聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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愛か!嫉妬か!はたまた書類か!?
 アスガルドの激闘を越え、待ち受けていたのは――
 フレアの熱烈すぎる想い!
 エレナの嫉妬に燃える小宇宙!
 そして、ドルバルとサガの織り成す、果てなき書類地獄だった!

参謀長アッシュ、外交の舞台で魅せるは冷徹なる計略か、それともラブコメの悲鳴か!?
 迫りくる愛の猛攻!嫉妬の必殺!そして山脈のごとき書類の束!

次回―― 愛と嫉妬と書類地獄!参謀長アッシュ、絶体絶命‼
 誰も逃れられぬ修羅場に、運命の鍵を握るのは――ただ一人


愛と嫉妬と書類地獄!参謀長アッシュ、絶体絶命‼

(アッシュ視点)

 

いやあ、まいった。

アスガルドの騒動もなんとか収束して、これでやっと一息つけるかと思ったら、今度は「ドルバル教主がどうやってアスガルドを去るか」という壮大な茶番劇の台本作りが始まったわけだ。

 

俺としては、「あの狸オヤジ、別に民衆に惜しまれて送り出される必要なんてないだろ。ひっそりいなくなってくれれば十分だろ」と思ったんだが、当の本人が妙にこだわるんだ。

 

ドルバルが玉座にどっかり腰を下ろして、胡散臭い笑顔で言う。

「アッシュ殿、ここで去り方を間違えると、後々の評判に響くのだ。私は民衆の前では常に〝徳の化身〟でなければならん」

 

徳の化身?どの口が言うか。お前、さっきまで息子同然のフレイを背後から氷漬けにしようとしてたじゃないか。

だがまあ、ここで突っ込むと話が進まない。俺は深呼吸して、もっともらしく頷いてやった。

 

「…なるほど。では、表向きは『聖域への出向』ということでどうでしょう。ほら、近年はグローバル化の時代ですし、ジョブローテーションの一環として――」

 

「却下だ」

 

食い気味に却下された。早いな!俺まだ一文目の途中だったぞ!?

 

「民が納得せん。出向?転勤?そんな軽い理由で教主がアスガルドを離れるなど、ありえん」

 

俺は頭をかきむしる。

「じゃあ、早期リタイアってことで『第二の人生』を――」

 

「殺されたいか、小僧」

 

今度は笑顔のまま、指先から氷の小宇宙を漏らしてきた。いやいやいや、冗談にマジギレしないでくれ。

 

結局、俺がひねり出す案はことごとく却下された。セカンドライフ案もだめ、世界一周旅行案もだめ、胃腸の不調で長期療養案もだめ。

「俺は庶民的な理由を好まん」とか言いやがる。お前、庶民的どころか狸的なんだよ。

 

最後には、もうこっちが疲れてギブアップ気味になったところで、ドルバルがドヤ顔で語り出した。

 

「よいか、アッシュ殿。美談というものはこう作るのだ。今回の事件を経て、私はついに悟った。聖域との同盟こそが世界平和の要だと。そこで、私は教主の座を自ら降り、交渉役として聖域に赴く」

 

………。

 

思わず俺は頭を抱えた。

「いや、待て待て。今まで世界征服を狙ってた奴が、急に『世界平和のために』とか言い出したら、逆に怪しまれるだろ!」

 

「民はそういう矛盾には気づかん。むしろ『過去を悔い改めた偉人』として、尊敬が倍増するのだ」

 

あまりに自信満々に言い切られて、逆に何も言えなくなった。狸の自己プロデュース力、恐るべし。

 

しかもこのオヤジ、演出プランまで完璧に組み立ててやがった。

「まずは広場に民を集め、フレイとフレアを両脇に立たせる。私は玉座の前で涙ながらに『この命、聖域と民のために捧げる!』と宣言する。するとフレイが『教主!なんとご立派なお考えだ!』と泣き崩れる。フレアは『お父様…!』と呼びかける。そこへ幼いヒルダが前に出て『わたし、がんばる!』と一言。完璧だ」

