聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
だが、運命の夜は容赦なく訪れ、シオンの死がすべてを変えてしまう。
絶望に沈むサガ、間に合わなかったアッシュ。
友のために、拳を交わし、涙を流し、砕け散った理想の中で、
彼らはなおも立ち上がることができるのか――。
次回「聖域に哭く友情――砕け散る理想、蘇る魂!」
君は、小宇宙を感じたことがあるか?
(アッシュ視点)
スターヒルの頂で、俺は、友が教皇を殺めたその現場に、ただ立ち尽くしていた。
その場には、死の静寂が満ちていた。
シオン様の体は、もう動かない。星空の下、黄金の血が床に滲んでいく。
そして、サガは――
さっきまでの親友そのままの顔で、微笑んでいたサガは、その「仮面」を砕かれた。
俺の姿を認めた瞬間、彼の全身を激しい苦悶が襲う。
「あ…ああ…」
絞り出すような呻き。
俺は、本能的に身構えていた。次に何が起きるのか、知識としては理解できても、心が追いつかない。
だが――その変貌は、あまりにも凄まじいものだった。
彼の小宇宙が、闇の奔流となって溢れ出す。
まるで影が噛みつくように、青い髪が黒く、瞳が赤く染まっていく。
そこに立つのは、もはや“サガ”ではなかった。
――いや、違う。
それは“もう一人のサガ”。
これまでずっと影の中で息を潜め、時に囁き、時に抑えつけてきた――あの「悪サガ」だ。
だが、その悪サガが、最初に俺へ向けて放った言葉は――
想像もしなかったものだった。
「済まなかった!」
それは、怒りでもなく、憎しみでもない。
俺に対して――本当に、心からの「謝罪」だった。
「止められなかった!あの馬鹿が、早まったんだ!オレは、お前を待つようにと、あれほど言ったのに…!」
言葉の端々に滲む苛立ちと、諦めきれない未練。
彼は、俺を「共犯者」として、最高の“仲間”として迎え入れるつもりだった。
それは、これまでの数年間、ずっと感じていたことだ。
俺と悪サガは――互いに「理解者」だった。
サガの中にいる「もう一人」を、俺はただの“悪”だとは思わなかった。
「こいつ」は、合理的で、徹底して冷静で、どんな局面でも俺の意図を読み取り、共感し、共に未来を語り合ってきた――
それが、たとえ「世界征服」だろうと、「聖域改革」だろうと、方法論が違うだけで、目指すのは“より良い世界”だった。
悪サガとの友情は、嘘じゃない。本当に、共に歩んだ日々があった。
「お前にしか、できないことがあったんだ。オレには……だが、あいつ(善サガ)は、ただの自己憐憫で突っ走っただけだ……」
その言葉を、俺は真剣に受け止めていた。
自分が間違っていなかったと、初めて心から確信できた。
俺は、“悪サガ”と出会い、話し合い、共に計画を練り、時には遊んで、未来の青写真を描いたこと――
それは決して、「悪」ではなかった。
そう、俺たちは――間違っていなかった。
間違っていたのは、きっと「運命」そのものだった。
どんなに努力しても、どんなに合理的に未来を予測し、最適化しても、
最後の最後で、「善」と「悪」――どちらでもない、人間としての「心」が、すべてを壊してしまう。
「俺は、最適なタイミングで、最も効果的な形で、この聖域を制圧するつもりだった。オレが、お前を味方にできれば、この地上は、もう完全にオレたちのものだったんだ……」
その声には、まるで優秀なビジネスパートナーを失った悔しさが滲んでいる。
それを“哀しい”と感じる自分がいた。
サガが本当に求めていたのは、俺と共に歩む「未来」だったんだ、と。
「オレは、お前を信じていた。お前だけは、オレを理解し、オレの計画を支持してくれるはずだってな――」
俺は、胸の奥から、込み上げるものを感じていた。
たとえそれが、間違った道だろうと、
“悪”だろうと、
俺の存在が、サガに、悪サガに、ここまで「必要」とされたこと――
それが、痛いほどに、嬉しかった。
「……なあ、アッシュ。これで、全部終わりだ。もう、お前が何をしても、元には戻らない。
でも、オレは、最後までお前と語り合いたかった。お前と一緒に、世界を作り直したかった……」
その瞳の奥に、ほんの一瞬、子供のような寂しさが見えた気がした。
それは、これまで俺が見てきた、どんな「悪」とも違う、
ひとりぼっちの、孤独な天才の本音だった。
俺は、ゆっくりと歩み寄った。
善でも悪でもなく、
ただの「友」として、サガの肩に、そっと手を置いた。
「……また、語り合おう。サガ。どんな未来でも、俺たちは友達だ」
その言葉が、彼に届いたかは分からない。
だが、サガ――いや、悪サガは、かすかに微笑み、
静かに、星空を見上げていた。
闇の気配が消え、漆黒の髪はゆっくりと青色に戻り、瞳もかつての清冽な色に変わる。
けれど――そこに「帰ってきた」サガは、すでに英雄の面影はなかった。
涙と苦悩と、取り返しのつかない現実に押し潰された、一人の壊れた男だった。
