聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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エリス「次なる物語は――題して! エリス・インフィニティ・なんとか!~ベッドイン作戦、惨敗につぐ惨敗~!」

翔子「ちょっと待って!? タイトルからして大惨事感すごいんだけど!」

エリス「ふふん、我が小宇宙とお前の青春が織りなす“禁断のハイブリッド”! 必殺技かと思えば庭が吹き飛び、恋の夜戦かと思えば顔面自爆!」

翔子「うわぁぁぁぁ言わないでよぉ! しかも最後はアイオロス君の清らかすぎる勘違いで幕引きって……!」

エリス「敗北続きのベッドイン作戦、勝利の鍵は情熱の詩か、それともチョコミントの魔力か!?」

翔子「次回! 『エリス・インフィニティ・なんとか!~ベッドイン作戦、惨敗につぐ惨敗~』」

二人同時に「私たちの恋と修行の未来に、乞うご期待!!」


エリス・インフィニティ・なんとか!~ベッドイン作戦、惨敗につぐ惨敗~

(翔子視点)

 

 

城戸邸の庭は、ちょっとした学校のグラウンドくらい広い。普通なら「朝のジョギングに最適なスペース」なんだろうけど、私にとっては修行場だ。仔馬座の聖衣を着込んで、青い小宇宙を高めながら拳を打ち込む。

 

今日のテーマは「ハイブリッド小宇宙」つまり、私の青い小宇宙と、同居人の紫の小宇宙を一緒に使いこなすこと。二つを合体させたら、なんか必殺技っぽい新技が出せるんじゃないかって魂胆だ。

 

理論上は、めちゃくちゃ強いはず。だって、アテナの聖闘士と女神エリスの力を、同時に使えるんだよ? ね? 響きからして最強っぽいでしょ?

 

実際、ただ「光れ!」って思っただけなら、青と紫の小宇宙が勝手に溶け合って、空にきれいなマーブル模様を描いたりする。ここまでは問題ない。

 

でもだ。問題は、そこから「敵を倒す」とか「技名を叫ぶ」とかした瞬間。

 

今日も意気込んで「エクレウス流星拳!!」って叫んだら、紫の小宇宙が勝手に混ざって、青と紫の暴走馬が頭上で大暴れ。ドガガガガって雷が走るし、足元の芝生は焼け焦げるし、庭に置いてあった花壇が一発で吹っ飛んだ。

 

「あー!! せっかくのチューリップがーー!!」

 

悲鳴を上げる私の頭の中に、すかさず例のクレームが飛んできた。

 

『やめよショーコ! お前の未熟な精神で我が神の小宇宙を扱うからこうなるのだ! だいたいその掛け声、いつの時代の必殺技だ? ダサいにも程がある!』

 

「ダサいって言うな! これでも伝統ある掛け声だってアイオロス君がいってたんだから!」

 

『ならばもっと格調高く言え。“エクレウス・アルティメット・デストロイ・オブ・カオス”とか!』

 

「中二病か!!」

 

叫び返しながらも、小宇宙は完全に制御不能で、庭の隅に止めてあった光政さんのベンツを直撃しかけた。慌てて転がり込んで、両手で紫と青の波を押さえ込む。芝生がえぐれて煙を上げるのを見て、思わず頭を抱えた。

 

「……あの、私、ただ技を出したいだけなんですけど」

 

『そもそも拳に力を込めようとするから暴走するのだ! 矢を放つように、冷静に一点へ収束させよ!』

 

「それ、昨日は“もっと感情を込めて叫べ”って言ってたよね!?」

 

『気分が変わった!』

 

「気分で理論を変えるな!」

 

……もう、毎回これだ。

 

そのあとも試行錯誤は続いた。右手を青、左手を紫にしたらどうだろうとか、上下で分けたら安定するんじゃないかとか。結果? 両手から小宇宙がぐちゃぐちゃに暴れ出して、まるで暴走族が二台同時に庭を爆走してるみたいになった。

 

「うわあああ! 庭がぁぁぁ!」

 

花壇は二度目の全滅。芝生はボコボコのクレーター。庭師さんに謝る未来が見える。

 

『良いぞショーコ! 破壊こそ我が美学!』

 

「だから、破壊は目標じゃないの!! 私はちゃんと戦えるようになりたいの!」

 

