新せいきエヴァンゲリオン   作:七九六十

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4-5 第9使徒(マトリエル)

 

 

 

 というわけで、温泉である。

 今度は本物だ。

 

「……………………」

 

 しかも露天風呂である。

 岩を並べて湯舟を形作り、竹垣によって外界と隔てられている。

 実に風情のある(おもむ)きである。

 

「……………………」

 

 本日この宿はNERV(ネルフ)御一行様貸し切りとなっており、子供たちは一足先にチェックインしている。

 彼らは特にやる事も無いので、自慢の露天風呂とやらを堪能しに来たのだ。3人と1人に分かれ、広々とした温泉を存分に味わっている。

 

「……………………」

 

 日が傾いて茜色に染まった空は絶景である。

 竹垣の向こうから聞こえてくる楽し気な笑い声も、この場の雰囲気作りに一役買っている。

 

「……………………」

 

 そう、竹垣の向こうから3人の楽し気な話し声が聞こえてくるのだ。

 それに対して自分は1人である。

 

「…………あぁっ!!」

 

 我慢できずにざばっと音を立てて立ち上がり、そのまま湯舟を後にする。脱衣所で着替えの入った籐かごを掴むと全裸のまま暖簾(のれん)をくぐり、さらに隣の暖簾(のれん)をくぐる。

 そして3人の着替えの入った籐かごの横に自分のものを叩きつけ、湯舟のほうへと視線を向ける。

 

「………………居た」

 

 岩を背に並んで座るお目当ての人物たちを見つけ、一直線にそちらへと向かう。

 ざぶざぶと湯をかき分けて進み、3人の目前で腰に手を当て仁王立ちになる。

 

「ちょっとアンタたち!!」

「え、どしたのラングレー先輩?」

 

 その剣幕にびっくりしたシンジが、横に居たマイトの腕を抱きしめて身を守る。レイも反対側で同じように身を寄せている。

 

「どしたのじゃないわよ、なんでアンタたち男湯に居んのよ!!」

 

 おかげで女湯に独りで淋しかったじゃないか、とまでは言わないが、自分だけ除け者にされたことへの不満を漏らす。

 

「とは言っても、俺が女湯に入るわけにはいきませんし」

「まあ、アンタはそうよね」

 

 マイトの発言には納得する。シンジの考える男らしさの化身であるマイトは、女湯に居ていい存在ではない。

 そんな事情を知らないアスカではあるが、見るからに男である彼が男湯に居ることに異存はない。

 

「ボクも男だから、男湯」

「なわけないでしょ」

 

 シンジの発言は途中で却下される。男らしさのすべてを失ったシンジは、男湯に居ていい存在ではない。

 そんな事情を知らないアスカではあるが、見るからに女である彼が男湯に居ることに異存しかない。

 

「じゃあ私も男」

「なわけないでしょ。てか『じゃあ』って何よ『じゃあ』って」

 

 レイの発言も途中で却下される。本来なら本部でのD型装備お披露目までで登場シーンが終わるため、レイはここに居ていい存在ではない。

 そんな事情を知らないアスカではあるが、見るからに女である彼女が男湯に居ることに異存しかない。

 

「ホンットにアンタたちは……!」

 

 2人のあまりにもな発言により怒りを通り越して脱力感に襲われたアスカは、頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

 するとマイトの膝の上に(またが)る形になり、ちょうど良いところにあった両肩に手を置いて項垂(うなだ)れる。

 

「……………………」

 

 言葉にならない唸り声と共に、彼の両肩を前後に揺さぶる。

 完全に八つ当たりである。

 

「……! ……! ……! ……!」

「落ち着いてくださいラングレー先輩」

 

 並の人間であれば「気持ち悪い」とかなりそうな勢いであるが、あいにくマイトは普通ではない。その身体はビクともせず、むしろアスカのほうが前後に揺れてしまう。これではアスカのほうが「気持ち悪い」となるかもしれない。

 

(ツッコミ役は大変だねー)

(本当にな)

 

 そんなお疲れのアスカを労わるにはどうすればいいか。

 

 

 

 

 

「残念ながら我々は使徒を発見することができませんでした、乾杯!!」

『かんぱ~い!!』

 

 そう、宴会である。

 

 もちろんこれは、アスカだけのために開かれるものではない。

 大人たちの抱えるマイナスの空気を払拭(ふっしょく)するためのものでもある。

 

「このまま使徒が見つからなかったら、オレたち帰れないのか」

「なんてこった。しばらく旅館暮らしだなんて、考えるだに恐ろしい」

「ああ、ほんと恐ろしいな」

 

