聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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氷原に潜む野心の狼――その名はロキ!
群狼拳の咆哮がヴァルハラの廊下を切り裂き、吹雪すらも獰猛なる牙と化す!
だが応えるは聖域の叡智、参謀長アッシュ!
星々を掴むその拳は、狼の野望を砕く銀河の裁き!

「聖闘士に、同じ技は二度も通じない――!」

次回、野心の狼王ロキ!参謀長の拳は星々を穿つ‼
運命の廊下に轟け、スターダスト・レボリューション‼


野心の狼王ロキ!参謀長の拳は星々を穿つ‼

(アッシュ視点)

 

 

ヴァルハラ宮殿の廊下はやけに長い。装飾は簡素だが、壁面を這う冷気がただ事ではない厚みで張りついている。天井のレリーフに閉じ込められた狼の意匠が、灯火の揺らぎで生き物のように瞬きをする。俺は歩調を乱さず戻路を取っていた。足音は雪を踏むように抑え、呼吸は三拍で一定。頭の中では、さっきまでの会談の盤面を何度も組み直す。ドルバルの呼吸、視線、言葉の間。強い者ほど、沈黙の中に企みが宿る。

宮殿の空気圧、結界の振動、警備の巡回パターン。全部、今のうちに焼き付けておく。

 

背後から、氷を擦るような声が落ちた。声が空気を切り裂く角度で、風が微かに変わる。

 

「戻っても無駄だ。お前の仲間たちは、全員すでにあの世へ行っているよ」

 

ゆっくりと振り返る。狼をかたどった神闘衣を纏い、薄笑いを浮かべた神闘士が、柱の影からまっすぐに歩み出る。ロキ。視線の奥に、隠しきれない野心が炎のように渦巻いている。彼は俺を見据えつつ、足を止めない。獲物を追い詰めるとき、狼は正面に立つよりも、わずかに斜めの位置を取る。退路と死角を読み切っている証拠だ。

 

「この件、ドルバル教主はご存知なのかな?」

 

俺は表情筋を一切動かさない。瞳孔の開きも呼吸の振幅も、平常域。

 

「フン。お前をここで片付けた後で、報告させてもらうさ。オーディーン神に代わり、この俺がアスガルドを、そして聖域をも支配するのだ!」

 

宣言と同時に、床石が軋む。ロキが消え、次の瞬間、前後左右、上下から圧縮された拳風が襲いかかってきた。狼の群れが円陣を組んで飛びかかる――そんな錯覚すら生む、連撃の網。拳圧はただの風じゃない。拳の芯に噛ませた小宇宙の歯が、渦に絡みつき、ひと噛みごとに切創のような圧力痕を残す。

 

「喰らえ! 襲撃群狼拳!!」

 

最初の列は肩口を狙う陽動、二列目で膝裏、三列目で鳩尾。全部まとめて来る。拳圧の縁が衣の裾を裂く。俺は半歩の重心移動と肩のひとかきで、風の間に身体を滑り込ませる。間に合わない一発は、甲で受け、廊下へ逃がす。柱がさく、と鳴って粉雪のように砕けた。砕片の落下音、計八つ。破損は許容内。

 

「やめておくことだ、ロキ。そんなことをしても、お前に益はないぞ」

 

忠告は忠告として告げる。が、野心で耳は塞がれている。狼は止まらない。ならば、こちらも躊躇わない。

 

俺は左足を半歩引き、拳を下段から捻り上げる。拳面に黄金の小宇宙が収束し、雷鳴に似た振動が骨へと逆流する。アイオリアの牙を、俺は理屈から組み上げ直した。速度域を上げるほど、軌道は細く、線は光へ変わる。運動量は減らさず、断面だけを絞るには、手首の返しを極限まで殺すこと。肩甲骨の可動域を最後の一ミリまで使い切れ。

 

「ライトニング・プラズマ」

 

光が廊下に降り注いだ。目で追えぬ矢が百、千と空間を縫い、ロキの軌跡を先回りして待つ。狼は、わずかに身を捩って致命を避ける。だがゼロにまではできまい。数発が脇腹と肩口を穿ち、甲高い音とともに神闘衣の板金がはじけ飛ぶ。金属臭が冷気に乗って鼻に届く。

 

「ぐっ……!」

 

赤が雪のように舞った。だが戦士は口角を吊り上げる。痛みは怒りへ、怒りは燃料へ。わかりやすい男だ。

 

「なかなかやるな、聖域の参謀長……! だが、聖闘士の技など一度見れば十分! この俺に、同じ技は二度も通じんぞ!」

 

言い終えるより早く、群狼が再び走った。先ほどより間合いが詰められている。肩の回内角度を変え、拳の列をずらしている。学習が速い。拳の列間の時間差は、先ほどの七分の六。密度が上がったぶん、各拳の芯は薄くなっている。

