聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
魚座アフロディーテ、黄金の薔薇“サムサーラ・ローズ”!
対するは琴座オルフェウス、滅びの夜想曲“ストリンガー・ノクターン”に、拘束の“レクイエム”を重ね撃つ!
遅延を先行で断ち、無音を先に掴んだ者が、終止符を支配する。
礼と矜持、嘘と真実――美は働く刃か、響きは揺るがぬ理か。
燃えろ、小宇宙!
音と薔薇、最終楽章――二人だけが聴く終止は誰の手に!?
次回『ノクターン対レクイエム――音と薔薇の最終楽章』お楽しみに!
(オルフェウス視点)
アフロディーテは、まだ立つ。ストリンガーノクターンを二度浴び、血を吐き、膝を石に落としたが、もう一度静かに立った。
指先に、見慣れぬ色が咲く。白でも黒でも紅でもない眩い金。光沢が空気の屈折を帯び、茎の線がまるで一条の運命のようにまっすぐ伸びている。
彼は薔薇を「握る」のではない。「掲げる」必滅の宣告を、美として差し出すあの手つき――魚座にしかできない所作だ。
「オルフェウス……君ほどの戦士に、ありふれた薔薇を贈るのは無粋というもの。受け取るがいい……アッシュ師範の叡智と、我が美学の結晶……この黄金の薔薇を!」
名を与えられた花は、武器になる。私は竪琴を抱え直し、毒に揺れる拍を指先で押さえ込む。
ロイヤルデモンローズの毒は、心臓に新しいリズムを書き込む。十六分音符がときおり三連に崩れ、指板の上でビブラートがわずかに暴れる。ならば遅延を先に置く――遅れる未来を予告し、それより早く音を置きに行く。私にはまだ置ける指が残っている。
「……面白い。その輝き、我が魂の最後の音色を捧げるにふさわしい! 聴け、魚座! これが私のすべてだ!」
両者ともに、残された力は次の一撃のみ。私はノクターンを最奥から呼び上げ、同時に最後のレクイエムの格子を仕込む。彼は黄金の薔薇に小宇宙を満たし、棘に輪廻の名前を与える。いずれも戻れない扉だ。ならば前へ。
「受けよ、黄金の薔薇を! 輪廻の棘に囚われるがいい! サムサーラ・ローズ!!」
「滅びの音色に抱かれて眠れ! ストリンガー・ノクターン!!」
金の流星と白銀の奔流。庭園が一瞬だけ無音になり、次の瞬間、景色の層が入れ替わる。ノクターンは大気を縦に裂き、石を押し潰し黄金聖衣の上から魚座の全身を叩く。私は確かな手応えを感じた――が、同時に左肩の上で微かな疼きが跳ねた。
かすり傷――そう思った。実際、薔薇は私の心臓に届いていない。だが黄金の花粉は、触れただけで「線」が引かれる。神経の上に、極小の棘が音階のように並び、私の意志信号に逆相で重なる。筋肉は命令を受け取らない。
「ぐ……っ! こ、これは……身体が……私の意思を……!」
立ったまま、私は止まる。刹那、魚座は吹き飛ばされ、石に叩きつけられたはずだ。
だが、彼は立ち上がる。血を吐き、肩を押さえ、なおも美しい姿勢で立つ。
互いに残ったのは、声か、まばたきか呼吸の一拍だけだ。
「なぜ動かない……。いや……動けないのか、オルフェウス」
サムサーラ・ローズ――輪廻を名乗る棘は、終わりを告げずに回転する。対象の神経系を支配し、意識を保ったまま肉体の自由を奪う。生き人形(マリオネット)。
私は音を持ち、彼は花を持つ。最後に届いたのは花粉の一粒。勝敗を分けたのはコンマ一秒。
胸の内で、誰かの言葉がよぎる。
女神エリス――主よ。あなたは勝利だけを望んではいなかった。美しく戦い、美しく終えることそれが我らの“在り方”だと。ならば、これは敗北ではない。譜面に終止を置く権利を、互いに譲らなかった結果だ。
悔いは――ない。音は尽くした。主のために、私自身のために。私は視線だけで竪琴を撫で魚座を見た。
彼の立ち方は、敗者のものではない。美の前に平伏しない者の立ち方だ。
「……殺せ。これ以上、私を侮辱するな……!」
