空母オーバーザレインボーのブリッジにて、艦隊の司令官と対面する。輸送してきた非常用電源ソケットの引き渡しと、そして情報の共有のためである。
「ほう、では使徒とやらがこのあと現れると」
「ええ、間違いなく」
サードチルドレンの就任と同時に、そしてファーストチルドレンが戦線に復帰するタイミングでも現れたのだ。セカンドチルドレンの合流時に現れない道理がない。
ミサトはそう自信をもって言い切る。その後方に並ぶシンジたちもそれを疑っていない。
しかしアスカだけは別である。お仕事の場ということでマイトの背から不本意ながら降ろされた彼女は、まだ本調子じゃないなどと理由を付けて彼の腕に身を寄せていたりする。
そんな状態であるが、ミサトの発言には『フラグだなんてジャパニメーションじゃあるまいし』と、常識的な反応を返している。
「ふむ……ジャパニメーションか」
そんなアスカと、その横に居るマイトに目を向ける。
司令官である彼はこの艦の艦長でもあり、先ほどの甲板でのやり取りをブリッジから双眼鏡越しに見ていた。その際にアスカをあっさりと手懐けてしまったマイトに一目置いているのだ。ドイツからの数週間の船旅で、アスカのじゃじゃ馬というかお転婆な性格もある程度把握しており、そんな彼女を抑え込んだ男に、同じ男として敬意が湧いたというわけだ。
そんな男が属する
彼は一度、窓から見える青い海原に目をやり、そして再びミサトへと戻す。
「具体的な時間はどう見る?」
「おそらく、すぐには来ないでしょう。パイロットがある程度の交流を行ってからが定石ですので、1時間後くらいかと」
あまりにも早いと新パイロットの印象が薄くなるので、どのような人柄かが分かるようなエピソードを挟み、既存パイロットとの差別化ができた辺りが頃合いである。
「現在位置を考えますと、遅くとも2時間以内といったところでしょうか」
「うむ」
副長の予測もおそらく正しいだろう。陸が近くなれば増援が間に合う、もしくは逃げ切れてしまう。それでは盛り上がりに欠ける。
そして何よりも、わざわざ海の上に役者が居るのだ。
決着も海の上で、だ。
「フラグはジャパニメーションの専売特許ではない」
ニヤリと笑うと
「フラグの本場はハリウッド映画だと教えてやろう」
というわけで、そのセリフを聞いて『コイツもかっ』という表情になったアスカを置き去りにして、使徒迎撃に対する準備が始まる。
まずは使徒の接近を出来るだけ早く察知するための布陣を考える。レーダーやソナーによる機器を使った観測だけでなく、今回の使徒がレーダーに映るとは限らないため双眼鏡を使った原始的な手段も利用し、可能な限り広範囲をカバーする。
これだと各艦の距離が離れすぎるため、火力の面で物足りなくなってしまうが。
「どうせ使徒には通常兵器は効きませんし」
「だったら索敵に集中した方がマシだな」
ミサトの助言により、そこら辺は諦めていたりする。
ATフィールドがあるからとかそういう問題ではなく、中和した後の素の体表ですら固い使徒に対して、これまで有効なダメージを与えられていないのだ。戦艦の主砲といえど、どれほどの役に立つだろうか。
「でしたら艦載機もどかしておきますか」
「偵察機を除いて、近くの
副長が窓から甲板を見て提案する。
戦闘機では使徒相手に制空権が取れるはずも無い。だったら甲板を空けて、弐号機が動くための足場として利用した方がいい。
「……でも、この間の
シンジが気になっているのは、
もしかしたらATフィールドが無い状態であれば、ダメージを与えられた可能性がある。
「たしかに。今までの3体は見た目からしてバラバラだったから、防御力にも個体差がありそうだな」
マイトもそうだが、シンジも使徒を軽く撃破しているため、実際の肉体強度については何のデータも残っていないのだ。
それならば、念のため戦艦の主砲を試してみるべきか。
ミサトはそう考えたが、すぐに
「ダメね。もし今回の使徒に有効だったとしても、それは今回だけかもしれないわ」
「うむ。それだったらパイロットに経験を積ませることを優先した方がいいな」
