは、俺を否定しない。

あいつだけは、俺の弱さも闇も見抜いて、全部受け入れてくれる。

俺の隣で、冗談まじりに笑って、支えてくれる。

 

……そう、信じていた。

 

だけど、カノンの「アッシュさんも俺たちの味方になる」という言葉が、どこか心に刺さって離れない。

 

(まさか、そんなことは……)

 

不安になる。

俺の「唯一の居場所」が、弟の側に行ってしまうかもしれないという恐怖。

アッシュは、誰の味方でもない。

――でも、本当は、誰の味方にでもなれてしまう奴だ。

 

(違う、違う。俺がアッシュの“本当の友達”だ。誰にも渡さない)

 

カノンの牢を背に、俺は拳を握りしめた。

苛立ちと、悔しさと、嫉妬と、得体の知れない黒い感情が、ぐるぐると渦を巻く。

 

「俺は――俺は、お前のようにはならない」

 

その言葉も、カノンの残した呪いの楔を、どうしても抜くことはできなかった。

 

 

 

 

――俺は、双児宮に一人きりで帰った。

 

カノンを岩牢に叩き込んだばかりの拳が、未だ微かに震えていた。憤りか、恐れか、悔しさか――自分でももう分からない。

弟の罵倒は、確かに俺の胸を刺した。

だが、俺は、断じて認めない。

俺は…悪じゃない。

そう叫び続けなければ、何かが崩れそうだった。

 

だが、その夜。

双児宮の闇の中、もう一人の「俺」が、静かに目覚める。

 

(悪サガの囁き):

『……聞こえたか?あれが真実だ。だが、焦るな。いま暴れれば、すべてが台無しになる。我らにはアッシュがいる。彼が帰るのを待つのが、より賢明だ。あの男の知恵を使えば、より完璧な計画が立てられる――そうだろう?』

 

あざけるような、しかし冷静な声。

皮肉にも、アッシュの有用性を全面的に認め、なおかつ今は動くなと自制を促す。

その言葉に、俺の奥底で何かが泡立つ。

 

(善サガの叫び):

『黙れ!俺は、アッシュの影に隠れるために、彼と友になったのではない!彼の改革を、彼の善意を、俺自身の野心のために利用するなど、断じてできん!!』

 

自分で叫びながら、歯を食いしばる。

――それでも、不安だった。

 

俺は、どこかでアッシュに依存していた。

自分の弱さも闇も、何もかも受け止めてくれる存在――

彼がいれば、俺は「正気」でいられる。

彼の合理性に守られて、俺の中の闇を抑え込める気がしていた。

 

だが、それもまた――

「彼の帰還を待って事を起こす」という発想自体が、俺の臆病さであり、他者任せの弱さだと、痛いほど分かっていた。

 

これは、俺自身の問題だ。

カノンの呪いに惑わされるでもなく、アッシュに助けられるでもなく、

――俺自身の意思で、ケリをつけなければならない。

 

シオン様は、なぜ俺ではなく、アイオロスを選んだのか。

俺は、あれほどまでに聖域の未来を憂い、献身し、力も知恵も、人望も――

そう、誰にも負けないほど自分を磨き続けてきたはずだった。

なのに、なぜ。

なぜ、その座が、あの男に…

(……アイオロス……)

 

思えば、アイオロスはいつも「光」だった。

どんな時でも、真っ直ぐで、正義の象徴で――

(正しすぎるんだ、お前は……俺の影の部分を、何もかも見透かすように)

 

俺は、ただの嫉妬ではない、深い諦念のようなものを感じていた。

だが、心のどこかでは――

「俺もまた、誰かの光になりたかった」

その淡い望みを、最後のプライドが必死で守ろうとしていた。

 

答えを求めて、俺は立ち上がる。

自室の窓を開けると、夜の聖域に静寂が満ちていた。

風の音と、星々のきらめき――

ああ、そうだ。

今夜こそ、俺は、真実を確かめるために、動く時だ。

 

俺は、教皇の間へ向かった。

衛兵たちがいる。

「教皇様は、後継者決定の報告のため、スターヒルへ向かわれました」

そう告げられる。

 

スターヒル――

聖域でも、教皇のみが立ち入ることを許された、星々と対話する丘。

 

俺は、禁忌を犯す覚悟を決め、静かにその丘の麓に立つ。

細い石段が、夜空へ向かって伸びている。

振り返るものか。

友との約束も、弟の呪いも、アッシュへの想いも。

――全てを振り切り、今はただ一つの答えを求めて。

 

夜空の星々が、まるで審判のように俺を見下ろしている。

俺は、そっと息を吸い込む。

 

(……これは、俺自身の戦いだ)

 

俺の内で、悪サガが静かに囁く。

『待て、サガよ。アッシュを待つのだ。

アイオロスも、カノンも――

お前の正しさを証明するのは落ち着いてからだ。

己の正しさ、己の闇も、光も。

そのすべてを、いずれ星々の前で謳うために今は耐えるのだ』

 

善サガが、最後の勇気を振り絞る。

『――恐れるな、サガ。お前は、誰よりも聖域の未来を思ってきた。

例えそれが、どんな結果になろうとも、

己の弱さも、迷いも、光も、闇も、

すべてを背負って、この階段を登るのだ』

 

ゆっくりと、石段を登り始める。

一歩、一歩、夜露に濡れた足音が響く。

どこまでも続くように思えるこの階段の先に――

俺が、ずっと探してきた答えがあると、信じて。

 

アッシュ。

俺はもう、お前の影には隠れない。

お前が隣にいなくても、

俺は――俺自身の手で、この闇を、運命を、打ち破る。

 

(星よ、答えを――)

 

夜の静けさの中、サガは己の全てを賭けて、

運命の階段を、天へと登り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アッシュ。

なあ…………頼む。

お前だけは、

俺だけを‥‥………見てくれよ。

 

 




(スターヒルへの石段を一歩ずつ、夜風が双子座サガのマントを揺らす)

悪サガ(心の声)「――やめろ、サガ。まだ間に合う。お前がその階段を登った先に、救いなどない。振り返れ。今なら、まだ全てを失わずに済む」

善サガ(歩みを止めず)「……分かっている。だが、俺は進まなければならない。
苦しみも、悲しみも――俺が背負わなければ、次の時代は来ない」

悪サガ「お前が背負うには、重すぎるぞ。その決意も、誇りも、いずれお前を壊すだけだ」

善サガ「それでもいい。俺は、聖域のために、友のために……今だけは、闇も、弱さも、すべて飲み込んで、星々の答えを求めたいんだ」

悪サガ(必死に叫ぶ)「サガ!お前が行けば、もう戻れなくなるぞ!」

善サガ(静かに微笑む)「心配はいらない。今の俺は、ただ未来を――希望を見たいだけだ。……俺がシオン様を傷つけることなど、絶対にない。だから、どうか見守っていてくれ。俺が“俺”でいられるように」

(石段の先、夜空に散る星たちを見上げながら、サガは静かに歩き続ける――)

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