(おかえり)
(……ただいま)
レイは再び背後レイ状態になる。初号機を動かしたことによる適度な疲労感と、シンジたちとの文字通りの一体感からくる心地良さに、意識が溶けそうになる。
(レイちゃん、寝ちゃダメだよ)
(……………………ん)
返事はしたものの、それでも段々と意識がぼやけていく。
人の集団に居ながらも、人ではないがゆえに孤独だったレイにとって、ここは理想郷のようなものである。求めてやまなかった他者との繋がりというものが、はっきりと感じられる。自分も誰かと一緒に居るという確信がある。
彼女はもう、これ以上ないくらい満たされていた。
そんなレイを見て「こりゃアカン」と思ったマイトは行動を起こす。
(シンジ、ちょっと先に抜ける)
(分かった)
初号機を格納庫まで移動させているシンジを残し、マイトはレイを伴ってログアウトする。
エントリープラグの中に2人の肉体が再構成され、レイは再び存在としての『個』に戻る。そして『孤独』に戻る。
「…………!?」
「はいはい、レイちゃん落ち着いて」
まさに天国から地獄。身を包む温かさが失われ、体感温度とは関係なしに身体が震える。
「っ、どうして……?!」
どうしてこんなひどい事をするのか。
やっと手に入れた温もりを、なぜ奪うのか。
知らなかったから耐えられた。
知ったからには、もう耐えられない。
パニックを起こす寸前となった彼女の身体を優しく抱き留め、幼い子供にするように背中をゆっくりと撫でる。
「レイちゃん、大丈夫だよ」
涙を流して淋しさを訴える彼女に対し、マイトはそれをただ受け止めるだけである。
出会ってからしばらくはほとんど感情を見せなかったレイが、この数日で少し変化した。同年代の少年少女と比べれば全然足りていないが、それでも感情を表に出すようになったのだ。
ただしそれは、どうも『シンジたちと出会ってから得たモノ』が出ているだけのように見えた。彼女が楽しそうだったのでそのままにしていたが、綾波レイという少女が心の内に抱えているモノが何なのか、それを知ることがこれからの付き合い、そして使徒との戦いにおいて重要になるのではないかと思ったのだ。
そしてタイミングよく、今日の実験のなかでレイの感情が大きく動いたことが分かった。それは彼女が初号機とシンクロしたとき、正確にはシンジたちと物理的に溶け合ったときのことであった。精神的にも1つになっていたため、彼女の心情が文字通り手に取るように分かったのだ。
彼女は他者との繋がりを求めていた。いや、もはや求めるというレベルではなく、切望や渇望でも表しきれないものだった。
(じゃあなんで、普段はあんな他人を寄せ付けない感じなの?)
(んー、そういう育て方をされたから、といってしまえばお仕舞いなんだが)
シンジの疑問はもっともだが、これには深い事情がある。
肉体的にも精神的にも溶け合うこの現象、今でこそシンジたちが気軽に起こしているが、本来は『綾波レイ』の持つ特殊能力である。それに目を付けた
そのためいずれ自分の欲しい『他者との絆』が手に入るので、今は何もしなくとも良い、となったのだ。
(そんな絆レベル0か100か、みたいな考えしなくても……)
(大は小を兼ねるというし)
この方法であれば、異物である『綾波レイ』もみんなと一緒になれる、という希望をもってしまったのだろう。
「ただいまー」
「おかえり」
初号機を格納庫までのリフトに固定し、操縦が不要になったのでシンジもログアウトした。
そのころにはレイも泣きつかれて大人しくなったようだが、いまだマイトにギュッとしがみついたままだ。
(
(今はまだダメだな)
マヤのときとは状況が違う。彼女の場合はこれまでの人生経験によって、自分というモノがある程度確立していた。そのためマイトの
しかし今のレイにはあまりにも刺激が強すぎるため、依存どころではない状況になってしまうだろう。
それに加えて、できればレイ自身で他者との距離感を掴んで欲しいというのもある。
今ここでマイトたちが「超常の手段で1つになるよりも、他人として理解し合えた方が素晴らしい」と説くのは簡単だし、レイも受け入れることだろう。しかしそれよりも、せっかくこうやって感情を爆発させて自分の内面を表に出したのだから、それに向き合うことで成長の糧にして欲しいのだ。
(もしかしてマイちゃん、情が湧いた?)