これには司令官も同意する。同タイプの使徒が再来するのならともかく、これまでのパターンから判断するとあまり意味のある行動には思えないのだ。
それに同タイプが再生怪人のポジションだった場合、通常兵器が効くか効かないかを考慮するまでもなく、あっさり勝てそうである。
なのでこれまで通り、エヴァンゲリオンによる近接戦闘で対処することになる。
「とはいえ、巨大ロボットが動き回ると乗員が耐えられんな……」
「あ、そこは大丈夫です。体重を一切かけずに動かせます」
40mから200mものサイズになるエヴァンゲリオンが甲板の上で動いた場合、空母自体が大きく揺れてしまうことが予想される。そうなれば空母の中は阿鼻叫喚の地獄絵図になってしまう。
しかしそんな心配はマイトによって解消される。使徒が空を飛べるならエヴァンゲリオンも飛べるだろうという安直な理由で試した結果、実際に飛べてしまったのだ。それを応用すれば、足場である空母を一切揺らさずに戦闘も可能なのである。
これなら甲板の上で格闘戦、となっても安心だ。
とはいえ、海の上が舞台なのに人型と格闘戦というのはさすがに無いだろう。
「だったら海と使徒、つまり天使を合わせて、クリオネ型とか?」
マイトのその言葉を契機に、第2回使徒の正体を予想しよう大会が開催される。
「イカが来たから、今度はタコだよ!」
シンジの予想はタンカーにぶつかって沈みそうである。
「タコよりはエビとかカニのほうが
ビールがないのが残念だ、とミサトは
「………………ウニ」
そう呟いたレイには待ったがかかる。
「レイちゃん、もう一回、伸ばす感じで言ってみて」
「………………うにー」
満足したマイトは話を先に進めるため、司令官のほうに目を向ける。
「サメだな。サメしかありえん」
「ええ、サメでしょう」
副長と一緒に
「……………………えっ、アタシも?!」
全員の視線が集まり、うろたえるアスカ。その圧力から逃れるためにマイトの背中に隠れるが、そもそもの元凶がこの男なのは気にしてはいけない。
「ア、アタシに次の使徒の正体が分かるハズないじゃない!? そ、それにそもそも何で使徒がココに来ることが前提になってんのよ?!」
顔だけ覗かせてそう吠える彼女に生温かい視線が集まる。やれやれと肩をすくませつつ、若いというか青いというか、そんな様子に苦笑する。
それと同時に、真面目なのは良いがこの歳にしては頭が少し固いのではと心配する。
(もしかしたらラングレー先輩は、ツッコミの人かも)
(なるほど。レイちゃんがボケ寄りだから、そうかもな)
ココに居るメンバーに限らず、シンジたちの周りにはボケ役が多い。まあ初回に
(ツッコミの人は貴重だから、大活躍できそうだね)
(ああ。大変だろうが、ツッコミが居ないとボケが生きないからな)
上手いツッコミというのは、漫才のようにあらかじめ台本を用意しているならともかく、日常ではボケよりも数段上のセンスが必要になる。ボケを理解する速度、そこから返す言葉の選択、タイミングなど、求められるものが多いのだ。
アスカがどこまでそのセンスを持ち合わせているかは不明だが、こうしてボケに反応してくれるだけでも十分に戦力となる。
彼女が加わったことで、これからどんな使徒が襲って来ようと大丈夫だろう。彼らはそんな安心を得るのであった。
◆
ある程度の計画が出来上がり、あとは実行に移すのみとなったため、
慌ただしく準備を進める乗組員たちとは違い、出番まではまだ余裕がある。弐号機を積んだ輸送船を横付けして起動準備をしてくれるというので、それが終わってからである。
そんなわけで時間つぶしのため食堂に寄ることにした一行は、エレベータを待っていたのだが。
「よ、久しぶり」
そこに胡散臭い男が現れた。空母に似つかわしくない、日本人でしかも軍人には見えない男。結んだ長髪に無精ひげ、ボタンを外した襟元に形だけ結んである赤いネクタイ。彼はミサトに向かって右手をあげ、気安く声をかけてきた。
それに反応したのは、ミサトではなくアスカであった。
「加持先輩!」
「………………うぇえっ」
一拍遅れてミサトも反応したが、実に渋い顔である。
(さっき覗いてた人だよね?)
