聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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川で死にかけ、恋で覚醒 ~これが僕の小宇宙だ~

(ルカ視点)

 

 

弟子というものは、つくづく厄介な存在だ。

 なまじ本気で向き合えば、どうしても“家族”に似た情が湧く。その成長を願い、時に過ちを悔やみ、自分の人生の後悔すら重ねてしまうこともある。

 

 アッシュ。

 

 正直、最初は半信半疑だった。

 だが、修行を始めてみると、彼は予想を超えてよくやった。

 気(ソウル)と力(パワー)を集中する稽古も、すぐにコツをつかむ。体術や基礎体力も、十二歳にしては申し分ない。精神的な集中力も高く、苦しい鍛錬にも決して音を上げなかった。

 子どもはみな、最初の数ヶ月で根を上げる。アッシュは違った。

 けれど――

 

 どうしても、小宇宙(コスモ)だけは、目覚めない。

 

 こればかりは、どれほど鍛えても、教えても、限界がある。

 才能――生まれ持った“火種”がなければ、決して燃えることのないもの。

 私はそれを、何度も見てきた。

 努力だけでは超えられない壁。その前で立ち尽くす弟子の姿を、幾度も、幾度も見送ってきた。

 

 アッシュは変わった子だ。

 感情の奥に、他の子にはない“孤独”と“焦燥”を感じた。自分を律することに長け、理屈で物事を割り切る癖がある。その理性が、時に彼自身を縛ってしまっているようでもあった。

 

 ――もしかしたら、この子もここまでなのかもしれない。

 

 そんな考えが頭をよぎったのは、師としての限界を認めたくなかったからか、それとも過去の自分への言い訳だったのか。

 だが、潮時は近いと感じていた。

 

 そして、私は決断した。

 

 最後の一押し――極限の修行。

 それは、候補生が“本当に聖闘士になれるか”を見極める、ある意味で“禁じ手”ともいえる方法だ。

 命の危機に瀕したとき、人は真に己の底を知る。

 川の底、冷たく暗いティベリスの流れの中で、目覚める者もいれば、そうでない者もいる。

 

 私は、アッシュを川へ沈めた。

 「小宇宙に目覚めなければ、死ぬだけだ」

 無慈悲に聞こえるかもしれない。だが、これが聖闘士候補にとっての“本当の最後の壁”だ。

 

 川の流れは冷たく、容赦なく命の灯を奪っていく。

 私は、岸から見守ることしかできなかった。

 アッシュの小さな体が、何度も水面を漂い、時に激しくもがく様を、ただ黙って見つめていた。

 

 やがて、彼の動きが止まった。

 私は迷いを振り払い、川へ入り、彼を引き上げた。

 

 唇は青く、体は冷たかった。

 それでもアッシュは、かろうじて息をしていた。

 

 私は、タオルで体を拭き、静かに抱き上げて家へ送り届けた。

 両親には「今日は休ませてやってくれ」とだけ伝えた。

 

 ――本当に、これで良かったのだろうか。

 帰路、私は自問し続けた。

 アッシュのような子を、ここまで追い詰めてしまった。

 このままでは心まで壊してしまうかもしれない。

 翌日、私は修行を休みにした。

 どのようにして「諦めさせるか」――その言葉をどう伝えるか、考えながら一晩を明かした。

 

 だが、その翌日。

 

 道場の門が開いた音がして、私は思わず顔を上げた。

 

 そこに立っていたのは、傷だらけで、それでも凛と背筋を伸ばしたアッシュだった。

 顔色はまだ完全ではなかったが、目だけは違っていた。

 どこまでも静かで、どこまでも熱い。

 これまでのどんな修行でも見たことのない、“魂の炎”がその奥に灯っていた。

 

 「師匠……お願いします」

 それだけ言うと、彼は静かに道場の中央に立った。

 

 私は、半信半疑で呼吸法を指示した。

 「気を整えろ。心を静めて、内側に集中しろ」

 アッシュは目を閉じ、深く息を吸い、静かに小宇宙を探った。

 