 

なんだこの台本。朝ドラか。

しかも「お父様」って、フレアお前の娘設定だったのか?いや違うよな?勝手にキャスティングしてんじゃねえよ。

 

俺は思わず突っ込んだ。

「待て待て待て、フレイとフレアは別にあんたの子じゃないだろ!?」

 

「血のつながりなどどうでもよい。重要なのは感情移入だ」

 

……狸、恐るべし(二度目)。

 

結局、その茶番劇が実行されてみれば、驚くほど上手くいった。

アスガルド中が涙に包まれ、ドルバルは「私欲を捨てて聖域との同盟に身を捧げた聖人」として大絶賛。フレイは「摂政」として祭り上げられ、ヒルダは「予言の子」として後継者の椅子に座らされ、フレアは「美しい涙の姫」という謎の役職を勝手に背負わされていた。

 

俺?俺は舞台袖で冷や汗をかきながら、その全部を見届けていた。

「(いやいやいや、ここまで完璧に美談化するとは…。狸オヤジ、どんだけプロデュース力高いんだよ…。)」

 

こうして、アスガルドから聖域への「美しい旅立ち」の物語が出来上がったわけだが、実態は狸オヤジと俺の必死の脚本会議と、狸の圧勝に過ぎなかったのである。

 

……俺?正直、疲れた。狸オヤジに完敗だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが計画通りに進んだ。

ドルバル教主は狸の芝居で「聖人」になり、アスガルドを円満に去ることが決まった。あとは俺と一緒に聖域に帰るだけ――だったのに。

 

「私も参ります、ドルバル様、アッシュ様!」

 

その一言で、俺の世界は崩壊した。

 

「……え?なぜ?」

 

「ドルバル様が聖域で不自由なきよう、私が秘書官としてお仕えいたします!」

 

フレアは胸を張って宣言した。目がキラッキラしている。完全に「運命の人を見つけちゃった乙女」の顔だ。

 

「いやいやいや!もう秘書官は足りてるから!うちのエレナがいるし!」

 

必死に否定する俺をよそに、狸オヤジドルバルはあっさり言った。

「まあ、よかろう」

 

おい狸オヤジ!「よかろう」じゃねえよ!こっちは全然よかなくねえんだよ!

 

……というわけで、帰路から俺の受難が始まった。

 

 

なぜなら、フレアが俺の半径15センチ以内から一歩も離れないからだ。

 

「アッシュ様、寒いですね…」

そう言いながら、胸元の開いた服でわざと俺に腕を押しつけてくる。

 

おい。ここ極寒地帯なんだぞ?なんでそんな露出度高い服着てんだよ。絶対防寒のためじゃなく、俺のためだろ。いや、嬉しくねえから!

 

「アッシュ様、聖域の料理は美味しいですか?」

「アッシュ様、ギリシャの海はロマンチックですか?」

「アッシュ様、私もアッシュ様のような強い子供が欲しい…」

 

――最後のは完全にアウトだ。聞いた瞬間、俺の心臓が止まるかと思った。

 

さらに問題は背後だ。

俺の背後には、俺の正真正銘の秘書官、エレナがいる。

 

彼女は無言。

だが、その小宇宙は、静かに、しかし着実に高まり続けていた。

 

冷や汗が背筋を伝う。

「(やばい…これは絶対零度だ。しかもただの零度じゃねえ。セブンセンシズどころか、エイトセンシズに突入しかけてる!俺、このままじゃ魂ごと蒸発する!)」

 

フレアの過剰アタックと、エレナの殺意に挟まれる俺。これが地獄でなくて何だ。

 

船の上でも、地獄は続いた。

 

フレアは俺の隣にぴったりと座り、波を見ながらうっとりと語る。

「アッシュ様と一緒に、こんな景色を見る日が来るなんて…運命ですね」

 

運命じゃねえ。偶然だ。狸オヤジが「まあ、よかろう」なんて言ったせいだ。

 

一方エレナは、真顔でワインのグラスを持ちながら、低い声で言った。

「参謀長、聖域に戻ったら…掃除をしておきますので」

 

掃除?

