聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
(アッシュ視点)
俺は、机に積まれたペーパーワークを片付けた後、部屋の隅に据えた大きな黒いトランクをそっと開く。
そこには「特注」の超長距離通信機が収められている。
最新の衛星回線、独自の暗号化システム(杯座の聖衣経由)、外部干渉防止のための多重ロック。
かけた手間も、予算も、そしてリスクも――すべて「未来のため」だ。
俺がこれから行うのは、
参謀長としての公式業務ではない。
――それより、遥かに重要で、重い「個人の使命」だ。
俺は装置を立ち上げると、端末に長いパスコードを打ち込む。
通信先は、はるか東方――「日本」。
この星で最も遠く、しかし今の俺にとって最も近い「希望の地」。
数秒のノイズ。
やがて、スクリーンにひとりの老紳士が映し出される。
――グラード財団総帥、城戸光政。
「アッシュ殿か。お待ちしておりました」
低い、しかし明瞭な声に、俺は自然と姿勢を正す。
「こちらこそ、急な頼みを聞き入れていただき、感謝いたします、城戸光政殿」
俺たちが交わす言葉は、形式的な礼儀を含みつつ、どこか「戦場の同志」同士に近い空気があった。
決して多くは語らない。だが、必要な情報は必ず伝える――それが、この世界の裏を知る者同士の“作法”だ。
「例の『お荷物』は、無事にそちらへ?」
俺が念のため確認すると、城戸光政は小さく頷いた。
「うむ。射手座のアイオロス殿、及び、女神アテナ――昨夜、無事に我が財団で保護した。
貴殿の協力者、山羊座のシュラ殿も、先程、聖域へと帰還された」
「……ありがとうございます」
無意識のうちに、俺は深く息を吐いていた。
これで「計画の最重要段階」は――第一の危機は、どうにか乗り越えた。
(“アテナの幼き命”、そして、それを守るためすべてを賭した“射手座の男”。この二つを守ることこそが、俺の――いや、聖域の、地上世界全体の未来のためだった)
「アッシュ殿。これからも、相互の連携は必要不可欠と考えます。
貴殿の“改革”が、どれほど難航しようとも、私どもは最大限の支援を惜しまぬ覚悟です」
「ありがたいお言葉。
聖域は、今まさに変革のただ中にあります。かつての“神話の秩序”では、もうこの時代を生き抜けません。
小宇宙だけでは救えないものが、あまりに多すぎる――だからこそ、“知”と“力”の両方を備えた組織が必要なのです」
――ほんの少し、城戸の口元が緩む。
「アッシュ殿。
時に、“正しさ”は、時代を超えても孤独なものだ。
だが、孤独を恐れていては改革は成し遂げられぬ。
私も、かつて非情な決断を幾度となくしてきた。……どうか、貴殿もその重さを背負いきってほしい」
「――肝に銘じます」
数分の会話。
互いに“信頼”を確認しあい、細かな手続きや連絡事項を淡々とやりとりする。
冗談や世間話は一切ない。
(だが、それが一番楽に感じさせるのが不思議だ)
「・・・・アイオロスに代わってもらえますか?」
(アイオロス視点)
夜の日本。グラード財団の広大な屋敷。その一室の片隅に、俺――アイオロスは、静かに腰を下ろしていた。
窓の外は深い闇。見慣れぬ異国の景色。
幼きアテナの寝息が聞こえる小さなベッドの傍らで、俺は着慣れない私服のまま、ただ静かに、己の手を見つめていた。
聖域を追われ、すべてを失い、たった一人で女神を連れて逃げ延びることしかできなかった俺。
背中に刺さる「裏切り者」の烙印と、故郷の記憶の重さ。
そのすべてが、心にまとわりつき、重く沈んでいく。
だが――
部屋の隅で、グラード財団の執事が「アッシュ殿がお呼びです」と告げる。
俺は、深呼吸をひとつ。顔を上げ、画面の前に座る。
映し出されたのは、ロドリオ村の書斎。
そこにいるのは、かつての同輩、いや――友、アッシュだった。
「アッシュ…!」
画面越しとはいえ、彼の姿を見た瞬間、胸の奥に言いようのない安堵が広がる。
逃亡と闘争の中、孤独と絶望に押し潰されそうだった心が、不思議と“帰る場所”を思い出した気がした。
アッシュは、こちらの様子をじっと見つめて、静かに言う。
「無事だったか、アイオロス。よく、やり遂げてくれた」
