聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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西の回廊、膠着を断つ金色の閃光! 蟹座の黄金聖衣、ついに降臨――!
「冥界波は使わねぇ」。だが終わりじゃない。巨蟹宮で磨かれた“誇り”が、英霊を閲兵(えっぺい)させる!

立て、無名の戦士たち! 積尸気転霊波――音もなく迫る魂の軍勢が、
南十字(サザンクロス)を穿(うが)つ、ただ一滴の必然となる!

「殺戮者か、守護者か」。秤は、戦場でしか振れない――
黄金の相棒と並び立つデスマスク、落とし前は拳で支払うまで!

次回――『積尸気転霊波!南十字を穿つ無名の一撃』

――きみは小宇宙(コスモ)を感じたことがあるか?


積尸気転霊波!南十字を穿つ無名の一撃

(デスマスク視点)

 

 膠着。つまらねえ言葉だが、いま目の前の光景にはそれが一番しっくりくる。俺とクライスト、互いに決定打を欠いたまま、間合いを詰めては散らし、虚を衝いては受けられ、少しでも油断すれば心臓まで持っていかれる、そんな気配だけが濃くなっていく。

 汗の味が鉄っぽい。舌打ちが喉の奥に張りつく。

 

「チッ……面倒なことになったぜ」

 

 俺が吐き捨てた瞬間、空間がきしんだ。黄金色の襞がめくれ、向こう側からこちら側へ。

 そこから降りてきたのは、蟹座(キャンサー)の黄金聖衣。俺の相棒。甲殻の意匠、鋏(はさみ)の紋様、胸元の星紋、どれも見慣れたはずなのに、何度見ても胸が躍る。

 

「ハッ……ハハハ! 待ってたぜ、相棒!」

 

 両腕を広げるまでもなく、聖衣のほうが俺に吸い寄せられてくる。肩、胸、腰、脚――金の板が音もなく噛み合い、俺の小宇宙にぴたりと同調した瞬間、世界の密度が変わる。圧が上がる。呼吸が甘くなる。耳の奥で潮が満ち引きするみたいに、鼓動が静かに重く整っていく。

 対面のクライストが、一歩、無意識に下がった。瞳孔がわずかにすぼまる。

 

ああ、ようやくいい顔をする。恐怖は戦場で一番正直な言語だ。

 

「どうした? 神にでも祈るか? まあ、無駄だがな」

 

 残忍だと? 好きに呼べ。俺は俺のやり方でやる。

 

俺が黄金聖衣を纏った今、ここから先は、一気に片を付けるだけだ。聖衣の内側に広がるのは焼けた砂鉄の匂いとわずかな香の残り香。骨と金属が噛み合うたび、全身の動きに誤差が消えていく。

 

「安心しな。約束通り、お前の魂を直接冥界に送る冥界波は使わねえよ」

 

 クライストの眉がぴくりと動く。望み通りの台詞だろ? だが安心するには早え。俺が冥界波を封じるのは、奴の願いを聞いたからじゃない。あれは“送る”技だ。落とし前ってのは、自分で払わせるのが筋だろうが。

 

 俺の小宇宙は深く、広く、荘厳に――そう、荘厳に――高まっていく。胸骨の奥から立ち上がるのは憎悪でも嗜虐でもない。もっと静かで、もっと重いもの。誇りに似た温度だ。黄金聖衣が淡く脈打ち、床に金の影が四方へ伸びていく。

 

「――準備はいいか」

 

 俺が指先を立てると、周囲の温度が一段落ちた。空気の層が薄くなり、戦場の上にもう一つの階(きざはし)が降りてくる。そこから、ひとり、またひとりと輪郭だけが光る影が現れる。

 無数の戦士の魂。だが、お前が想像しているような怨念の群れじゃない。目は濁っていない。背筋は伸び、鎧は正され俺の前に並び立つその姿は、まるで古の騎士団の閲兵だ。鎧の擦れる気配すら整列していて、音なき行進の拍が、俺の心拍に重なる。

 

「ば、馬鹿な! 貴様のような残虐非道な殺戮者に、なぜ魂たちが協力するというのだ!?」

 

 クライストが叫ぶ。いい反応だ。

 

「さあな」

 

 俺は笑い、少しだけ目を閉じる。瞼の裏に、数か月前の石の冷たさが蘇る。

 

 

 

     *

 

 

 

 聖域・巨蟹宮。昼下がり、風がよく通る日だった。石畳の上を歩く軽い足音。振り向けば、同郷の女が立っている。イタリアの風を纏った、切れ味のいい視線。――エレナだ。

 彼女が眉をひそめる。壁と床に浮かぶ無数の顔。歪み、呻き、こちらを見上げる彫り物――に見えるヤツら。

 

