聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
迎え撃つは山羊座シュラ、剣は力に非ず、理(ことわり)なり。
螺旋を断つ一寸――エクスカリバー、空間を裂け!
割れた神盾が問いかける、「受け切る」とは何か。
背で交わす礼、残すは矜持のみ。
そして遠く、黄金の柱が天を焦がす――射手の灯はまだ消えない!
次回『神盾、両断――山羊座の理・エクスカリバー!』
君は小宇宙を感じたか!
(シュラ視点)
天蓋の雲が、まるで巨大な甲冑の継ぎ目のように裂けた。黄金の光が降り、その中心から、馴染んだ輪郭が矢のように落ちてくる。――山羊座(カプリコーン)の黄金聖衣。
俺は一歩、前へ。掌を開くと、光は自然に俺の胸へ吸い込まれ、肩甲から腰、脚部へと一枚ずつ金の板が嵌まり、音もなく密着した。聖衣が骨に噛み合う感覚と同時に、小宇宙の密度がぐっと上がる。肺が軽くなり、視界の淀みが払われる。
「来たか、山羊座の黄金聖衣! それこそが、お前の真の姿!」
正面、ヤンの声に怯えはない。むしろ歓喜に震えていた。自らの“最強の盾”で俺の“最強の矛”を正面から受け切る――それが望みだと、その目が語る。
俺は頷き、踵(きびす)を半足分だけ引く。敬意は構えから示すものだ。
次の瞬間、風が捻じれた。ヤンの脚が地を離れ、腰の軸で絞り上げられた螺旋が踵から膝へ、膝から脛へ、脛から甲へと連鎖していく。
「ボーン・クラッシュ・スクリュー!」
嵐のような連続蹴撃。研ぎ澄まされた回転力が空気を高く鳴らして迫る。
だが当たらない。
俺は半歩、足裏の母趾球で床を撫でるだけで軌道の外へ肩を滑らせる。
肩を外せば腰が外れ、腰が外れれば脚は届かない。届かない刃は、刃ではない。
燕返しのように折り返される二の蹴りも、三の蹴りも、羽のように角度を変え余剰を流す。金属の冷ややかな摩擦音が耳の後ろで小さく鳴る。衝撃は聖衣が受け、俺は微動だにしない。
ヤンは間合いを詰め直し、角度をずらし回転数を上げる。俺は一切の反撃をせず、ただ舞うように受け流す。
――いつでも仕留められる。だがそれでは意味がない。
この戦いは、もはやアテナのためでもエリスのためでもない。最強の矛と最強の盾、どちらが上かを決める戦士としての純度の勝負だ。
(この盾をエクスカリバーで断ち斬れぬ限り、俺の勝利はない……)
肘や膝で急所を穿つ手はいくらでもある。聖衣の節目を打てば容易く崩れる。だが、俺の矜持がそれを許さない。
俺は他の技を封じる。指先の刃だけを研ぎただひたすらに刻を待つ。自分の剣を理(ことわり)にまで高めるために。
ヤンの蹴りが再び弧を描く。足裏が空気を握り潰したように鈍い音を立て、盾の縁が光を吐く。あの盾は確かに強い。受けの角度が正確で、力が面で逃げる。正面から叩き折るには、刃の線が揺らぎ一つなく通らねばならない。
俺は呼吸を詰めない。吐く。吸う。吐く――三拍子で脚の重心を刻み、心臓の鼓動と合わせる。視界の端で砂粒が跳ね、ひとつ、またひとつ落ちるのを捉える。時間は伸び音は薄く、世界は静かに俺の刃を待っている。
掌の中で、かつての声が蘇る。
「聖剣(エクスカリバー)は、腕を刃に見立てて振るうものだが、重要なのは〝力の収束〟と〝回転軸〟の管理だ」
「ただ腕をぶん回すんじゃない。肩の回転を軸にしつつ、遠心力で刃の速度を最大化しろ」
「〝打ち抜く〟イメージじゃなく、〝空間ごと断ち切る〟感覚だ」
「小宇宙の流れを刃先じゃなく、腕全体に加速として乗せろ。…ああ、分かりやすく言うと、〝粒子加速器〟みたいなもんだ」