休憩を挟んで、今度は意識を一点に集中してみる。敵を倒すとかじゃなく、「誰かを守る」って気持ちで力を混ぜたら、意外にも青と紫が穏やかに重なった。

 

「おおっ!? なんか安定してる! やればできるじゃん!」

 

調子に乗って「エクレウス守護拳!!」とか叫んでみたら、紫の小宇宙が「守る? 何それ退屈」って言わんばかりにバチバチ暴れ出す。結局また庭の木が一本倒れた。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

倒れた木の横で寝転びながら空を見上げる。ハイブリッド小宇宙、難易度高すぎ。

 

頭の中では、まだエリスが好き放題言っている。

 

『だから言ったであろう。お前のような小娘に神の力は扱えぬと。もっと私を崇めよ! もっと女神として敬え!』

 

「うるさい! そんなこと言う前に、あんたもちゃんと協力しなさいよ!」

 

『ふん……ならば我の名を叫んでみせよ! “エリス・インフィニティ・ナントカ”とか!』

 

「絶対に嫌!!」

 

庭の隅で、ベンツを心配そうに眺める光政さんの影が見える。あの人、絶対また修理代のこと考えてる。いや、ごめん、本当にごめん。

 

結局その日の訓練は、大爆発と口論と芝生の壊滅で終了。ハイブリッド小宇宙、道のりは遠い。いや、遠すぎる。

 

でも、きっと使いこなせるようになるはず。青と紫、両方がちゃんと一つに溶け合ったら――きっと誰もが驚くような、新しい力になる。そう信じたい。

 

……ただ、まずは女神の口うるささをどうにかしないといけないんだけど。

 

 

訓練でボロボロになったあと、縁側でスポーツドリンクを飲んで一息。聖衣を脱いだ開放感って最高だ。庭からはヒグラシの鳴き声、夕方の風は少しひんやりして気持ちいい。私の中では「今日も頑張ったし、ご褒美に何か甘いもの食べたいなー」って欲求がむくむく湧いてた。

 

そのタイミングで帰ってくるのが、うちの英雄。制服姿のまま、ちょっと汗ばんだ額をぬぐいながらコンビニ袋をぶら下げて縁側に腰を下ろす。

 

「翔子、訓練お疲れ様。無理はしていないか?はい、これ」

 

差し出されたのは、私の大好きなチョコミントアイス。冷たい包装が手に触れた瞬間、心の中で花火が上がった。

 

「……アイオロス君……」

 

夕焼けに照らされた彼の横顔、まっすぐな瞳、優しい笑顔、そしてチョコミント。これ以上何を望むっていうの。

 

(はぁぁぁぁぁ……幸せ……!もう戦いとか小宇宙とかどうでもいい!このままアイオロス君と結婚して、チョコミントに囲まれた家庭を築きたい……!)

 

浸ってるその時、頭の中で例の声が割り込んでくる。

 

『フン、下等な人間の食べ物など……ん? この爽快な後味と甘さ……悪くない。もう一つ寄越せ、アイオロス!』

 

……あああああああ!? 女神様!? 今は静かにしててよ!私の尊い時間を邪魔しないで!

 

しかも「もう一つ寄越せ」って、図々しすぎる。アイスの在庫管理は真剣なんだから!

 

『翔子、これは交渉材料に使える。褒美を与えるのだ、男を手なずけるには食を握れと昔から相場は決まっている!』

 

「うっさい!私は今、ただこのアイスを愛でたいの!」

 

アイスを頬張りながら「幸せ……」って心で唱えてたのに、次の瞬間。

 

……体が勝手に動いた。

 

「え?」

 

自分の腕が、意思と関係なくアイオロス君に伸びていく。ヤバい、ヤバいって!

 

『アイオロス……よくやった。褒美をとらす!』

 

口が勝手に喋ってるーー!!しかも声が完全にエリス!

 

気づいたら私はアイオロス君に抱きついていて、顔がぐっと近づいて……おい待て待て待て!?

 

(ちょっ……何してんのよこの駄女神!?やめろぉぉぉ!)

 

精神世界で必死に抵抗。私VSエリス、壮絶なコントロール奪い合いバトル。

 

「やめろ!」

『黙れ!今こそ英雄を落とす好機!』

「恋愛を戦いみたいに言わないで!」

『我が千年の知見を信じろ!男などこうして落とすのだ!』

 

そんな口論をしてるうちに、両方の力が同時に私の身体を動かして――

 

ゴスッ!!!

