聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
砕ける扉、吹き込む黄金の風。
まっすぐ伸びた弓の先――狙いは私じゃない、手の中の林檎。
「矢は林檎へ、愛は君へ」――そういう視線、受け取った。
林檎が割れれば、運命も割れる? それでも私たちは“選べる”。
同じ胸で響く、紫と青の二重奏。守られるだけの私で終わらない。
アイオロス君、応えるね。
次回――『矢は林檎へ、愛は君へ』。
見届けて、私たちの選び方。
(翔子視点)
女神の肩がわずかに震え、すぐ仮面が戻る。ちょうどその時、外で重い扉が砕ける音が直に響いた。黄金の気配が雪崩れ込む。私ははっと顔を上げる。
「来たな、黄金の虫けらども!」
「……来た。アイオロス君も」
現実の玉座の間。黄金聖闘士たちが並び、その中心で彼が弓を構えた。切っ先は――私ではなく、私の手の林檎へ。
俺の好きな人は傷つけない、という強い視線が遠くからでも分かった。
(やめて! 林檎を壊したら、エリスが……!)
(エリス視点)
射手の矢は、確かに私ではなく林檎へ向いた。止めねばならぬのに、私は一瞬笑っていた。
面白さと……寂しさ。自分でも不可解な二色の笑いだ。ショーコが内側で悲鳴を上げ、身体の主導権をもぎ取ろうともがく。私の小宇宙と、あの娘の青が胸の奥で渦を巻いた。
(来い矢よ。私か、玉座かどちらかを貫け)
彼の矢筋が定まり、全ての音が一拍だけ遠くなる。次いで黄金の音が世界を縫い直した。
(翔子視点)
彼の叫びが届く。「行けぇっ! 俺の小宇宙よ!」
光の矢が走る。私は間に合わないと分かっていて、それでも両手を伸ばした。
指が金の尾を掴んだ気がして、次の瞬間、掌の中心で甲高い破裂音が弾ける。――黄金の林檎が、光の粉に砕けた。
破片は光に変わり、指の隙間から空へ昇っていく。胸の奥で、黒紫が薄く薄くなっていく。霧が晴れるみたいに。私は息を吸い名前を叫んだ。
「エリス!」
精神世界に、さっきの回廊が戻ってきた。道場と玉座と宴が重なった場所の中央に、彼女は立っている。輪郭が透け、足元から砂みたいに崩れかけているのに、顔は静かだった。
「……ふふ。千年ひとりは、思った以上に、疲れるものだった」
「ずるいよ、それ……! その気持ち、もっと上手く使えばよかったのに。自分のために、誰かのために、運命なんて、きっと越えられたよ!」
「お前たちが邪魔をするから、争いはいつも途中で止まった。全部、人間という“子供”のせいだ」
「エリス……!」
彼女は初めて、優しい笑みをした。仮面じゃない、本当の笑い。
「嘘だ、ショーコ。ありがとう。私は最後に“選んだ”。争いと不和の女神である私が、不和の種をどこに蒔くか、自分で決めた。――だから、ショーコ。アイオロスと、幸せになりなさい」
「何を言ってるの、やだ、いなくならないで!」
伸ばした手は彼女を掴めず、光を散らすだけ。エリスの輪郭はやわらかい温度に溶け、私の涙に触れたみたいに暖かく光って、薄れていく。
(エリス視点)
消えるのは、恐ろしくなかった。驚いたことにほっとした。
長い牢の蓋を、ようやく自分で閉められるような安堵。ショーコの呼ぶ声が震え、私はその震えごと抱きしめる心持ちで最後の一言を残す。
「選んだのだよ、私は。……ありがとう、ショーコ」
光になって、落ちた。風のない空へ音のない雪みたいに。
(翔子視点)
黄金の林檎の破片は光となって天へ昇った。
現実でも、黒紫の気配は霧が晴れるように薄れ、やがて――消える。
エリスもまた、温かな光へと帰っていった。
私はその場に膝をつき、胸の前で両手を固く握った。視界が滲む。
(――終わったんだね)
その時だった。胸の奥で、もう一度だけ微かな震え。
「……あれ? おかしいわね」
自分の口から、私ではない響き。続いて、私自身の声が追いつく。
「え? なんで?」
黒紫の小宇宙が、今度は邪気を含まない淡い光としてふわりと立ち上った。朝の影みたいな柔らかさ。
「黄金の林檎がなければ、この時代の我は消えるはず、なのだが……」
エリスの調子は軽い――けれど、その軽口は、少しだけ震えを隠すためのものだと分かる。
彼女は片目をつぶり、肩をすくめた。
「フン、結論から言えばこうだ。黄金の林檎は“容器”ではなく“錨(アンカー)”。長い同調の末、錨点が器――つまりお前の身体側に移った。ゆえに起点を外しても、私は在り続ける」