「ここからここまで力を流す、ですね」
「そう、それで良い」
アッシュ師範の言葉。俺の背筋を真っ直ぐにする言葉だ。
ヤンの軸足が一瞬だけ沈む。蹴りの連鎖に、わずかな空白が生まれた。回転は続くが、盾の縁が正中から半分だけ外れる。そこに面の継ぎ目が立つ。
今だ。
「見せてやる……我が魂の全てを!」
右腕の肘から指先へ、神経の一本一本にまで小宇宙を通し余剰を削る。
刃が長くなるほど、線は揺らぐ。ならば短く持てばいい。俺は肩を落とし、肘を畳み、掌を刃にする。
腕から立ち上る光は、もはや刃の形をしていない。空間の繋ぎ目に沿って走る、見えない“道筋”。それが“理”だ。そこを通せば、固体も、力も、時間も抵抗の意味を失う。
ヤンが咆哮し、盾が迎え撃つ角度で立つ。
聖剣は、吸い込まれるようにそこへ落ちた。
「砕け散れ――エクスカリバー!!!」
音は、最初は鳴らなかった。
次いで、細い硝子の悲鳴が遅れて追ってきた。甲高い断末魔。盾の中央から白い筋が走り、左右へ一瞬で解(ほど)ける。
空気が一拍遅れて裂け、風が外へ逃げる。砂が逆巻き、破片が光を弾き、二つの半月が床に跳ねた。
ヤンの体幹が揺らぐ。彼は崩れない。膝を深く折り、肩で呼吸を受け己の全体重で残った衝撃を地へ流す。――見事だ。
俺は追わない。追えば斬れるが、それは“斬るべき刃”ではない。
盾を失ったヤンは、静かに片膝を落とし目を閉じる。
「……見事だ。さあ、とどめを刺すがいい」
俺は構えたまま、一拍呼吸を置いた。刃に残る余震が収まるのを待つ。
そして腕を下ろす。
「断る」
「……何?」
俺は背を向ける。敬意は刃を納めることでも示せる。
「俺は殺すつもりでお前を斬った。その俺の魂の一撃を受けて、なお生きているのならそれはもうお前の『運命』だ。ならば亡霊であろうと、俺がその命を奪う理由はない」
ヤンの息が詰まる音が、背中越しに届く。
この決闘は互いの矜持を賭けたものだった。俺は俺の剣で、彼は彼の盾で限界を越えに行った。そこで生き残った命に、余分な刃を足すことは、俺の“理”に反する。
数歩歩く。黄金聖衣の関節が、微かに低く鳴る。相棒も納得している。
背後で、ヤンが瓦礫の上に腰を下ろす気配がした。
彼はまだ戦える。だが、今日はもう交える必要はない。
視界の端、遠方に黄金の柱が一本、また一本と立ち上がる。俺は顎をわずかに上げる。仲間たちの狼煙だ。
そして、倒れてなお、小さく脈打つ射手座の灯――あれは消えない。あいつは必ず戻る。戻ったとき、俺は胸を張って迎えられるように、今日の刃を磨いた。これでいい。
ふと掌を見る。指節に残る微かな温もり。斬ったのに、熱ばかりが残っている。不思議なものだ。
アッシュ師範の声が、もう一度、骨の奥で鳴る。
『勝ち方を設計しろ。感情で動くな。ただし、最後の一寸は魂で押せ』
あの一寸が、盾を割り、俺を守った。
振り返らない。背中で礼を受ける。戦士同士の礼は、それで十分だ。
風が一度だけ強く吹き、砕けた盾の欠片をさらっていく。金属の匂いが薄れ、石の乾いた香りが戻ってくる。戦場は、もう次の戦いの支度を始めている。
俺は歩を進め、金の相棒とともに薄い影の中へ溶けた。
剣は納めた。だが、矜持は納めない。次の刃に移すだけだ。
――山羊座のシュラ、ここにあり。
(ヤン視点)
――風が通り過ぎる。
砕けた盾の欠片が、ころりと足元で転がった音がやけに大きく聞こえた。
膝に体重を預けたまま、俺はしばらく立ち上がれずにいる。痛む箇所は数えきれない。だが不思議といちばん重いのは骨でも筋でもない。胸のど真ん中、言葉の置き場になっていたはずのところがぽっかり空洞になっている。
