聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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星々が静かに見守るスターヒルの夜。
誰にも裁かれぬ魂が、運命の岐路で激しくぶつかり合う――。

「なぜ、俺ではなかったのか…」
聖域の頂で叫ぶサガ。友の影を追い、時空を超えて駆け戻るアッシュ。
だが、二人の想いは、残酷な現実の前で、涙となって星空へと溶けていく――!

次回――裁かれざる魂 星の涙、サガとアッシュ

裁くのは、誰でもない。
己自身の心だ!

君は、夜空に涙したことがあるか――?


裁かれざる魂――星の涙、サガとアッシュ

(アッシュ視点)

 

 

――俺は、聖域へと、必死で、戻ろうとしていた。

 

だが、それはもう、「帰る」という言葉では表現しきれない。

飛行機?鉄道?それどころじゃない。

魂ごと燃やすような小宇宙のテレポート。時空間をねじ曲げ、見慣れた風景を千切り、置き去りにしながら、

俺は世界を貫く閃光のように、ただひたすら、ギリシャを目指していた。

 

胸の中にあるのは――焦燥、焦燥、焦燥。

息苦しいほどの後悔と、止めどない自己嫌悪。

 

(なぜ、俺は今こんなところにいる?)

 

ヨーロッパの夜景――かつてなら、感動したかもしれない壮麗な光の海。

今は、ただの闇だ。美しさも温もりも、何一つ感じられない。

(なぜ俺は、世界を飛び回りながら、

 たった一人の友の側にいない?)

 

瞬間、記憶が胸を締め付ける。

 

(なぜ、シオン様は俺の進言通りに、サガを指名しなかった?)

 

俺が望んだ未来――それが、まるで砂の城のように、音もなく崩れていく予感。

だけど、すべての責任をシオンに転嫁することなど、できなかった。

 

(違う……違う!俺のせいだ。

 サガは、アイオロスの名が告げられた瞬間、あれほどの笑顔で、

 俺に電話をよこしてきたじゃないか――)

 

そうだ。

俺は、その嘘に気づいていた。

サガは、絶対にそんな「簡単に」笑える奴じゃない。

俺が知っているサガは、そんな器用な奴じゃない。

だからこそ、心の底では分かっていた。

分かっていながら、「大丈夫」と言わせてしまった。

 

(俺が、側にいれば。俺さえいれば――)

 

万能感。

いつだって俺は、何でも「最適化」できる。

知識も、力も、理屈も、世界を変えられる。

そう信じてきた。

けれど、違った。

どれだけ合理的な助言をしても、どれだけ友の闇を理解しても、

「側にいる」ことの重みを、俺は過小評価していた。

 

(何が万能だ……!)

 

脳裏に浮かぶのは、あの電話越しの、かすかな震え。

本当は「俺に来てほしい」と、サガはそう叫んでいたんじゃないのか?

あいつは――あんなにも強いくせに、

「光」と「闇」の狭間で、ずっと一人きりで立ち尽くしていたんじゃないのか。

 

(サガ……!)

 

俺が、もしあの時、

「すぐに戻る」と言えていたら――

「大丈夫か」と尋ねるのではなく、「絶対に離さない」と抱きしめるように、

そう、声をかけられていたら。

 

(俺が、側にいれば。友の孤独を、止められたのか?)

 

自責と焦燥が、肉体を引き裂くように疼いた。

小宇宙が、暴走しそうだ。

このままじゃ、テレポート先で肉体ごと焼き尽きてもおかしくない。

 

それでも――

 

(止まれない!)

 

俺は、過去のすべての選択を、今になって後悔していた。

 

(「俺さえいれば」――その傲慢が、友も、聖域も、

 誰一人救えないまま、終わろうとしているのか?)

 

アジアの山脈を越え、太平洋の海原の上を越え、ヨーロッパを越え、地平のどこかに、聖域がちらついていた。

 

一瞬ごとに、世界が破裂するようなスピードで流れていく。

だが、それすら遅すぎる。

時間が足りない――

友の闇が膨張する速度には、どんな最先端の技術も、小宇宙すらも、追いつけないのかもしれない。

 

(お願いだ、サガ。

 俺が戻るまで――どうか、

 何も、起こらないでくれ)

 

神様にも祈りたくなるような、そんな夜だった。

 

だが、俺は知っている。

聖闘士星矢の「物語」は、

決して、俺の都合では止まってくれないということを――。

 