サガは、自分の両手を見つめる。
その手のひらには、赤黒い血がこびりつき、まだ乾ききっていない。
振り返れば、シオン様の遺体。その胸に、深々と穿たれた傷。
もう、何も、元には戻らない。
「アッシュ……おれは……おれは……!」
途切れ途切れの声が、涙と共に漏れる。
大粒の涙が頬を伝い、夜風に消えていく。
サガの嗚咽は次第に理性を失い、ついには、獣の唸りのように――
言葉ですらなく、ただ「痛み」そのものだった。
俺は、静かに膝をつく。
サガに手を伸ばすでもなく、ただその傍らに寄り添った。
この瞬間、慰めや叱責は、何の意味も持たない。
なぜなら、サガはもう十分すぎるほどに、すべてを「知ってしまった」からだ。
やがてサガは、かすかに俺の方へ顔を向ける。
その瞳の奥にあった「自負」や「誇り」は、もはやどこにもない。
代わりに残ったのは、壊れた魂の残骸だけ。
俺は、静かに呼びかけた。
「サガ」
一言、それだけだった。
しかしその一言に、サガは、びくりと身体を震わせ、かろうじて意識を現実につなぎ止めた。
涙と嗚咽の間から、かすかな声が漏れる。
「…どうするんだ?」
問いかけは、厳しいものでも、優しいものでもない。
責めるでもなく、甘やかすでもなく。
ただ、“これから先”という現実を、共に見据えるための、静かな問いだった。
「これから、どうするつもりなんだ?」
血のついた手を握りしめるサガは、まるで壊れかけた機械のように、己の内から搾り出すように野望を語った。「決まっている…。地上を、俺の手で支配する」
その声は震えていた。だが、その奥底には、信じたくても信じきれないほどの――それでも確かに宿る意志があった。
「神に代わり、人間の手で、だ。シオン様にも、アテナにも出来なかった、真の平和を、俺がこの手で築く」。
俺は黙ってその言葉を聞いた。
そして、一言だけ返す。「どうやって?」
サガは、一瞬、目を見開く。
その問いが、彼の心の奥底を抉ったことに、すぐに気付いた。
けれど、すぐに拳を握りしめ、わずかに小宇宙を光らせる。
「決まっているだろう! この力で! 黄金聖闘士最強と謳われた、この力でだ!」
どこか必死な――叫びにも近いその宣言。
だが、俺はその叫びすらも、静かに叩き潰すように、現実を突き付けていく。
「一人きりで?」
サガの肩が、わずかに震える。「っ……!」
「予算は?」
「そ、それは…」
言葉に詰まるサガ。
「人材は? 世界を支配する組織の人員計画はどうなっている」
「……」
「手段は? 各国の政府を、軍を、どうやって掌握する。その具体的なプロセスは」
「…………」
「体制は? お前が築くという新世界の、統治機構は? 法は? 経済は?」
サガは、俯いたまま、声も出せずに立ち尽くしていた。
俺の言葉は、彼の心の中に築き上げていた虚像を、一つ一つ崩していく。
彼の「支配」とは、力で全てを破壊した後のことなど、何も考えていない、ただの子供の癇癪に過ぎなかった。
「アッシュ……!」
サガは絞り出すように、声を漏らした。
「俺は……分からなかったんだ。何もかもが……ただ、どうしても許せなかった。アイオロスが選ばれたことも、カノンの言葉も、シオン様の――…みんなが、俺の中の“何か”を、見ていた。俺自身でさえ、どうにもできなかったんだ」
その告白は、もはや言い訳でも、自己弁護でもなかった。
本音――そう、彼が初めて心から吐き出した“弱さ”そのものだった。
「お前は、特別だったんだよ。誰よりも、俺を信じて、俺の闇さえ受け入れてくれて……だけど、だからこそ……頼れなかった。もし、お前に否定されたら……俺は、本当に壊れてしまう気がしたんだ。だから、独りで全部……」
その目に浮かぶ涙を、サガは必死に拭おうとした。
プライドの高さ。完璧でありたいという執念。
それら全てが、彼に“相談する”という選択肢を奪っていた。
「俺は……お前に、失望されたくなかったんだよ。だけど……結局、全部……」
サガの肩が震える。
彼の中で、誇りと劣等感が渦巻いているのが、痛いほど伝わる。
アイオロスへの嫉妬、カノンへの怒り、シオンへの絶望、アッシュへの恐れと信頼……
それらがすべて、彼をこの破滅の淵へ追い込んでいた。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
その時の自分の顔が、どんな表情をしていたかは分からない。
ただ、サガを見下ろすその瞳には、憐憫も、怒りも浮かんでいなかったはずだ。
ただ、真実だけがあった。
「……一人きりで?」
「……!」
「何で、俺に相談してくれなかったんだ……!」
喉の奥から、押し殺していた感情が、破裂するように噴き出した。
俺は、拳を握った。
サガの肩越しに見える、かつて語り合った星空。
あの日も、未来の話をしていた。
いつか、お互いが聖域を支える存在になると、信じていた。
ゴッ!
