乗ってくれるならまあいっかと、次は事務手続きに移る。
「保険に入ってないと運転しちゃダメってやつですか?」
「ウチは民間企業じゃないし、そこは組織が負担するから大丈夫よ」
パイロットの怪我だけでなく、もちろん物損も込みである。
そんなわけで3人で移動、となるのだが、途中で社員食堂に寄り道。
「先にお昼にしましょ」
ということである。
妙齢の美女を2人も引き連れているのだから、さぞかし注目を集めるだろうと思いきや、そうでもない様子。
周囲は何やらソワソワしており、ついにとかシトがとか、そんな話題で盛り上がっているようだ。急いで食事を切り上げて、足早に食堂を出ていく人たちも居る。
そんな周囲の様子に気付かせないためなのか、シンジと同席する2人の女性は何気ない世間話で盛り上がっており、時折りこちらにも話題を振ってくる。
まあシンジはベテランのイマジナリーフレンド使いなのだ。外向きには当たり障りのない会話をしつつ、内側で
(むぅ……)
(可もなく不可もなく、な味だな)
日替わりランチを
ちなみにライスのお代わりは無料であった。
(それで、怪獣の名前はシト、でいいのかな?)
(みたいだな。そろそろ上陸するらしい)
誰かが名付けたのか、それとも自分で名乗ったのか。
(
(翻訳の過程であえて「ヒト」を「シト」に変えたんだとすると、怪獣の正体は実は人間ってことになるな)
つまりジャミラである。
周囲の職員たちの会話から情報を集めつつ食事を終え、その後は別の職員に引き継がれて事務手続きを行う。言われるがままに書類を受け取りサインをし、口頭での説明を受ける。
お役所の手続きに文句を付けたところで意味が無いし、騙されたとしても相手が相手だけに泣き寝入りするしかない。であれば大人しく従って、早く終わらせるに限るのだ。というか本人不在でIDカードが発行されている時点でもうどうしようもないし。
ちなみにカードはこれまたいつの間にか用意された銀行口座と結びついており、先ほどの食堂での支払いにも使用された。中には一応の父親である碇ゲンドウから振り込まれたお金が入っているらしいが、金額は確認できていない。未払いだった小遣いを、とは思えないので、就職祝いを兼ねた手切れ金だろうか。
(あ、シトって漢字なんだね)
(使徒……個体名ってより、種族名? 複数いるのか?)
キリスト教徒でもない彼らにとって、使徒という言葉に心当たりはない。
まあこんなものである。
そんな手続きの中で
その中には驚くべき事実が含まれていた。
世間一般でセカンドインパクトと呼ばれる隕石衝突による一連の災害。地軸すら変動し、日本から四季を奪った衝撃が実は使徒によるモノだったらしく、ここ
南極でセカンドインパクトが起きたように、サードインパクトはこの
(なんで使徒が原因だったとか、セカンドで打ち止めじゃないって分かったんだろ?)
(そりゃあ超古代文明の碑文とか、オリハルコン製のプレートとかに書いてあったんだろ)
警告はするが、解決策を記すには余白が足りない、というアレである。親切なのか不親切なのか。
そしてもう1つ、驚くことがあった。
「え、お給料も出るんですか?」
「はい。一応は大卒の初任給をベースに、パイロットとしての各種手当と、未成年ですのでその分の手当ても付いてこのくらいで」
まあ税金はしっかり引かれますけどね、といって1ヶ月分の見積もりを見せてくれる。ちなみに試用期間による割引等は無いし、今月分も今日からの日割りで振り込まれるようだ。
ボーナスも年に2回、ただしこちらは基本給をベースに計算するので、手当てで稼ぐタイプのシンジにとってはそこまでではないが。
(……よく分かんない)
(普通に働く分にはかなり高いけど、命を賭ける金額ではないな)
それも雇用期間や出撃頻度次第だろうか。
今回の出撃だけでお役御免とかだと、日割りで3日分程度の金額のために命を賭けることになる。
逆に出撃が10年に1回とかで定年まで勤めるのであれば、退職金も含めて相当なモノになる。
(リモートコントロールダンディみたいに、1回の出撃ごとに大金を稼ぐチャンスとか)
(扱いは公務員だから、そういう雇用は無理なんじゃないかな)
ギガンティックドライブでも可。
そんな感じにすべての手続きを済ませ、いくつかの確認を終えると職員は去っていった。
後は1人で書類の再確認である。どうせすぐに呼び出しがかかるのであろうが。
◆
と思っていたら本当に来た。
(軍隊が勝つ可能性もあったのにね)
(まあお約束だしな)
ただし時間が無いようで、早くパイロットスーツに着替えるように急かされる。
(そんなに動きが早い怪獣なのかな?)
(お約束通りだと、上の人たちが「素人は乗せられない」とか「他に手はない」とか揉めてたんだろうな)
上陸するまではのんびりとした空気が漂っていたので、怪獣側ではなく人間側に原因があったのではと考える。
もしかしたら台風のように上陸後に移動速度が上がったのかもしれないが。
案内された更衣室に着くと、用意されていたパイロットスーツに着替える。どうやらココではプラグスーツと呼ぶらしい。着用後に手首にあるスイッチを押すと、身体にピッタリと合うように調整される。
(青いね)
(リーダーの赤は、やっぱりファーストなんかな?)
公務員だから全員同じ色の可能性もあるが。
いや、そちらの方が可能性が高いか。統一された規格で複数サイズが用意されているから、こうやってシンジの体格に合うものがすぐに準備できたのかもしれない。
ある程度の調整が効くとはいえ、力士が着れるほどの自由度は無さそうだし。
(ファーストかセカンドの人が、ボクと同じ体格なのかもしれないよ?)