何度もテレポートを繰り返すたび、体の芯がどんどん削れていく。

全身の細胞が、悲鳴を上げているのが分かる。

それでも、止まらない。

止まれるはずがない。

――側にいる。それだけのために、今、命を燃やしている。

 

「サガ……!」

 

ギリシャの地が、ようやく目前に現れた。

夜明け前の聖域――

遠く、スターヒルの頂に、淡い星明りがきらめいている。

 

(間に合ってくれ――

 せめて、俺がここに帰るまで――)

 

祈りと、呪いと、

取り返しのつかない「過去」への激しい後悔。

そのすべてを抱えて、俺は――

ただ、聖域へと、駆けていった。

 

 

 

 

 

 

(サガ視点)

 

 

 

スターヒルの頂は、凍てつくような静寂に包まれていた。

どこまでも透き通った空気。星々は、神話の時代から変わらぬ光を降り注いでいる。だが、その美しさも、今の俺の胸には、何の慰めにもならなかった。

 

目の前に立つのは、聖域の頂点――教皇シオン。

その老いた双眸は、驚きと悲しみ、そして、どこか諦念に似た色を湛えている。

 

「…サガよ。教皇以外、足を踏み入れることを禁じられたこのスターヒルへ、どうやって登ってきた」

 

ふ、と口元が歪む。なぜか、冗談でも言ってやりたいような衝動に駆られた。

「造作もないことです。ここは、友人のアッシュとも、よく遊びに来る場所ですから。星を見ながら語り合うのは、良い気晴らしになります」

 

本当は――

そんな「気晴らし」など、必要ないほどに、俺の心はいつだって満ち足りていた。

……あの瞬間までは。

 

だが、もうどうでもいい。

シオン様が、俺をどう見ているのか。

聖域が、俺をどんな存在として必要とするのか。

もはや、その答えを確かめずには、前に進めないところまで来ていた。

 

「―――なぜ、俺が教皇ではないのですか?」

 

問いかけは、思ったよりも静かだった。

だが、自分でも分かる。

その声の底には、いまにも氷解しそうな最後の希望が、確かに宿っていた。

 

シオン様は、深い溜息をついた。

運命を悟る者だけが持つ、底知れぬ重みのある溜息。

俺は、その沈黙に、全身が焼けるような思いだった。

 

「…サガよ。それは、わしの取り越し苦労やもしれん。お前は、誰よりも優れた力と知性を持っている。それは、紛れもない事実だ」

 

――ならば、なぜ?

 

溢れ出る叫びを、堪えきれない。

「ならばなぜ!」

 

俺は、きっと必死な顔をしていたと思う。

見苦しいくらいに、子供じみた、哀れな顔を。

 

だが、シオン様は、俺の瞳の奥――その、誰にも触れてほしくなかった場所を、射抜くように見据えていた。

 

「だが…」

「お前のその魂の奥底には、わしですら測り知れぬ、強大な『邪悪』が眠っているのではないかという、拭い去れぬ気がするのだ。光が強ければ、その影もまた、濃くなる。お前のその強大すぎる力が、いつかお前自身を、そして聖域を呑み込むのではないかと…わしは、恐れたのだ」

 

――ああ。

 

やはり、そうか。

 

(見えていたのか、俺の中の闇を)

 

全身の力が抜ける。

血の気が、ひいていく。

 

(シオン様、貴方は、俺のすべてを認めてくれると思っていた。

 光も、闇も、俺がどんなに苦しんで、あがいて、それでも聖域を守りたいと願ってきたことも、全部、全部、見てくれていたはずなのに――)

 

けれど、違った。

 

(貴方でさえ、俺の「光」だけを愛し、

 「闇」を――俺の半分を、恐れていたんだ)

 

どんなに言葉を尽くしても、

どんなに努力しても、

どんなに己を律しても、

 

――俺の中の「闇」は、赦されることがない。

 

心のどこかで、ずっと分かっていた。

俺がどれほど強くなろうと、賢くなろうと、

俺自身の全部を、まるごと受け止めてくれる者など、

この世界にはいないのだと。

 

(アッシュなら――

 いや、あいつだけは、違うと信じている。)

 

だが、そのアッシュさえ、今ここにいない。

 

この孤独。

この冷たさ。

この拒絶。

 

――俺は、ただ教皇になりたかったわけじゃない。

誰かに、すべてを――光も闇も、そのままを認めてほしかっただけなんだ。

 