俺の拳が、サガの頬を直撃した。
それは、小宇宙など込めていない、ただの「人間の拳」だった。
殴った感触が手に残る。サガが、驚きの表情を浮かべながら、よろめいて倒れる。
「何で、俺に相談してくれなかったんだッ!」
怒鳴るつもりはなかったのに、声が勝手に大きくなる。
痛かった。
サガが独りで全部抱え込んだ、その事実が、何よりも悔しかった。
サガは、頬を押さえて、うずくまる。
その姿は、傲慢でも、強大でも、悪でもない。
ただ、愚かで、不器用な親友の姿だった。
「俺は……俺は、アッシュ……お前に、そんなこと言えなかったんだよ」
「なんでだよ! 俺たちは友達だろうが!」
「……友達だからだよ。……お前は、俺の光だった。俺は、お前にだけは……本当の自分を見せたくなかった……!」
その言葉に、俺の中で、張り詰めていた感情の糸が切れた。
サガも、俺も、どうしようもなく不器用だ。
「まだ悪サガのほうが、まともな計画を練れているぞ!」
つい、そう口走った。
言ってから、あまりにも皮肉な真実に、俺自身が情けなくなる。
サガは、完全に言葉を失っていた。
俺のその一言は、どんな必殺技よりも、彼の魂の最も深い部分を粉々に打ち砕いた。
沈黙が降りる。
それは、二人の間の全てを語るには、あまりにも雄弁な静寂だった。
しばらくして、サガがかすかに声を絞り出す。
「アッシュ……」
その声は、泣き声とも、懇願ともつかない、ただの壊れた人間の声。
「……もう遅い、よな。俺は……全部、壊してしまった……」
「……違う」
俺は、ゆっくりと彼の隣に腰を下ろした。
「やり直す方法は、いくらでもある。お前は一人きりじゃない。
お前の計画なんて、穴だらけだったけど――
俺は、その全部を一緒に考えてやるよ。今からでも遅くない。やり直すには、誰かの力を借りてもいいだろう?」
サガの顔が、わずかに上がる。
その目に、かすかに光が差し込む。
「……本当に……?」
「……ああ、本当に。もう独りで全部抱え込むな。何もかも、一緒に背負っていく。これからは、そうしよう」
星空の下、二人は肩を並べて座った。
何もかもが終わってしまったように見えて、実は、何も終わっていなかった。
「……ありがとう、アッシュ」
サガのその言葉は、今までで一番、素直な「友達」の言葉だった。
俺は、親友のその声を、黙って受け止めることにした。
何度でも、やり直せる。
どんなに壊れても、人間はまた歩き出せる。
少なくとも、俺はそう信じている。
……あとがき?
そんなもん書いてるヒマがあったら、聖域の危機対応マニュアルをアップデートしなきゃならない。
友達も、教皇も、理想も、全部ぶっ壊れかけだ。
今は、せめて一人でも多く救う方法を考える。
だから――
続きは次回。俺が“何を失っても守りたいもの”のために、全部賭けてやる。
大きな章ごとに新しい作品として分けて投稿しますか?それとも今まで通り一つの作品として連載し続けますか?
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一作品として連載してほしい(今まで通り)
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章ごとに作品を分けてほしい・十二宮編など
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