ここは、日本寮のラウンジ。
畳の上に置かれた長机を囲んで、千歳、霞、金剛、それと長鯨が顔を突き合わせて話し合っていた。
議題は、シェフィールドが提督の食事を提供している現状についてだ。
正直、飯が美味いとされる日本生まれの艦娘としては、屈辱だった。
”メシマズ”の国の、それも軽巡洋艦に提督の胃袋を握られているのだ。
ぜひともこの現状を打開する必要があった。
「それでは、第一回、『提督の胃袋を掴もう作戦』の、会議を始めたいと思います」
長鯨は、普段の明るい雰囲気とはうって変わって、重々しく口を開いた。
「提督の胃袋を掴むには、どうしたらいいでしょう?」
「それは、提督の好物をお出しすればいいと思いマース」
疑問を呈した千歳に、金剛が答える。
それに、霞がさらなる問いかけを口にした。
「でも、あいつの好きな食べ物って何なのよ。私は聞いたことが無いわ」
「提督は日本で育ったはずだから、日本の食べ物には抵抗が無い筈デース」
四人で悩んでいると、やがて長鯨が無難な解答を出した。
「提督に聞いてみましょう。それが一番早いです」
トントン
「長鯨です」
「おう、長鯨か。珍しいな。入っていいぞ」
長鯨が執務室に入ると、今は海北提督以外に誰もいなかった。
チャンスとばかりに長鯨は話を切り出す。
「実はですね。日本艦娘の間で、提督に好きな物を食べさせてあげよう、って話になって。何かリクエストとかありますか?」
「いいのか?それなら……、手作りハンバーグがいいな。半熟卵に絡めて食べたいから、できればソースをかけた後に目玉焼きを載せてくれ。それから……」
「ごはんに、煮干し出汁のお味噌汁に、ポテトサラダですか。了解しました~」
長鯨は持って来たメモ帳に提督のリクエストを書き込んだ。
彼女はメモを取り終えると、さっそく料理に取りかかろうと、提督室を後にしようとした。
「それでは、今日の夕飯を楽しみにしていてください!」
「おう、期待してるぞ」
その日の夕方の執務室。
海北提督が席に着いた応接用のテーブルには、美味しそうな料理が並んでいた。
「本当に美味そうだな。いただきます」
「どうぞ、召し上がれ!」
海北提督はまず、味噌汁が入ったお椀を口に運び、すすって味を確かめる。
煮干し出汁のうま味と、油揚げから出た油が絡み合って絶妙なハーモニーを奏でる。
シャキシャキのもやしは両端を切って、ひげが丁寧に除かれていた。
メインディッシュのハンバーグに箸を伸ばす。
まず、半熟の目玉焼きの黄身を割って、黄色い液体をあふれさせる。
それを、箸を入れるとジュワッと肉汁が染み出るハンバーグに絡めて、口の中に入れる。
肉汁溢れるひき肉に卵とソースが絡み合い、素敵な食感が生まれる。
目玉焼きの白身にソースをつけて食べても美味しかった。
ほかほかに炊き上がったご飯をかきこむ。
レタスが添えられたポテトサラダも、舌に乗せるととろける様で、多幸感を与えてくれる。
「長鯨の料理は本当に美味しいな。長鯨の旦那になる男は、きっと世界一の幸せ者だな」
「やだなぁ、提督。褒めてもこれ以上何も出ないってば」
海北提督の誉め言葉に、長鯨が照れたように返す。
提督が幸福感に満たされながら、食事を進めているその時だった。
トントン
「誰だ。入っていいぞ」
「シェフィールドよ。……邪魔をする」
大きな木の籠をもったシェフィールドは、テーブルに広げられた料理に一瞬驚いた表情をした後、悲しそうに執務室を去ろうとする。
「ごめんなさい。今の君にはこれ、必要ないよね」
「待て、シェフィールド!その籠をこっちに持って来い!」
シェフィールドは言われた通りに提督に近づくと、木の籠を差し出して来た。
海北提督が籠を開けて中身を確認すると、それはラムチョップとサンドイッチだった。
海北提督はラムチョップの骨の部分を手に取ると、すぐにかぶりついた。
「うん、肉汁が溢れて来て、しかもスパイスが効いてるから美味いよ」
「そう?ありがとう」
提督はラムチョップをすべて平らげると、シェフィールドに向かって言葉を重ねた。
「サンドイッチは冷蔵庫に入れて、明日の朝食べる事にするよ。何、シェフィールドの作ったサンドイッチだ。一晩おいても美味いに違いない」
「うん、君が私の料理を食べてくれて嬉しい」
用事が終わったシェフィールドは、執務室を出て行く。
その足取りはどこか軽やかだった。
ふと、横から視線を感じて顔をそちらに向き直すと、長鯨が彼女には珍しくジト目でこちらを見ていた。
「あーあ、何だか白けちゃったな~」
「急にどうした?長鯨?」
「別に~。あ、食べ終わったらテーブルに置いたままでいいですよ。後で回収に来ますから」
そう言うと、長鯨は不機嫌そうに執務室から出て行ってしまう。
俺は何か間違ってしまったらしい。
海北提督は天井を仰いだ。
弱冠16歳の海北星夜には、女心はわからなかった。