シュラは振り返らなかった。
あれが彼なりの礼だと分かっている。背で礼を交わす、戦士のやり方。だから俺も呼び止めない。呼び止めてはいけない、という確信がある。言葉に変えてしまえば、今の一太刀の意味が薄まってしまう気がするのだ。
指先で破片を拾い上げる。
神盾――最強の盾。俺はこいつに自分の存在を預けていた。「受け切ること」こそが俺の証であり、俺の価値だった。刃が来るなら受け止め、力が来るなら散らし、理が来るなら耐え抜く。そうして幾度も生き延び、幾度も“勝って”きた。
けれど今日初めて知った。受け切ることは、勝つことと同義ではない。受け切るという行為は、矛の“道筋”を見失わせるための術であり、同時に、自分の“道筋”をも鈍らせる危うさを秘めているのだと。
シュラの剣は“速い”とか“重い”とか、そういう次元の言葉では形容できなかった。あれは、刃の形を借りた「理(ことわり)」だった。
俺は盾で“力”を受けようとした。だが、彼が俺に差し向けたのは「力」より先にある筋道そのものだ。断ち切られたのは金属ではなく、俺の中で揺るぎないと信じていた等式――〈最強の盾=不敗〉という、都合のいい神話だ。
「……運命、か」
さきほどの言葉が、遅れて鼓動に追いつく。
――「それはもうお前の『運命』だ」。
彼はそう言い、剣を収めた。殺す気で斬った、と。だからこそ生き残ったならそれを俺の運命として尊ぶ、と。
敗者が救われるための美辞麗句だと切り捨てることもできる。
だが、不思議なことにあの瞬間の俺は屈辱を感じなかった。屈辱より先に来たのは、驚きとそして微かな安心だ。勝敗の外側に、別の値打ちがあるのだと誰かに許された気がしたからだ。いや、許されたのではない。提示されたのだ。次に歩むための細い橋が。
風がまた吹く。
四方の空に、黄金の柱が立ち上るのが見える。遠い戦場で鳴る衝突音が、地面を伝って太腿へ届く。世界は、俺の思索など待ってくれない。だが今だけは、少しだけ目を閉じる時間をもらおう。
……俺はなぜ蘇った?
エリスの小宇宙が身体に絡みついたとき、確かに温度を感じた。冷たい紫の糸。命の縁(ふち)に指を引っかけてこちら側へ戻す、神の手。恩義がないわけじゃない。だが、俺はあの時、何を誓った? 「エリスのために戦う」と? 本当に?
多分違う。正確には、俺は「戦う場がある」という誘惑に頷いたのだ。もう一度、自分の“最強”を証明できる舞台。最強の盾として立てる場所。だから戻った。
ならば――今日、盾が割れた今、俺は何に頷く?
拾い上げた欠片を、光に透かす。
割れてなお美しい。断面は鋭く、線は迷いがない。斬られ方に品がある、とでも言うべきか。おかしな感想だが、そうとしか言いようがないのだ。
剣は、持ち主の生き様を映す。盾だって同じだ。今日の割れ目は、俺の“道筋の欠落”を浮き彫りにした。受けることが目的になったとき、盾は守りではなく停滞になる。守るための盾が、歩みを止める足枷になっていた――笑える話だ。
あの山羊座は最後まで舞台の作法を崩さなかった。開始の礼、構えの澄み、断ち切ったあとの納め。どれも整っていた。
俺は彼に「とどめを刺せ」と言った。彼は「断る」と言った。立場でいえば、俺のほうが“蘇らせてもらった駒”にすぎない。なのに、彼は俺を“戦士”として扱った。
立ち上がる。膝の砂がざらりと落ちた。
歩ける。頭ははっきりしている。折れていない。ならば、次を考えられる。
まず、エリスのもとに戻るべきか?