いや絶対、対象はこの隣の女狐だろ!?

 

「(待てエレナ!外交問題になるから!フレアはアスガルドの超重要人物だから!頼むから冥界に送らないで!)」

 

俺の必死のテレパシーは、彼女に届いたかどうかは分からない。届いたとしても、「承知しました(ただし痛めつけた後で)」という返事が返ってきそうで怖い。

 

フレアは毎日欠かさず「アッシュ様」と名前を呼びながら密着してきて、エレナはそのたびに小宇宙を上げ、俺はその仲裁で寿命をすり減らす。

 

これまで数々の戦場をくぐり抜けてきた俺だが、今回ばかりは本気で思った。

 

「(頼むから誰か、このラブコメ地獄を終わらせてくれ…!)」

 

だが、誰も助けてくれなかった。

 

そして俺は悟った。

「(最強の敵は、神でも聖闘士でもなかった。――最強のストーカーと、最強の嫉妬深い秘書だ)」

 

そう結論づけながら、俺は冷や汗でびっしょりになったシャツを風に乾かし、聖域の地平線を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

帰路につく前、最後の小騒動があった。

……というか、アスガルドに来てから騒動しか起きていない気がする。俺は一体何をしに来たんだ。外交?戦争抑止?いや違う、ストーカー対策と痴情の縺れの調停だ。

 

その元凶が、案の定フレアである。

 

「アッシュ様ぁ♡ 聖域に着いたら、私にもお部屋を用意してくださいますよね?」

 

顔が近い。いや近いって。

俺が後ずさるたびに、さらに詰め寄ってくる。これが狼の牙より怖い“女の押し”ってやつか。

 

背後では、エレナの小宇宙がまた危険信号を発していた。

「(やばい、また冥界波モードに入る!このままじゃ俺の外交生命が消し飛ぶ!)」

 

そんな時、救世主のように声をかけたのがフレイだ。

 

「フレア、あまりアッシュ殿を困らせるな。淑女らしく振る舞え」

 

やっとまともなことを言う人が現れた!と感動しかけたが、その直後、フレイはエレナに向かってニッと微笑んだ。

 

「エレナ殿、君のような知的な女性こそ、真の淑女だと私は思う」

 

……お前もか。

 

案の定、エレナは一瞬で色を変えた。

そして俺をチラリと見て、わざとらしく柔らかい声を出す。

 

「あら、フレイ様…ありがとうございます。そう言っていただけるなんて…」

 

なにその「私、落ちちゃうかも」みたいな声!?

これ絶対俺に嫉妬させる作戦だろ!?

 

ところが。

 

俺はその時、フレアの「アッシュ様ぁ♡」に全力で対応していて、エレナの芝居に気づけなかった。

 

結果――作戦、大失敗。

 

エレナはフレイに色目を使ったはずなのに、当の俺は反応ゼロ。むしろ「助け船ありがとうフレイ」くらいにしか思ってなかった。

 

その瞬間のエレナの顔ときたら、凍土よりも冷え切った絶望そのものだった。

 

「……(カチーン)」

 

おい、なんで氷点下を通り越して無の境地に入ってんだよ。

 

さらに悪いことに、フレイが優しい声で彼女に言った。

「まあ、元気を出せ。君ほどの女性を、誰も見過ごすはずがない」

 

まさかの慰め。しかもエレナが少し赤くなってる。

なんだこの地獄の三角関係。いや、四角か?とにかく俺の知らんところで勝手に恋愛喜劇が展開してる。勘弁してくれ。

 

一方その頃、医務室ではカミュとミロの治療が完了していた。

二人は並んで立ち上がり、友情を再確認していた。めでたいことだ。

 

