真・恋姫†無双 糜芳伝外伝 -恋姫時代の政治について- 作:蛍石
とりあえずは宦官や外戚についてのおさらいから。
「それじゃ、講義を始めようか。 焼き菓子やお茶は適当に摘まんで」
「はい! 分かりました!」
先ほど杜畿さんから糜芳さんの話を聞いた私は、糜芳さんの講義を一言も聞き逃すまい、と意気込んで返事をしました。
糜芳さんはそんな私を見て何か言いたげに、書き物をするために視線を落としたままの杜畿さんへと視線を移しましたが、軽く肩を竦めた後に話し始めました。
「まず断っておくけど、宦官と外戚の話っていっても、夏から漢まで順に下って解説を加えていくのは無理。 数日あれば出来るけど、明日までっていう制約があると語れる範囲は限られるよ」
「う……。 仕方ないですよね。 それで大丈夫です」
「もっとも、多分朱里達の意図は漢で宦官達が力を持ち始めた背景なんかを知って欲しいからだろうから……順帝くらいまで遡れば良いんじゃない?」
「順帝……梁家の専横による暗黒時代ですか」
「そうだね。 私達が生まれる少し前の時代。 ……このずれは何でなのかね?」
「はい?」
糜芳さんが最後に呟いた声は、私の耳まで届きませんでした。
気にしないで、と言った後に糜芳さんは言葉を続けました。
「それじゃ玄徳殿。 まずは外戚と宦官の特徴について、知っている事を話してくれる?」
「はい。 天子様がご婚礼なされた後、その一族の方達が外戚と呼ばれます。 例えば、二代前の帝である霊帝陛下が何皇后様を娶られる事で、何大将軍閣下達、何一族が外戚となられました」
「そうだね。 先帝陛下も未婚のまま御隠れになられたし、今の天子様も未婚だから、昨今で一番新しい外戚は何一族で正しい。 まあおそらくは、もう数年したら今の天子様もご婚礼なされると思うけど」
外戚についてはあまり難しくありません。私は特に悩まずに答えました。
問題は宦官についてです。うう、少し恥ずかしいけど説明しなきゃ駄目だよね。
「それじゃあ、宦官についてです。 ええと、宦官は……。 元々はお、男の人で、その……」
「……ああ、ごめん。 女の人には話し辛いだろうし、身体的特徴については私が説明するよ。 男の一物を切り落として、子供を作れないような体にした人達だね。 それ以外について話してみて」
私が言い淀んでいるのを察して、糜芳さんが助け船を出してくれました。流石に男の人の前で堂々とそういう事を話すのは恥ずかしかったので、ほっとしながら話を続けます。
「宦官は、主に禁中や後宮で天子様のお世話をします。 特に男子禁制の後宮に関しての雑用は、ほとんど宦官が引き受けています。 最近は政に関わる事も多いみたいですけど……」
「大体合ってる。 付け加えるなら、宦官は最初は宮刑を受けた罪人、献上された奴隷がなっていたんだけど、出世栄達のために自ら希望して宦官になる者も出てきた、って事かな」
「一時の痛みと、永遠に自らの子を為さない事を引き換えに栄達を望む。 ぞっとしない話ですね」
書き物をする手を止めないままに杜畿さんがそう呟きますが、私も同感です。特に、好いた相手との間に子供を作れないっていうのは絶対に嫌です。わ、私もいずれご主人様との間に珠のような……。
「今の世の中なら、普通に出世競争をするよりもずっと有利な位置から経歴を始められるからね。 才に自信がない人にとっては、狙ってみる価値のある賭けなんでしょ。 施術からの死亡率を考えると、私はとてもする気にはなれないけどね」
幸せな未来に思いを馳せていた私に気づかなかった糜芳さんは話を続けました。糜芳さんによると、大体三割くらいの人がそのまま亡くなるらしいです。それを高いと見るか低いと見るかは人それぞれだと思いますが、私の仲間達から三割が居なくなると考えると……! 二人が居なくなる事になります!十分すぎるほどに高いです!