けれど、シオン様の言葉は、

その「最後の希望」を、この世界ごと、完全に――否定した。

 

気づけば、笑いそうになっていた。

嗚咽と、嘲笑の、狭間で。

 

(ならば、ならば、俺は――この闇ごと、俺自身を、

 自分で肯定してやるしかないじゃないか)

 

ああ、もう、どうでもいい。

 

光が、認められないのなら。

闇が、肯定されないのなら。

 

せめて、自分だけは――このすべてを、

最後まで、肯定してやるしかない。

 

(さようなら、シオン様。

 貴方の優しさも、貴方の恐れも、

 全部、全部、俺が受け止めてやる)

 

 

 

その瞬間、俺の中で、何かが壊れた。

胸の奥から、何か熱く、ドロドロとしたものが、洪水のようにあふれ出す。

 

(なぜ、だ…)

 

全身が、悲しみと怒りで焼ける。

目の前の老人が、どれほど偉大な聖闘士であろうと、今の俺には、ただの老人にしか見えなかった。

 

俺の小宇宙が爆発的に膨れ上がる。

星空が震え、大地が軋む。

 

だが、その渦中で――

俺の精神の最奥で、予想もしなかった異変が起こっていた。

 

悪サガ『待て、貴様!早まるな!』

 

「悪」の人格――

これまで俺を何度も闇へと誘ったはずの「もう一人の俺」が、

この瞬間、必死に俺を止めようとしている。

 

『アッシュがこちらへ向かっている!奴が来れば、この聖域は、いや、地上は、何があっても我らのものとなるのだ!奴は我らを裏切らん!その最大の切り札を、ここで無駄にする気か!』

 

「悪」の心は、アッシュを最大の武器、

最大の資産と見ていた。

アイオロスも、シオンも、誰一人として成し得ぬ、

地上支配の夢を――アッシュとなら、本当に現実にできると確信していたのだ。

 

だが、その冷徹な戦略思考は、今の俺には届かない。

俺の「善」の心――

かつてアッシュとともに理想を語り、聖域の未来を信じた、「あの俺」が、

すべてを壊し始めていた。

 

善サガ『違う!違うッ!俺は、アッシュの計画に乗るのでも、彼の力に頼るのでもない!

俺自身の野心で、この地上を支配するのだ!

誰の力も借りず、ただ独りの力で成し遂げてこそ、意味がある!

それくらいでなければ…俺は…俺は、ただの弱い男のままだッ!』

 

――そうだ。

アッシュがいれば、何もかも簡単に解決できるだろう。

奴は、知恵も力も、奇跡のような才能も持っている。

俺の「闇」さえも、きっと受け入れて、巧妙に世界を最適化してくれる。

 

だが――

それでは駄目なんだ。

 

(もし、全部アッシュに委ねたら、

 俺はもう、二度と「自分」を肯定できなくなる)

 

俺の中で、

友への信頼と、羨望と、妬みと、

そして、「誇り」だけが、

グチャグチャに絡まりあって叫んでいた。

 

――俺は、ただ友の影で、満足して生きるつもりなどない。

アッシュの計画に乗るのでもない。

俺が、俺の手で、

この世界を、聖域を、

――俺自身を証明するしかないんだ!

 

……たとえ、それがどんなに醜いことであっても。

 

気がつけば、

俺は、怒りと絶望にまみれたまま、

もう一人の自分――「悪」さえも拒絶して、

スターヒルの星空の下に立ち尽くしていた。

 

俺は、ただ笑っていた。

その笑みは、他ならぬ俺自身すらも、どこか他人事のように感じるほど静かなものだった。

 

(気づいていたのか――シオン様。いや、気づいていなければ、教皇としてやってはいけない立場だろう。)

 

すべてを見抜かれていた。

すべてを許されていたわけでもない。

ただ、俺の「危うさ」と、「哀しさ」と、「光と影」――すべてを、見抜いた上で、それでも最後まで、俺に希望を託そうとしてくれたのだろう。

 

――なのに、俺は。

 

「…くく…気づいていたのか、俺の秘密に…。ならば…」

 

その時、心のどこかで「泣いている自分」がいた。

だが、表面に浮かぶのは、ただ、諦観と決意の微笑だけ。

 

この絶望的な静寂の夜、

俺は、俺自身の「決定」を遂行するための機械だった。

 

シオン様の顔は、穏やかな慈父のようだった。

もう二度と戻れない、かつての「理想」と「希望」を映していた。

 