問題は――アルデバランだった。

 

なぜか、やたら暗い顔をしている。あの牛の大男が、角を折られた子鹿みたいにしょんぼりしているのだ。

 

「アルデバラン、どうしたんだ?ルングとの戦いで、何かあったのか?」

 

「……いや…。男には…誰にも言えない、傷があるんだ…」

 

声が低い。重い。何か深刻そうだ。

 

「???」

 

俺には全く心当たりがない。だが、隣でフレイとエレナが妙に気まずそうに目を逸らしている。……ん?まさかお前ら知ってるのか?

 

俺の脳裏に浮かんだのは、もしやルングの必殺技で負った深手?それとも呪術?いや待て、こいつの落ち込み方はそういうんじゃない。もっとこう…プライドがズタズタになった時のそれだ。

 

 

俺は首を傾げるばかりだった。

 

帰路につく車の中で、俺は窓からアスガルドの雪原を見渡していた。

吹雪は止み、夜空には星が煌めいている。

 

「(結局、また来ることになるのか…?候補生の中に、ジークフリートらしき奴もいたしな…。間違いなく、次の嵐の火種だ)」

 

俺はため息をつく。

ドルバルとの密約、フレアのストーカー化、エレナの誤爆作戦、アルデバランのトラウマ、そして未だ燻るアスガルドの火種。

 

外交どころか、人間関係の地雷原を歩き続けた旅だった。

 

「……やれやれ。俺はいつから恋愛劇場の座長になったんだろうな」

 

心の底からそう思いながら、俺は聖域への帰路に身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(エレナ視点)

 

聖域に帰還して、最初に私の目に飛び込んできたのは、まさに地獄絵図だった。

アッシュ様が、あの教皇――いや、サガ――と抱き合っているのである。

 

「アッシュ!無事だったか!心配したぞ!」

 

そう叫んで、あの威厳ゼロの顔で飛びついてくるサガ。で、でたな!

あろうことかアッシュ様も、ごく自然にその抱擁を受け入れて、笑顔で背中を叩き返している。

 

なにこの空気。なにこの馴染み感。

まるで戦場帰りの恋人同士の再会じゃないの。

 

私は思った。いや、正直に言う。

 

(ちょっと待って、私のライバルは、あの女狐フレアじゃなくて……サガ!?)

 

目の前が真っ白になった。

 

 

 

(フレア視点)

 

私もまた、愕然としていた。

「アッシュ様…♡」と声をかけようとしたその瞬間、彼は既に別の男の腕の中にいたのだから。

 

(な、なんですって!?私の恋敵は、アルターの女でも、宮殿の侍女たちでもなかったの!?)

 

しかも、その相手がよりにもよって教皇!アスガルドから帰ったら、次の戦場は聖域の玉座前だったというわけ?

 

そして何より腹立たしいのは――アッシュ様の笑顔。

あの硬派で冷徹な参謀長が、心の底から安心したような、甘い笑みを見せている。

それを引き出しているのは、私でも、エレナでもなく……あの男!

 

(ダメよ!これはダメ!男同士の友情?いいえ、それはもう百合よりも強い絆――腐女子たちが大歓喜する領域!このままじゃアッシュ様はそっちの世界に連れていかれてしまう!)

 

 

 

(エレナ視点)

 

サガがアッシュ様に甘えるように肩を抱いた瞬間、私の小宇宙が危うく爆発した。

積尸気冥界波、フルチャージ状態。教皇の間ごと葬り去ってやろうかと思った。

 

だが、その時私は見た。隣でフレアが全く同じ気配を放っているのを。

 

「……」

「……」

 

目が合った。互いの瞳の奥に、燃え盛る嫉妬の炎が見えた。

そして同時に気づいた。

 

((ライバルは、この女じゃない))

 

そう――真の敵はサガだ。

 

 

 

(フレア視点)

 