「それじゃまずは、帝が何で宦官や外戚を重用する事が多いかの説明からかなぁ」
「外戚に関しては、臨朝を開いた皇后がそのまま親兄弟を抜擢するからでは?」
杜畿さんが口にした臨朝とは、天子様が御隠れになった時に、跡を継ぐ殿下(皇太子)が成人していなかった場合に、先の天子様の皇后様(皇太后)が後見人として朝議を開く事です。
「そうだね。 玄徳殿、臨朝を開く理由は分かる?」
「えーっと、私が臨朝について知るのは、
「それじゃ、少し説明しておこうか。 臨朝を開く理由、それは政治的空白期間を無くしたいから。 子供に絶対的権力持たせると、周りの大人が有る事無い事を吹き込む事も考えるだろうからね。だから、皇太后を共同統治者にして、そういった事から帝を守る必要があるわけだ」
「けど臨朝を開いている時って、大体外戚達が権力を良い様に使っている感じがして好きじゃないんですけど」
「それもまた真実だね。 皇太后が権力を持つって事は、その結果として外戚が力を持つことになるわけだし。 後宮で暮らしていた皇太后が政治に優れている事って極めて稀。 だから、補佐として当然身内を頼ろうとするし、頼られた外戚達の勢力はそのまま帝の後ろ楯になるわけだからね。 だからこそ中央の有力者は身内を後宮に送って、帝の目に留まるようにしたがる。 上手くいけば、立身出世が思いのままになるわけだから。 宦官よりもずっと危険が少なく、手に入る実は大きいね。 まあ、競争率は比べ物にならないほど高いけどね」
糜芳さんはそこで一息入れるように、湯飲みを口につけました。
「特に光武帝以降の漢では何度も臨朝が開かれてるからね。 ますます後宮の競争率は上がる一方だよ」
「けど、そういう方法で出世したって……」
「ずっとは栄達は続かないって? それはそうかもしれないけど、一度権力を握る事ができれば、それはずっと続くと盲信してもおかしくはないと思うよ。 実際に、自らの権勢が尽きる事はないと信じる者は、歴史を紐解けば雨後の筍みたいに大量に見つけられるし。盛者必衰、栄枯盛衰は世の習いなんだけどね」
やれやれ、と言いたげに溜め息を吐いた後、糜芳さんは話を続けました。
「まあ良いや。 話を戻そう。 で、外戚は時には力を持ちすぎて、帝に疎まれる事になる」
「天子様が外戚を抑える事はできないんですか?」
外戚とはいえ臣下である以上、天子様が一言『やめよ』と口にすれば、言う事を聞かせる事ができそうな気がするんですが。
「それが出来るなら苦労はなかっただろうねぇ……。 言葉にするだけで止まるほど、外戚は可愛い性格してないって」
「う、それはそうですけど。 でもでも、天子様の言葉ですよ? 言う事を聞かないなんておかしいじゃないですか」
「それじゃあ、
「うぅ……」
言う事を聞かないどころか、天子様より天下を奪い去った大逆人の名前を出された以上、これ以上言葉がありません。
下手に抗弁すると、王莽が悪だったのではなく天子様達の力が弱かったのだという話に繋がりかねません。
「で、帝がその外戚を除こうとする時に力を借りる事が多かったのが宦官。 その忠義に報いるために、力を借りたその度に宦官へ特権を与えていったわけだ。 それが、今日まで続く宦官の権勢に繋がる事になる」
「うーん……。 宦官が天子様の力になるっていうのが、にわかには信じられないんですけど……」
「まあ、私達の場合は生まれた時には十常侍達が全力で政治を
「そうですよね。 蓄財に懸命になってる佞臣としか想像できないです」
そういう私に糜芳さんは苦笑を浮かべました。
「まあ、そういう宦官が多いのも事実だけどね。 ただ、宦官すべてがそういう考えをしているわけではないっていうのは覚えておいて。 特に、曹孟徳殿にそういう事を言うと、それだけで周りにいる配下に斬りかかれかねないからね」
「そういえば宦官のお孫さんなんですよね……」
「そう。 祖父が大長秋を務めた
「へ? 師父はお会いした事あるんで?」
「昔一度な。 ちなみに
「……時々師父の交遊範囲の広さについていけなくなるんですが」
「基本は恵がやってる書簡外交と同じだって。 子供の時に糜家の行商に着いていって、偶然そういう有力者と顔を合わせる機会に恵まれた場合もあるってだけで」
