真・恋姫†無双 糜芳伝外伝 -恋姫時代の政治について-   作:蛍石

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講義五を投稿します。

とりあえずこれで外戚については終了。
書き漏れている物が有ったら後の話にしれっと付け加えます。


講義五 -外戚について④-

 糜芳さんは筆を動かしていた手を止めて、口を開きました。

 

「まずは梁冀の失墜の発端となったこれからかな」

 

・後宮に梁姓ではない女性を入れた件

 

「後宮の事は国家の大事。 そこでこういう偽装行為をしてしまうのはあまりにもまずかった」

 

 これが罪とされたのは分かる気がします。

 後宮に入るという事は、次の天子様となる方を産む可能性があるという事です。素性定かならぬ者を入れる事はまかり通りません。

 まして天子様に嘘を吐くという事は天を欺く事に他ならないのですから。許されるはずもありません。

 私は糜芳さんへそう告げました。糜芳さんはそれに首を傾げながらも同意の言葉を発しました。

 

「んー。 一応名家である鄧家の娘だから素性は定かではあるかな。 だからと言って姓を偽って後宮に入るのはまずかったのには違いないけど。 もっとも、今回一番不味かったのは『主従が逆転した態度を取った』事なんだろうね」

「え?」

「途中で露見して、即座に梁冀を処罰したから事なきを得たけど、これが処罰無しのまま許されていた場合にはもっと早く朝廷の権威は失墜していただろうし、もしかしたら梁姓の新王朝が出来ていたかもしれないかな」

「それほどまでにですか!?」

 

 私の言葉にはすぐに答えず、糜芳さんは手元の茶器に手を伸ばし、言うべき言葉を考えるかのようにしばらく中身を回した後、再び口を開きました。

 

「割りと生々しい話に繋がりそうなんだけど、自分の娘や妹を信頼できる部下に嫁がせるっていうのは良くある事でしょ」

 

 そう口にした糜芳さんに、杜畿さんが口を挟みました。

 

「政略結婚、というほどではありませんけど、身内の女を嫁がせ自分の身内として扱う事を内外に示す。 組織を固める手段としては妥当な方法ですよね。 ところで、天明(羊祜)はいつ嫁がせるんで?」

「私より義父さんに聞け。 私はあの娘が望んだ相手に嫁げれば良いんじゃないかと思ってる……んだけど、あの娘さん現在は羊家の当主だからなぁ。 本人が望んだとしても下手な相手に嫁がせるのは難しいかもね」

 

 羊祜さんは糜芳さんの義理の妹さんです。お姉さんの糜竺さんと一緒になって可愛がっているのが良く分かります。

 私達との出会い方は最悪の一言に尽きますが、今では和解して普通に接する事が出来るようになっています。

 

 ところで杜畿さんが質問に答えた糜芳さんへ生暖かい視線を向けています。どうしたんでしょうか?

 糜芳さんは糜芳さんで、その視線から目を逸らし、咳払いを一つして再度口を開きました。

 何か二人の間でだけ分かるやり取りだったようですが……少し疎外感を感じてしまいます。

 

「……ごめん、脱線した。 話を戻すけど、そういう時に嫁がせるのは血の繋がりは重要視されないのが一般的。 例えば自分の愛妾を下げ渡したり、養女として扶育した娘を嫁に出しても良い。 さっき(杜畿)も言ったけど、そうやってその人物がそういう『身内に近い人間』を任せるほどに信用に値すると内外へと示す事ができるわけだ。 ただしそれは『主から従』へ渡す時に限られる。 この場合は臣下である梁冀から目上に当たる帝に捧げられるわけだから、血縁を重視しなきゃ失礼に当たるのは言うまでもないよね」

 

 確かに言われてみればそうかもしれません。私も女性ですのであまり良い気はしませんが、有力者と顔を繋ぐために自分の娘や妹を差し出す例は枚挙に暇がありません。しかし、自分のお妾さんを渡すという話は聞いた事がありません。

 

「……なるほど。 だから主従が逆転してると」

「そう。 こういった臣下の無礼を罰せずに許してしまった場合さらに相手が増長していく事になるし、朝廷内の規律を保つ事が出来なくなる。 帝であろうとも、他の梁冀に近い朝臣からも侮られる事になっただろうね。 そして最終的にはそいつらの声に推され、梁冀はやむを得ないという体を取りながら帝へ禅譲を迫り、至尊の座に着いていただろうね」

「そんな……。 それじゃまるで」

「王莽の再来だね。 そういった意味では、宦官の力を借りてでも梁冀へその報いを受けさせたのは正しい行動だった。 ただ、後の宦官の専横に繋がる事を考えると、手放しに称賛する事はできないが……まあ当時の梁冀の専横の状況を考えると先の事まで考えてはいられなかったか」

 

