【完結】転がり落ちた雛鳥は、   作:扇架

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時系列、5巻くらいの話。ネタバレあり。


家名遊戯

 冷たくて熱い眼だ、と懐かしささえ感じた。

「バグノールド家のご息女が拘束され」

 アズカバンに堕とされた。

 ロンドンのとある場所、ブラック本邸。不死鳥の騎士団本部。ヴォルデモートが復活しておよそ一週間。

 平坦な――不気味ほど抑揚がない声に、シリウスは沈黙を守る。この若獅子を刺激してはならない、と承知していた。手振りでまずは座れと促す。若獅子はすっと椅子を引いて腰掛ける。一見して普通だ。どこか柔らかい雰囲気の顔立ち。貴種と貴種の血統、その交わりを示す気品があった。

 彼、ルキフェル・リアイスの心の内を映すのは、居間に乱雑に放られた炎の雷(ファイアボルト)と、硬質な紫の双眸である。深く深く、厳重に感情を封じ込めているが故の硬さ。しかし、かすかな空気の震えが、左右に腰掛けるキングズリーとトンクスの強張った顔が、黄金の獅子に渦巻く激情の証左であった。

 リーンと似ているな、と思う。懐かしい。いや、思い出すだけで胸の奥底に痛みがはしる。ただ一人の女。シリウスの半身。片翼。シリウスが犯した罪、信じる者を誤った愚の咎を受けて死んだ。

 紫混じりの青、至高の青を持つ女も、冷たくて熱い炎を眸に宿していた。戦う者の眼で、諦めを知る者の眼で、それでも手を伸ばす者の眼であった。か弱き者を助け、悪しき者を挫かんとする、誇り高き魔法騎士の血統は、紛れもなくルキフェル・リアイスにも流れている……。

 小さく息を吐き、シリウスは別室の喧騒に耳を澄ませる。本部は開かれたばかり。多少の話し合い、すり合わせはできるが、まずは掃除をしなければそれこそ話にならなかった。魔法を使おうが手こずる埃、壁のしみ。それにどこかに罠があるかもしれない。安全を確認しつつ清掃という基本的にして重要な仕事を、団員たちはしていた。多少サボって「おしゃべり」するくらいは構うまい、とシリウスは闇祓い――マッド・アイは別室だが――の相手をしていた。唇を引き結び、ルキフェルが居間に飛び込んできて、シリウスをご指名なのだから仕方がない。付き添いもとい抑え役はキングズリーとトンクスである。

――ルキフェルは無意識だろう

 マッド・アイでもダンブルドアでもアーサーでもなくシリウスを選んだ。これが家名という手札を使った貴族の遊戯だとわかっているからだ。マッド・アイはムーディ家の者。名家ではあるが、なにせ尖りすぎている。貴族の遊戯など鼻で笑う。アルバス・ダンブルドアは、彼が飛び抜けているだけだ。マッド・アイと同じく「尖りすぎている」者。彼個人の人脈は目を瞠るものがあるし、彼がゲラート・グリンデルバルドを倒した英雄の一人という点は揺るがない。しかし家名遊戯(パワーゲーム)には不向きである。ダンブルドア家の名は一度失墜した。アルバスの父はアズカバンに投獄され、そこで死んだ。そもそも、ダンブルドアとてなにもかも解決できるわけでもない。そんなことができるなら、シリウスは逃亡犯にはならなかった。ファッジはヴォルデモート復活を信じただろう。アルバスは信じてほしい、と「お願い」するだけなのだ。良心に恥じる行いをするな、路を誤るなと。ファッジにもそうした。願い、諭し、警告し、駄目であった。ファッジはヴォルデモートの復活を否定した。状況証拠しかない、信じたくもない。問題などないと思いたい。アルバス・ダンブルドアは老いた。グリンデルバルドを倒したのは遠い昔のこと。彼はどうせ言うだけしかできない、とそっぽを向いた。

 そしてアーサーは純血、旧家のウィーズリー家。その人柄に信を寄せる者は一定数いる。しかし、それだけだ。落ちぶれた貧乏貴族のウィーズリーもまた、家名遊戯には不向きだ。ウィーズリー家は数が多いが――バグノールドのご息女の一件に噛むかと言われれば噛まないだろう。いや、手を出せないだろう。

