聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
(ルカ視点)
――まったく、変わった子だと思う。
私の弟子、アッシュ。ローマの貴族の生まれで、親は聖域の財務を支える名家。その一人息子だ。表向きは、金も地位も、何不自由ない。
修行などしなくとも、一生安泰に生きていける。文官として聖域に顔を出しさえすれば、すぐに要職にありつける。それが、この時代の“勝ち組”というものだ。
だが、アッシュは違った。いや、私が知る限り、この子はなぜか――どうしようもなく“戦士”になりたがる。
最初に私の元に来た日もそうだ。
父親が涙ながらに送り出してきた。お坊ちゃまの道楽かと勘ぐったが、アッシュの目は真剣だった。
「僕、聖闘士になりたいんです」
細身で、手はまだ柔らかい。だが、その声だけは、確かに“覚悟”を宿していた。
私は元・白銀聖闘士だ。どの星座かは、誰にも明かしていない。
聖域での歳月を経てローマに隠居し、今は暇を持て余して弟子をとる。貴族の御曹司を鍛えるなど、初めての経験だったが……気づけば私も本気になっていた。
修行は、とてつもなく厳しい。
朝はローマの丘を五周。息が切れるまで走らせる。途中で止まれば容赦なく叱る。体幹、打撃、投げ技、座禅に瞑想。私自身、若い頃に血を吐く思いで身につけた基礎を、そのまま弟子に叩き込む。
アッシュは最初こそへとへとになっていたが、やがて口をつぐんで耐え始めた。決して弱音を吐かない。やればやるほど体は強くなる。筋肉も、体捌きも、日に日に鍛えられていく。
だが――
どうにも“小宇宙”だけは、芽生える気配がないのだ。
小宇宙というものは、己の内から湧き出す“宇宙の力”。
痛みを知り、恐れと向き合い、自分の“限界”を超えた時、はじめてその存在に気付く。
私が若い頃、はじめて小宇宙を感じたのは、命を落としかけた絶体絶命の戦いの最中だった。
“死”を知り、“己の命の小ささ”と“宇宙の大きさ”を心で感じた時、はじめて内から燃え上がる熱を知った。
だが、アッシュにはそれが見えない。
体は強くなっていくが、心が“燃える”その瞬間には届かない。
時折、修行の合間にアッシュが私の小宇宙を見たがるのだが、私には「燃やしている」としか言えない。あれは“感じる”ものであって、“見る”ものではない。
漫画や芝居のように、他人に目に見えるオーラや光が出るわけではない。だが、たしかに“空気”は変わるし、気配も研ぎ澄まされる。
「アッシュ、お前はなぜ聖闘士になりたい?」
私は何度も問いかける。そのたびに、彼ははにかんだ顔で答える。
「小さいころから、世界を守る戦士に憧れていました」
「戦う理由が欲しかった」
言葉は真摯だ。だが――どこか空々しいような、ふわふわと掴みどころがない。
それでも、私に嘘をついているようには見えなかった。
この子は、本当に“自分自身”を、まだ見つけていないのかもしれない。
ローマの修行場は、都会の中の静寂だ。
裏庭の木々、冷たい水の流れる池、石造りの壁。私は道場の奥で、自分が白銀聖闘士だった日々を思い返すことがある。
戦いは、いつも孤独だった。仲間を喪い、守るものも失い、それでも立ち上がるのが聖闘士だった。
――アッシュは、まだ“絶望”を知らない。
己の全てが折れそうな、夜明け前の闇。
それを越えない限り、小宇宙など感じられるものではない。
だが、彼の目の中に“決して消えない何か”が見えるのも事実だ。
時折、修行が終わった後、誰もいなくなった庭で星空を見上げているその横顔。
どんな思いを抱えているのか、私には推し量れない。
時に、“この子は本当にただの貴族の子なのだろうか”とすら思う。なぜ、こんなにも“強くなりたい”と願うのか――。
アッシュは、転生者だとか異能者だとか、そんな素振りは一切見せない。
ただ、どこか“今のこの世の中に居心地悪そうな”雰囲気が、時折滲む。
それを見抜けるのは、長年人を見てきた私だけかもしれない。
修行は今日も続く。
アッシュは殴られ、投げ飛ばされ、全身泥まみれになりながらも立ち上がる。
時折、ため息交じりに「どうしても、小宇宙が分かりません」とこぼす。
私は苦笑して答えるしかない。
「焦るな。お前はまだ、“本当の自分”に出会っていないだけだ」
この言葉が、今のアッシュにどこまで届くかは分からない。
だが――
この子が、いつか“何か”を超える日が来るのなら。
私はその瞬間を見届けたいと、本気で思っている。
“己の限界”を超え、己の“心”を燃やす瞬間。
それこそが、聖闘士としての目覚め――
そう信じて、私は今日も弟子の背中を見送るのだ。
(アッシュ視点)
小宇宙(コスモ)とは、いったいなんなのだろう――。
僕は毎日考えている。いや、毎日“考えてしまう”のだ。
体はすでに鍛え上げられて、走っても泳いでもほとんど息が切れない。師匠からは「小宇宙を燃やせ」と言われ続けているが、何度目を閉じて集中しても、心の中はシーン……と静まり返ったまま。
「小宇宙、燃やせ!」
「はい!」
と威勢よく返事をしつつ、頭の中は毎回大混乱である。
正直なところ、僕には“理屈”が必要だった。
目に見えないものを「感じろ」と言われても、前世で理系だった僕には到底納得がいかない。
そんなわけで、僕は密かに「アッシュ式・小宇宙理論」をノートにまとめていたのである。
一、火事場の馬鹿力説。
極限状態、人間はとんでもない力を出せる。子どもが交通事故から母親を救うために車を持ち上げた、なんて都市伝説を信じているわけじゃないが、「限界突破」というやつは確かにある。
師匠いわく、小宇宙は己の限界を超えることで初めて燃え上がると。ならば、これ、火事場の馬鹿力なのでは?