 

「いっっったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

……はい、自分の拳で自分の頬を全力でぶん殴りました。痛いとかいうレベルじゃない。目から星が出る。縁側から転げ落ちて、庭の芝に顔面から突っ込む私。

 

アイオロス君はもう大慌て。

 

「しょ、翔子!? ど、どうしたんだ急に!? もしかして、これも修行の一環なのか!?」

 

ちがぁぁぁぁう!!! なんで即「修行」になるの!? この人、戦闘脳すぎでしょ!

 

「い、いや、ちがっ、これは、その……」

 

言い訳を探してるうちに、頭の中ではエリスが爆笑。

 

『あははははは! 己の拳で己を討つとは! これぞ真の“自爆”!』

 

「笑うなぁぁぁ!」

 

顔を押さえて涙目で叫ぶ私を見て、アイオロス君はますます心配そうに身を寄せる。

 

「翔子……俺にできることはあるか? 頬を冷やそう。待っていろ、氷を持ってくる!」

 

そう言ってダッシュで台所に消えていった。いや、優しいけど違う。原因は隣の女神だから!

 

戻ってきた彼は氷袋をタオルで巻いて手渡してくれた。私は「ありがと」と受け取りながら、心の中で女神を問い詰める。

 

「アンタのせいでアイオロス君に変な誤解されたじゃん! どうしてくれるのよ!」

『誤解? むしろ好機を与えたではないか! 痛みに耐える姿こそ健気な乙女の証! 英雄はこういう女に弱いのだ!』

「それを狙って私の顔に拳をぶつけさせたの!?」

『結果的にそうなっただけだ!』

 

なんなのこの理屈。

 

アイオロス君は氷を押さえてくれる手つきまで優しくて、「俺が守る」とか言ってくれて、確かに幸せ。でも頬の痛みと、脳内で高笑いする駄女神のせいでロマンチック気分ゼロ。

 

結局その日の夕飯までずっと頬が腫れてて、光政さんに「喧嘩でもしたのかね?」って心配されるし、オルフェウスとヤンには「新しい修行ですか」とか真顔で聞かれるし。

 

……いやもう違うから!

 

でもまあ。チョコミントアイスを食べられたし、アイオロス君はめちゃくちゃ優しかったし。たとえ自爆で顔が痛かろうと、それなりに幸せな一日だった……のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

エリスとの大騒動が一段落して、私とアイオロス君の生活は、城戸邸での同居という形に落ち着いた。

公式には「神との融合による心身の不安定さを監視するため」という名目。けど、実質はただの同棲。しかも、私とエリスの中では「事実上の婚約」って処理されてる。

 

なのに、だ。

 

――なぜ、進展しない。

 

出会って二年、確かにキスはした。夕焼けの中でドキドキのやつ。でもその先がまるでない。手を繋いだり頭を撫でたりはある。けど、そこから一歩でも先に進もうとしないのはなんで? あの朴念仁め……!

 

私は、まだ少し腫れている頬にアイスを当てながら、決意した。

(いいわ。次のチャンスで必ずベッドインまで持ち込んでやる。エリスの力なんか借りない。私一人でやってみせる!)

 

精神世界でエリスが鼻で笑う。

『フン、期待せずに待っててやる。どうせ貴様は直前でビビって逃げるに決まっているがな』

「見てなさいよ、駄女神!」

 

作戦はシンプル。夜、同じ屋根の下。どうせなら同じベッドで寝れば自然に…ってやつだ。

 

その日の夕飯、私は光政さんや他の聖闘士たちにバレないよう、そーっとアイオロス君の部屋へ侵入。ベッドの上に腰かけ、ポーズを考える。

(ここは、やっぱり誘惑的な雰囲気を出さなきゃダメよね……。枕を抱えて上目遣い、とか? いや、逆に堂々と「一緒に寝よ!」って言った方がいい?)

 

鏡を持ち込んで練習してたら、エリスが呆れ声。

『何をやっている。顔が赤すぎるぞ。それでは茹でタコだ』

「うっさい!練習は大事なの!」

 

と、そこにアイオロス君登場。制服を脱いで、パジャマに着替えたばかりの爽やかフェイス。

「あれ、翔子?どうしたんだ、俺の部屋に」

 

ドキンッ。心臓が爆音。

 

「え、えっとね、その……私、最近悪夢を見ることが多くて……その……」

 

完璧。自然な口実!自分で自分を褒めたい!