(それもあるか。でも初出撃が他人の予備スーツってのはちょっとな)
ただまあ、今回のシンジのようにその場つなぎのために呼ばれた
となると誰のスーツなのか気になり、どこかに記名されていないかと見回してみる。
(あ、胸の所に01って書いてある)
(ということはこれファーストのスーツか)
名前は見つからなかったが、背番号的な扱いなのか数字が振ってあるのを発見。
まさかプログラミング言語のように
そしてファーストが青なら、リーダーの赤はセカンドなのだろう。
そんなことを考えながら着替えを済ませて更衣室を出ると、先ほどの巨大ロボットの近くまで誘導される。やはりボートによる移動は例外だったようで、今度はすべて陸路である。
(すべり台で一気に、じゃないんだね)
(あれ危ないからなあ)
時代は変わったのである。
しばらく歩いて何やら白い円筒形の、エントリープラグと呼ばれる物体の前に着くと、先ほどまで一緒だった女性2人と合流する。
立場的に偉い人たちだったはずだが、初回だから激励に来てくれたのだろうか。
「葛城さんたちも来てたんですね」
「もー、ミサトで良いって言ってるのに、お堅いわねー」
「いえ、大人の女性に対して名前で呼ぶのは、ハードルが高いですよ」
初出撃の緊張を
それを見ていたもう1人の大人の女性も悪ノリする。
「私の方も名前で良いのよ?」
「え、いや、あの……」
「あら、もしかして名前、忘れちゃった?」
苦笑している金髪白衣の人物に、シンジはもはやこれまでかと観念する。
「……あの、そもそもお名前を
「え? …………………………あっ」
周囲の空気が凍り付いた。
作業していた者は手を止め、会話していた者は
え、まぢかよお前という圧力が白衣に突き刺さる。
白衣の女性、赤木リツコ30歳。名乗っていないことにようやく気付く。
いい歳した大人がこの体たらく。
直前まで澄まし顔でキメていただけに、ダメージは大きい。
羞恥のあまり真っ赤になった顏を両手で覆い、その場にへたり込んでしまった。
(よくやったな、シンジ)
(えへへー)
一度機会を逃すと、なかなか言い出せないものである。
それに加えて先ほどの食堂では、この事実に気付かせないよう立ち回ったのだ。
このままどこまで引っ張れるかなというのも興味があったが、良い感じのタイミングでカードを切れたようだ。
「り、りつこー?」
「……………………うぅ」
彼女と仲の良いミサトがフォローしようと声をかけるが、ダメなようだ。
とはいえ使徒は待ってくれない。
彼女が行うはずだった説明は、部下が引き継ぐしかない。
「オペレーターで技術局員の伊吹マヤです」
「碇シンジです。よろしくお願いします」
先輩の屍を越えてゆけ。自己紹介は大事である。
とうわけでリツコの部下である伊吹マヤ24歳の登場である。彼女はリツコの右腕とも呼べるような存在で、童顔で黒髪ショートカットの見た目をした可愛らしい女性である。まあそれでもシンジよりも背が高いのだが。
彼女から巨大ロボ、人造人間エヴァンゲリオンの操縦方法について説明を受ける。どうやら大量のボタンを押すタイプではなく、思考による操作のようだ。神経接続により自分の身体と同じような感覚で動かせるのだとか。
まあそうでもないと素人には動かすことすらできないのだが。
なお素人だと動かせたところで意味がないのでは、という疑問については心配はいらない。
(動けばスーパーパワーでどっかーんって感じかな?)
(必殺技が楽しみだな)
超古代文明で○○と恐れられていたエヴァンゲリオンの真の力が、とかいうヤツだ。武器なのかビーム系なのか、ワクワクする。
だがそんな無敵のエヴァンゲリオンにも、明確な弱点がある。
「電源コードですか……」
「アンビリカルケーブルって呼んで欲しいかなー」
マヤが苦笑しているが、エヴァンゲリオンの背中には電源供給用のプラグが付くらしい。
これが外れると内部電源に切り替わり、数分で活動限界になるとか。
ケーブルの長さにも限界があり、また破損した場合などは近くにある予備の電源に繋ぎ変える必要があるのだ。場所についてはオペレーターが適宜誘導してくれるので安心である。
「他に注意点とかありますか?」
「ほ、ほかに……えーとっ」
頑張って引き延ばしもとい詳しい説明を行ってきたマヤであるが、限界はある。
先輩まだですかっ、とチラチラと視線を送るが。
「ほらリツコ、早くしないとシンジ君行っちゃうわよ!」
「………………待って、もうちょっと待って」
赤木リツコさんじゅっさい。
まだ復活できていないようだ。
「リツコ、何のためにここに来たの?」
しかし、使徒が迫っているのだ。
甘えを許すわけにはいかない。
「ダメよ、逃げちゃ。シンジ君から、何よりも自分から!」
「………………うぅ」
なんとか立ち上がったリツコは、シンジの前に立つ。まだ顔は赤い。
周囲は固唾を飲んで見守る。
「……赤木、リツコです」
「碇シンジです」
ぎこちなく握手を交わす2人に、思わず『おめでとう』の嵐が発生して最終回を迎えそうになるが、いくらなんでも早すぎる。まだ初出撃すらしていないのだ。
「……これ、ヘッドセット。これでエヴァと神経接続するの」
「あ、はい」
白衣のポケットから取り出されたのは、まさかのキーアイテムである。
初出撃を不完全な装備で挑むことになる瀬戸際だったとは、実に危ないところであった。