当人たちは気楽なものだが、本来は人間が分裂するというのは大問題なわけで。
それが人類最後の切り札であるエヴァンゲリオンに乗った副作用というならなおさらで。
むしろ使徒の攻撃のせいにしたかったが、一撃ももらわずに倒してしまったためにそうもいかず。
「どうしたらいいと思う?」
パイロットの直属の上司である葛城ミサトは、この件の調査責任者となった赤木リツコとその助手の伊吹マヤを集め、会議を開いた。
もちろん当事者であるシンジとマイトも参加している。ちなみに彼らはお仕事だということで、
「まずは検査の結果を共有しましょうか」
リツコは備え付けのスクリーンに資料を映しつつ、この数日で行った各種検査の結果を説明していく。
ちなみに彼女は各種資料を操作しつつ説明を行い、合わせて議事録をまとめつつ質問に回答するくらいは苦も無くやってのける。
「結論から言うと、遺伝子的には2人とも碇シンジであり、保有する記憶情報としても同一人物としか言いようがないわ」
事前に手に入れていた遺伝情報と比較した結果、2人とも完全に一致した。
一卵性双生児であっても違いはあるというのに、性別も体格も異なる2人がまったく同じという結果には頭を抱えるしかない。
また同時に行ったそれぞれの記憶を確認するテストでは、2人ともまったく同じ回答であった。
表現の仕方にそれぞれの性格が現れてはいたが、内容については細部まで、それこそ本人しか知り得ない感情の動きまで、回答がすべて一致していたのだ。
ちなみにこの記憶についてのテスト結果はインチキである。肉体が分かれたシンジとマイトであるが、まだ精神的にはつながっているようで、いつものように脳内で会話しながら回答したのだ。そりゃあ一致して当たり前である。
まあそれはともかく。
他にもいろいろと行った検査結果をリツコは簡単に説明し、2人は同一人物であり、そして肉体的にも精神的にも健康であると結論付ける。
「シンジ君たちに問題が無いということを踏まえて、考えるべきなのは……」
「この件を公表するか、しないか、ね」
ミサトとリツコは揃ってため息を吐く。
2択のように見えるが、公表するというのはあり得ない。そもそも中学生を戦いの最前線に立たせているという時点で危ういのに、こんな訳の分からない副作用を起こしてしまったのだ。善意による抗議に対して『人類の危機だから』で押し通すにも限界があるし、研究材料として連れ去ろうとする組織に心当たりが多すぎる。
現状で運用できるエヴァンゲリオンは初号機だけ。
だからそのパイロットを絶対に手放すわけにはいかないのだ。
「ってあれ? そもそもシンジ君たちってエヴァに乗れるの?」
「……ええ、2人とも初号機を動かせたわ」
検査の中にはもちろんエヴァンゲリオンとのシンクロテストも含まれていた。
ただし訓練用のシステムでは2人ともシンクロできず、実機を用いたテストではシンクロしていないが動かせた、という結果になったが。
どうも現在のシンクロシステムでは計測できない方法を取っているようで、既存のサンプル数の少なさからこれがイレギュラーなのか単なるパターンの1つなのかすら分からない状況に、科学者として興味がそそられると同時に頭が痛い問題となっている。
そもそも呼吸するかのように自然に肉体を消失・復元させるのだ。その可能性を考えて実験には自分しか立ち会わないように調整したとはいえ、理屈を知るが故にその難易度も理解している身だ。こうも気軽に再現されると、どうしたものかと気が重くなる。
「じゃあ2人ともチルドレンで問題ないわね」
「あのねミサト、チルドレンはマルドゥック機関が選出するのよ? 私たちが勝手に決めることはできないわ」
チルドレンをエヴァンゲリオンのパイロット、つまり戦力として見ているミサトにすれば、数は多ければ多いほど嬉しいのだ。
しかし裏側の事情を知っているリツコからすれば、かなり難しい問題になる。
ここ10年で3人しかチルドレンを選出できていないという、天下り組織も真っ青なくらい仕事の実績が無いマルドゥック機関。そもそも実体のない組織で、同じく実体のない108もの企業が名を連ねるという、隠す気がまったくないペーパーカンパニーである。
調べようと思えば初手で不審点が見つかるこの機関、一応は『チルドレンを
「機関のサードチルドレンとして選出した『碇シンジ』と、私たちが実際に初号機に乗せている『碇シンジ』が違うってなったら大問題よ?」
「まー、
そこら辺の辻褄合わせは実は
しかし彼は息子の事には興味が無いらしく、「お宅の息子さん、分裂しましたよ」という報告書を上げても右から左に流されたようだ。
なので後でリツコが権限だけもらって処理する予定である。
だから今は、裏の事情を知らないミサトを納得させるための筋書きを作っているだけなのだ。
「シンジ君に関しては最初っからこうでしたよってシラを切る、マイト君は偶然見つけたからフォースチルドレンとしてどうですかって売り込みをかける、でどうよ?」