 

(拳の始点は肩、終点は影。拳面は牙の形に割りつけて……なるほど、単純だが速い。単純だから、全方位に張れる。弱点は? 制御パターンが直列。入力が一系統なら、重ねて崩せる)

 

俺は薄く笑い、彼と同じ構えを取った。狼と狼。だが俺の拳には、黄金の稲妻は宿っていない。代わりに、彼と寸分違わぬ狼のオーラが溜まっていく。模倣(コピー)とは、見様見真似ではない。解体し、再設計する。パラメータを最適化し、無駄を切る。俺の仕事はいつだって、そういう類いだ。

 

「お前こそ、聖闘士の常識を知らないようだな」

 

「何?」

 

「ロキ。――聖闘士に、同じ技は二度も通じない」

 

拳が咆哮する。狼の牙は、俺の腕の中で間引かれ、鋭さだけを残す。

 

「それ、襲撃群狼拳!」

 

俺の拳は、一撃目の列をわずかに遅らせ、二撃目の列を先行させた。ロキの連撃パターンを半拍ずらしで重ねる。波と波。位相が噛み合った瞬間、互いの拳圧は相殺され、ロキの守りに一瞬の穴が開く。そこへ、俺は三撃目の列を垂直に落とした。三列目だけは狼ではない。矢だ。狼の森に、一本の杭を打ち込む。

 

「がはっ――!」

 

自分の技を、より洗練された形で返される。受け止め方がない。ロキの身体が弾かれ、廊下のモザイクが瓦のようにめくれ上がる。狼は壁へ叩きつけられ、そこから床を転がって止まった。壁面の狼の意匠が、崩れかけのタイルで泣き笑いに歪む。

 

「馬鹿な……! なぜ、貴様が俺の――」

 

「理屈は簡単だ。お前の拳が教えてくれた。礼は言っておく」

 

俺は肩を払った。粉雪のような石片が落ちる。ロキは歯を噛みしめ、なお立つ。膝が笑っている。だが、目は死んでいない。むしろ、いまがいちばん生に執着しているときの目だ。

 

「……黙れ。俺に説教するな」

 

「説教ではない。合理の話だ」

 

一歩近づく。狼の喉が反射で鳴る。恐怖は羞恥に化け、羞恥は怒りに転じる。人の感情の循環は、北でも南でも変わらない。

 

「馬鹿な真似はやめて、ドルバルのもとで神闘士として働け。野心を持つなら、まず生き残れ。それが、お前にとって最も益のある道だ」

 

「黙れ…!そんな…そんなみっともない真似ができるかァッ!!!」

 

吠えた瞬間、ロキの両腕に吹雪が集まった。白い暴風が廊下を満たし、金の燭台が次々と凍り付いて爆ぜる。氷の狼が十、二十と生まれ、牙を剥いて跳ぶ。狼たちは実体を持たない幻ではない。小宇宙で束ねた氷塊の群れだ。衝突すれば骨は砕け、触れれば皮膚は裂ける。

 

「オーディーン・テンペスト!!」

 

温度が急落する。視界が白で埋まる。肌が刺されるように痛い。呼気が白く膨張して頬に張り付く。床に薄い霜が走り、靴底のグリップが一段落ちる。俺は息を吸い、目を細めた。瞳の前で、雪の結晶が成長する速度を測る。氷点下二十。呼吸の回数を少し落とす。

 

(やはり――最後はそこだな)

 

「……ならば仕方ないか」

 

俺は右掌を天に、左掌を地に向けて広げる。掌と掌の間に、夜が落ちる。暗黒に、粒の光が一つ、また一つと点った。星の核が、遠い時差を越えて拳の間に集う。俺はそれを回転させる。銀河が生まれる。星々の質量は数式ではなく、記憶で量る。シオンの背に見た宇宙の重み、サガが空間を捻じるときの静けさ、アイオリアの雷の直線。全部が俺の中で合流し、形になる。

 

「お前から財布を盗った詫びだ。ひと思いにやってやろう」

 

狼の足が止まった。ロキの眼が見開かれる。吹雪の奥で、彼は確かに震えた。恐怖ではない。未知を見たときの戦士の震えだ。

 

「な、何だその技は……!」

 

「スターダスト・レボリューション!!」

 

俺は銀河を押し出した。星屑の奔流が、白い嵐へ正面から衝突する。氷の狼たちは触れた瞬間に分解され、吹雪は形を保てず霧散した。星の弾頭が連なり、螺旋を描いてロキの胸甲に集中する。連弾の角度はすべて微妙に異なり、同一点に集束した瞬間、衝撃の山が重なり合って峰を作る。

 

「ぐ、あ――っ!」

 

