聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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――庭園に再び、黄金が降る。
白薔薇(ブラッディローズ)は静寂を裂き、竪琴は夜を呼ぶ。
だが、勝敗を分かつのは“音”ではない――一瞬の“無音(ゼロ)”。
止めるか、貫くか。レクイエムの格子が花を捕らえ、ノクターンが大気を割る。
美の矜持か、伝説の旋律か。終止符(フィナーレ)を置くのは、どちらの指先――。
次回、『無音を掴む者――魚座VS琴座、終止符は誰の手に』!
燃えろ、小宇宙(コスモ)!


無音を掴む者――魚座VS琴座、終止符は誰の手に

(アフロディーテ視点)

 

 胸郭の奥で、まだ琴線の振動が残響している。骨が小さく軋み、膝が石畳に触れた。オルフェウスの「ストリンガー・ノクターン」は、音の名を借りた暴風だ。耳ではなく、肉と骨と記憶を叩きつける。……美しい暴力。だからこそ、膝をついたこの瞬間でさえ私は微笑むことを忘れない。

 

 天蓋が割れ、黄金が降りた。

 光は一条の刃となって庭園を貫き、魚座(ピスケス)の黄金聖衣が、落ちてくる。

私は静かに立ち上がり、迎える掌を開く。金の花弁のような肩甲が滑り込み、胸甲が心臓の鼓動に合せてひとつだけ重い拍を刻む。腰、脚、腕――金の輪郭が私の輪郭に重なった瞬間、失われていた調和が戻る。関節プレートが毛髪の向きを揃えるみたいに細かく“微調律”してきて、温度は体温へ溶け重量は重心へ沈む。

 この輝きこそ、私の“本流”だ。

 

「……黄金聖衣か。だが、もはや手遅れだ魚座。君の美しさも、その命もここで終わる」

 

 彼は言う。終止符を疑わない指の音色で。

 私は首を少し傾け、礼を返す。

 

「……美しい。やはり、この黄金の輝きこそ、私にふさわしい。さあ、第二楽章を始めようか、オルフェウス。今度は、君のための鎮魂歌(レクイエム)だ」

 

 庭園の薔薇は折られて久しい。だが、香りは土に残っている。私は指先に白薔薇(ブラッディローズ)を構え、その茎に小宇宙(コスモ)を通す。茎は糸、棘は文法、花弁は宣告。狙うのはただひとつ――心臓。

彼もまた竪琴を抱え、小宇宙を積み上げていく。弦が震えるたび、空気の厚みが変わる。章を変える合図。良い、ならば私も迷わない。

 

「その心臓、我が白薔薇で貫かせてもらう! 受けろ――ブラッディローズ!」

 

「その輝きごと打ち砕く! 我が魂の絶叫を聴け――ストリンガー・ノクターン!」

 

 白薔薇は音よりも静かに飛ぶ。流星のごとき落涙。反して、ノクターンは大気を押し潰して迫る。二つの究極は、庭園の中心で激突――するはずだった。

 

 違和感を最初に感じたのは、鼻だ。薔薇の香りに別の線香の匂いが混じる。音の層に、もう一本、極細の糸が通された気配。視界の縁で、空気の筋がほどけては結び直される。

 ……同時に、別の旋律? 音波を保ったまま、異なる曲を重ねている?

 

 白薔薇のすぐ前に、見えない格子が落ちた。無数の小宇宙の弦――オルフェウスの「ストリンガー・レクイエム」

ノクターンの暴力を奏でながら、同時に細密な網目で私の薔薇を掬い上げる第二の手。

 

弦は薔薇の茎に絡み、棘を踏まない角度で、花弁の付け根に回り込み空気の渦を使って減速を与える。さらに、弦の格子は茎を循環する小宇宙の流れを逆相で打ち消し、薔薇の“吸血ルート”を寸断していた。

 薔薇はなお真っ直ぐ彼へ帰ってくるが、速度は落ち軌道は細く、やがて――止まる。彼の心臓まであと数センチ。至近で白が空中に固定された。

 

「なっ……馬鹿な! ブラッディローズが……!」

 

 驚愕は不本意だが、確かな賛辞でもある。

同時にノクターンの奔流が襲った。私は半身で砕ける力の向きをずらし、黄金の肩甲で受け、拳で床を打って退路を作る。だが一拍遅い。

 衝撃が肋を蹴り、肺の空気が赤く噴き出す。舌に血の鉄分が乗る。黄金聖衣がなければ、今の一撃で私はもう立てない。……そうだ、彼は伝説と呼ばれる聖闘士だった。

 

 視界の端、彼も膝をつく。唇の色がわずかに白い。肩が一瞬震え喉から血が零れた。

 ――私の最初の一手、ロイヤルデモンローズの毒が、確実に身体を蝕んでいる。

 

「……ぐっ……なるほどな。これが、黄金聖闘士の力か……」

 

 私は指の血を拭い、立つ。足裏の感覚は戻っている。いや違う。削ぎ落とされたぶん、むしろ澄んだ。

 美しさは、飾りではない。勤務評価でも、祈りの飾り文でもない。

壊され、削られ、それでも残る“形”のことだ。

 