「……ファッジの勅命だな?」

 バグノールド家の息女。前魔法大臣ミリセント・バグノールドの養女、シスネ・バグノールドの話は聞いていた。兄に首を絞められた、とクロードから。

――哀れなことだ

 血の繋がりは時に呪いとなる。絆は裏返せば呪いである。シリウスはそれをよく知っている。

 怪物の妹。シスネ・クラウチ。彼女は、シリウスの半身の、鏡写しだ。あったかもしれない「もしも」、最悪の可能性だ……。

「あらゆる手続きは無視された」

 キングズリーがゆっくりと言う。穏やかに、強いて、柔らかに。彼もまた怒りを秘めている。

「無茶苦茶よ」

 トンクスが震える息を吐き出す。彼女もまた考えているのだろう。怪物の血を。怪物の姪であるということを。シスネという一人の娘を襲った理不尽は、トンクスにも降りかかる可能性があったのだ。ないとは言い切れない。彼女は闇祓いであり、片親がブラックであり、しかし勘当されている。ファッジが道理を無視して監獄に入れる理由がない。トンクスはウィスタ――シリウスの息子、ウィスタ・リアイスの又従姉である。仮にトンクスを監獄の闇に沈めれば、ウィスタもといリアイスが介入するとっかかりをつくることになる。なにせウィスタはリアイスでブラックなのだ。多少の無理は通せる。その気になれば、だが。

――嫌なやつ

 ファッジめ、と内心で吐き捨てる。死喰い人がどうこう、といいがかりをつける対象は何人もいるだろう。ウィスタなんて本来ならばすぐさま的になる。しかしそうはなっていない。未成年だから? いいや、かつてブラック家の祖、シリウスの祖――輝けるアポロニアと呼ばれた女は、マグル生まれを監獄に放り込んだ。そのマグル生まれは未成年だった……はずだ。

 答えは単純だ。ウィスタはリーンの息子だから。希代の闇祓い、アズカバンの独房の半分を埋めた英雄の子であったから。闇祓い局をつくったアリアドネ・リアイスの孫であったから。ゲラート・グリンデルバルドを倒した英雄の一人、アシュタルテ・リアイスの曾孫であったから。

 その身に流れる血の半分はリアイスであったからだ。

 しかも、たとえ死喰い人であったとしても、四大と呼ばれた家門の一、スリザリンのブラックの血筋――紛れもない大貴族の血筋であり、次の当主であるから。

 ファッジはリアイスの家名をおそれ、付随する権威に臆した。ファッジはブラックの家名に敬意を払った。それだけのことだ。たった、それだけの、くだらないことだ。

――そして

 くだらない遊戯に一人の娘は巻き込まれたのだ。

「バグノールドを失墜させたいのと、死喰い人の妹なんぞというのが半々かな」

 シリウスはトンクスの憤りをあしらった。怒っても意味がないのだ。

「で、それが騎士団に関係あるのか?」

 ひょい、と言葉を投げる。トンクスが停止する。キングズリーが眼を瞑った。キングズリーから「言い方があるだろう」という無言の圧がかかったが、シリウスは無視した。我ながら最悪なことを言っているのだが、嫌でもなんでも言うしかないではないか。大人だし。気分は二十代だが。なんと三十代、四捨五入したら四十代だ。なにかの計算が狂っているようにしか思えない。

 みし、と音がした。シリウスは知らないふりをした。これだからリアイスは嫌なんだよ。古くて頑丈な机の端っこがへこんでいるんだが?

「……関係はある」

「ほう?」

 言ってみろとあごをしゃくる。なんで自分がこんな役回りなのか。荒ぶる獅子を宥めるのは女と決まっているのだ。『力』の札をみればよくわかる。

「あんまりにもとさかに来ていて」

 監視対象の死喰い人とか、血祭りに上げそう。それか神秘部を悪霊の火で焼きそう。

 荒ぶりすぎである。そしてお前の場合はとさかではなく尾では? とシリウスは言いたかった。しかしこらえた。

「護衛対象を目の前でみすみす奪われたから、と」

「シスネを干からびさせようとしてたんぞ……馬以下の扱いだぞ? 最後なんて裸足だぞ? 御者とか始末しなかっただけ僕は偉いと思う」

 キングズリーが頭を抱えていた。わからんでもない。トンクスは眼を瞑っていた。おそらく心の中で御者とその他諸々を始末しているのだろう。ブラック家の血はやはりトンクスにも流れているのだ。