強がりではない。私は最も美しい終止を彼に選ばせたい。侮辱は未完成な余白だ。
彼の薔薇で終わるなら、私の楽譜に余白は残らない。そう思って吐き出した言葉だ。
魚座はゆっくり歩み寄る。指が空気中の見えない糸を摘むように動いた。私は自分が人形のように見えたに違いない。だが、その指は途中で震え、花を操る型には入らなかった。耳元に低くやわらかい声。
「……と言いたいところだが、どうやら冗談はそこまでのようだ。君ほどの奏者の動きを、私が操ってはその美しい旋律が汚されてしまうからな」
そう嘯く声の奥に、きしむ金属の音が混じる。黄金聖衣が彼の体を支えている。立っているのがやっと――それを隠すための、美しい嘘。美はときに虚飾で守られるが、虚飾そのものが美であることもある。私は笑った。麻痺しかけた顔でも、笑える。最後の表情は自分で選ぶ。
もし次があるなら――竪琴の弦を一本、違う素材に替えよう。金の花粉に近い響きで、彼の薔薇の呼吸をもっと早く読み取るために。
戦いは音楽で、音楽は準備だ。準備は、誇りだ。私は今度、弦を一本、半音よりさらに僅かに下げ、花粉の微細な帯域を先に噛み砕く練習をする。冥府で拾った古い銀線、地上で手に入れた麻の巻き線、どちらが彼の薔薇に近い呼吸を持つか試せばいい。
毒で遅れる拍に、別の拍を重ねる方法も増やせるはずだ。音は増えるほど静かになる。静かになった音は、最後に一番よく届く。
「……そうか……。どうやら、私の負けのようだな……」
唇が乾き、息が細る。だが、その前に――私は目を閉じず、神殿の奥へ意識を伸ばす。紫の小宇宙が、低くうねっている。主よ女神エリス。あなたは傷ついてはいないか。あなたの器――翔子という娘は、痛みに泣いてはいないか。
私はエリスのために戦った。けれど、今、胸の奥で鳴るのは、彼女と、その依り代の少女を案じる拍だ。願わくば、私の音が壁となり、敵の刃を半拍でも遅らせていますように。
同時に、奥の小宇宙が一瞬だけ強く脈動した。むせ返るほど濃い、しかしどこか澄んだ脈。私は反射で足に力を入れる――立て。立って、主のほうへ向け。
だが、身体は従わない。糸に絡め取られた人形のように、命令が四肢の末端で潰れる。指は弦を求め、弦は指を待つがどちらも届かない。草の上で、私は静かに笑った。焦がれる心だけが、先に立ち上がる。
主よ。どうか、無事で。翔子という名の娘よ。どうか、折れないで。
私の祈りは音でできていない。
意識がふっと遠のく。最後に見たのは、金の肩甲に落ちる夕光と、神殿の方角へ伸びる薄紫の拍――私が愛した二つの色だった。
(アフロディーテ視点)
喉が焼ける。黄金聖衣の内側で、心臓が一打ずつ軋む。ノクターンの余韻は肉から抜けない。だが、私の視界は澄んでいる。立つべき場所が、一本の線で示されているからだ。
前方、オルフェウスは直立したまま停止している。左肩に、私の金の花の花粉が薄く光る。輪廻の棘は、神経に触れただけで“指揮者”を差し替える。意識は保ったまま、肉体は私の指示を待つ。――理屈は簡潔、結果は残酷。だから、名前はサムサーラだ。
この花を編むにあたって、私はアッシュ師範の合理を借りた。形だけではなく、流れを設計する。花粉の結晶は微細な共鳴器で、神経の電位差に合わせて逆相を返す。棘は刺すためでなく、ルートを書き換えるための符丁。美学と叡智を、一本の茎に束ねた結果が、今ここにある。
私は彼に歩み寄り、立ち尽くす音楽家を正面から見据える。彼の瞳は、まだ闘志の色を消していない。麻痺は肉体を奪うが、魂までは奪えない。奪ってしまったら、音楽が死ぬ。
「……殺せ。これ以上、私を侮辱するな……!」
彼が言う。誇りの声だ。
私は唇を持ち上げ、悪戯っぽく囁く。
「侮辱だと? 心外だな。私は、君という最高の楽器を手に入れたのだ。これから永遠に、私のために、美しい旋律を奏でさせてやろう」