 

アイオロス君はすぐに納得してくれて、にっこり微笑む。

 

「そうか。なら今日は一緒に寝ようか」

 

(よっしゃあああああ!!)

 

……ところが。

 

布団に入ったアイオロス君は、ものの五分でぐっすり寝息を立て始めた。

 

「…………」

 

私、ここまでの心臓バクバク返して。

 

しかも寝顔がもう、本当に天使。スヤスヤ、穏やか。完全無防備。隣でジタバタしてる私が馬鹿みたいじゃん。

 

『フン、何をしている。今こそ攻め込むべきだろう!』

「でもさぁ、こんな寝顔見たら起こすのかわいそうじゃん……」

『優しさなどいらぬ!男は多少強引なくらいでちょうどいい!』

「アンタが言うと犯罪臭しかしないから黙って!」

 

悩みに悩んで、私はそっとアイオロス君の手を握ってみた。指と指を絡めてみる。

……ああ、温かい。ドキドキする。これだけで胸いっぱい。

 

(でもダメだ!これじゃ全然進展してない!)

 

翌朝。

 

私は眠れないまま朝を迎えた。アイオロス君は目覚めると爽やかに伸びをして、私の方を見て微笑む。

「よく眠れたか、翔子?」

 

「……うん」

 

(眠れてない!全然眠れてない!むしろ徹夜!)

 

 

 

(エリス視点)

 

 

忌々しい!忌々しいぞ、アイオロス!そして我が器であるこの小娘、ショーコもだ!

あの夜、我があれほど完璧な状況を整えてやったというのに、この二人の朴念仁ときたら…!

 

私は精神世界でショーコを問い詰めていた。

 

「ショーコ!いつまであの男を野放しにしておくつもりだ!貴様のせいで、我が夫(仮)との初夜が、ただの介護で終わってしまったではないか!」

 

ショーコは枕を抱えてごろごろ転がりながら、気だるそうに返す。

「うるさいわね。あんたのやり方が回りくどいから失敗するのよ。いい?同棲した時点で、もう勝ったようなものなの。後は勢いよ。男なんて単純なんだから」

 

その言葉に私は思わず耳を疑った。

 

「貴様、まさかとは思うが…」

 

「女が全裸になって『やらないか?』って誘えば、イチコロよ!」

 

……この野獣めが!!!

 

あまりの下品さに、私は本気で頭を抱えた。こんな下等生物の発想で、どうして私の夫候補を落とせるというのだ。

 

「そんな単純な誘惑に陥落する男など、下等な猿だけだ!我が夫となる男が、そんなことでどうする!」

 

ショーコは逆ギレした。

 

「えー!?じゃあどうやって落とせっていうのよ!」

 

よかろう、神代の叡智を授けてやろう。

 

「よいかショーコ。男を落とすにはまず気品だ!古代ギリシャの流儀に則り、まずは互いに情熱的な愛の詩を送り合う。そして、詩に込めた想いが最高潮に達した夜、寝室に呼び寄せ、寝台で股を開いて待っていれば男は自ずからその身を捧げに突っ込んでくるのだ!」

 

ショーコは沈黙した後、冷静に突っ込んできた。

「……最終的にやってること、私のやり方と大差なくない?」

 

「過程が違う!過程が!情緒というものが、この小娘には分からんのか!」

 

ここから口論が加速した。

 

ショーコは「現代は詩じゃなくてLINEスタンプで告白する時代」だとか言い出す。

「ハートのスタンプ一個で通じるんだってば!」

「小動物の絵に何の魂が宿るというのだ!我は百行の叙事詩を推す!」

 

私は「まずワインを酌み交わし、踊り、音楽で心を高ぶらせ…」と語る。

ショーコは「そんなことしてたら眠くなるから、最初からお布団でいい」と返す。

 

まるで平行線。

 

「ショーコ、男は情熱と美学に弱いのだ!」

「違うわよ、男は胸と脚に弱いの!」

「下品な!」

「古臭い!」

 

互いに罵り合いながらも、なぜかテンポは漫才みたいにぴったり合ってしまう。

 

その時、外から声が聞こえた。アイオロスが帰宅したのだ。

 