私とエレナは、それまで犬猿の仲だった。

でも今は違う。心の奥で、一瞬だけ共鳴したのだ。

 

「(アッシュ様を奪うな、この教皇め…!)」

 

私たち二人の矛先は、完全に一人に定まった。

一歩でもアッシュ様に近づこうものなら、積尸気と北欧神秘のダブルアタックで即座に冥界送りにしてやる。

 

そう決意した瞬間、妙に息が合ったのが悔しい。

 

 

 

 

(エレナ視点)

 

だが、現実は甘くない。

サガは堂々と、いや、図々しくこう言ったのだ。

 

「アッシュ!お前がいなければ俺は生きていない!俺の全てはお前のものだ!」

 

…………は?

なんだこの直球の愛の告白は。

 

アッシュ様も困った顔で「おいおい、やめろよサガ」と言いつつも、まんざらでもなさそうに微笑んでいる。

ねえ、それ恋人同士の痴話げんかじゃない?違うよね!?

 

 

 

(フレア視点)

 

私の中で何かが崩れた。

「女の武器」だの「胸元を開ける」だの、そんな小細工が無意味だと悟ったからだ。

 

アッシュ様が最も心を許しているのは、教皇。

この現実に抗うには、私とエレナが共闘するしかない。

 

(…エレナ、あんたのことは嫌いだけど、今だけは協力するわよ)

 

 

 

(エレナ視点)

 

フレアと目が合った。

互いに無言で頷き合う。これが戦場なら、間違いなく「一時休戦」の合図だった。

 

標的は一人。教皇サガ。

 

この時私は悟った。

真の修羅場は、アスガルドではなく、聖域にこそあるのだと。

 

 

かくして、新たな戦いが幕を開けた。

アッシュ様を巡る恋の戦場は、今、教皇庁を舞台にして、かつてない混沌を迎えようとしている。

 

「アッシュ!俺の隣にいろ!」と叫ぶサガ。

「アッシュ様、私の隣にいらして♡」と囁くフレア。

「アッシュ様は、私の隣にお座りください!」と譲らないエレナ。

 

……本当に、どうなるのこれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の名前はドルバル。北欧アスガルドの教主、そして昨日からは「世界総大主教」という新たな肩書を背負った男だ。

……いや、正直に言おう。昨日までは「勝ち組」だと思っていた。民衆の前で「世界平和の架け橋となる!」と高らかに演説し、涙ながらに送り出され、フレイもフレアも感涙にむせび、私は完全に「歴史に残る聖人」になった気分だった。

 

だが今朝。私は悟った。

「聖人」と「社畜」の間に、実質的な違いはない。

 

朝、目覚めた私を待っていたのは――サガの幽鬼のような笑顔だった。

 

「ドルバル!ようこそ!これで俺にも、ついに仲間ができた!」

 

その顔は、夜通し書類をさばき続けてきた者の顔だった。目の下には深い隈、頬はこけ、笑みは完全に正気を失っていた。

 

私は思わず後ずさった。

「……あの、サガ殿。仲間とは?」

 

「決まってるだろう!総大主教の仕事だ!俺とお前で分担できるんだぞ!夢のようだ!」

 

そう言いながら、机の上から雪崩のように電子端末を積み上げてくる。

 

さらに悪夢は続く。

横から眼鏡をかけたアッシュが、タブレットを片手に淡々と告げた。

 

「ドルバル教主――いや、総大主教殿。こちら、昨日の就任式に伴う各国宗教機関との覚書です。署名が必要なのが120件、内容確認が必要なのが340件、あとは今週中に目を通して修正案を出すべきものが600件。なお、全て電子化済みですので、はい、この端末にサインをお願いします」

 

次々と送られてくるデータ。画面は「承認」「否認」「再検討」のボタンだらけ。

 

「ま、待てアッシュ!私は神の代行者だぞ!?こんな小役人のようなことをするために総大主教になったわけでは――」

 

「その発言、議事録に残してよろしいですか?」

 

「やめろ!」

 

民衆の前で演説するのは好きだ。スポットライトを浴び、喝采を受けるのはたまらない。だがこの仕事は何だ?