そして、ほんの一拍、呼吸を合わせて――
私は胸に空気を満たし、息の行を落とす。
「……よかった」
その“間”が、消失の抒情から復活の軽さへ、橋を架けた。
エリスは気配を整え、わざと明るく言う。
「――はい。女神エリス、完全復活です。……てへっ」
「ちょ、ちょっと!? 心配させないでよ、バカァ!」
涙と笑いが同時にあふれ、私は胸を抱きしめる。中には二人分の鼓動。
外では彼が目を丸くして、それから、安堵の笑みで私を抱きとめた。肩口に聖衣の硬さ。金属音。私は小さく息を吐いた。
「……エリス」
『何だ、ショーコ』
「これからも、一緒にいて」
『当然だ。私がいなくて、誰がお前の無茶を止める』
「止めるの? 煽るんじゃなくて?」
『半々だな』
私たちは、同じ身体で笑った。彼の胸板に額を当てると、外の喧騒が少し遠のいた。シュラさんが拳を下ろし、デスマスクさんが肩で笑い、アフロディーテさんが血を拭いながら花弁を整えている気配がする。
私は彼を見上げる。
「……ありがとう、アイオロス君。林檎を狙ってくれて」
「翔子を傷つけるわけにはいかないからな」
短いやり取りが、どれほど救いになるか、今の私には分かる。胸の内側で、エリスがふんと鼻を鳴らした。
『あの矢、良かった。狙いも、覚悟も』
『でしょ?』
『調子に乗るな、ショーコ』
『はいはい』
涙はまだ乾かない。けれど、心の底からもう一本小さな光が灯る。喪失の痛みではなく、出会い直しの温度で。私はその光を、胸の真ん中にそっとしまった。
(エリス視点)
私の紫は、もはや毒ではない。ショーコの青に沿って流れ、必要なときだけ、少し濃くなる。彼女が怯みそうになれば背を押し、踏み込みすぎれば引き戻す。……なるほど、共存というやつは忙しい。
黄金どもが見ている。私はあえて堂々と顎を上げ、宣言した。
「勘違いするな、黄金たち。私はエリス。だが、ショーコの同居人として在る。争いは求める。だがそれはこの娘の“守る”の速さと張り合える場所でだ」
シュラがうなずき、デスマスクが口笛を吹き、アフロディーテが微笑む。アイオロスはただ矢を下ろし、静かに言った。
「頼む。翔子を――そして、お前自身を、粗末にするな」
「命令口調は嫌いだが、言質はくれてやる」私は片眉を上げる。「私は“選ぶ”。それが、今日の結論だ」
胸の内でショーコが笑い、私はそれに小さく笑い返した。奇妙な二重唱。だが、居心地は悪くない。
こうして戦いは終わった。神と人はひとつの器で同居し、同じ景色を見、同じ手で未来を触る。争いは終わらないだろう。だが、選び方は変えられる。私はそれを、今日、知った。
──翔子視点(おしまいはちょっとだけ)──
みんながそれぞれの持ち場へ戻ろうとする中、私は彼の腕の中で大きく息を吸った。胸の中から、エリスがこっそり囁く。
『ショーコ、ひとつ忠告がある』
『なに?』
『恋と修羅場は、デスクワークの前では皆平等、だ』
『どこで覚えたのそれ!?』
『改革好きの杯座が作った会議のスローガンだと蟹座から聞いた』
私は吹き出し、彼の胸元を軽く叩いた。
「ねえ、アイオロス君。とりあえず――」
「ん?」
「今日の報告書、二人分。“同居人連名”で出してもいい?」
彼は一瞬だけ目を瞬かせ、それから、困ったように笑った。
「……前代未聞だな」
やがて、腹の底から元気な返事が二人同時に響いた。
『よろしくお願いしまーす!』
金の天井が、少しだけ明るく見えた。
解散しかけた空気の中、私は自分の胸に手を当て、内輪会議を即時開催した。
『まず取り決め。共同生活のルール、三つ作ろう?』
『む? 申してみよ』
『一つ、試合中の身体のハンドオフは“合図二回”で。勝手に前に出ないこと』
『よかろう。ただし緊急時、互いの裁量で割り込み可』
『……じゃあ、緊急時だけ』
『交渉成立だ』
『二つ、睡眠は共通だよ。徹夜は禁止』
『神に不眠は無いが……まあ、退屈は敵だ。承知した』
『三つ、恋愛事は相互承認制! 変なプロポーズを代わりに受けたりしないで!』
『ふん。お前が照れて噛むときは我が代読してやろう』
『そういうのが危ないの!』
頭の中でわちゃわちゃ言い合っていると、視界の端でデスマスク君が親指を立ててきた。「同居、楽しそうじゃねえか」――そういう顔。アフロディーテちゃんは花弁を一枚差し出して、そっと私の髪に挿してくれる。シュラ君は短く「良かった」とだけ言い、去り際に一度だけこちらを振り返った。