その声には、嘘も誇張もない。
労りと、誇りと、そして絶対の信頼が込められている。
不意に、俺の喉が熱くなった。
「……ありがとう、アッシュ。すべて君の支えがあったからだ」
今まで、何度も「正義のため」と口にしてきた。
だが、いざ聖域を追われる側になってみれば、その“正義”がどれほど重く、孤独なものかを痛感させられる。
女神を守る――それは、確かに神聖な使命だ。だが、そのためにすべてを捨て、何もかも敵に回す苦しさは、想像を遥かに超えていた。
だがアッシュは、そんな俺の弱さを見抜いていたのだろう。
言葉少なに、だが確かに、こう続けた。
「聖域は、俺が、内側から、なんとかする。サガのことも…。だから、アイオロス、くれぐれも、アテナを頼む」
画面の向こうで、アッシュの目が、まっすぐに俺を見ている。
その視線に、思わず背筋が伸びた。
「――任せてくれ。どんなことがあっても、アテナ様は、この命に代えても守る」
これまで、幾度となく誓ってきた言葉。
だが今、初めて「誰かに託された」ことが、これほど心強いものなのだと、思い知らされた。
アッシュは、さらにもう一言だけ、付け加えた。
「聖域の体制が落ち着けば、たまに、そっちへ会いに行くから。お前と、アテナ様のお顔を見に、な」
たった、それだけの約束。
だが、それこそが俺にとって、何よりの救いだった。
見捨てられたのではない。
「聖域を裏切った亡命者」ではなく、「未来のために必要な友」として、信じて託されている。
この孤独な戦いも、決して独りではない――。
そう思えた瞬間、胸の奥に、強くて温かい炎が灯った。
「……ああ、ありがとう、アッシュ。本当に――」
俺たちは、今や、遠く離れた場所で、別々の闘いに身を投じている。
だが、その“戦いの意味”は、同じだ。
女神を守ること。希望の火を絶やさぬこと。
たとえ、直接顔を合わせることがなくても――
心は、いつだって“戦友”として、つながっている。
アッシュと通信を切った後、俺は、しばらく椅子にもたれかかったまま、静かに目を閉じる。
聖域――俺の故郷。
兄弟のように共に育った友。
守るべき女神。
すべてが、今、手の届かない場所にある。
だが、俺はもう、孤独ではない。
やがて、小さな物音がした。
振り返れば、アテナ様――そうだ、城戸沙織様と名乗るのであった。
が目を覚まし、こちらを見上げている。
「大丈夫ですよ沙織様。もう、何も心配いりません」
自分でも驚くほど穏やかな声が出た。
さっきまで胸に渦巻いていた絶望が、いつの間にか消えていた。
アッシュ――。
ありがとう。
俺は、君の信頼に応える。
どれほど長い闘いになろうとも、必ず。
聖域の、そして地上の愛と正義のために――。
何年でも、何十年でもいい。
アッシュと、また笑って話せる日まで。
俺は女神を――希望を守り続ける。
胸の奥に、確かに灯った友情の炎とともに。
城戸光政「アイオロス君、アテナ……いや、沙織は私の孫娘として、この日本で育てることにしたよ。」
アイオロス「……それが最も安全な選択だと、私も思います。だが、よろしいのですか?」
城戸光政「ふふ、私ももう老い先短い身だ。せめて、この子が人間として幸せに生きる姿を見てみたいのだよ。」
アイオロス「……あなたになら、安心して託せます。沙織様を、どうか頼みます。」
城戸光政「任せてくれたまえ。だが、いずれ“あの力”が目覚める日も来る。その時は、再び君の助けが必要になるかもしれん。」
アイオロス「はい。その時こそ、命をかけてお守りします。」
聖域はこの後どんな世界線に??
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本編でこそ水洗トイレが輝く!
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黄金聖闘士達のオリジナル短編が見たい。
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セインティア翔ってあるんだぜ!
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他の作品とコラボしたいよね!