指を動かすふりをする。操り糸をたぐる所作。だが、私の指は途中で震え、力なく落ちた。聖衣の重さが骨へ沈み、膝が短く笑う。――本当は、薔薇一輪を操る余力も残っていない。
強くはないが、確かな眩暈が来る。聖衣の温度が体温へ溶けていくはずが、逆に体温が聖衣へ持っていかれる。私の美は虚飾で守られるべきではない。
だから嘘を選ぶ。嘘は真実を守るための薄いヴェールだ。
(それでも、嘘は美しく)
私は彼の耳へ口を寄せ静かに真実を置く。
「……すまない。私では君ほどの奏者の動きを、清くは操れない。美しい旋律を汚すぐらいなら、私は指揮棒を下ろす」
言葉にしてみると、胸の痛みが少しだけ軽くなる。彼の唇の端が、満足げに緩む。誇り高い奏者に、誇り高い終止を渡せたのなら、それでいい。
私は背筋を正し、彼の前で最後の礼を取る。戦場に礼楽は似合わない、と笑う者もいるだろう。
だが私にとって礼は美の一部だ。始まりに挨拶をし、終わりに挨拶をする。そうしてようやく、楽章は完成する。
「……そうか。どうやら、私の負けのようだな……」
彼の声がほどける。意識の糸が、静かに置かれていく。私はそれを見届け、息を吐く。肺にノクターンの棘がまだ刺さっているように痛むが、嫌な痛みではない。戦士の痛みは勲章だ。
目を伏せれば、温室の午後が過る。幼き頃、師から渡された銀鑷子と、棘の抜き方。花は従わせるな、敬え――その教えは、今日も私の指を導いた。敬意を忘れない限り、私の薔薇は武器であっても野蛮にはならない。
そこで、神殿の奥から、紫の小宇宙が大きく脈打った。瞬間、空気の密度が一段上がり、庭園の砂が細かく鳴る。私は反射でつま先に力を込める――立て、と身体に命じる。
だが脚は石に縫い付けられたみたいに動かない。肩を引き上げ、指を一節だけ持ち上げる。花弁を一枚返すだけでいい。たったそれだけが、できない。
視線だけでオルフェウスを見る。彼もまた、紫の拍に反応して、僅かに顎を上げた。立とうとしている。主へ向かおうとしている。だが、彼の身体もまた輪廻の糸とノクターンの余波に縫い止められている。
――焦るな。私の中の理性がそう告げる。焦燥は美を曇らせる。だが、胸の奥で別の声が言う。急げ。あの娘(こ)を守れ。翔子――そう呼ばれる器。彼女は、女神の重さに耐えながら、それでも自分で立とうとしているのだと、遠い紫の拍が教えてくる。
私は唇を結び、体内の小宇宙を絞って一点に集める。立てなくてもいい。声でも、香でも、何かを送れ。
「――持ちこたえろ、少女。君は美しい」
音にならない言葉を、庭園の薔薇の根へ落とす。根は土を伝い、土は神殿の基礎へ染み基礎は奥へ続いている。届くかどうかは分からない。だが、美はいつだって回り道をするものだ。
足元が揺れ、黄金聖衣の節が重く鳴る。私は前へ倒れ込む直前、ほんの一瞬、彼の肩に手を伸ばす。触れられない距離。触れないからこそ、礼は清い。
同時に、彼も前へ崩れた。引き分け――美しい言葉だ。勝者の美徳でも敗者の慰めでもない、ただ戦いが極まったときに現れる、もう一つの真実。
石畳に頬が触れる。ひんやりとして、気持ちがいい。金の薔薇は私の手から零れ落ち、花弁だけは傷つかず夕光を抱いた。
耳の奥で、遠い戦場の音が鳴る。黄金の柱が天へ伸び、別の誓いが風に乗って届く。だが、ここは私たちの舞台だった。観客はいない。拍手もない。あるのは、礼と、嘘と、真実と、それから……美だけ。
ふと、掌に残った金の粉が、微かに温いことに気づく。花粉はただの毒ではない。私が最後まで立てるよう、ほんの少しだけ熱を返してくれる“礼”でもあった。次にこの薔薇を編むときは、今日の誤差をそのまま組み込もう。
花粉帯域の安定化、神経共鳴の逃げ道、棘の角度のわずかな再配列――改良のメモが、痛みの間に挟まっていく。