『かんぱ~い!!』

 

 あちらでは使徒戦が長期化することへの不安を語り合い。

 

「もし使徒が出てきたら、オレたち帰らないといけないのか」

「なんてこった。旅館暮らしが終わるだなんて、考えるだに恐ろしい」

「ああ、ほんと恐ろしいな」

 

『かんぱ~い!!』

 

 こちらでは平穏な日々が終わることへの不安を語り合う。

 

 彼らは切りの良いところまで仕事を終わらせてから入浴を済ませ、宴会場に集まった。

 そしてある者はビール、ある者は焼酎、ある者はサワーを手に、不安に立ち向かうための勇気を得ようとしているのである。

 

『かんぱ~い!!』

 

 2時間飲み放題な彼らとともにあれば、アスカの気分も晴れるであろう。

 

「この船盛?とかいうやつ、なんで牛肉を船に載せてんのよ」

「ああ、昔はそこにお魚が載ってたんだよ」

 

 そういうわけで子供たち4人で鍋をつつく。

 もちろんこちらはジュースだが。

 

「……なんで山奥の旅館で魚なのよ」

「山の幸を食べ飽きた地元民向けだから、らしいよ」

 

 鍋奉行を務めるシンジが質問に答える。

 他にもいろいろと理由はあるらしいが、遠方から山の幸を楽しみに来てコレだったときのダメージは大きい。

 

 ではなぜ今は魚ではなく肉が載っているのかと言えば。

 

『セカンドインパクトがあったからな』

 

 今は亡きスイカおじさんの幻影が言う通り、南極の氷が解けて海水面が上昇したことに加え、地軸の変化による海水温上昇の影響も大きかった。食用としていた魚種の個体数の減少や、海岸に停泊していた漁船が全滅したことにより、魚が食卓に上ることは無くなったのだ。

 

 しかし、海産物が取れなくなっても器が消えるわけではない。使い道に困った旅館の人が、とりあえず何でもいいから適当に盛っているのだとか。なので船の上にのる牛肉だったりキノコだったり山菜だったりと、よく分からない状況になっているらしい。

 

「おいしいから気にしない」

 

 シンジに取り分けてもらった牛肉を食べつつ、レイは舌鼓を打つ。

 魯山人が皿を割りながら殴りかかってきそうなセリフである。

 

「で、明日は何して遊ぶのよ」

 

 食事によって気分の復活したアスカは、さっそく明日の予定を気にし始める。どうやら修学旅行の続きとして楽しむようだ。

 建前としては戦闘待機のため、浅間山近辺から離れることはできない。トレッキングのようなものも避けたほうがいいだろう。

 となると軽井沢あたりで遊ぶのが無難であろうか。

 

「うーん、身体を動かすならテニスとか……ゴルフ?」

 

 シンジの発言により、初日はゴルフである。

 軽井沢は避暑地として数多くの別荘が存在している。つまりは富裕層が好むスポーツであるゴルフが盛んなのだ。

 

 4人とも未経験のためまずは初心者用のレッスンを受けることになったのだが、そこは人類の最後の切り札であるチルドレン。早いうちにコツをつかむと見る見るうちに上達し、そこそこのプレイができるようになった。

 というわけで道具一式をレンタルし、コースを回ること一週間。個人間でスコアを競うという競技性もさることながら、スポーツを始めたばかりの上達を実感できる期間であったのが合わさって、何だかんだと楽しんでしまった。

 

 

 

「食べ歩き……間に手ごろな観光スポットがあるといいんだが」

 

 次はマイトの提案により、軽井沢付近を観光がてらに食べ歩きである。

 全国的に有名、というようなものはないが、それでもここでしか味わえない一品はある。どうせ時間はあるのだからと数日に分けて散策し、合間合間に観光地を巡る。

 

 お腹を満たすためにパンやコロッケなんかを食べた後には、デザートとして定番のアイスや団子を楽しむ。複数の味を4人でシェアすることでカバーし、それでも足りなければ翌日以降に2週目となる。やけに異国情緒あふれる建物が多いことに首を(かし)げつつ、新旧の軽井沢を練り歩く。

 アスカやレイが目立つ容姿だったからか、それとも(にぎ)やかな集団だったからか、行く先々でそこそこの注目を浴びていたのは防犯の面でどうかと思うが、店でオマケをもらう率も上がっていた気がするので大丈夫だろう。

 

 

 

「軽井沢おもちゃ王国……?」

 