「細切れにしなかっただけお前は偉いよ」

 だけれども、お前は護衛すべき者の手を離した。

 静かに返す。シリウスはそろそろ殺されるかもしれない。目の前の若獅子に。

「……わかっていますとも」

 軽率に動くべきではないと。ひとまず監獄に入ってさえしまえば、ファッジは満足するだろう。問題は消える。見えないものはないのと一緒。

「監獄に入り、」

 彼女は社会的に死んだようなものだ。その上で、バグノールド――ミリセント・バグノールドに手を伸ばすとは思えない……。

「そうだ。ただの闇祓いが引っ掻き回してもどうしようもない」

 熱い吐息が応えだった。

「ミリセント・バグノールドは魔法大臣ではない。シスネ・クラウチもといバグノールドは、元大臣の息女。元息女だ」

 能吏バーテミウス・クラウチ・シニアは不可解な死を、あまりに不吉な死を遂げた。そもそも、息女はクラウチではない。父の庇護はない。すがるべき母はバグノールド。女傑なれど成り上がり。

 噛んで含めるように言う。ああ、宥め役はリーマスの領分なのに、と思いながら。

「助けたいなら手段は選ぶな。使えるものは使え。風を読め。犯罪者になるのは最後の最後だ」

「牢破り、ご協力いただけます?」

 淡々と、若獅子は言う。最後の最後はな、とシリウスは返した。たぶんリーンならそう言うだろうから。きっとリーンならば、ブラック家のシリウスが投獄されたのならば、吸魂鬼がいようがなんだろうが薙ぎ払い、牢を破ってみせるから。シリウスだって同じだ。なにをしたって助けていた。それしか手段がないのなら。彼らは手を取り合った。たまたまブラックとリアイスだっただけ。たまたま悪徳の一族の出で、たまたま魔法騎士、その異端だっただけ。巡り合いだった。それだけだった。すれ違うこともできた。結びついた。

 互いを選んだ。手を伸ばし、掴んだ。

 巡り合いを運命に変えたのだ。

 悲劇に終わってしまったけれど、あの日々がなければよかったとは思わない。

 幸せはあった。名残は確かにあり、証もまたある。それは息子の姿をしている。

――幸せに

 してやりたかった。彼女が死ぬことはなかった。

 一緒に歩いて行けたらよかった。路は分かれてしまった。永遠に。

 どれも本当の気持ちだ。

 ただ、思うことがある。

 たとえ巡り合えずとも、たとえ結びつかずとも、彼女には幸せでいてほしかった。親に望まれ、愛され、笑顔で、屈託もなく、幸福であってほしかった。

 親に望まれず、呪われて、殺されそうになって、どこか脆く、泣きそうで、あまりにつらそうだったから。

 だから、衝動のままに動いてしまったのだ。ほかに彼女にふさわしい男がいたかもしれない。悪徳の一族の男なんかではなく。

 しかし、シリウスはその女の幸福を願ってしまった。祈ってしまった。それは好きだとか、恋だとかを飛び越していたのだろう……。

「……間違えるなよ」

 リアイスの男。

 リアイスの女を伴侶とし、己もまたリアイスとなった男は言う。

 怪物の妹を助けたいと願う者、怪物の妹だろうが知ったことかと怒る、黄金の獅子に。

「ルキフェル・リアイス。大貴族、魔法騎士、リアイスの男。今は待て」

 頭を冷やせ、と諭す。

 続きは心の内で呟いた。

 お前は切り札(ワイルドカード)をもっている。ただ、お前が決断しなければ意味はない。誰も強制はできない。

 できれば切ってくれればいい、と思う。そうすれば救われる。怪物の妹を助けようとする者が、確かにリアイスにいるのだと。だとすれば……もしかしたら、シリウスの息子、リーンの息子もまた救われるのかもしれない。少なくとも、呪われた血に苦悩する息子の心は軽くなるだろう。

 あれこれと打算はある。けれど、シリウスが願ってしまうのは本当だ。

 若獅子が堕とされた娘を救い出すことを。共に歩んでゆくことを。

 幸福になることを。

 彼らの姿は、シリウスたちの砕けてしまった夢の、続きなのだ。

 

 だから、祈ってしまう。

 どうか。

 せめてお前たちは。

 

 幸せに、と。

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