「翔子、ただいま」

 

ドキンと心臓が跳ねた。精神世界でも私とショーコの声が揃う。

「(チャンス!)」

 

ショーコは慌てて服を整えながら言う。

「よし、今日は私のやり方でいく!風呂上がりにタオル一枚で勝負!」

 

「やめろ、野蛮人!ならば私は詩を詠んでやる!」

 

結果――

 

ショーコはタオル姿で「おかえり」と言った瞬間、アイオロスに「風邪をひくぞ」と別のタオルを渡され終了。

私は張り切って愛の詩を詠んだが、アイオロスには「ギリシャ語の勉強熱心だな」と褒められて終了。

 

二人同時に地べたに崩れ落ちた。

 

『なんでこうなるのよ!』

『忌々しい!』

 

それでも翌晩も、そのまた翌晩も、私たちは作戦会議を繰り返した。

 

「今日は上目遣いで甘えるわ!」

「ならばその時、我が背後からオーラを放ち、女神的威厳で迫る!」

「やめてよ!空気壊れるじゃない!」

「空気より歴史を重んじろ!」

 

結果、またしても進展ゼロ。

 

気づけば、私とショーコは夜ごとに言い争い、時に枕を投げ合い、時に涙を流す。

まるで恋人同士のように。

 

……いや、違う。私は女神で、こやつは器。だが。

 

「ショーコ」

「なに」

「……我らの作戦がどれほど失敗しても、次は必ず成功させてやる」

「……うん。次こそはね」

 

互いに顔を見合わせ、ふっと笑った。

 

忌々しいことに、あの朴念仁を落とすという目標は同じなのだ。

野獣の理論と、神々の作法。まったく噛み合わない二つの哲学。

 

けれど、だからこそ私はショーコと口論をやめられない。

 

今日もまた私は、心の中で叫ぶ。

「アイオロス!我が夫(仮)よ!貴様を落とす方法は必ず見つけてみせる!」

 

そして隣でショーコもまた叫ぶ。

「アイオロス君!私が絶対落としてみせるんだから!」

 

……結果、今日も進展はゼロである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忌々しい!忌々しいぞショーコ!

我と同じ器を共有しておきながら、なんだその生意気な口の利き方は!

 

今日も精神世界での口論は絶好調。

発端は単純だった。「どちらの誘惑理論が正しいか」だったはずなのに、気づけば話題はズレにズレ、最終的にショーコが放った一言が決定打になった。

 

「そんなに言うなら、あんたはどれだけ経験豊富だって言うのよ!」

 

その瞬間、私はバチンと頭の中でスイッチが入った。

 

「フン!我を誰だと思っておる。争いの女神エリスだぞ!神話の時代、数多の英雄や神々をその身で堕としてきたわ!」

 

ショーコが目を細める。

「へえ〜。そんなにすごいって言うなら、具体的な人数は?」

 

ぐっ…こやつ、妙に生々しい質問を。

しかし私は女神、動じない。

 

「……まあ、天の星の数ほどではないが、オリンポスの主神が浮気で作った愛人の数よりは多いな!」

 

ショーコは腕を組んで大げさにため息をつく。

「何よそのアバウトな数字!こっちはね、伊達に17年生きてないのよ!空手道場に出入りしてた血気盛んな男たちを、何人も再起不能にしてやったんだから!」

 

私は吹き出しそうになった。

「なにぃ!?道場の若造ごときで威張るな!」

 

「再起不能よ!?つまり立てなくなったのよ!これ以上の戦果がある!?」

 

「戦果じゃなく猿相手の暴力だろうが!」

 

こうして我らの口論は、互いの性的な経験人数(?)を自慢し合うという、果てしなく泥沼で下世話な方向へ突入した。

女神の威厳?人間の羞恥心?そんなものはこの時点でどこかに吹き飛んでいた。

 

私は胸を張り、過去の武勇伝を熱弁した。

「聞けショーコ!我はトロイアの戦士をその寝台で堕とし、アマゾネスの女王とも杯を交わした!挙げ句、冥府の王ハーデスでさえ、我が魅惑の舞に酔いしれたのだぞ!」

 

ショーコは負けじと食い下がる。

「ふん!私は体育祭の後夜祭で告白してきた男子を二人、道場帰りに返り討ちにした!さらに、合宿中に調子に乗った先輩を一本背負いで叩き伏せて、その後謝罪させた!経験値なら私も負けてないんだから!」