「だが、まだだ……まだ私の美しさは、少しも衰えてはいない……!」

 

 彼が立つ。私も立つ。二人の間に、壊れかけの庭園と、まだ散り切らぬ音の屑(くず)が漂う。

 

 第二楽章は、まだ終わらない。終止は、自分で選ぶ。

 白薔薇は防がれた。ならば、次を放てばいい。棘を語法から、宣告へ。私は右手を開き、もう一度、静かに息を吸った。

 

 ――来い、オルフェウス。私の鎮魂歌は、君を美しく眠らせるために書かれている。

 

 ほんの一瞬、私は己の指の古い記憶を辿る。

 

聖域の温室で、幼い日、アッシュ師範と出会う更に前、最初の師から渡された棘抜きの銀鑷子(ぎんせっし)。「花は手懐けるな、敬え」と叩き込まれた。

従わせるのではない、咲く理由を聞け――あの訓戒は今も刃の根本にある。薔薇は道具ではない。私の小宇宙が“形”になるまでの、もっとも緊密な翻訳者だ。だからこそ、止められたなら、翻訳をやり直せばいい。茎の捻れに一音、棘の列に一語、花弁の厚みに一文。文法から詩へ、詩から祈りへと書き換える。最終楽章にふさわしい語彙で。

 

 オルフェウスの指先にも、古い祈りが宿っているのが見える。弦を撫でるときだけ、彼の瞳の色が半音沈む。人は技で戦い、魂で選ぶ。ならば、私も選ぼう。勝利の型ではなく、美の筋を。結果は後から従ってくる。

 

 黄金聖衣が小さく鳴って、肩口の節が一段しなった。重さが嫌味ではなく、姿勢の芯に変わる。私は白の次の形を、まだ誰も名付けていない名で呼ぶ準備をした。

 

 他方、オルフェウスは竪琴の背で残響を測っている。倍音が庭の石像で跳ね返り、わずかな遅延で彼の耳奥に戻る。毒が拍を崩すたび、彼は残響の座標で譜面を補正する。遅れる未来を先に置く――理屈は単純だが、実行は骨だ。

指先の皮が音に擦られ、血が弦の上で薄く乾く。彼はそれすら音へと変換する。

 

 風が強まる。砂粒が音叉のように鳴り、曲の調(しらべ)を一瞬だけ変える。

私たちはそれを合図にしない。合図に頼る音楽は、戦いでは使えない。合図のない場所に、同期は生まれる。まるで互いの胸郭に住む見えない指揮者が、同じ拍を刻むかのように。

 

 私は花弁のない花を構え、彼は音のない和音を握る。ふたりが同時に、過去の影を切り落とす。私には温室の師の横顔が、彼には冥府で見た主の背中がそれぞれ薄く過って消えた。現在に残るのは、刃と線、香と風だけだ。

 

 そこで私は、ほんの少しだけ口元を緩める。怖れではない。歓びだ。美が極まるとき、人は歓ぶ。血の味が、その証文だ。

 

 

 

──オルフェウス視点──

 

 肺が焼ける。舌に残る金属味は、音でも言葉でもない。ロイヤルデモンローズ――毒の旋律。

刺さった瞬間から、血に新しい拍を刻ませ、内側から楽章を乱す。

 わかっていても、避けられない一手がある。さっきのはそれだった。

 

 だが、今はまだ弾ける。指は動く。痛みとともに音の輪郭はむしろ鮮やかになる。

 私は二つの曲を同時に置いた。第一に、ノクターン――破壊の主旋律。第二に、レクイエム――拘束の副旋律。

 人は耳で一曲しか追えない。だが宇宙は違う。小宇宙は、音じゃない。運動と熱と記憶の総和だ。弦を張る角度と張力、空間の密度、相手の呼吸。すべてを“音符”として譜面に落とせば、同時に演奏できる。

 

 さっき食い破ってきた黒薔薇(ピラニアンローズ)を即座に解析し、弦の共振数を半音ずらして“噛まれない”帯域に逃がした。

 白薔薇の茎の捻れ、棘の向き、花弁の重心――それらを一瞬で採譜し、細い弦をそこに通す。俺が弾くのは、彼の武器の外側ではなく、内側だ。だから、止まる。心臓の数センチ手前で。

 

 潰す時、少しだけ躊躇った。

 白は美しい。美しいからこそ、正しく終わらせたい。俺は弦の角度をわずかに変え、花弁を潰さず、茎だけを摘み折る指使いを選んだ。――そんな配慮すら、毒は笑う。喉から血が上がり、膝が一瞬だけ落ちる。

 

 16分音符が一瞬だけ三連へ崩れ、指板の上でビブラートがわずかに暴れる。

 ならば遅延を先に置く――遅れる未来を予告し、それより早く音を置きに行く。弦楽器の戦い方だ。

 

 彼が立つ。

 美しい、と思う。黄金の肩甲に血の赤が走り、その上に陽がひとすじ落ちる。傷は飾りではない、と彼は言った(彼は言葉にしないが、立ち方がそう語る)。ならば、私もそうであろう。

 

「……お前もな、魚座……」

 

