爆発が治まると、夜の静寂が戻ってきた。
(あ、あれ? 大したことなかった?)
(ちゃんと抑え込んだからな)
周囲を探るが、これといって被害らしい被害はない。隣のビルに多少のひび割れが見られるくらいである。
(……………………)
(どうしたの?)
戦いは終わったというのに、
ちょっとやらかした感があるのは気のせいだろうか。
ややあって、
(なあシンジ。もし目の前に、所有権の放棄された大金があったらどうする?)
(え? もちろん交番に届けるよ?)
良い子だった。
例えが悪かった。少し攻め方を変える。
(じゃあそれが自分のお金と混ざって、手持ちがいくらだったか分からなくなったら)
(お小遣い帳を見れば、それくらい分かるよ?)
良い子だった。
こりゃダメだと今度は直球で攻める。
(使徒の不思議パワーを根こそぎ奪い取ってしまったんだけど、どうする?)
(え、どうしてそんな事になったの?)
使徒の不思議パワーを得て分かったことだが、これは存在の根幹となるようなモノだったのだ。
ではそれを使って自爆という手段に打って出た場合、どうなるのか。
それをこの男は、所有権が放棄された時点でこれ幸いと自分のモノとして
これが日本人の
(なんかコツを掴んだから、次からは自爆じゃなくても弱らせるだけで奪えるはず)
ある意味、止めを刺す手段を得たということか。
(んー、それでボクたちに何か影響あるの?)
(無いはず。最大MPが大幅に増えたってだけだから)
ただしこの不思議パワー、MPの消費量がそのまま威力に直結するので、生身での戦闘力が大幅に増加したのだが。
先制攻撃できるとか相手が人間サイズとか、条件が揃えば生身でも使徒に勝てるかもしれない。
ただまあ、実のところそれはオマケ程度のものである。
ここで問題になったのは、人類という種の中に飛びぬけた存在が生まれてしまったこと、なのだ。それこそ人類すべてを1つにしないと届かない、エヴァンゲリオン+使徒+人間1人分の不思議パワーを所持しているのである。
そんな人類の上位存在とでも言うべきものになってしまったがために、下位の者から情報を吸い上げてしまったのだ。使徒と戦った直後であったからか、それ関連のものが山のように押し寄せてくる。
(初回出撃で、盛大なネタバレをくらうとは……)
(? 何かあったの?)
途中で止めたとはいえ、裏側の事情の一番深い部分がピンポイントに分かってしまった。そしてそれは良い子にはとても聞かせられない情報であった。
だから今ここで手を打って、聞かせる必要のない無意味なものに変えてしまおう。そして自分も忘れてしまおう。
少し意識を集中し不思議パワー、一部界隈ではATフィールドとか呼ばれているモノを使用する。心の壁とも呼ばれるそれは、使い方次第で他者の心に干渉できるのだ。しかもある程度の出力があれば、距離に関係なく。だからさっさと目的を果たし、この能力を封印する。ちょっと倫理観的に問題があるので、使える状態にしておきたくない。
既に知ってしまったものは仕方ないが、今後は使わないようにと固く誓う。
(まあこれで、ちょっとはマシな未来になるはず)
(よく分かんないけど、めでたしめでたし?)
そういうことにしておこう。
◆
ようやく帰還できるようだ。オペレーターの誘導、というか乗ってきたカタパルトに再びエヴァンゲリオンをセットする。戦闘中は引っ込んでいたそれを再利用するらしい。
(長かったねー)
(きっと使徒を本当に倒せたのか確認してたんだろう)
なんせ初めての戦いである。そこら辺の手順を適宜チェックポイントを挟みながら実施する苦労は想像できる。
カタパルトが沈み始め、頭上でシャッターが閉まる音がする。
行きとは違い、帰りは比較的ゆっくりである。
というか同じ速度で降下した場合、自由落下の方がマシという未来が待ってそうである。
(ってそういえば、シンジに代わるの忘れてた)
(あ、たしかに)
もう脅威は去ったので
身体の主導権をシンジに返し、
(このあと、どうやってエヴァンゲリオンから分離すればいいの?)