「……これは、あなたの悪趣味? どうにかならないの」

 

「ハッ」

 

 俺は壁に近づき、顔の一つをベリッと剥がしてやった。粘着面が陽に光る。

 

「こんなもんトリックアートだよ。師範に『敵をビビらせるには内装からこだわれ』って言われてな。費目は啓発・広報。稟議は通ってる」

 

「その稟議、私のところにも回ってきたけどね。壁面イリュージョン1200枚分って、何よ。しかも予備ステッカーまで」

 

「備えは大事だろ。剥がすたびに補充が要る」

 

「……そういう冗談、素直に笑えないの知ってるわよね。庶務が泣いてるわ」

 

 肩をすくめ、宮の奥へ案内する。こっちだ、と扉を押すと空気の匂いが変わる。

湿度は低く、香は薄く音は遠い。

悪趣味な装飾はここにはない。白い石と、静かな水盤。

壁龕(へきがん)に刻まれた名。古い剣。折れた槍。並ぶ遺品のひとつひとつが、過去の戦場の温度をそのまま保っている。床には磨き込まれた経路が一本、奥へ奥へと延び、誰がどれだけここを訪れたかを物語っていた。

 

「ここにいるのが、俺が敬意を払うべき、本物の戦士たちの魂だ」

 

 エレナの目がわずかに柔らぐ。彼女は足を止め膝を折り短く祈った。

俺はその横顔を見て、少しだけ息を吐く。

 

「俺は、カタギには手を出さねえ。無駄な犠牲は、アッシュ師範の教えによれば『合理的』じゃねえからな」

 

「アッシュ様の“合理”ね。あなたの口から聞くと、ちょっと可笑しい」

 

「悪いかよ。俺だって学ぶんだ。必要なときに必要なだけ殺す。要らねえ血は、一滴も流さない。それが――俺の『正義』だ」

 

「……その正義、書類にして提出してくれる? 改革委員会のフォーマット、知ってるでしょ」

 

「ふざけんな。正義に様式は要らねえ」

 

「でも予算申請には要るの。次からはステッカーの発注数、半分にして」

 

「検討してやる」

 

 言い終えると、壁龕の前で膝を折り、名を小さく読み上げる。聴こえるかどうかは分からねえ。だが、俺はここで何度も彼らと話した。戦況の報告、愚痴、くだらない笑い話。死者に口はないが沈黙には色がある。

黙って俺を責める沈黙もあれば、笑って流す沈黙もある。ここにあるのは後者だ。

 俺はときどき、水盤の縁を磨く。誰に見せるでもないが、光は鈍くも確かに返ってくる。その光を見ていると、背骨が一本通る。

 

「……見直したわ」

 

 エレナがふっと微笑んだ。鋭かった気配が、春の水みたいに解ける。

 

「あなた、アッシュ様がいなかったら、惚れてたかもね。……いい男になったじゃない」

 

「言っとけ」

 

 そのとき、彼女は初めて俺に敬語を使わなかった。どうでもいい違いかもしれねえが、俺には大事な違いだった。

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

「お前のような、女神に蘇らせてもらっただけの亡霊に、死を覚悟して戦ったこいつらの誇りが分かってたまるかよ」

 

 指先が合図を刻む。前へ。

 

「行け、お前ら! こいつに、本物の『死』ってやつを教えてやれ!積尸気転霊波(せきしきてんりょうは)!!」

 

 英霊たちが、一斉に風になる。足音はない。だが、空気圧だけでクライストの皮膚が粟立つのが分かる。彼は反射で身をひねり拳を振るい、技を放つ。――遅い。

 一体がすり抜け、二体が絡め取り、三体目が肘を叩き込む。生者では扱えない角度と間合いで、霊の軍勢は容赦なく命を削り取っていく。四体目は彼の影に潜り、影から影へと心臓の裏側を指先で貫く。五体目は彼の視界に、かつて自分が捨てた仲間の背中を一瞬だけ見せた。躊躇――それで十分だ。

 

「ぐ、あ……!」

 

 呻きは短い。斬り結ぶ金属の音はない。あるのは、存在が薄くなっていく音――名状しがたい、乾いた剥離の気配だけだ。クライストの輪郭が波打ち、鎧の紋がほどけ、魂の灯が白く痩せていく。肩越しに彼の目が俺を探すがもう届かない。英霊は恨みで動かない。誇りで動く。だから鈍らない。

 

 俺は見ている。見届けるのが、こいつらを呼んだ俺の責任だ。英霊に頼るのは簡単に見えるか? 違うね。刃を貸してもらうには、刃の重さまで引き受ける覚悟がいる。俺はこいつらの主君じゃない。ただの借り手だ。だから、借りた刃で余計なものは斬らない。狙いは一点、借りた理由(わけ)だけ。

