聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
ヴァルハラ宮殿にて玉座に座すは、教主ドルバル。
オーディーンの代行者を称しながら、その心は“神のため”ではなく、己を崇めさせるために燃えていた!
参謀長アッシュ、俺はその虚飾を暴き、支配の理を突きつける。
より大きな権威に負けるからこそ、人は権威を欲する!
ならば、この男が欲しているのは――神か、権力か、それともただの虚名か!
次回!
野心か信仰か!教主ドルバル、暴かれた真実‼
冷たい玉座で交わされる密約は、やがて世界支配の青写真となるのか――!
(アッシュ視点)
ヴァルハラ宮殿の奥、教主の間。長い廊下を抜け、重い扉を押し開けた先の空間は、雪よりも冷たい小宇宙で満たされていた。玉座に腰掛けているのは、アスガルドの支配者ドルバル。その身体から放たれる絶対零度の気配は、床石の隙間にまで染み渡り、息を吐くだけで肺が凍りつきそうな圧を孕んでいた。だが、俺は怯まない。むしろ、この極寒の中だからこそ、彼の本性を探るにはちょうどいい。
「…随分と、乱暴な人事をなさるのですね、教主」
わざと軽く言ってやる。俺の声は冷え切った空気を裂き、玉座まで届いた。ドルバルの目がわずかに細められる。さきほど、フレイを下がらせたどころか、暗に排除しようとした気配。あれを俺が見逃すはずがない。人を駒として扱う権力者の思考は、すぐに透けて見える。
「何のことかな」
彼は平然と返す。肩をすくめ、まるで無垢を装う子供のように。
「私はオーディーン神に仕える、ただの代行者にすぎん」
代行者?笑わせる。真に代行者に徹する人間は、己を「代行者」と名乗らない。そこには必ず「私こそが正統」という奢りが滲む。俺は目を細めて、さらに踏み込む。
「では、その代行者殿に一つお尋ねしたい」
「ほう?」
「『支配』とは、より大きな権威に負けるものだ。だから人は、より大きな権威を欲する。そうではありませんか?」
一瞬、静寂が支配する。氷壁のひび割れが、ぱきり、と音を立てて広がった。ドルバルの目に、はじめて感情の色が走る。怒りでも恐怖でもない。――露わにされた欲望に対する、苛立ちと焦り。俺は間違いなく彼の核心を突いた。
「…小僧、面白いことを聞くな」
低く唸るような声。玉座に座ったまま、彼の小宇宙がさらに膨れ上がる。部屋全体の空気が、氷点下をさらに落ちていく。
「よかろう、教えてやる。私は、このアスガルドを、聖域をも支配するのだ!」
その言葉には虚飾も迷いもなかった。ただ、むき出しの野心。自らを神の代行者と称しながら、実際には「神の上」に立ちたいと渇望している。フレイを切り捨てようとしたのも、部下を守るためではなく、自らの椅子を守るため。すべては繋がる。
「そして、その障害となるお前には、ここで死んでもらう、杯座のアッシュ!」
ようやく本音を吐いたな。俺は心の中で呟き、口元に薄い笑みを浮かべる。
「ふむ、それはどのような手段で?力で?」
挑発を込めて言ってやる。ドルバルの目が鋭く光った。支配者が最も嫌うのは、自らの正当性を疑われること。だからこそ、俺はそこを抉る。
「…力こそが全てだ。氷原で生き残る者が強者であり、強者こそが支配する。それがアスガルドの理よ」
彼は誇らしげに胸を張る。だが、その声の奥には確かな焦りが混じっていた。力に依存する者は、必ず「より大きな力」に怯える。俺は、その矛盾を指摘する。
「非効率ですね」
俺はあえて鼻で笑った。
「それではいいところ、ギリシャとアスガルドを巻き込んだ泥沼の戦争止まりです」
「……何だと?」
玉座からわずかに身を乗り出すドルバル。絶対零度の小宇宙が、怒りに反応するかのようにさらに膨れ上がる。氷柱が天井から垂れ下がり、床石が白く凍りついていく。彼の小宇宙の影響範囲は絶大だ。しかし、俺の心拍は変わらない。こんな光景、何度も見てきた。結局のところ、支配とは「負け続けた人間」が最後に縋るものに過ぎない。