(ああそれならこうやって……)
シンジと
「おお、戻った」
「え、あれ?」
シンジは久しぶりに自分の身体の感覚を味わうと同時に、背後からの声を耳にする。
聞きなれているようでそうでもない、カラオケなんかでスピーカーを通して聞こえてきた自分の声のような違和感……
「え、あれ?」
後ろを振り向くと、割と見慣れたような、でもちょっと違う自分の顔。
身体を支えてくれている腕には、自分にはない力強さを感じる。
「……もしかしてマイちゃん?」
「やっぱりそっちはシンジか……」
シンジの目の前にはマイトが。
マイトの目の前にはシンジが。
一番近くに居る存在でありながら、これまで一度も触れた事の無かった存在。
それが今、目の前に居る。
手で触れることのできる存在として。
シンジにとって、マイトは特別である。
父に捨てられてからの付き合いなので、もう10年ほどになるだろうか。
孤独の中に沈んでいた自分を救ってくれた、まさにヒーローともいうべき存在なのだ。
彼は常に自分と共に居てくれた。
時に精神的な面で、時に物理的な面で支えてくれた。
世界で一番頼りになる人なのだ。
とはいえ、不満が無いわけではない。その1つが触れられないことである。
精神的には満たされていたのだが、いやむしろ満たされたからというべきか、次は肉体的な接触も欲しくなったのだ。
愛情に飢えた少年としては、スキンシップというものに一種の憧れというものを持っているのである。
「えへへー」
「あー、はいはい」
では目の前にマイトが存在しているという今の状況で、シンジがどうするのかといえば。
そりゃあ
マイトとしては男に抱き着かれても嬉しくないのだが、シンジの境遇を知っているだけに拒否することは無い。
しっかり受け止めて、頭を撫でてやる。
「………………ん?」
がしかし、どうもシンジの様子がおかしい。様子というか、感触がおかしい。
「シンジ、1回離れて」
「えー?」
不満の抗議を上げるシンジを説得する事しばし。
ようやく身体を離してくれたことで、マイトは何が原因だったかを知る。
「シンジ、自分の身体に違和感は無いのか?」
「え?」
そう言われて自分の身体を見おろす。鏡なんて便利なモノはないので、確認できるのは極一部だ。
しかしそれで十分だった。
「あれ、なんでハダカなの?」
「いやそうじゃなくて」
肉体を再構成した際に『プラグスーツを着た自分』のイメージが無かったために、別々になったようだ。今はエントリープラグの底の方に沈んでいる。LCLでの浮力を気にしてはいけない。
ちなみにこの事態を予想できていたマイトは不思議パワーを使い、エントリープラグ内のカメラにダミーデータを流すよう細工していたりする。思春期に入った子供が大勢の前で裸をさらす、しかもそれが映像データとして残るとかは耐えられないだろうという判断である。
「他にもっと大きな問題があるだろ」
「んー?」
そう言われて改めて自分の身体を見おろす。
よくよく見てみれば、何やら違和感がある。
「あれ?」
上半身に不要なモノがあって、下半身に必要なモノが無い。
「マイちゃんは?」
上半身に不要なモノは無くて、下半身に必要なモノがある。
「…………もしかしてボク、女の子になっちゃった?」
「そう見えるな」
どうやらプラグスーツ云々どころの話ではなく、自分に対するイメージがしっかりと出来ていなかったようだ。
元が
誰かさんの影響のせいか、表情や言動が男の子にしては柔らかいというか年齢の割に幼い感じだったのに、そういったある種の違和感がまったく無くなってしまった。
そんな状況に対し、本人の反応はというと。
「ま、いっか」
「軽いなあ」
そんなことより今は甘えるのが優先だとばかりに再びギュッと抱き着く。
彼にとっては自分の性別なぞ、些細な問題である。
「まあ子供ならそんなものか」
マイトの立場としては、本人が特に気にしていないのなら別に構わないか、という感じである。
2人でもう一度エヴァンゲリオンにシンクロし、そのついでに1人に戻れば解決する問題でもあるし。
そんなことを考えていると、一際大きな振動と共にこれまであった微弱な揺れも治まった。
どうやら格納庫に着いたらしい。
「シンジ、とりあえずプラグスーツ着ておけ」
1着しかないので、人目にさらすには問題のある方に着せる。
「これどうやって着るんだっけ?」
「たしか、手首にスイッチが……」
裸の2人が四苦八苦している様は何とも間の抜けた光景だが、慣れない物なので仕方がない。
「そもそもLCLの中だからダメなんじゃない?」
「ダイビングスーツは水中の方が着やすいとか聞いた事あるが、あれはウェット系だったか」
そういう意味ではプラグスーツはドライ系のため、LCLの中で着替えるようにはできていない。
ということで、いったんエントリープラグ内のLCLを抜くことにする。
緊急時のマニュアル操作でプラグ内から制御できると聞いており、そのための操作説明書も座席裏に付属している。
周囲に人影が無いことを確認したうえで手順を実行すると、エントリープラグが機体から半分ほど抜けてLCLが勢いよく排出される。
「あ、プラグはそのままにLCLだけ抜く手順が次のページに」
「……さらに次の緊急脱出用手順じゃなかっただけマシだったということで」
そちらの場合はエントリープラグがベイルアウトされるようだ。格納庫内で行うと大惨事である。
それはともかくプラグ内のLCLが無くなったので、ようやく着替えが
何がとは言わないが男物が着れるカワイイ大きさだったこともあり、シンジはなんとか着替え終えたのだが。
「そもそも格納庫に人影が無いという時点でおかしい」
「誰も来ないねー」
これだけパイロットが好き勝手にやって、誰も現れないというのはどういうことか。
2人は
まあというのもパイロットがエントリープラグ内から消失するという事象を前に、いろいろと心当たりがあって不味いと考えた某博士が人が近づくのも周辺機器での記録も制限した結果なのだが。さすがに一般職員には見せられない、知らせられないという配慮も多少はある。
「むぅ。プラグスーツ越しだと物足りない」
「今は我慢しなさい」
じゃれついてくるシンジに構いつつ過ごすことしばし。
彼らはようやく保護されるのであった。