聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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裏切りの影、親友の光

(アッシュ視点)

 

聖域の夜は、静かだった。

 

ロドリオ村の自室――窓の外には、漆黒の天蓋を背に、十二宮が静かに浮かんでいる。

足元には、整然と並ぶ家々、明かりの点る近代的な町。俺が構想し、資金を引き寄せ、近代化を押し進めてきた“未来の断片”。

振り返れば、異邦人であるはずの俺が、時代の流れを歪めてしまったのかもしれない。

 

だが――そんな思いも、夜の静寂に溶けていく。

 

聖域の頂点。あの王座に座るのは、他でもない、俺の親友だ。

サガは「教皇シオン」として、誰よりも重い運命を背負い、今この瞬間も、あの巨大な権力と孤独に耐えている。

正義も悪も、その区別さえ曖昧になりつつある混沌の時代――。

その頂点で“王”を演じる男に、俺は「王佐」として、すべてを委ねた。

 

――全て、計画通りだ。

 

「アイオロスの悲劇」は、見事に“物語”として完成した。

聖域の全土は、悲嘆と哀惜に包まれ、内乱の気配すら見せていない。

アイオリアは、兄への復讐よりも、その遺志を継ぐ決意を燃やし、日々の鍛錬に明け暮れている。

シュラは、命がけで抱え込んだ秘密を、決して口にすることなく、ただひたすら“正義の剣”として沈黙を貫いている。

デスマスクとアフロディーテ――あの二人は、体制の変化を敏感に察知し、新たな権力構造の中で、自分たちの居場所を巧みに見出した。

そう、全員が、それぞれの役割を果たし、“予定調和”のピースとして完璧に機能している。

 

これで、サガの政権は、しばらく盤石だ。

これでいい。

俺の描いた“最適解”は、いま、目の前に広がっている。

 

 

(……もう、戻れない。賽は、投げられてしまったのだ。)

 

俺は、わずかに笑う。

皮肉なものだ――どんなに論理的に事態を整理しても、夜の静けさが心の奥底に隠した「問い」を容赦なく掘り返す。

 

友の運命に肩入れしすぎたのか。

あるいは、物語の操縦席に座る万能感に酔っていただけなのか。

「聖闘士星矢ファン」――かつて自分がそうだった残響が、未だに俺の行動原理を縛っているのか。

すべてが、どこかで混ざり合い、もはや“俺自身の意志”がどこから始まっていたのかも、分からなくなっている。

 

(いや、違う。違うはずだ。)

 

必死に否定してみても、心のどこかで、自己嫌悪と、そして拭いきれない“快楽”の影が絡みつく。

聖域を変革する――その志は本物だった。

だが、今となっては、そのために「友」を――サガを、シュラを、アイオリアを、いや、アイオロスを――

どれほど犠牲にした?

その痛みすらも、物語の面白さのためと、どこかで受け入れてしまってはいなかったか。

 

「物語のための生贄か……。滑稽だな。」

 

苦くつぶやいて、デスクの上の設計図に手を伸ばす。

机の上には、これからの聖域を支配し、維持し続けるための、膨大な「プラン」が積み上がっている。

どれもが合理的で、どれもが「最善」の道筋だ。

だが、そのどれ一つとして、誰も傷つけず、誰も裏切らない道は存在しない。

 

(今さら、誰かに許しを乞うこともできやしない。)

 

聖闘士星矢の世界――この“舞台”を愛し、変革したかっただけのはずだった。

 

サガのために――と言い訳してきたが、結局は自分自身の“理想”を押し付けてきただけなのではないか。

 

(……シオン様。)

 

胸の奥で、その名を反芻する。

 

もしあの時サガが、彼の「対話」を受け入れ、共に歩むことを選んでいれば――

こんな血塗られた未来を、選ばずに済んだのかもしれない。

 

だが、そんな“もしも”を思い浮かべても、今となっては、ただの戯言だ。

歴史に「if」は存在しない。

 

――ならば、と俺は思う。

 

 この、俺が作り変えてしまった歪な世界で、俺は一体、何者であればいいのか。

 何度考えても、どれだけ理屈を積み上げても、結局は答えはひとつに還元される。

 

 (俺は、サガの親友だ。)

 

 それだけで、いい。

 すべての合理も、すべての計画も、すべての犠牲も――本当は、たったひとつの単純な動機から生まれていた。

 あいつが、孤独に死んでいく姿を見るのは、たまらなく嫌だった。

 原作のサガの最期――あれを、どうしても変えたくなった。

 

 もし、世界中の誰からも恨まれ、呪われ、歴史から消される存在になろうと、

 あいつだけは、この十三年の闇を、生き延びてくれれば、それでいい。

 俺が何者だろうと、どれだけ裏切り者の烙印を押されようと、

 “親友”という名の唯一の役割を全うするだけだ。

 

 ……そう決めた瞬間、不思議なほど、心が静まっていく。

 

 そうだ。

 俺は、改革者でも、王佐でも、物語の作者でもない。

 あいつの「親友」――それだけで十分じゃないか。

 

 たとえ神を欺き、アテナをも裏切ることになろうと、

 俺はサガのために、何度でも。

 友が闇に沈むなら、俺はその手を引いて、もう一度、光の中に引き上げる。

 それだけが、俺に残された“役割”だ。

 

 ……夜風が、静かにカーテンを揺らす。

 

 世界は、きっとまた歪んでいくだろう。

 だが、どれだけ歪んでも、どれだけ絶望の淵に沈んでも、

 俺は必ず、あいつの傍にいるだけだ。

 それだけは、この身が滅びるまで、変わることはない。

 

 (サガ。俺は、お前の“親友”であり続ける。それが、俺のすべてだ)

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