 その瞬間、空気が変わった。

 場が引き締まり、周囲の気温がわずかに上がった気がした。

 私の肌に、確かに伝わる“圧力”――小宇宙だ。

 

 「……やっと、見えたか」

 私は、静かに言った。

 

 アッシュは、微笑んだ。

 

 私は、しばし黙った。

 小宇宙というものは、誰にでも目覚めるものではない。

 だが、命の危機――“地獄”を見て初めて、魂が叫び出すこともある。

 

 この子は、その“地獄”から帰ってきたのだ。

 

 私は深くうなずいた。

 「お前は、もう自分の道を見つけたな」

 これからも鍛えよう。

 この子が、本当の意味で独り立ちするまで。

 私もまた、師として全力で――命を賭して――支え続ける覚悟を決めた。

 

 弟子の背中を見守りながら、私は静かに、胸の奥の炎をもう一度燃やし始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

(アッシュ視点)

 

 

 

 「小宇宙(コスモ)を感じろ」と、師匠は言う。

 だが、理屈好きな僕には、それが一番苦手だった。毎日の修行で体は鍛えられ、呼吸法や集中力も、気(ソウル)と力(パワー)も“優等生”レベルだと自負していた。それでも小宇宙だけは、ついに一度も「感じた」とは言えなかった。

 

 そして、ついにあの日が来た。

 

 ローマの大地を潤すティベリス川。その流れは、春先でも冷たい。

 僕は無言で、師匠に首根っこを掴まれて川の中央まで連れて行かれた。

 「目覚めなければ、死ぬだけだ」

 無慈悲な声。

 抵抗しようにも無駄で、ズブズブと沈められた。息が持たない。目の前は一気に真っ暗になる。冷たい水が肺まで染み込み、頭がじんじんしてきた。

 

 (ああ……ここで終わりかもしれないな)

 

 そんな弱音が心に浮かぶと、不思議と肩の力が抜けてきた。

 その瞬間、バチン、と何かが弾けた。

 

 重しにしていた鉄の輪が、突然バラバラに砕けて、僕の体が水面へと浮かび上がった。

 あっけないほど簡単に息を吸った。咳き込んで、目の端に涙が滲んでいた。

 師匠の慌てた顔がぼやけて見える。

 

 「大丈夫か、アッシュ……!」

 「……うん、死ぬかと思いました」

 

 死の淵から、かろうじて帰還した僕は、ただ危険な目にあっただけ――としか思えなかった。

 

 師匠はしばらく黙り込み、僕を家に送り返してくれた。

 「今日は休め。明日も無理しなくていい」

 普段の鬼の形相は消え、どこか腫れ物を触るような優しさがあった。

 いや、そんな目で見ないでください師匠。僕はまだ何も分かっていませんから。

 

 休みの日――。

 気晴らしに街をぶらぶらと歩く。ティベリス川の流れを見ても、なんとなく昨日の恐怖が蘇るだけ。

 近所のジェラート屋の前で、思わず立ち止まった。

 そこで、運命の事件が起きる。

 

 好きだった女の子――エレナが、別の男の子と手を繋いで歩いているのを、見てしまったのだ。

 (うそだろ……。昨日、僕は生死をさまよったっていうのに、君は新しい恋かい!?)

 

 腹の底から、妙な熱がこみ上げてくる。嫉妬、哀しみ、怒り、そして惨めさ。

 気が付けば、近くのコンクリート塀を拳で殴っていた。

 「……ッ!」

 ゴシャッ。

 何かが砕ける感触。痛みも、ほとんど感じなかった。

 ゆっくり手を引き抜くと、粉々に崩れたコンクリートの残骸が足元に転がっている。

 

 ――え? え? 今の、僕?