 レイが変なものを見つけてしまった。

 軽井沢は軽井沢でも、長野ではなく群馬のほうの軽井沢にあるテーマパークである。幼児から小学生くらいがターゲットのようで、中学生4人での利用には向かないようだ。……レイ(2代目)やマイトの肉体年齢ならいい感じなのかもしれない。

 どうやらセカンドインパクトの影響で不定期開園になっているようで、残念ながら現在はやっていないようだ。

 

 

 

 そんなこんなで子供たちが軽井沢を満喫している間、大人たちはしっかり仕事をしていた。

 

『かんぱ~い!』

 

 浅間山の火口付近に設けられた臨時の発令所にて、使徒の兆候を見逃すまいと観測機器を(にら)みつける者。

 

「いやー、こうも暑いとビールが美味いですなぁ」

「今は常夏なんでいつでも美味いですけどね」

 

『かんぱ~い!』

 

 相手はマグマの中という極悪な環境下なので、少しでも観測の精度を上げようと日夜研究を続ける者。

 

「あ、この近くの酒造にウイスキーがあるみたいですよ」

「日本酒だけじゃなくて、こういうのもあるのね」

 

『かんぱ~い!』

 

 それ以外にもサポートのために多くのものが軽井沢に詰めていた。

 

「昨日の家族サービスで飲めなかった分まで、今日は飲もうと思います!」

「おう、飲め飲め!」

 

『かんぱ~い!』

 

 そしてその中にはオペレーターの日向マコトの姿もあった。

 

「ほんとズボラな人だな、葛城さんも。自分の洗濯物くらい自分で取りに行きゃいいのに……」

 

 1ヶ月近くも続く宴会もとい激務のせいだろうか、疲労がたまっているようだ。

 彼は大きなため息をつく。

 

「……ん?」

 

 旅館のロビーを通りかかった際に、ふと目に入ったテレビ画面。

 そこで流れるニュースでは『正体不明の物体が第三新東京市に接近中』というテロップが表示されている。

 

「……やばい! 急いで本部……いやさすがに本部は知ってるか? いやでもほとんどの人員はこっちに居るし……となると本部ってどこだ?」

 

 これまでの激務のせいで、正常な判断ができない。

 

「まあとにかく皆に知らせなきゃ!」

 

 こうして日向マコトの手によって、平和な日常は破壊されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「状況は?」

「旧熱海方面から上陸した使徒は依然、進行中。まもなく第三新東京市に入ります」

 

 久しぶりに本部の発令所にて、ミサトはメインモニタを見つめる。

 正体不明の物体はやはり使徒であり、まっすぐにこちらへと向かってきている。その足取りがゆっくりとしたものであったために間に合ったが、主戦力を浅間山に引き付け、まさかその逆から進行してくるとは。

 

「使徒が知恵を身につけ始めた、とでもいうの……?」

 

 おそらくマグマの中を、大江戸線よりも深い場所を潜行して監視の目を抜けたのだろう。

 してやられたことへの怒りからか、思わず手に力が入る。

 

「おやめなさい、葛城一尉」

 

 背後から聞こえたリツコの声に、びくりと身体を震わせる。

 さすがにダメかと、2mmほどプルタブの持ち上がった缶ビールをデスクの上に置く。

 

「まったく何考えてるの、あなたって人は……」

 

 あきれたようにため息をつく彼女だが、いつもの白衣の下は『あいらぶ軽井沢』と書かれたTシャツである。

 オペレーターの日向マコトはメガネにクリップ式のサングラスを付けたままであることに、同じく青葉シゲルは首からヘッドホンを下げていることに気付いていない。

 

「……マヤは?」

「伊吹二尉なら、お土産を配りに行きましたよ」

 

 やはり長期出張の疲れからか、いささか精彩を欠く発令所チーム。こうなりゃ頼みの綱は司令室チームである。

 彼らは地下空洞(ジオフロント)から地上都市への移動も億劫(おっくう)がるお年寄りたちである。今回の出張にも参加していないし、なんなら知らされてもいないし、気付いてもいない。最近やけに静かだな、なんて思っていたりはしたようだが。

 

 彼らもメインモニタを見つめる。

 そこには今回の使徒が映し出されている。プロビデンスの目のようなものが周囲に配置された球体の下半分、そこから細長い脚のようなものが4本突き出ており、どこか虫のような印象を受ける。色が深い緑色というのもそれを助長する。

 

「8番目は、『胎児』を(つかさど)る天使のはずだが……」

 

 ゲンドウは首を(かし)げる。彼らはとある情報筋から第8使徒は胎児を(つかさど)る天使、サンダルフォンだと聞かされている。

 

「虫の中にも胎生のものがいないわけではないが……」

 