「あなたがやろうとしているのは支配ではなく、ただの侵略だ。侵略は時間を食い、民を疲弊させ、結局は新たな権威に呑まれるだけ。歴史が証明しています」
俺は一歩前に出た。床が軋む。ドルバルの氷気が足首を絡め取ろうとするが、俺の小宇宙がそれを焼き払う。
「あなたのやり方では、この北の地すら持たない。だからこそ聞いたのです。あなたは本当に『支配者』になりたいのか?」
ドルバルの目が大きく見開かれた。その奥に浮かんだのは、怒りでも誇りでもなく――一瞬の動揺。図星だ。俺は彼の矛盾を完全に突いた。口では「力こそ全て」と言いながら、心の底では「より大きな権威に従うしかない」と理解している。その葛藤が、彼の野心を脆くしている。
俺は冷静に続ける。
「より大きな権威に負ける。それが支配。ならば、あなたが欲しているのは何だ?力か、権威か、それとも――神そのものか?」
俺はわざと挑発するように問いを投げた。
「貴方は、本当は何が欲しいのですか?金?奴隷?それとも領土ですか?」
氷の仮面を被っていた男の目が、その瞬間だけ、ほんの僅かに揺れた。答えたくない質問を、正確に突かれた人間の目だ。
「そのような物が欲しいのではない!」
ドルバルの声は震えを帯び、それでも必死に自尊心を保とうとしていた。
「私を崇め、奉る民衆!その上にこそ、私は君臨するのだ!」
やはりな。支配者を気取りながら、結局欲しているのは「崇められること」だけだ。世界の秩序でもなく、神の威光でもない。ただ自分を讃える声が欲しいだけの男。
俺はため息をつきそうになるのを堪え、逆に口元に笑みを浮かべた。
「…なるほど」
わざと一拍置く。ドルバルが次の反論を用意する前に、俺は言葉を差し込んだ。
「ならば、我々は手を組むことができる」
「…何?」
玉座に座ったまま、ドルバルの体がわずかに前のめりになる。俺が想定外の答えを出したからだろう。
俺は両腕を広げ、何気ない世間話でもするような口調で切り出した。
「我々聖域の教皇…実は、シオンは偽物でしてね。今、玉座に座っているのは、双子座のサガ。彼が成り代わっているのです」
空気が凍り付いた。氷の小宇宙を纏ったドルバルですら、一瞬だけ息を呑んだのが分かった。
「………俄には信じられん話だが、なぜ、私にそんなことを話す?」
「まずは、貴方に信用していただかなければ」
俺は平然と返す。これはリスクの高い賭けだ。だが、目の前の男を絡め取るには、餌を与えなければならない。
「…話を戻しますが、私もそのサガに協力している。我々は、アテナなどどうでも良い。結果として、地上に平和と秩序をもたらす、絶対的な『支配者』がいれば、それでいいのです。…貴方と、同じだ。わかりますか?」
ドルバルの喉が、わずかに鳴った。表情は変わらない。だが、目の奥にある光が、確かに揺れていた。自分を「代行者」と信じ込ませていた仮面が、ひび割れを始めている。
「…私がオーディーンを信じていないと?」
声は怒りに満ちていたが、その怒りは虚勢だった。
「愚かな背教者どもめ!私はオーディーンの地上代行者だぞ!」
「貴方のオーディーンが、聖域との全面戦争を望むとでも?」
俺は即座に切り返す。
「…違うな。教主、嘘はいけません。貴方は、自分の野心のままに行動したいだけだ」
玉座に座るドルバルは、言葉を失った。氷の小宇宙はまだ荒れ狂っているが、それは相手を圧倒するための武器ではなく、自分の心の揺らぎを誤魔化すための鎧にしか見えなかった。
「支配とは、より大きな権威に負けること」
俺は淡々と続ける。
「だから人は、より大きな権威を欲する。聖域も、アスガルドも、神話の時代からずっとそうしてきた。あなたが欲しているのは、オーディーンの権威ではなく、自分自身の権威だ。違いますか?」
その瞬間、ドルバルの表情から完全に笑みが消えた。怒りを演じることもできない。ただ沈黙するしかなかった。俺は心の中で勝利を確信する。
この男は、オーディーンを信じてなどいない。ただ「神の名」を利用し、己の野心を正当化していただけなのだ。