私は改めて彼に向き直る。彼の掌が、聖衣越しでも温かい。
「ねえ、これから――」
「分かってる」彼は遮らない声で言う。「一緒に、やっていこう」
それは大げさな誓いじゃなく、毎日の約束のように聞こえた。エリスが内側で小さく咳払いをする。
『では、まずは初日の議題だ。朝の鍛錬と、大学のレポート、どちらを先に燃やす?』
『燃やさない。片づけるの!』
『合理の杯座に倣えば、燃やすも片づけるの一種だ』
『違うから!』
笑い声が、ようやく本当の笑いになった。その笑いに、黄金の光柱がゆっくりと溶け込み、神殿の空は夕暮れより少し明るかった。
帰り道、私は自分を抱きしめるみたいに両腕を回して、胸の中のもう一人に言った。
『ねえエリス。私、あなたがきてくれて良かったよ』
『当然だ。お前の心は広い。椅子は二脚置ける』
『玉座二脚って、贅沢だね』
『世界は席取り合戦だろう? なら、隣に座る相手ぐらい自分で選べ』
足取りが軽い。たぶん、これが“共存”の初日ボーナスだ。
明日はたぶん喧嘩する。明後日はもっとする。でも――そのたびに、選び直せる。そう思えた。
最後に、アイオロス君に報告用の端末を借りると元気よく起動した。「申請者氏名を入力してください」。私は迷わずキーボードに打つ。
『城戸沙織……じゃない、両星翔子/同居人:エリス(女神)』
端末が一瞬沈黙し、「新規様式作成……完了」。画面に『同居人連名提出書・第壱号』の文字。私は吹き出し、エリスが誇らしげに胸を張る。
『よし、印は我が押す。神印だ』
『待って、女神の印鑑登録いるかな?』
『てへっ』
【場所:崩れた神殿の前庭/薄金の砂塵のあと】
エリス「――まずは、よく生き残った。生き抜くは才能、鍛練、そして“選び”の総合点だ。褒めよう、ヤン、オルフェウス。」
翔子「うん。二人とも、本当におつかれさま。痛いところ、ちゃんと手当てしてね!」
ヤン「……女神エリス。そして両星翔子。あなた方は――一つの器で、共に在るのだな。」
エリス「そうだ。私はこの娘と“同居”した。紫と青、片方を捨てずに進むと決めた。」
オルフェウス「林檎の終止は、消失の和音ではなく、融合の転調……。ならば、俺の忠誠も調を改めよう。女神エリス――いや、“翔子と混成のエリス”。あなたの選ぶ争いと、この娘の守る速さへ、俺の弦を捧げる。」
ヤン「俺も盾を捧げる。最強の盾は、誰かの“歩み”を止めるためではなく、選んだものを通すためにある。あなた方が選ぶ道に、俺の盾を。」
翔子「待って。誓ってくれるのは嬉しいけど、無理はしないで。忠誠って“鎖”じゃなくて、“自分で持つ取っ手”であってほしいんだ。」
エリス「よかろう、条件を二つ。――一つ、我らの“選び”と相克したときは、盲従するな。己の誇りで提案せよ。二つ、今日を越えたら、明日も生き残れ。死んだ忠義は、我の美学に合わぬ。」
オルフェウス「承知した。ならば私は、次の舞台に備えて弦を張り替える。サムサーラ・ローズの帯域に合わせ、静寂の一拍を先取りする訓練を。」
ヤン「俺は盾の“間合い”を見直す。受け切るだけでは足りない――返すために見る。次は、背で礼を交わせるように。」
翔子「ありがとう。じゃあ、正式にお願いします――“同居人連名”で。」
エリス「ふ、面白い書式だ。受理する。……ヤン、オルフェウス、良い“選び”を。」
オルフェウス「はい、我が主。そして、器の主。」
ヤン「了解。生き残り続けて、証明してみせる。」
エリス「それでいい。生きて戻れ。次の最上の争いは、そこで待っている。」
翔子「帰ったらまずは治療とご飯! それから作戦会議ね!」
(薄紫と青の二重奏が、静かに収束する。――忠誠は、鎖ではなく取っ手。彼らはそれを自分の手で握り直し、前を向いた。)
十二宮編の最後は誰と誰の対決に?
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アッシュと星矢
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サガとアイオロス
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アッシュとアイオロス
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サガと星矢