「あなたを生かしておくわけには、いかないッ! 死ねぇッ! 教皇ッ!!」

 

叫びにも、呪詛にも似たその言葉。

だが、俺の声はどこまでも「静か」だった。

 

全ての葛藤も、苦しみも、

今は、もう何も感じない。

ただ一つの、「結果」へと向かうのみ。

 

その一撃は、俺の人生で初めて、

「自分の中のすべて」を肯定できた瞬間だったのかもしれない。

 

光速を超える拳。

迷いのない小宇宙。

生と死、希望と絶望、愛と憎悪――

全てを超えた場所で、

俺はついに、「完全な孤独」に到達した。

 

(俺はこれでいい。俺は――これでいいんだ)

 

心臓を貫く感触さえ、冷静に知覚する。

血が滴る。

星々が泣いている。

 

そして――

 

「ありがとう、シオン様。俺に、最後の答えをくださって」

 

たとえ、どんな絶望が待ち受けていようと、

この瞬間だけは、俺の意志だけで、

俺の未来を選び取ったのだと――

 

 

 

 

 

 

 

 

(アッシュ視点)

 

 

 

転移の直後、俺は、膝から崩れ落ちていた。

 

(間に合わなかった…)

 

目の前には、星空の床に倒れ伏すシオン様。その体が、まるで聖域そのもののように、動かない。

 

その傍らに、静かに佇む――サガ。

 

それは、あまりにも穏やかで、あまりにも、変わらない「親友」の姿だった。

髪は深い夜の蒼色、瞳は澄み切った蒼。あの「悪」の影も、凶暴さもない。ただ、いつものサガの――あの優しい笑顔だけ。

 

「やあ、遅かったじゃないか」

 

まるで約束の時間に遅刻した友達に、悪戯っぽく声をかけるみたいに。

その声に、俺は、何も言えなかった。

 

(なぜ? どうして? サガ、お前が……)

 

喉の奥に何かが詰まり、声が出ない。頭の中は、真っ白だった。

ここへ来るまで、どれほど必死に祈ったか。

どれほど後悔し、どれほど心の中で叫んだか。

だが、その全てが、今、目の前の現実に踏みにじられている。

 

(俺は、……何も守れなかったのか)

 

ずっと信じてきた。「合理的な選択」と「努力」と「知恵」――それさえあれば、どんな未来も変えられると思っていた。

だが、サガの笑顔は、その「理想」を一瞬で壊す。

 

(何が「聖域改革」だ。何が「死者ゼロの人材育成」だ。何が「全てを理解し、最適化する杯座」だ……)

 

一人の友が、闇に堕ちることすら防げないで、何が「未来」だ。

 

シオン様の傍に、ゆっくり歩み寄るサガ。その背中は、これまで見たどんな戦士よりも「人間」だった。

親友として、黄金聖闘士として、俺は――彼を救いたかった。

だけど、届かなかった。

 

「サガ……」

 

声にならない声が、唇から漏れる。

何を言えばいいのか、何をしていいのか、分からない。

俺が望んだ「平和」は、この手から零れ落ちた。

 

どうしようもなく、どうしようもなく――悔しかった。

 

それでも、サガの瞳には、涙一つ浮かんでいない。

彼はただ、静かに笑って、星空の下で立ち尽くしていた。

 

俺の「物語」は、ここで終わるべきだったのかもしれない。

でも、まだ――俺は、諦めたくなかった。

 

(サガ、お前は本当に、それで満足なのか? 俺たちの「未来」は、ここで終わるべきなのか?)

 

胸の奥で、どうしようもない衝動が渦巻いていた。

それは、絶望でも、後悔でもない。

まだ終わらせない、という、叫び。

 

やっと搾り出せた言葉は、たったひとつ。

 

「……どうしてだよ、サガ」

 

俺の声が、星空に溶けて消えた。

サガは、ただ穏やかに微笑んでいた。

 




廬山五老峰、深い夜。
谷間に満ちる霧の中、ひとり岩座に座す老師・童虎。

「……ふむ。今宵の星は、妙に静かじゃな」

老師の細い目が、遥かギリシャの夜空へと向けられる。

「……あの男が、逝ったか……。
長き時を共に歩んだ、盟友・シオンよ」

頬を伝う、ひとしずくの涙。

老師は静かに手を合わせ、天へと祈る。

「安らかに眠れ、シオン。
いずれまた、星々の彼方で――」

満天の星は、ただ静かに、涙を照らしていた――。

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