俺は一歩前に進み、彼を見下ろす形で言った。
「安心してください、教主。我々は同じ道を歩める。サガがそうであるように、あなたも『神の名』を道具にすればいい。大事なのは、権威をどう操るか。信仰など、最初から必要ない」
ドルバルの拳が震えた。悔しさか、怒りか、それとも快感か。俺には分からない。ただ、確実に言えるのは、この瞬間彼の心の奥底まで俺が踏み込んだということだ。
俺は薄く笑い、囁くように告げる。
「ようこそ、支配者の世界へ。教主、あなたはもう後戻りできない」
◆
「では単刀直入に」
俺は、ゆっくりと息を吐き、言葉を落とした。
「我々は、貴方を聖域に招き、世界の全宗教を束ねる『総大主教』の座を提供する用意があります」
ドルバルの目が、大きく見開かれた。
「………何だと!?」
あの男の瞳に、初めて「計算ではない動揺」が浮かんだのを見た。心の奥に隠してきた欲望を、正面から突きつけられたのだから当然だ。
「貴方は、民衆が崇めるべき『宗教的権威』の全てを手中に収めれば良い」
俺は言葉を畳みかける。
「『経済』は私が担う。『武力と権力』はサガが担う。そして、貴方が『宗教』を担う。三権分立による、完璧な世界統治です。面白い試みではありませんか?」
「三権分立…?」
ドルバルが吐き捨てるように呟いた。アスガルドの人間には、聞き慣れない概念だろう。だが、意味は伝わるはずだ。世界の均衡を、三つの柱で支配するという構想。俺とサガ、そしてこの男を組み込んだ形。奴の野心を最大限に満たす提案だ。
「くだらぬ戯言を!」
口では否定する。だが、その拳の震えは怒りではなく、迷いだ。心は揺れている。
「お前を信用できるのか?そのような世迷い言で私を騙し、聖域に誘き寄せて粛清するというのも考えられる」
当然の反応だ。俺も、もし逆の立場ならそう疑う。だからこそ、ここで切り札を出す。
俺は不敵に笑った。
「女神アテナは今、日本の地にいます」
ドルバルの目が鋭く光る。
「一人の人間として、私がそう仕向けました。このことは、教皇であるサガすら知らない、私だけの秘密です」
一瞬、空気が凍り付いた。吹雪すら止まったかのように、静まり返る。ドルバルは、言葉を失い、俺を凝視していた。
「…お前が、そんなことをする理由は?」
やっとのことで搾り出した声は、震えていた。
「理由など単純です。神を聖域に縛っておけば、支配の幅が狭まる。ならば、女神を一度『人間』に戻す。それで、彼女は駒になる。信仰の象徴ではなく、切り札として」
俺は淡々と告げた。
「…あなたを騙すつもりなら、そんな、私の首が飛ぶような弱みを、わざわざ話すはずがない。…そうでしょう?」
ドルバルの呼吸が荒くなる。俺が本当にアテナの所在を漏らしたのなら、それは俺にとって致命的な弱みだ。嘘なら即バレる。だからこそ、説得力がある。
「……後で確かめさせてもらう」
ようやく口を開いたドルバルの声は、低く震えていた。
「それが真実なら、お前はとんでもない危険を犯していることになる」
「どうぞご随意に」
俺は軽く肩をすくめた。
「真実を知った時、貴方は理解するでしょう。聖域も、アスガルドも、そして人類全てを統べるための新しい秩序が、すでに形になりつつあることを」
ドルバルは沈黙した。小宇宙はまだ荒れているが、その奥底には確かな迷いと、そして…期待の光が見えた。こいつはもう完全に飲み込まれている。俺が差し出した未来に。
◆
ドルバルと俺、二人の間に張り詰めた空気が、永遠にも思える時間を作り出していた。
「そこで困ったことがある」
俺は静かに口を開いた。声は低く、しかし確信に満ちていた。
「我々には愚かな民衆が崇めるべき神は居ても、その代行者が居ない。ならば、他所から持ってくるのが良いでしょう」
ドルバルの眉がぴくりと動く。すぐに理解したらしい。
「それが私ということか…フフ…随分と簡単な話にするのだな」
「我々の目標とするところは、『神との決別』ですよ、教主」