アッシュ師範は言った。「美しい設計は、失敗の手続きを含む」。私は生きて戻れたら、庶務に簡潔な報告書を出すつもりだ。件名『サムサーラ・ローズ暫定仕様の検証』。添付図1、花粉結晶の配列案。添付図2、倫理上の運用制限。――だが、報告書には書けないものがある。今日の沈黙だ。沈黙は数式にならない。だから私は、それを記憶に留め、次の薔薇の茎のどこかに、誰にも見えない印として刻み込む。
「……また会おう、奏者」
誰にともなく囁いて、私は目を閉じた。
終止。けれど、楽譜の端には余白がある。余白は次の楽章のために残す。私と彼が、いつか別の舞台で、別の美を持ち寄る日が来るのなら――そのときはまた、薔薇と音で、互いの誇りに礼を尽くそう。
黄金聖衣が、最後に小さく鳴った。金属の鳴きは、まるで拍のように規則正しく、そして徐々に遠のいていく。視界の端で、金の花弁がゆっくり倒れ、土に触れ、やがて静止した。
そうして、美しき戦士たちの死闘は、互いの誇りを懸けた、壮絶な引き分けに終わった。
――サガ、見ていたか。君が送ってくれた黄金は、確かに最終楽章をここまで連れてきた。友として感謝する。だが、結末に口を挟むのは無粋というものだ。終止は、私と彼で選んだ。
次に幕が上がるとき、君にも最前列で黙って見ていてほしい。それができないなら、せめて幕間に花を一輪、舞台の端へ置いてくれ。誰の名札も要らない、無音の花だ。私はそれを見て、君が理解したことを受け取るだろう。美とは、観る者の沈黙によって完成することがあるのだから。
風が、庭園の塵を運んでいく。砂粒が私の頬から落ち、石の目地に並ぶ。それすら、楽譜のように見える。音はない。だが、無音こそが最高の終止符だ。
私はその無音を、ゆっくりと胸に抱き、眠りへ落ちた。庭園のどこかで、見えない指揮者が最後の拍を打つ――二人だけが聴いた終止符だ。やがて風は静まり、金と音の匂いだけが残る。
幕は閉じた。次のページは、まだ白い。それでいい。いつかまた開けばいい。静かに。待とう。
アッシュ「メタい話を一つ。連載が70話を超えて、最初の“完全オリジナル技”を切ったのは――君、だ。サムサーラ・ローズ、よく通った」
アフロディーテ「ふふ、当然だろう? 私ほどの美を持つ男が、最初に新曲を捧げる――それで舞台は締まる。私の名はアフロディーテ、薔薇と美学の代弁者さ」
アッシュ「自己紹介は結構。実装の話をしよう。花粉帯域の設計、神経共鳴の逆相補正、運用制限――全部本番投入で破綻なし。合格だ」
アフロディーテ「私と師範の合作だな。私の美学が花弁を描き、師範の合理が茎を通した。結果、観客(読者)諸氏の心臓に、見事な“無音”が刺さったわけだ」
アッシュ「ただ次版では安全マージンを+12%積め。あと命名規約。“輪廻”は詩的でいいが、略号をSR-βからSR-1へ。リリースノートも短く」
アフロディーテ「やれやれ、書類は師範に任せる。私は舞台で結果を示すだけだ。――もっとも、私は万事を掌握するのが好きでね」
アッシュ「気障だな。だが、そういう男が最初の新技を持っていくのは物語として正しい。シュラもデスマスクも悔しがるだろう」
アフロディーテ「悔しさは美の肥やしだ。彼らにもいつか咲いてもらおう。私の隣でね」
アッシュ「読者にも伝えておく。70話越えで初のオリジナル、その口火は“美”が切った。次は設計室も実験室もフル稼働だ」
アフロディーテ「期待していい。私の薔薇は、まだ蕾を隠している。――次の楽章も、私が先に“無音”を掴んでみせよう」
アッシュ「よし、では続きへ。美と合理、次の答え合わせだ」
アフロディーテ「幕を上げよう。私が“私”であるうちに、最高の拍手をね」
十二宮編の最後は誰と誰の対決に?
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アッシュと星矢
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サガとアイオロス
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