 

「終いだ」

 

 最後の一撃は、名もなき兵が放った。ただの兵(つわもの)。だが、戦場はいつだって無名が支えてきた。白い灯がひとしずく落ち、胸甲の中心で“音もなく花弁のように”開いた。クライストの魂が、ぱん、と無音に近い音で砕け、霧のように散った。彼を蘇らせていた女神の糸が、くるりと虚空で解けて消える。

 

 沈黙。

 

 英霊たちは、俺に背を向けない。最後まで並び立ち、やがて薄靄のように色を失って、戦場から退いていった。

 

「ご苦労さん。また、何かあったら頼むぜ」

 

 俺は片手を上げる。彼らの多くは振り返らないが、一人だけ、古い傷の走る頬を持つ男が、ほんのわずかに顎を引いた。礼。十分だ。

 次に会うときまで、俺は水盤と名板を磨いておく。酒も用意する。約束はそういうもんだ。

 

 背後で、クライストの残滓が風に飲まれていく。もはや、魂の影すら残らない。女神に命を握られた亡霊は、ここで本物の死を受け取った。

 

 さて――。

 

 黄金聖衣が胸の前で低く鳴る。相棒が、まだやることがあると告げてくる。分かってる。サガが開けた道筋は一本じゃない。四方で黄金の柱が立つ音がする。シュラ、アフロディーテ――そして、倒れていてもなお届く射手座の灯。

 そして、苦笑が漏れる。こんな最前線でも、書類の締切は待っちゃくれねえ。あとで庶務に怒られる前に、勝って帰ってサインしてやる。

 

「相棒、行くぞ」

 

 俺は血の味を吐き捨て顎を上げた。戦場はまだ続く。冥府の門だろうが神の宮殿だろうが、蟹座のデスマスクが通る道は一つだ。無駄を斬り必要だけを残す。

 アッシュ師範の顔が脳裏をよぎる。あの人が言った。「勝ち方を設計しろ、感情で動くな」。――分かってる。分かってるさ。だからこそ、俺は怒りを設計図に落としてから斬る。

 

 この先に待つのが、神々の嘲笑でも、理不尽な命令でも、あるいは――あのイタリア娘の皮肉でも。

 

「全部まとめて、相手してやるよ」

 

 俺は踵を返し、次の敵の匂いへと歩き出した。

 

 

「やれやれ、バレたか。帰ったらお説教かねぇ。――借りは、必ず返す」

 小さく呟いて、顎を引く。エレナに頼まれていた和菓子を思い出し、苦笑する。あいつ、こういう時に限って銘柄指定がうるさい。「京都のあれ」帰りに寄れるなら寄ってやるさ。

 

 遠雷のような衝突音が、別の戦域から伝わってくる。黄金の柱が一本、また一本と濃度を増す。狼煙はもう上がっている。ならば、俺も走るだけだ。俺は肩の位置を一段落とし、呼吸をひとつ整え、黄金の相棒と共に跳ぶ。

 

 




デスマスク「……関税、高っ! 黄金聖衣は装飾用金属鎧(超重量)で課税ってどういう了見だよ。で、マジで俺の自腹なのか?」

エレナ「はい。庶務からのお達し。宗教美術品でも軍需品でもないので免税不可。それに予算は壁面イリュージョン予備ステッカー1200枚で使い切ってるわ」

デスマスク「あの稟議、まだ根に持ってんのかよ……。領収書はこれな。桁、二度見すんなよ?」

エレナ「桁は最初から合ってる。あなたが聖衣をそのまま持ち帰るからでしょ。ところで申告書の用途欄:防具(対神級)は修正しておいたわ。作業用保護具(儀礼)に」

デスマスク「格下げすんなっての。で、出国のX線で止められた件は?」

エレナ「着用して通りますって言い出した人の顔、忘れないから。係員の心拍が上がってたわね」

デスマスク「着れば早いと思ったんだよ。……なぁ、その、税関で揉めたとき来てくれたのは、助かった。お前、やっぱり頼りになる」

エレナ「知ってる。だからこそ“自腹”って言っても引かないと思ったの。――ありがとう、持ち帰ってくれて」

デスマスク「……礼なんかいい。どうせ経費落ちねぇなら、せめて見返りで“京都のあれ”でも奢ってくれよ。銘柄指定の」

エレナ「いいわよ。じゃあ任務が全部片付いたら、ゆっくり。場所は私が決める」

デスマスク「お、おう。スーツ新調しとくか……いや聖衣で行くか?」

エレナ「前者一択。後者はまた課税よ」

デスマスク「チッ、現実的だな。……でも、そういうとこ嫌いじゃねぇ」

エレナ「知ってる。じゃ、無事に帰ってきて。そのとき領収書と君、両方受け取るから」

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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