(ああ。タイミングが取れなくて出てこれなかった人だ)
興味を引かれなかったレイは無反応だったが、シンジたちは彼の登場に軽く警戒していた。
果たして彼は敵か味方か。
(味方だったとしたら、そのうちピンチになったときに活躍しそうだよね)
(同じ脇役でも、俺たちとは違って主役回とかありそうなキャラだな)
味方の
(敵だったとしたら、スパイだよね)
(見るからに怪しいというのを逆に隠れ蓑にした、ってヤツだな)
その怪しさゆえに一度はスパイと疑われるも、実は味方でしたと印象付けたサブイベントを挟み。その裏では本当にスパイだったと後半で発覚して衝撃を与えるパターンである。
(……敵、使徒のスパイ?)
(いやそこはおそらく、
これで使徒側だったら、かなりややこしい話になってしまう。なので利権とかが絡む、人間としての敵だろう。子供向けのロボット物作品に混ぜてくるのはいただけないが。
そんなやり取りをしているうちにエレベータがやってきた。どうやら加持と呼ばれた男もついてくるようだ。
となると問題になるのが、エレベータの広さである。空母の内部構造の制限なのか、やけに狭いのだ。それこそ体格のいい成人男性だとアニメ特有のデフォルメ表現のせいで、ぎりぎり2人分といったところだろうか。シンジ・レイ・アスカの3人は標準的な女子中学生の体格であるため、ミサトと合わせて4人で乗れるだろう。しかしマイトとそれよりも少し背の高い加持が乗れるほどの余裕は無い。
「ということで、俺は後からだな」
「えー?」
「………………」
「………………」
マイトの言葉に子供たちから不満が上がるが、こればかりはどうしようもない。こうでもしないとミサトと加持が2人きりで乗ることになるという、一種の川渡り問題になってしまったのだから。
「葛城と一緒じゃないのは残念だが」
ミサトたちが乗り込むのを見送りつつ、加持が言葉を続ける。
「オレは君にも興味があってね。碇マイト君」
何の訓練も無しにエヴァンゲリオンを動かし、使徒を撃破したサードチルドレン。本命はそちらだったのだが、少年と聞いていたのに実際には少女だったのだ。いろいろと興味はそそられるのだが、さすがにいきなり声をかけるのは難しい。
であれば、同性として気安いフォースチルドレンのほうに矛先を向けるのは当然である。彼らが甲板に着いてからのやり取りを覗いていたが、むしろこちらが本命なのではないかとすら思える。
狭いエレベーターという逃げ場のない密室で、話を聞かせてもらおうじゃないか。
そういう意図を込めてニヤリと笑いかける。
「…………………………」
それを察したのか、マイトの方もニヤリと笑いを返す。
そしてそのまま逃げるようにエレベーターへと乗り込む。
ミサトもそれを確認し、
「…………………………」
都心の混雑した電車内を思わせるような乗車率になったが、女性陣は誰も文句を言わない。
そのままエレベーターはゆっくりと下降を始める。
「………………まさか、加持君がそっちの人になってただなんて」
ミサトは
実は彼女たちは大学時代に付き合っていたのだが、元カレが違う道を歩んでいたとは知らなかったのだ。もはやその道が交わることは無いだろうと思うと、少し淋しいような、しかし僅かにあった未練が消えてすっきりしたような、不思議な気分だった。
「………………加持さんがアタシの方を向いてくれないのって、そういうことだったのね」
アスカはマイトの腕をギュッと抱きしめ、ため息を吐く。
実は彼女は加持に対して淡い恋心、とまではいかないまでも、かなりの好意を寄せていたのだ。しかしまったく相手にされず、それは自分が子供だからだと思っていたのだが、まさか性別が原因だったとは。こればかりはどうしようもないので、縁がなかったと納得するしかない。
「……?」
何のことやら分かっていないレイは、取り合えず周りをマネしてマイトに寄りかかる。
最近はいろいろと勉強している彼女であるが、さすがに先ほどのやり取りから察することはできなかった。なので今の状況は『よく分からないけどお父さんと一緒になったので良し』くらいの認識である。
(海外に行くと変わっちゃう人って、居るらしいよね)
(もしくは男しかいない環境とかだな)
同性愛については個人の自由なので何も言うつもりはないのだが、それは自分が巻き込まれなければ、である。
今後は
マイトは自分の取れるすべての手段を用いて自衛することを決心するのだった。