 そう言って糜芳さんは手元の茶碗を口に付けて中身を飲み干しました。

 劉家にとっては災厄その物の名前を聞いて、思わず暗澹とした私には構わず糜芳さんは再び筆を取りました。

 

「さて続けようか。 それじゃ次はこれについて」

 

・大将軍の世襲について

 

「梁商が亡くなった後、すぐに梁冀が大将軍の地位を継いだ事ですか? 確かに大分特殊な例だと思いますが」

「そう。 知っての通り、官職の世襲っていうのは通常行われない。 最近劉君郎(劉焉)殿の後を継ぐように、息子の劉季玉(劉璋)殿が益州牧になったけど、あれだって州牧は他から推挙が有った。 継ぐ事が出来たのは陽城侯の地位だけだからね」

 

 益州牧だった生前の劉焉様については、あまり良い噂を聞きませんでした。

 天然の要塞に囲まれた、と言われる事もある堅固な益州に篭り、自分の勢力を伸ばす事に注力して、いつか天子様へ矛を向けて玉座を奪おうとしていると噂されていました。

 劉璋様もその路線を継承し、滅多に益州から出る事はないそうです。

 

「理由はおそらく、梁商が補佐をする事で真っ当な政権運営が出来ていたからだと思う。 だから、梁姓による帝の補佐が継続する事を多くの人が望んだんじゃないかと思う。 皇后の兄を推挙すれば、皇后からの覚えもめでたくなるだろうしね」

「あと、臨朝が開かれる前に梁商が大将軍になっていたのも関係してるんでしょうか?」

「お、玄徳殿鋭い。 多分関係してると思う」

 

 机の上に書かれた紙を見ながら、他の外戚達と異なっていた部分を言うと糜芳さんから褒められました。少し嬉しいです。

 

「何度か説明してるけど幼い時に玉座についた帝は、長じた後に頭を押さえつける有力な臣下を排斥する事が昔から多々ある。 漢以外だと呂不韋と始皇帝が有名かな?

光武帝以降の漢においても、竇憲以降の大将軍になった外戚は全員だね。 そして、全員が死を賜るか誅殺されるかしている。 それに対して梁商は順帝が加冠の儀を迎えた後に抜擢されている。 更に、順帝の存命中に死去しているから誰も玉座へと導いてはいないんだ」

「天子様から疎まれないまま、大将軍への就任から死去までを過ごしたわけですか」

「そう。 だから梁姓の人間が朝廷の中枢に居座り続ける事に誰も忌避感を感じる事は無かった。 結果、喪に服すだけの時も経たないままに梁冀は大将軍に就任した。 不孝極まりない事にね」

 

 親が死んだ時に服す喪は大喪と言い、公職を辞して、執務を含めて公の場に出る事をすべて戒める必要があります。これを行わないと不孝者として徳を失ってしまう事になります。

 糜芳さんが梁冀を不孝者だと言ったのは、喪が明けないままに官職に就いた事を指してでしょう。もし梁冀が孝に篤いのなら、それを謝絶したはずです。そこからも、梁冀が徳を持たない者だったと推測する事ができます。

 

「梁冀がこれだけ色々とやらかしただけあって、今後同じ姓の氏族が二代続けて大将軍に就くのは今後も禁忌扱いされるかもしれないね」

「官吏の世襲が行われるのもおかしな話と思うんですけど……」

「まあね。 四世三公や累世太尉って言っても、親が死んですぐに子が官職を継承したわけでも無いし」

 

 糜芳さんはそうまとめて、次の文字を書き出しました。

 

・上奏の経路について

 

 私は糜芳さんが書いた文字を目にして、頭に疑問が沸きました。

 

「……? 通常は尚書台へ上奏文を提出して、取り上げるに値すると判断されれば天子様へ上奏されるんですよね? それ以外の方法が有るんですか?」

「有るんだよ、それが。 どちらかと言えば褒められた手段ではないんだけどね」

 

 糜芳さんは小さく息を吐き、呆れたような、怒っているような何とも言えない表情を作りました。

 

「ところで皇叔である玄徳殿。 帝と二人きりになれて、直言が許される人物に心当たりはある?」

「はい!? ……そうですね」

 

 突然の糜芳さんの質問に思わず声をあげてしまいましたが、すぐに私は考え始めました。

 しばらく考えた後、私は口を開きました。

 

「家族、でしょうか」

「正解。 正確に言えばそれ以外にもいるんだけど一番帝の身辺に近いのは母親である皇太后、妻である寵妃や子供達だね。 一般的に、新帝が即位すると帝の兄弟は、侯として臣籍に下るので家族としては扱われないから除く」

 

 糜芳さんは私の答えにあっさりと頷きました。そして、その後も言葉を続けました。

 