俺は一歩前に出て、奴の瞳を正面から射抜くように見据える。
「神はただ、我々が作った玉座の上で、民衆に崇められていれば良い。この地上は、我々人間のものだ。…で、お返事は?」
しばし沈黙。ドルバルの口元に、やがて笑みが浮かんだ。
「…面白い試みだ。おぬしの企み、一つ噛ませてもらおう」
その瞬間、俺は確信した。この男はもうこちら側だ。欲望と野心、その二つをくすぐってやれば、あとは勝手に動いてくれる。
だが、ドルバルは続けて顔を曇らせる。
「しかし…問題がある。ロキだ。あの跳ねっ返りどもは、この話に納得すまい」
やはりな。俺はわざと肩をすくめ、軽く笑って見せた。
「では、まずは貴方の手で、一度説得を。それでだめなら、私どもが『処理』しましょう」
そして、言葉を少しだけ強める。
「それくらいは、総大主教の座に就くための、持参金代わりに働いてもらいたい」
ドルバルは目を細め、ふっと鼻で笑った。
「フフ…随分な持参金だな。よかろう」
――交渉は成立した。俺とサガ、そしてこの男。異なる野心を持ちながらも、それを一つに束ねる密約。氷の玉座で結ばれたのは、神の名を利用した、人間による世界支配の青写真だった。
……そして、現在。
ヴァルハラ宮殿の片隅、吹雪が吹き込む中で、俺はロキの遺体を見下ろしていた。狼のように鋭い瞳は、すでに光を失っている。血の匂いと、焼け焦げたような小宇宙の残滓だけが、この男の最後を物語っていた。
「説得は、失敗したようだな、ドルバル教主」
俺は冷たく呟いた。誰に聞かせるでもなく、ただ自分自身に確認するように。
「フン、これで、あんたには、ただで聖域に来てもらうことになったな」
ロキは死んだ。いや、死なせたのは俺だ。だが、それは「聖闘士と神闘士の戦い」ではなかった。俺にとっては、ただの「掃除」だ。障害を一つ、計算通りに排除したに過ぎない。
あの場でロキが言い残した言葉が耳に残っている。――「聖域の参謀長とやら、俺がこの地を支配する」。
お前は間違ってはいなかった。だが、力が足りなかった。欲望も、小宇宙も、計算も。俺の掌で踊らされたまま、終わった。
吹雪の中でロキの亡骸を背にしながら、俺は歩き出す。次に待つのは、ドルバルとの密約の「実行」だ。総大主教として世界に君臨する準備をさせる。そのための最初の布石として、今夜の「掃除」は十分すぎるほど効果的だった。
氷原を照らす月光を見上げる。世界は広い。そして、まだまだ愚かな神と英雄で溢れている。その全てを駒として使いこなすために、俺はここにいる。
「さて――次の一手だ」
(あとはサガにどう説明するかだな。だが、問題ない。あいつも最終的には俺の提示した「支配の秩序」に乗るしかない。世界の覇者を決めるのは、女神でも神でもない。駒をどう動かすかを決める、この俺だ)
氷の宮殿を後にしながら、俺は冷たい空気を大きく吸い込み吐き出した。ゲームはもう始まっている。あとは、誰が最後に笑うかだ。
俺は小さく笑みを浮かべ、闇に消えた。
ドルバル「……ところで、アッシュ。ひとつ聞かせてもらおう」
アッシュ「なんです?」
ドルバル「あの水瓶座のカミュだ。ロキの手で洗脳されていたはずだが……どうするつもりだ?」
アッシュ「…………」
ドルバル「…………?」
アッシュ「…………あ」
ドルバル「……『あ』?」
アッシュ「……すっかり忘れてました」
ドルバル「おい!」
アッシュ「いやいやいや!こっちは教主殿の野心を暴いたり、密約結んだりで頭フル回転だったんですよ!親友との友情イベントまで管理する余裕は……!」
ドルバル「参謀長とやら……抜けているのか、抜け目ないのか、まったく分からん男だな」
アッシュ「お褒めにあずかり光栄です。……で、どうしましょう?」
ドルバル「知らん!そこも貴様の“計算”に入れておけ!」
アッシュ「……次回までに考えときます」
十二宮編の最後は誰と誰の対決に?
-
アッシュと星矢
-
サガとアイオロス
-
アッシュとアイオロス
-
サガと星矢