どれだけ素材に気を配っても、どれだけ火入れを極めても──皿に盛りつけた瞬間、それらが“他人の物”になってしまうような違和感があった。
それは贅沢な悩みだった。ここ美食倶楽部にある器は、北大路魯山人の弟子にして人間国宝となった唐人陶人先生の作品を筆頭に、彼の流れを汲む選りすぐりの名品ばかりだった。雄山先生自身の作陶による器も数多く、いずれも素材と技を極めた超一級の逸品である。
それでも、どこか──合わなかった。
盛った料理と器の間に、わずかな“距離”がある気がしてならなかった。
ある日、厨房の隅でその思いをこぼした私は、ちょうど背後を通りかかった雄山先生に聞かれてしまった。
「……器に不満か?」
その声に身を正すと、雄山先生は片眉をわずかに上げて私を見下ろしていた。
「まさか。どれも素晴らしい器です。ただ……自分の料理に、ぴたりと重なる器が……まだ見つからない気がして」
その答えに、雄山先生はふんと鼻を鳴らし、低く笑った。
「強欲な奴だ」
嘲るでもなく、軽蔑でもない。ただ、面白がるような声音だった。
「料理ができるようになった者は、いずれ器を欲しがる。だがな、蓮──“本当に自分の料理を語れる器”が、この世にあると思うか?」
私は答えられなかった。
「魯山人は言った。料理は器の着物であるとな。ならば、料理が変われば器も変わる。ならば、答えは一つだ──」
雄山先生は廊下の先を指差した。その先には、美食倶楽部の離れの一角、土を焼く窯場がある。
「作ってみるがいい。己の料理にふさわしい器を、自分の手でな」
「……私が?」
「そうだ。お前はすでに、誰かの料理をなぞる段階を脱した。ならば、誰かの器に甘んじるな。料理にとって、器はもう一つの“声”なのだ。お前の料理が語りたいことを、他人の器が伝えられると思うな」
それは叱責ではなかった。むしろ鼓舞だった。
あの雄山先生が、私に陶に触れと勧めている。師として、認めつつあるからこその言葉だと理解した。
「……焼き物は未経験です」
そう答えると、雄山先生は珍しく穏やかな口調で応じた。
「ならば、私が最初の土を練ってやる。唐人先生も、私にそうしてくれた」
その言葉は、唐人の血を継ぐ者としての矜持であり、私への試練でもあった。
料理にふさわしい器を、自分で作る──
私は雄山先生の背を見送った後、しばらくその場から動けなかった。胸の奥が熱くなっていた。
料理と器。その“対話”の第一歩が、今、始まろうとしていた。
雄山先生に導かれて、美食倶楽部の離れにある陶房を訪れた日。
そこは静謐で、炉の匂いと土の香りが交じる空間だった。粘土が積まれ、釉薬の瓶が並び、轆轤(ろくろ)は今にも回り出しそうに静かにたたずんでいた。
「好きに使え。すべて揃えてある」
雄山先生はそう言い残し、背を向けて去っていった。
私は棚に並べられた数種類の粘土を前に、しばし黙した。信楽、備前、唐津、瀬戸──赤みがかったもの、灰色がかったもの、ざらついたもの……どれもそれぞれの景色を持っていた。
だが、私の目は自然と一つの粘土に引き寄せられた。
白かった。
真珠のような、雪のような、内に光を秘めたような白さ──磁器用の粘土だった。
その手触りは他の陶土よりも滑らかで、冷たい。それでも、手のひらに吸い付くような感触があった。
私は思った。
「この白さこそ、自分の料理が最も語れる舞台だ」
赤土や灰釉の器では、食材の色が沈む。だが、白磁は料理の輪郭を際立たせる。彩り、質感、影。すべてを映す鏡のように。
なにより、私の料理はまだ未完成だ。型に染まらぬ途上にある。だからこそ、何色にも染まらない“白”がふさわしい。
私は迷わず、磁器用の粘土を抱え、轆轤の前に座った。
初めての轆轤。指は滑り、形は歪み、いくつも失敗した。だが、何度崩れても、私は粘土を手に取り直し、同じ白磁に向き合い続けた。
傍らに置かれた一冊のノートには、日付と共に料理の構想が記されていく。
──「花鯛の桜締めに、白磁の中皿。縁は薄く、雨露のごとく」
──「蒸し鮑の肝ソース。白磁の深鉢。中央を沈ませ、余白に沈黙を置く」
器が料理に語りかけ、料理が器に答えようとする。
不思議な静けさだった。厨房で火や包丁に向き合う時とは異なる、もうひとつの“創造の緊張”があった。
何日目かの夕方、陶房に現れた雄山先生が、私の試作を並べた棚を無言で眺めた。
その中から、ひとつの白磁の浅鉢を取り上げ、光にかざして言った。
「……白磁を選んだか。貴様らしい」
その言葉に私は答えず、ただ深くうなずいた。
雄山先生の声が低く続く。
「白磁は虚無だ。そこに何を刻むかは料理人次第。誤魔化しは一切きかん。だが──もし、その虚無を満たせるならば、それは“世界の語法”になる」
その日から私は、器を焼き続けた。
自らの料理のために、自らの手で舞台を築く。料理と器、その両方が私の言葉となる日を夢見て──