彼女は勝利を求める。勝利は供物となり、彼女の力を満たす。理屈は分かる。だが俺の胸に残っているのは、勝利ではない。問いだ。
――「俺は何のために受けるのか」
それに答えを出さないまま供物を捧げるのは、もう違う。
俺は、戦場で最初に習った約束を守りたい。敵に礼を尽くす前に、自分の剣(盾)に礼を尽くすこと。今日の割れ目を見ないふりをして勝ちを積み上げるのは、礼を失した行いだ。
第二に、盾をどうするか。
盾は守りだが、誓いでもある。誓いは、傷を忘れたら意味がない。
第三に、俺自身。
「受け切る」だけでは足りない。受けて、返す。返すためには、受ける前に“見なければ”ならない。刃の理、足の拍、呼吸の段。今日、俺は相手の理に遅れて追いついた。次は、並走する。できるはずだ。俺は蘇ったのだから。命がもう一度与えられたのなら、ただの駒として消費されるためでなく、前より良くなるために使うべきだ。
“最強の盾”という称号は、他者が貼る札だ。俺が欲しいのは札ではなく、中身だ。
中身を磨く過程で、今日の山羊座に再び会えるなら、それはきっと幸いだ。今度は、彼の“理”に怯まず、並んで見られる。
遠くで、別の戦場が唸った。
四本の黄金の光柱――あれは仲間の狼煙だという。
“神々の戦い”の真ん中にいるという実感が、今になって追いついてくる。ならばなおさら、俺は俺の矜持に名前をつけ直す必要がある。神の勝ち負けではなく、俺自身の勝ち負けを。
「……運命」
もう一度、口の中で転がす。
シュラは俺の生存を“運命”と呼んだ。
だが、運命は「起こったこと」の総称ではない。俺がこの先、どう受け取り、どう選び、どう歩くかを含めて、初めて運命と呼べる。彼の言葉は、俺に“選べ”と言っている。
立ち上がった膝が、一度わずかに笑った。まだ万全ではない。いい。焦るものではない。
砕けた欠片を腰帯に差し、残りは風に任せる。過去を全部拾い上げる必要はない。必要な一片だけを持っていけばいい。
背を伸ばし、肩を回す。呼吸を三つ整える。次の一歩が、俺の“最強の盾”をやり直す最初の一歩だ。
――まずは、歩いてみよう。
エリスのもとへ戻るにせよ、戻らないにせよ、俺の足で歩く。誰の糸にも引かれず、誰の目にも縛られず。今日の割れ目が導く方角へ。
いつかもう一度、山羊座の背に追いつけるように。今度は、背で礼を交わせるように。
風が静かになった。
足元の砂が、薄く跡を残す。俺は一歩踏み出す。
砕けた盾の音は、もうしない。代わりに、胸の内で何かが静かに鳴った。
シュラ「控えめに言って地獄だ」
デスマスク「正直に言って死んだほうがましだ。……けど死なせてくれねぇ。心拍落ちた瞬間に蘇生して『はい続行』だとよ」
シュラ「理屈は常に筋が通っている。嫌になるほどな」
デスマスク「『学習曲線が寝てるぞ』って数式で説教すんのやめろっての。罵倒が微分方程式ってどんな師範だ」
シュラ「施設も尋常じゃない。真空ランニング回廊、六軸回転台、無重力水槽、慣性計測スーツ」
デスマスク「筋電センサーで『回転軸が1.3度ズレてる』って言われたときは笑ったぜ。1.3度って何だよ」
シュラ「その1.3度で斬れ味が変わる。今日、身に染みた」
デスマスク「おかげで積尸気の出力曲線が教科書みたいに整っちまった。ムカつくほど快適だ」
シュラ「俺のエクスカリバーも“粒子加速器”の比喩が現実になった感覚だ」
デスマスク「結論:師範の修行は“地獄の上に大学院が建ってる”」
シュラ「地獄の研究室、だな」
デスマスク「で、明日のメニューは?」
シュラ「『疲労回復走→実戦→講義90分→実戦』」
デスマスク「講義が一番キツいの何なんだよ……居眠りしたら?」
シュラ「当てられる。間違えたら追加メニューだ」
デスマスク「……はあ。生きて帰ったら寿司奢れ」
シュラ「生きて帰るのは前提だ。あの人は、決して死なせてくれない」
十二宮編の最後は誰と誰の対決に?
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アッシュと星矢
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サガとアイオロス
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アッシュとアイオロス
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サガと星矢