「その中でも特に妻、つまり皇后や寵妃は後宮において必ず二人きりになれる。 その場でやんわりと帝へ進言をする事は可能なんだよ」

「でも、それを天子様が受け入れてくれるとは限らないんじゃないですか?」

「確かに受け入れるかどうかを決めるのは帝だよ。 だけど好いている相手が望んだ事は、できるだけ叶えてあげたいと思うのはそこまでおかしな事ではないでしょ?」

 

 それは確かにそうです。私もご主人様にお願いされたら大概な事をしてあげたいと思いますし。そ、その、少しふしだらなお願いだって聞いてしまうでしょう。

 

「尚書台を通さずに帝へ意見する事が出来るっていうのは大きな強みになる。 例を挙げるなら何皇后とかかな。 何大将軍(何進)が宦官の排斥を何皇后へ奏上している。 当時何皇后は皇太后として少帝の摂政に就いていたわけだから、当然大将軍としては尚書台を通さずに少帝に話が伝わるようにと望んだからというのは想像に難くない。 後宮に住まう皇后や皇太后達が帝への上奏のための中継点として機能していた事が分かる。 梁冀も妹が皇后だったわけだから、皇后と反目する前にはその恩恵に預かっていた可能性は高い」

 

 皇后と血縁である外戚なら後宮から皇后を呼び出すのも難しくないしねー、などと言いながら糜芳さんは空になった自分の器へ白湯を注ぎました。

 

「それじゃ最後行ってみようか」

 

 糜芳さんはそう言った後に筆を走らせました。

 

・外戚の権力基盤

 

「さて、一口に外戚と言っても『外戚だから敬わなくてはならない』って考える人は極めて稀だっていうのは分かる?」

「はい。 甘い汁を吸えそうだからっていう理由で近づく人の方が多いですよね」

 

 私も義勇軍を率いていた時には見向きもされていなかったのに、県長になったら急に親しげに接する人が増えて困惑した覚えがあります。

 そういう人達を目にする度に愛紗ちゃんのまなじりが吊り上がって……思い出すと体が震え出してしまうでしょうからここまでにしておきます。

 

「そう。 『外戚だから』偉いのではなくて大将軍が『位の高い役職』だから偉いんだよ。 梁冀が持っていた特権の数々は他の外戚の大将軍は持ち合わせていない。 にも関わらず朝廷で確固とした存在感を持っていた。 他の朝臣にとっては、平尚書事の特権や数々の臣礼の免除よりも大将軍の印授の方がずっと重さを持っていたという証左だろうね。 ついでに言えば、帝が外戚へ自裁を命じた際に『大将軍の印綬の返還』を求める事もこれが関係しているんだろうね」

 

 つまりは権力としての基盤を奪ってしまい、手も足も出ない状態にするということでしょう。

 糜芳さんはそこまで言った後に一度言葉を切りました。

 

「さて、それじゃ外戚についてまとめてみようか。 玄徳殿、どうぞ」

「え!? 私がまとめるんですか!?」

「玄徳殿の課題でしょ。 ついでに、ここでまとめた物をそのまま成果として朱里に提出すれば手間が省けるじゃない」

「うう……分かりました」

 

 今一つ自信が持てませんが、糜芳さんが話してくれた内容を私なりにまとめ始めました。

 

一 天子様の死後にそれを継ぐ太子様が幼かった場合、佞臣を遠ざける意味で皇太后が臨朝を開く。皇太后の家族である外戚は、その補佐をするために大権を与えられる。

ただし、外戚自身が佞臣となる場合も多々見受けられる。特に光武帝以降の外戚の多くは、その大権を持って政治を壟断する事が多かった。

 

二 しかし、外戚が存在しなくては天子様と皇太后の後ろ盾は無くなってしまうため、臨朝を開く際には必須と言える。

私、劉玄徳に求められているのも、力を付けて天子様の後ろ盾となれるようになる事。

 

三 朝廷の高官の中には、自身が外戚となる事を望んで自家の娘を後宮に入れる者がいる。理由としては官吏として身を立てていくよりもずっと早く栄達を得る事ができるかもしれないから。

 

四 章帝以降の天子様達が幼いうちに玉座に座っているのは、外戚や皇太后、宦官達の意向を受けての事。そうする理由は、幼く、経験が少ない事で判断力が乏しい天子様を背景に、自分達の好き放題の政治が出来るため。

 

五 外戚の中にも身を慎む者も居た。陰氏、馬氏は語るに及ばず、鄧氏もそれは同様だった。これは外戚と佞臣が必ずしも同じ様に語られる物では無いという証明になる。

それは宦官においても同様。すべてを混同して佞臣ばかりだと判断してしまうのは早とちり。

 

六 章帝以降の外戚は、天子様が宦官の力を借りて誅している。これは、影響力の有りすぎる外戚を天子様が疎んじているため。

 