昔を懐かしみながらそんな事をしれっと言ってのけていますが、とんでもない事なんじゃ……。
大長秋は宦官の就く事のできる役職の最高位です。そこまで登りつめた人って事は、三公に等しいほどに狭き門を潜り抜けた人のはず。平民どころか、並みの官吏でも雲の上の人のはずです。杜畿さんじゃないけど、本当に糜芳さんの交遊範囲が計り知れません。
「まあ、話を戻そう。 宦官と外戚についてのおさらいはこれで良いと思う。 けど、朝廷にはもう一つ勢力がある。 さて、玄徳殿答えは?」
「え? ええと、後宮ですか?」
秦で始皇帝が呂不韋と水面下で政権争いをしていた頃、後宮勢力が重要な役割を果たしたと聞きます。ですので、それと同じではないかと口にしたのですが……。
「いや、後宮勢力は含まれない。 というか、後宮勢力の代表者である皇太后が外戚に含まれるってさっき確認したじゃない」
「あ……。 それなら『官吏』ですか?」
間違いを指摘された後に答えた内容に、糜芳さんは頷きました。
「そう。 特に、三公に何度も就くような名家の官吏だね。 四世三公の袁家、累世太尉の楊家とか」
「他の官吏と何か違いがあるんですか?」
「少しある。 というわけで、これから話す内容は『外戚』『宦官』『官吏』の三つに限ってかなー」
「官吏は課題には含まれていませんけど、知っておいた方が良いんですよね?」
「そうだね。 外戚と宦官について話すなら、官吏についても知っておいた方がいい。 それじゃ、順番に話していくとしようかね」
「いえ、師父。 その前にお茶菓子の追加を用意した方がよろしいかと」
呆れたようにそう口にした杜畿さんは、自分の正面を指差しました。そちらに目を向けると、見慣れた虎の飾りをつけた女の子が木の後ろからこちらの様子を伺っていました。私と目が合うと慌てて木の後ろに隠れましたが、もうバッチリ見ちゃってるから意味無いよ……。
「ああ、彼女も来るなら確かにこの量じゃ足りんな。 簡単に準備できそうな物を作ってくるかね」
「お手伝いします」
止める間もなく、厨房へ歩き出した二人へ自分も手伝おうと慌てて立ち上がります。
「玄徳殿は翼徳殿と話をしておいてください。 この場では一番適任でしょう?」
そう言われて、私は再び席に着きました。それを確認した後、彼女は木の後ろから出てきて私の方へ近寄ってきました。
まあそれはともかくとして。
(うう、講義が進まないよう)
明日まで時間がほとんど無いのに、講義が長時間中断してしまう事に思わず頭を抱しまうのでした。
最後までお読み頂きありがとうございます。
・杜畿の書き物
届いた書簡の返事を書いてます。各地の有力者と手紙のやり取りをして顔を繋ぐ事も外交のうち。
・このずれは何でなのかね?
ヒロインの大半がアラサーの美少女ゲームなんて需要がニッチ過ぎるだろ!
・王莽
みんな大好き王莽さん。劉家の人に効果は抜群だ。使い方を間違えると全面戦争になるけどな!
王莽を含む外戚を抑える事ができなかった皇帝達が弱かったのか、抑えても無視した外戚が悪かったのか。劉備の立場からすると、後者しか選べませんよね。
・曹騰との面識
何処かから送信され、作者の脳が受信してしまった変なアイデア。誰ですか、そんな毒電波を発信したのは。
・後宮勢力
キングダムネタ。
まったく本作とは関係ないのですが、キングダムだと後宮は単独でやたらと大きい勢力になってますけど、あれって呂不韋の後ろ盾が無いと維持できない気がしてならないんですよね。皇太后は芸妓出身で親兄弟が居なくて、軍事力皆無なんですから。その辺も語られるのか今後の展開にワクワクが止まらんw
・本作の劉備さん
民達が喜んでくれるから民政が大好きで、農業や商業などの勉強は苦にならない。
その反面、民達関係が薄い宮廷政治に関しては興味が持てない、といった感じで書いています。
それでも必要な事だと理解すれば学ぶ意欲を持つ人でもあるのですが。
毎度毎度色ボケ気味な発言をしているのは、迸るご主人様への愛が原因。しょうがないよね。しょうがない。
ご意見・感想等ございましたら記載をお願い致します。
前回も記載しましたが、本作は感想返しを自重しています。
少なくとも完結までは、返答できないと思いますが、どうぞご了承ください。