ただ目の前の問題を解決するだけなら答えを与えて、優しい言葉をかけて依存させればいいものを。わざわざ労力が必要な、場合によっては相手に嫌われるような手段を取るというのだ。
(……主人公格だから強い子だと思ってたら、実際はこんな
綾波レイは敵派閥から抜けて人間についた、ある意味で仮面ライダーなところがあるので強い人間だと思っていたのだが。
もはや戦いの行く末を彼女に背負わせようとか考えられない。脇役の分際で出しゃばるなと言われても、自分たちが矢面に立たねばならないのだ。
(うんうん、やっぱり男としては女の子のために戦いたいよね!)
(今のシンジが言うのは……)
シンジのほうにも特に異存はないようだ。違和感はあるが。
まあそれはともかく。
「さてレイちゃん、そろそろ離してくれないか」
実はログアウトして以来この3人、裸なのである。
どうもプラグスーツに対する意識が薄いせいか、着たまま肉体を再構成というのができずにいる。そのため今も3着のスーツが中身のないままLCLの中を漂っているのだ。
エントリープラグの外に出るためには着替えないといけないのだが、レイはイヤイヤと首を振るばかりである。
「というか、今のうちにシンジは着替えてもいいんじゃないか?」
「え?」
不思議そうな顔をしているシンジがまず着替えて、レイを預ける。そしてマイトが着替えれば、裸なのはレイだけである。そうなればいくらレイでも……
いやダメだ。裸で何が悪いと気にせずそのままでいる姿が容易に想像できてしまう。
さてどうしたものか。
レイの背中を撫でながら悩むマイトを見て、シンジはあることに気付く。
「ボクも構って!」
「そうじゃないだろ」
じゃれついてくるシンジを相手しながら、手のかかる子が2人になってどうしたものかと悩む。
いっそのこと
「うーん、どうしたものか」
レイもそうだが、外にいるリツコたちをどうするか。
催眠術的なモノで検査が終わったと錯覚させようか。データは適当に捏造して。
それとも分身でもして、そちらに検査を受けさせようか。遠隔操作型であればそうそう変なことにはならないだろう。
「事情を話して正面から、って選択肢は無いの?」
「そこまでの信頼関係が築けているかと言われると、ちょっと自信が無くてな」
話を聞いてくれはするだろうが、
中途半端な状態で悩ませて、罪悪感だけを植え付けるというのも酷だろう。なので「知らなかった」「騙されていた」と言い訳できる状態の方が良いだろう。
さてどうしたものか……
◆
とまあいろいろ紆余曲折あって、無事に自宅へとたどり着いた3人。ソファーに身を沈めて
さてそんな彼女だが、もちろん本来の姿はこのような幼い少女のようなものではない。世界に2人しかいなかったエヴァンゲリオンのパイロットであり、優秀な人間なのだ。遺伝子工学の専門書をドイツ語で読むくらいの学力があったりもする。
つまりは学習能力が高いのだ。
「ニャー」
「よしよし、シロちゃんはいつも元気だねー」
横で自分の半身とも本体ともつかない子ネコがシンジに甘えている。
子ネコが鳴くたびに、シンジは笑顔で撫でまわしている。
なるほど。そういうことか。
「にゃー」
「……よしよし」
抱きしめているマイトに向けて自分もアピールする。
そんな彼女の
レイは非常に満足そうである。
(え、良いの?)
(……まあ、自分から相手に何かを求められるようになった、と考えれば)
今は彼女の成長を喜ぼう、ということである。
レイは学習能力が高い。
そして理解力もある。
なのでもうすぐ、羞恥という感情についても学ぶだろう。
その時を楽しみにしつつ、今は彼女の成長を喜ぼう。
性格の悪いマイトはそんな気持ちを込めてレイを撫でるのであった。