「師匠、やっぱり火事場の馬鹿力説、有力だと思うんですけど」
「お前、車を持ち上げたいのか?」
「え、いや……物理的に無理かと」
「じゃあやめろ」
やっぱりダメか。
二、ただの妄想説。
「小宇宙を感じる」――これ、要するに自己暗示じゃないか。ヨガだの瞑想だの、“気”だの、世界中の宗教・哲学でそういうのはよくある。結局、脳がそう感じれば“ある”と錯覚する。
「師匠、これ、結局は自己暗示じゃないですかね?」
「……」
「ねえ、師匠、どうですか?」
「俺に自己暗示をかけさせたいのか?」
「いや、そういうわけでは」
「やかましい!」
反論の余地なし。
三、ファンタジー説。
世の中には理屈じゃ説明できないこともある。聖闘士がいる時点でファンタジーだし、そもそも僕は転生してる。こんなの現実の理屈で割り切れるわけがない! ……けど、だからこそ、正体を突き止めたくなるのが理系魂というもので。
「師匠、これファンタジーで片付けたら、負けだと思うんです」
「うるさい!」
「だって、現象があるなら何かしら法則が……」
「だから感じろって言ってるだろうが!!」
僕がこうして理屈をこねている間も、師匠は“感じろ”一点張り。
だが、体験できない側からすれば、そんなアドバイスは宇宙語みたいなものである。
僕は密かに作戦を立てた。
小宇宙という現象が本当にあるなら、何かしら体の変化や脳波の異常が出るはずだ。
師匠が「今、燃やしている」と豪語するその瞬間――科学的に測定できれば、正体が分かるのでは?
「師匠、ちょっと相談が……」
「なんだ」
「最近、やっぱり体調悪そうですよね?」
「は?」
「その、血圧とか、脳波とか、ちょっと測ってみませんか? 定期健診って大事ですし」
「俺は健康だぞ」
「いえいえ、隠れた疾患があるかもしれませんよ? 僕の知り合いに病院の先生がいてですね――」
なんとか言葉巧みに誘導し、師匠をローマ市内のクリニックへ連れて行くことに成功した。
診察室の椅子に座らされた師匠は、眉間にしわを寄せている。
「なあ、これは本当に必要なのか?」
「もちろんですよ! 現代人は健康第一ですから。で、今から“燃やして”ください、小宇宙!」
「ここで!?」
「はい! 先生、心電図の準備を」
主治医は「え、なにそれ?」という顔で僕と師匠を交互に見る。
とりあえず、心電図、血圧、脳波、血中酸素、全部つなげてみた。
「師匠、いきますよ、コスモ点火!」
「バカかお前は……よし、燃やすぞ……」
師匠が静かに目を閉じて呼吸を整える。
脇で先生がモニターを覗く。僕は期待に胸を膨らませる。
……が、
「うーん、特に異常なしですね」
「むしろ優秀ですね。理想的な健康体ですよ」
師匠はなぜか誇らしげな顔をしている。
「小宇宙、全然検出されてないじゃん!」
僕が思わず叫ぶと、師匠はニヤリと笑った。
「ほれ見ろ、医者も太鼓判だ」
「いやいやいや、医者は小宇宙の専門家じゃないし! 心の奥にしか見えないんじゃ、証明できないじゃないですか!」
「感じれば分かる!」
「またそれ……」
主治医は頭をかかえ、「仲の良い親子ですね……」とつぶやく。
(僕は親じゃないぞ!)
クリニックを出た帰り道、師匠はやけにご機嫌だ。
「まったく、お前は変なことばかり考えるやつだ」
「師匠が“感じろ”だけしか言わないからですよ……」
「理屈や科学に頼らず、心の声を聞け。修行が足りん!」
「それが分からないから苦労してるんですよ……」
結局、この日も小宇宙の正体は分からずじまい。
だが――なぜだろう。
師匠とこんなくだらないやり取りをしているうちに、心のどこかがほんのり温かくなっている気がした。
「まあ、もうちょっとだけ、感じてみる努力はしてみますよ」
ぼそっとつぶやいた僕に、師匠は「おう!」と満足そうに笑う。
――やれやれ。
次は脳波測定器でも自作して、もう一度実験してみるか……。
――あとがきの時間だ。どうも、元白銀聖闘士・ルカである。
アッシュ「師匠、今日は“実験第2弾”です。自作の脳波測定装置、完成しました!」
ルカ 「……なんだ、その怪しげな箱は」
アッシュ「これ“本格派”ですよ。小宇宙点火の瞬間、脳波にどんな変化が出るか、バッチリ記録できます!」
ルカ 「ふむ……。で、どうやって測るんだ?」
アッシュ「簡単です。はい、この針を――」
ルカ 「まて!それはまさか、直接頭に刺すのか!?」
アッシュ「もちろん! 正確なデータが欲しいので」
ルカ 「お前は鬼かァ! 聖闘士修行より怖いぞ!!」
アッシュ「大丈夫です、消毒はしますから」
ルカ 「そういう問題じゃない!!」
(ルカ、全力で道場の外へ逃走)
アッシュ「――というわけで、今回も“科学的な小宇宙解明”は見送りとなりました。
……師匠、次はせめて貼るだけの電極バージョンにしますから、また実験付き合ってくださいね?」
ルカ「……小宇宙を燃やす前に、寿命が縮むわ……」
この調子で、次回も理屈と情熱、そしてちょっぴり阿鼻叫喚な修行(?)をお届けします!
応援よろしくお願いします!
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