 

「お前のは恋愛武勇伝ではなく暴力沙汰だろうが!」

 

「そっちだって神話の時代からのパワハラセクハラ武勇伝じゃない!」

 

罵り合いながらも、なぜか互いにヒートアップしてしまう。もう引くに引けない。

 

「我の経験人数は、星の数ほど!」

「私の撃破人数は、道場の合宿三回分!」

 

「星!三回!星!三回!」

 

まるで子どもの喧嘩である。

 

そんな時だった。

ギィ…と部屋の扉が静かに開いた。

 

そこに立っていたのは、我らの器を巡る最大の元凶、いや最愛の英雄――アイオロスだった。

 

彼の顔は、青ざめ、そしてどこか悲痛な色を浮かべている。

 

まずい!

聞かれた!?

 

私とショーコは同時に固まった。

 

アイオロスはゆっくりと口を開いた。

「翔子…そしてエリス…。知らなかったとはいえ、すまなかった…」

 

「え?」

 

「え?」

 

二人の声が揃う。

 

アイオロスは目に涙を浮かべ、震える声で続けた。

「君たちが、それほど多くの血みどろの死闘を繰り広げてきたとは…!そして、その倒した相手を、一人一人きちんと懇ろに葬って供養しているとは…!俺は、君たちのその深い慈悲の心に気づけていなかった…!」

 

…………………。

 

ショーコと私は、精神世界で同時に顔を見合わせた。

 

「(こいつ……完全に勘違いしてやがる……!)」

「(倒した人数=埋葬数だと思ってる……!)」

 

アイオロスは拳を震わせながらさらに熱弁した。

「俺も聖闘士として多くの敵を斃してきたが…君たちのように、一人一人の冥福まで祈ったことはなかった…!俺はまだまだ未熟だったんだな!」

 

彼は涙を流しながら天を仰ぐ。

なんだこの清らかな勘違いは。

 

ショーコが小声で吐き捨てる。

「(エリス、これ、私たちが何言っても無駄じゃない?)」

「(ああ…説明すればするほどややこしくなる未来しか見えん)」

 

二人で諦めて同時に天を仰いだ。

 

結果。

 

アイオロスは「君たちの慈悲の心を尊敬する!」と頭を下げ、勝手に感動して勝手に去っていった。

 

残された私とショーコは、沈黙の後、精神世界で同じ言葉を吐き出した。

 

「「この男……本当に、本当に、救いようがない……!!!」」

 

……こうしてまたもや、我らのアイオロス攻略の道は遠のいたのである。




「ふふふ……」
「……翔子? なぜそんなに不敵に笑っている」

「決まってるじゃない! 今日こそ私の必殺作戦を披露するのよ!」
「必殺作戦?」

バサァッ!
服を脱ぎ捨て、夕日に輝く全裸解禁。

「ジャジャーン! ――『全裸でやらないか?作戦』!!」

両手を広げ、ドヤ顔の翔子。
「さあアイオロス君! 驚いて私に惚れ直すがいい!」

……沈黙。

「…………」
「…………」

風が吹き抜け、カラスが鳴く。

アイオロスがやっと口を開く。
「……翔子」
「なに? もう“愛してる”って言っちゃってもいいんだよ?」

「若き乙女が……裸をさらすなど……夫の前以外では断じて許されない!」

「なっ……!? え、ちょっと、ええぇぇぇ~~!?!?」

翔子の顔が引きつる。

「な、なにその道徳的正論!? 大事にされすぎて嬉しいような、作戦が大失敗して悲しいような! 私の立場どこ!?」

アイオロスは真剣そのもの。
「翔子、その身は未来の夫にだけ捧げるんだ」
「いや、その未来の夫ってアンタでしょ!? 予定表確認して!? なぜ今はダメなの!?」

「……婚姻届を提出してからだ」

「役所かよぉぉぉぉ!!!」

翔子は床に転がってジタバタ。

その頃、精神世界では――

『……ムリだ……! 全裸で迫る小娘など、神代でも見たことがない……! 私は当分、出ない……』

「ちょっとぉ! ここで赤面して引きこもるな女神ぁぁぁ!」

夕暮れの庭に、全裸の自信満々→爆死の笑い声と、神の引きこもりが響いた。

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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