 副司令の冬月コウゾウの前歴は大学の教授である。別に昆虫博士というわけではないが、それなりに知識があるため虫が卵生だけではないと知っている。それこそ卵胎生のものだっているわけだし、胎児を(つかさど)る天使が虫っぽい見た目でも問題ないだろう。

 

「それに、胎児のままだと攻撃できんからな。成長したんだろう」

「なるほど。さすがは冬月先生」

 

 特務機関NERV(ネルフ)の最高司令官により第8使徒と認定された巨大生物は、想定通り第三新東京市に足を踏み入れた。

 それを迎え撃つは4機の巨大人型兵器。

 

「ではラングレー先輩、いつものようにズバッと……」

「ぜったいに嫌!」

 

 しかし弐号機パイロットが戦闘を拒否しているようだ。

 自分の存在理由の証明だとか、何か難しい理屈で常に先陣を切る惣流・アスカ・ラングレーはどこにいってしまったのだろうか。

 

「あんな切ったら黄色い汁が出てきそうなヤツ、ぜったいに嫌!」

 

 どうやらそういうことらしい。

 彼女の武器はソニックグレイヴと呼ばれる薙刀である。つまりは接近して切るというのが攻撃手段で、現に第7使徒(アリクイ)はそれで真っ二つにしている。幸いにもその時はピンクの断面を覗かせるだけで汁は出てこなかったが、今回は盛大に飛び出てきそうな膨らみ具合である。

 

「マイト、アンタ男でしょ、あの虫どうにかしなさいよ」

 

 指名が入ったマイトは、やれやれと肩をすくめる。

 

「ラングレー先輩は、男を知らない」

「知ってるわよ、アンタのせいで」

 

 ……思っていたのと異なる返しがあったため、言い間違いに気付く。

 

「ラングレー先輩は、男のことを分かっていない」

「何のことよ」

 

 マイトはどこを見るでもなく、遠くに目を向ける。もちろん壱号機はアルカイックスマイルを浮かべたままだ。

 

「男は、歳を取ると虫がダメになるんですよ。特にああいうブヨブヨした、潰したら黄色い汁が出てきそうなヤツ」

「役に立たないわね」

 

 マイトの攻撃手段は(こぶし)である。しかも相手の内部に衝撃を叩き込むタイプ。

 盛大に飛び散りそうである。

 

 ちなみにシンジはこれといって戦闘の心得があるわけではないので、不思議パワー(ATフィールド)をぶつけるしか方法がない。つまりは汁が飛び散るため、できるだけ話を振られないようにと息を(ひそ)めている。

 

「……………………」

 

 そんな3人の横で、レイは使徒を見ていた。

 細長い4本の脚を交互に動かして近づいてくる姿に、生理的嫌悪を覚える。

 

「……………………」

 

 複数のプロビデンスの目が配置された胴体に、生理的嫌悪を覚える。

 

「……………………えい」

 

 レイは手にしていたパレットライフルの引き金をひいた。

 三点バースト機構により発射された弾丸は、そのすべてを使徒の胴体に命中させた。

 

「あっ」

「え?」

 

 銃撃音に驚いたシンジとアスカが目をやると、使徒の胴体が地に落ち、脚は力を失って頼りなく傾いてしまう。

 

 そして直後に爆発して火柱を上げる。幸いなことに汁は飛び散っていないようだ。

 

(………………マイちゃん?)

(いや、今回は本当に死んでたんだよ)

 

 以前の第7使徒(アリクイ)戦では、真っ二つにしたときに先走って自爆させてしまったのだが。どうやら今回は違うようだ。

 

「もしかして、銃弾3発で死んだの?」

「……残念ながら」

 

 あっけにとられたアスカに死亡確認(ワン・ターレン)の声が届く。

 下手人(レイ)はといえば、自分のやらかしたことに衝撃を受け、パレットライフルを抱きしめながらオロオロとしている。

 中身ならともかく、零号機でそれをやるのはビジュアル的にアレだからやめて欲しい。

 

 

 

 まあとにかく、使徒を倒して平和は守られたのだ。それで良しとしよう。

 それ以上を望むのは、贅沢というものだ。

 

 

 

 

 

 

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【静止した闇の中で】

 

 アスカ「あそこまで行けば、きっとジオフロントに出られるわ」

 

 

 レイ 「こんな暗い所を進むの?」

 アスカ「仕方ないじゃない」

 

 

 レイ 「人っ子ひとり通らない」

 アスカ「仕方ないじゃない」

 

 

 レイ 「責任はとってもらうわ」

 アスカ「帰るわよ」

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