神闘衣の狼面が砕け、胸部の板金が剥がれ、血が星光に弾ける。ロキの身体が宙に持ち上がり、廊下の端まで飛ばされ、壁に大穴を開けて落ちた。落下の衝撃で、氷の粉が雪のように降る。耳の奥で、金属がひずむ悲鳴が長く尾を引いた。

 

俺は拳を下ろし、呼吸を整える。銀河は掌から消え、ただ凍気だけが残った。足音は鳴らない。雪が音を食う。歩み寄ると、ロキはまだかすかに息をしていた。唇が震える。血の泡が白い息に混じって弾けた。

 

「馬鹿な……この俺が、敗れるなど……」

 

「浅い男だ」

 

俺は淡々と告げる。声音は冷たいが、軽蔑ではない。事実の提示だ。

 

「お前のその程度の野心と実力ではな。ドルバルがお前を切り捨てるのも、頷ける」

 

狼の瞳に、遅れて意味が宿る。脳が現実に追いつくまでに、ほんの数秒の空白が生まれる。戦場の数秒は、生と死の差だ。

 

「……なんだと……? まさか、教主は……。全てを……」

 

言葉は最後まで続かず、力なく首が傾いた。息が落ちる。狼は沈黙した。手はまだ拳の形のままだった。戦士は最後まで武器を離さない。

 

(支配とは、より大きな権威に負けるものだ。だから支配を欲する者は、より大きな権威へ擦り寄る。だが、権威はいつでもお前を守るわけじゃない。守るのは義務ではない。彼らにとって、お前は駒でしかない)

 

俺は目を閉じ、数秒の黙祷を捧げた。敵であっても、戦士は戦士だ。北の狼は、北の掟で生き、北の掟で死ぬ。ならばせめて、死に様は整えよう。

 

目を開け、周囲の被害を確認する。壁の穴、凍った床、砕けた柱。破壊の痕は、交渉の場の信頼を簡単に壊す。……必要以上の痕跡は残したくない。俺は杯座の聖衣の外装を軽く叩き、展開するマイクロデバイスに指示を送る。量子霧が散布され、崩れかけた壁面が仮修復されていく。凍った床の表面に微細な振動が走り、霜が剥がれ落ちた。蔵人のように痕跡を消すのは、聖闘士の仕事には含まれないが、参謀の仕事には含まれる。

 

 

廊下の角を曲がる前に、一度だけ振り返る。狼は動かない。吹雪の粉が、彼の上に薄く降り積もっていく。ここは北の地、雪がすべてを覆い隠す。だが、覆い隠された真実は、遅かれ早かれ顔を出す。彼の野心も、彼の最期も、やがて誰かの教訓になる。

 

(急ごう。エレナの積尸気の波形が遠くで揺れた。ミロのコスモも、激しく燃えた跡がある。熱が氷を押し返した痕。アルデバランは……少し騒々しいが、無事だ。――鼻の奥に、なぜかうがい薬の匂いが混じっている。後で理由を聞こう)

 

一瞬だけ、彼らの顔が脳裏に浮かぶ。エレナは必ず生きて戻る。あの女は、俺の許可なく死なない。ミロは親友に針を撃ち込んだ。胸の奥が、わずかに疼く。生半可な慰めは不要だ。必要なのは、舞台の照明を正しく当て直すこと。アルデバランは……まあ、あいつはあいつでやるだろう。

 

俺は歩速を上げた。心拍は一定。呼吸も一定。怖れも焦りも、必要以上には要らない。俺の役目は、最短で、最小の損失で、最大の成果を取ることだ。兵は貴ぶべき資産で、同時に捨て駒であってはならない。

 

闇の先へ歩き出す。狼の遠吠えはもう聞こえない。代わりに、遠く、友の心臓の鼓動が、薄い糸のように確かに続いている。紐を辿れば、必ず中心に着く。そこにいるのは、北の王か、あるいは――。

 

 

宮殿の外壁を渡る風が、雪片を巻き上げた。白の渦の向こうに、次の戦場が、静かに口を開けている。冷たい匂いの奥に、微かな鉄の匂い。やり残しの匂いだ。ひとつずつ片付けよう。順に、確実に。




「……さて、ドルバルとの心理戦も一段落か。
エレナは無事か? ミロは……あの様子では相当削られただろう。
アルデバランは……騒々しかったが、きっと乗り切っているはずだ。

……ん? だが、妙に鼻の奥に残る匂いがあるな。
ミント……? いや、これは……うがい薬の匂いだな。

どうして氷原の真っ只中で、アルデバランからうがい薬の匂いがするんだ?
……戦場で喉を潤すため? いや、違う。あいつのことだ……また妙なことになっていたに違いない。

まったく……あとでじっくり聞き出すとしようか」

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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