 

 なんてことはない。

 ティベリス川で死にかけたときも、これといって自分が“覚醒”した実感はなかった。

 けれど、今この一撃……。いやいやいや、今までで一番実感があるじゃないか。

 これが……小宇宙? 嫉妬パワー?

 やばい、もし師匠にバレたら一生ネタにされる!

 

 翌日。

 

 道場に出向くと、師匠が既に待ち構えていた。

 「気を整えろ。心を静めて、内側に集中しろ」

 こっちは必死だ。バレないように呼吸を整えるフリをし、心の中であの“腹いせパンチ”を思い出す。

 エレナとあの男の顔――

 なぜか胸の奥で火花が散る。

 

 ふと、道場の空気がピリリと引き締まった。

 

 師匠がゆっくりと目を見開き、驚いたように呟く。

 「……やっと、見えたか」

 

 (えっ、これでいいの? こんな感じでよかったの!?)

 

 師匠は大きくうなずき、しばし感慨深げに僕を見つめている。

 「アッシュ、お前はもう自分の中の炎を手に入れたな。これでお前も立派な弟子だ」

 「……あ、はい」

 

 いやいやいや、先生、ちょっと待って。

 この“炎”って、エレナの裏切りで火がついた嫉妬の炎なんですよ?

 本当にこんな理由でいいんですか、聖闘士の資格?

 こんなところで“目覚め”を果たしてしまって、これからの人生、何かとんでもない方向に行きそうな予感しかしない。

 

 「アッシュ。よくぞここまで……」

 師匠の目はキラキラと輝いている。いや、勘弁してほしい。

 どんどんハードルが上がっていく。プレッシャーが胃に来る。

 そのうち、道場で“恋愛修行”とか始まりそうで怖い。

 

 「これからは、より厳しい修行になるぞ」

 「え、あ、はい」

 曖昧に微笑んで返すと、師匠は一層誇らしげな顔になる。

 

 頼むから、そんな目で僕を見ないでほしい。

 真実を言ったらきっと「小宇宙の正体は嫉妬だ」なんて、伝説になる。そんな黒歴史、誰にも言えない。

 いや、言うものか。この秘密は墓場まで持っていくと、僕は静かに誓う。

 

 ……よし、とりあえず、明日からは嫉妬しないように平和に生きていこう。

 でも――エレナのやつ、あの男とどこまで進展してるのか、やっぱりちょっと気になる。

 (いやいや、ダメだダメだ。こんなことで小宇宙を燃やしてたら人生が持たない!)

 

 かくして僕は、師匠の「覚醒の弟子」として、新たな修行に突入することになった。

 何が正しいのかよく分からないが――たぶん、これが僕なりの“燃やし方”なんだろう。

 師匠の期待と嫉妬の火種、どちらが先に尽きるかは、まだ分からない。




今日もローマは平和……と油断していたところ、我が家に突然の来客が。

 ピンポーン。

 警官A「失礼します。近所の川で“不審な男が少年を沈めていた”という通報がありまして……何かご存じないですか?」

 ルカ「……えー、いや、その……少年? 沈める? いやあ、最近は物騒ですねぇ(滝汗)」

 警官B「近隣住民によれば、がっしりした体格の男性が“アッシュ”という名の少年を川に沈めていたと」

 ルカ「……(絶句)」

 アッシュ(家の奥から小声で)「師匠、全部バレてる……」

 警官A「念のため、その“アッシュ”くんとやら、ご無事ですか? お姿を拝見しても……」

 ルカ「あ、アッシュ! ちょっとだけ顔を見せてくれるかな!」

 アッシュ(出てきて満面の営業スマイル)「ごきげんよう! いやー、溺れかけましたけど無事です! 師匠は、ええと、命の恩人ですから!」

 警官B「……事情聴取、少々よろしいですか?」

 ルカ「(ああ、終わった……)」

 

 ――というわけで、あとがきの原稿は留置場で書くことになるかもしれませんが、
 皆さんも「修行」と「川遊び」は計画的に!
 次回もお楽しみに。

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