 声が掠れる。だが、言葉は届く。

 私は再び弦に指を置く。毒に奪われた拍を、別の拍で埋める。痛みが遅延を生むなら、先に弾く。遅れる未来を予告して、それよりも早く置きに行く。

 彼の白薔薇に対して、私は音で“線”を引いた。次は、彼の呼吸に対して“間”を置く。カデンツァを、戦場のど真ん中に挿入する。

 私が守るのは、女神エリス。私を呼び戻した紫の糸――恩義がある。だが駒で終わる気もない。主を守るなら、私なりの音で守る。

 

「……この命が尽きようとも、我が主は――私が守る」

 

 彼の瞳が揺れない。私情も、見栄もない。美と矜持だけがある。

 ならば、正面からぶつける。

 ノクターンをもう一段、深く。夜に沈めるのではなく、夜をこちら側へ引き寄せる。厚みのある蝉の羽のような大気を、縦方向に割っていく。

 同時に、別の弦で“静寂”を弾く。音を鳴らしたいのではない。彼の白薔薇の根元に、無音の節目を作る。節目に刃がかかれば、そこが切断面になる。さっきの学習を彼は活かしてくる。ならば、こちらも上書きする。

 

 血が喉を上がる。吐く。少し軽くなる。

 彼は笑む。痛みをごまかす笑みではない。戦場に相応しい笑みだ。

 良い。ならば、もう一度、楽章の扉を開けよう。美に礼を尽くすために。

 

 弦を強くはじく。

 庭園の空気が薄くなり、風の音がひとつ引っ込む。

 私と彼の間に、線が一本浮かぶ。線は細く、だが強く。歩幅を半分短く、息を半分長く。毒に合わせたテンポへ。

 魚座は前へ。薔薇の気配は、先ほどより深い。茎が短い。――来る。

 私は左手で和音を押さえ、右手で旋律。ふたつの手で、ふたつの未来を握る。

 

 ここから先は、どちらが“終止”を置くかの勝負だ。

 私は終止を恐れない。音楽とは、終わりを作る術だから。終わりがあるから、はじめが意味を持つ。

 だが一つだけ、譲らない。終わりは――私が選ぶ。主のために、私自身のために。

 

 血に塩の味が混じる。唇を舐めて、笑う。

 観客はいない。審判もいない。あるのは、黄金の鎧と、白い薔薇と、弦楽器と、風だけ。

 十分だ。これだけあれば、音楽はできる。戦いにもなる。美しくもなれる。

 

「――さあ、最終楽章だ、魚座」

 

 彼が構え直す。白薔薇の白が、夕雲に溶ける。

 私は竪琴を抱き直し、指を落とす。音はまだ鳴っていない。だが、心はもう鳴っている。

 彼の視線が、こちらの指先に落ちる。互いに、互いの“理”を見ている。

 同時に、踏み込む。

 

 庭園に、音と花びらのない花とが、再び交差した。

 血を吐く戦士たちの誓いは、今この一歩に宿る。

 終止は、まだ。だが近くても構わない。どちらにせよ、私たちは最後まで“美しく”生きる。

 そのために――もう一度、命を燃やす。

 

 足裏が石を捉え、踵が微かに浮く。互いの影が重なる直前、世界の音がひと拍だけ無音になる。私と彼は、その無音を奪い合う。どちらが“終止”を置くかではなく、どちらが“無音”を先に掴むか。そこに、最終楽章の勝敗があると、ふたりとももう知っている。

 

 ――だから、次の一音を置く。私は白で、彼は夜で。

 

 庭園の上、暮色が沈む。遠い戦場から黄金の柱が立ち、風に乗って別の誓いの気配が流れ込む。だが、ここは私たちの舞台だ。外の光景は背景に退き、視界は相手だけへ収束する。音と花が、もう一度だけ交差する瞬間へ。

 最終楽章、頂点へ。




アフロディーテ「師範、注文が雑だ。『新たな薔薇を作れ』って、どんな仕様?」

アッシュ「要件は三つ。音波拘束への干渉、毒性の可逆制御、現場投入の再現性。締切は次戦迄」

アフロディーテ「締切に咲く花なんてないよ。……(膝をついて土を掬う)まずは根を育てるところからだ」

アッシュ「土壌pHは6.3、夜温14度、日長は可変。プロトコル化しろ」

アフロディーテ「美をプロトコルって言うな。……でも調整はしておく(爪に泥)うん、悪くない手触りだ」

アッシュ「泥は落とせ。だがデータは残せ」

アフロディーテ「了解。仮称は“無音色(ゼロ)”。音を止めて咲く白でも赤でもない花だ」

アッシュ「名前は後だ。まず止まるかどうかだ」

アフロディーテ「結果は美で証明する。花弁は多層、棘は――」

アッシュ「減らすな。現場が困る」

アフロディーテ「そこは譲れない。美の文法だ」

アッシュ「なら刺さる先を設計しろ」

アフロディーテ「任せて。……師範、次は“音を黙らせる薔薇”を持っていく」

アッシュ「期待値は高めに設定してある」

アフロディーテ「その分、咲かせ甲斐があるということだ」

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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