七 跋扈将軍梁冀は様々な特権を得て専横をしていた。

特に重要な物は尚書に挙げられた上奏文の内容を事前に閲覧できる『平尚書事』の権利。その内容を知ってから、実際に天子様へ上奏されるまでの間に対応策を練る事が出来るのと、自身に不利な上奏がされるのを抑制する事ができるため。

 

八 外戚は独自に天子様へ意見を伝えるために、後宮に居る皇后(皇太后)を通す事があった。理由として皇后(皇太后)は天子様への直言を許され、通常の官吏は足を踏み入れる事が無い後宮で、余人を交えずに天子様と話す事が出来たため。

 

九 外戚の権力の基盤は、大将軍という役職に集約されている。梁冀に与えられていた特権の数々を持たなかったにも関わらず、他の大将軍となった外戚が朝廷の中心人物となっていた事からそれが分かる。

つまり、外戚は最初から力を持っていたわけではなく、天子様が大将軍へ任命した後に初めて強力な権利を持ち始める。実際に、竇憲や梁冀を除く際にはまず大将軍の印綬を取り上げている。

 

「こ、こんなところでしょうか?」

 

 糜芳さんの話してくれた内容を思い出しながら筆を動かしていた手を止めて、私は糜芳さんの顔を窺いました。

 

「良いんじゃない? 多分朱里の望んでいた答えは書けていると思うし」

「そうですか! じゃあこれで課題は終わりですね!」

 

 両手をぱんっと打ち合わせてそう言った私に、目が笑っていない笑みを浮かべた糜子方さんがゆっくりと口を開きました。

 

「……そんなに終わりにしたいなら終わろうか? 宦官や官吏について書かれていない事を朱里に怒られても知らぬ存ぜぬを通すけど」

 

 私がすぐに平謝りしたのは言うまでもありません。

 うう、一段落ついたせいで終わりだと勘違いしただけなんですよぅ。だからそんなにくどくどと叱らないでください……。

 私は思わず頭を抱えてしまうのでした。




最後までお読み頂きありがとうございます。

・鄧家の娘
名前は鄧猛女と伝わっています。
南陽郡新野の鄧氏の血縁ですので、誅殺を免れた一門の生まれであると考えられます。
幼い時に孤児となり、養女として梁氏に扶育されたそうです。

・娘や妹を嫁がせる
臣下に出した例としては董卓と牛輔さんとかですかね。
主人に捧げた例としては、この作品としては糜夫人の名前を挙げない訳には行きますまい(笑)感想にもありましたが、糜芳はほぼ外戚の位置にいますよね。正確に言えば糜夫人は皇后ではなかったので外戚では無いのかな?まあ細かい定義の話ですが。
そんな糜芳さんをdisり続けた雲長さん半端ねぇ。

ところで個人的には張飛と夏侯月姫もそれに近かったんじゃないかと思ってます。曹操と劉備の紐帯を強めるために有力な臣下同士が姻戚関係になったのではと。
後年劉備ともども裏切ったから、繋がりが無かった事にするために攫われた事にしたのかな、と。

・生暖かい眼差し
このシスコン、何やかんや理由を付けて妹を嫁に出す気無いな、という意味を込めた眼差し。

・益州牧
天然の要塞に引き篭もって実効支配を固めている相手をわざわざ制圧にいけるほど中央は落ち着いていなかったんでしょうね。朝廷としては上がってきた孝廉を認めざるを得なかったのかと思います。

・梁皇后
表に記載したのは臨朝を開いた皇太后だけですので分かりづらいですが、梁皇后は二人居ます。
順帝の皇后と桓帝の皇后です。桓帝の皇后は桓帝崩御前に亡くなっており、臨朝を開いていないため割愛しています。

・喪に服す
梁商が死んだのが141年8月。梁冀が大将軍になったのが141年8月。……跋扈将軍すごい(小並感)
儒教社会だと喪に服さないとまずいはずなんだけどなぁ。

・後宮において二人きり
性的な意味で。
そりゃ閨房での睦みあいの間は二人きりですよねぇ。
それを利用した寵姫からの言葉を信じすぎて国を傾ける例は割りとあります。晋の献公とか。
ちなみにご存知の方も多いと思いますが、宦官も直言を許されていました。宦官について語る時にもう少し詳しく語ります。

・愛紗ちゃんのまなじりが吊り上がって
阿修羅面怒り!

ご意見・感想等ございましたら記載をお願い致します。
以前から記載していますが、本作は感想返しを自重しています。
とは申しましても、皆様にご記載頂きました感想自体は全部目を通し、創作の糧ややる気へと還元させて頂いております。本当にいつもありがとうございます。
少なくとも完結までは、返答できないという不義理を働くかと思いますが、どうぞご了承ください。
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