朝から「信徒名簿の修正依頼」とか「修道院建築費用の見積もり」とか「寄付金流用疑惑の内部調査」とか、読んでいるだけで胃が痛くなる案件ばかりだ。

 

サガが、半ば壊れた声で笑う。

「なあドルバル……数字がどんどん増えていくんだ。昨日やっと200件処理したのに、朝になったら新しい通知が300件届いてるんだ……あははは!」

 

私は慄いた。

「ま、まさかこの地獄に、私は自ら飛び込んでしまったのか……!?」

 

昼。やっと休憩かと思ったら、アッシュが無表情でやってきた。

 

「総大主教殿、これ昼食です」

 

私は喜んだ。だが次の瞬間、絶望した。

昼食とは名ばかりの「食べながらできる書類」――つまり「電子署名付きパンフレット」の山だった。

 

「おいアッシュ!これはどういうことだ!」

 

「効率化です」

 

にっこり笑って眼鏡を押し上げる姿は、完全に悪魔だった。

 

午後。さらに地獄は深まる。

「世界宗教統一会議」のオンラインセッション。

画面いっぱいに並ぶ各国の偉い坊さん、神父、シャーマン、謎のカルト教祖。

 

「総大主教殿!我が教団にも聖域式Wi-Fiを導入していただきたい!」

「いやいや、まずは寄付金配分の見直しを!」

「異端審問の基準を統一せねば!」

 

次々と飛んでくる要望とクレーム。

私は思わず叫んだ。

「うるさい!私は神の代行者だぞ!もっとこう、聖なる議論をしろ!」

 

その瞬間、アッシュが冷静に割り込んできた。

「総大主教殿、その発言は外交的にまずいので取り消してください。はい、今チャット欄に『発言は誤解でした』と書いて」

 

……私の尊厳は、完全に電子化されていた。

 

夕方。ふらふらになった私の耳に、民衆の声が届いた。

 

「総大主教様、ありがとうございます!我らの信仰はあなたのおかげで救われました!」

「あなたが世界を導いてくださる!」

 

その純粋な崇拝に、私は震えた。

(……やめたい。だが、やめられない。この甘美な支配の味を知ってしまった以上……!)

 

夜。サガと二人きりになった。

彼は、机の上のファイルの山を見ながら、幽鬼の笑顔を浮かべた。

 

「なあドルバル……これからは二人だ。一緒にこの書類地獄を歩んでいこうじゃないか……」

 

私は、無言で頷いた。

その瞬間、私は悟った。

「総大主教」とは、神に仕える者ではない。

書類に仕える者だ。

 

 

 

 

「神々の熱き戦い~氷の国の誓約、聖域の答弁~」完




エレナ「……で、あなたも見たでしょう?サガ様に抱きつかれて、アッシュ様が、まんざらでもなさそうに微笑んでいた瞬間を」

フレア「ええ、見ましたとも!あれは…あれはもう、友情なんかじゃありません!完全に、恋人の顔でしたわ!」

エレナ「……正直、ちょっとドキドキしました。サガ様って、ああいうところだけ妙に直球ですから……」

フレア「わ、私だって胸がざわつきました!アッシュ様を奪われる…って。
 でも同時に――“男同士の禁断の絆”って……ちょっと、危険すぎて、惹かれなくもないというか……」

エレナ「な、なに言ってるんですか!そんなわけ……でも、まあ……アッシュ様なら……少しは……」

フレア「ふふっ♡ エレナ様も同じこと考えてたんですね!」

エレナ「~~っ!違います!私はただ……その、参謀長の評判が、万一変な方向に流れたら困ると……!」

フレア「そういうことにしておきますわ♡」

二人「(でもやっぱり――ちょっとドキドキした……)」

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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