「……そんなところかしらね。もし査察が入ったら、協力してもらうわよ?」
実態の存在しない機関から査察が入るなぞあり得ないが、もっともらしいウソのためには小芝居も必要である。
あまりやり過ぎると勘が鋭いミサトには逆効果になるが。
「で、結局フォースにするためにはマイト君をどうするか、ってことよね」
ミサトはスクリーンに映る資料を前に、頭を働かせる。
シンジから分裂した、とは公表できないのなら、最初から存在した人物としてでっち上げる必要がある。
見た目からしてシンジと血縁関係があるのは明らかなので、そこをどうするか。
「双子、は無理があるわね」
「さすがに無理ね。関係各所にシンジ君の素性は知れ渡ってるし」
碇ゲンドウは有名人である。そのため彼の子供が1人だというのもそれなりに知られている。
小さな子供を捨てて仕事に没頭することで今の地位を得た、という悪い意味でだが。
「無難に従兄弟とか?」
「母方の血縁で捏造、がいいかしらね」
どこを探しても父方の面影が見当たらないのが幸いした。
むしろシンジとゲンドウの血のつながりの方を疑われるかもしれない。
「そのシンジ君のほうはどうするの?」
リツコと
「少し違うけど、ひばりくん形式でいく?」
「ミサト、あなた
碇シンジは元から女の子であった。
しかし碇ゲンドウ夫婦は男の子を望んでいたため、男の名前を付けて男として育てた。そのため妻の死後、望まぬ子供であるシンジを捨てたのだ。
そして引き取られた先での男とバレるようなイベント、例えば学校での身体測定や水泳の授業などは従兄弟のマイトが入れ替わって乗り切っていたとか。
「なんか碇司令夫婦がド畜生みたいになるけど」
「それは今更だから大丈夫よ」
無茶苦茶な話であるが、それがすんなり受け入れられそうな人望が、碇ゲンドウにはある。
恐らくシンジへの同情は湧いても、疑いは湧かないだろう。
「じゃあそんなシンジ君の付き添いで、マイト君も
「女の子を1人で、しかもこんな親の元には行かせはしないでしょうからね」
いきなり顔写真入りIDカードを発行した組織というのも、甲乙つけがたいものがあるが。
まあそれはともかく、これでケージに居た理由も説明できるはずだ。
ミサトやリツコが救助のための準備をしている間に、一足先にシンジと合流したマイト。LCLで濡れてしまった服を乾かそうとしていたところに救助隊が駆け付けた、と。
ある程度の人物設定が固まれば、後はこのように連鎖的に決まっていく。細かい部分も補強し、シンジとマイトについては問題ないレベルのカバーストーリーが作成された。
では最後に問題となるのが。
「…………結局、エヴァに肉体ごと取り込まれたっていうのは本当なのね?」
「ええ、間違いないわ」
見間違いや勘違いではない。
ではこれも事実として公表するかというと、そうもいかない。
ミサトにしてもこんな訳の分からないモノを使いたくはないのだが、外部からのくだらない圧力によって使徒を倒すための手駒もとい戦力を失いたくはない。
「公表するメリットが無いわね。むしろデメリットだらけだから、無かったことにできる?」
「……プラグの内部カメラが故障していた、で押し切るしかないわね。幸いなことに、肉体の消失は瞬間的に行われたし、復元の様子は映っていなかった。だったら何らかの機材トラブルで、パイロットが乗り込む前の映像データを繰り返し映し出していた、なんてのはどうかしら」
そもそも普通の人からしてみれば、人の肉体が消失するというのは受け入れがたい内容なのだ。となれば他にそれらしい理屈を用意してやれば、そちらに飛びつくだろうという算段である。
とはいえリツコにとっては、復元時の映像が残っていなかったのは少し気がかりである。あまりにも都合が良すぎるのだ。
誰かの意図的な干渉が疑われるが、人の肉体を再構成するようなATフィールドの発生によって近くの電子機器が故障する可能性も否定できない。先日の実験においては再現しなかったが、出撃時に使用したカメラだけ壊れやすい状況にあったと言われればそれまでである。サンプル数が少なすぎて反論できない。
まあそこまで重要な問題ではないため、これ以上は考えないようにしているが。
思いつく限りの問題点に対策が打てたはずである。全体を見直して一部を修正し、現在考えられる範囲で最善のものとなったはずだ。
「よし、シンジ君たちもこれでいいわ……ね?」
ミサトは視線の向きをスクリーンから背後のシンジたちに変えたのだが。
そこに彼らの姿は無く、2人はマヤの横に移動し彼女の端末を覗き込んでいた。
「……え? 何かありました?」
突然のことに、シンジは状況が分からず疑問の声をあげる。
マイトとマヤも同様に首を
「あ、あなたたちっ……」
葛城ミサト29歳。中学生相手でも手を上げることを辞さない女である。
まあ幸いにも今回はそれほどでもなかったが。