空想乙女レイ・ドリーマーズ!   作:海月 水母

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その2 きらきらを追いかけて

 初めてその姿を目にした時、わたしは一瞬で心を奪われた。

 

 優雅に靡く金の髪。

 純白のドレス。

 それらをはためかせながら魅せる所作の一つ一つが、見惚れてしまうくらいに美しい。

 気品に溢れた佇まいからは、自分自身を信じる心の強さが感じられた。

 花や鳥を慈しみ、身分の違う民の言葉にも真摯に耳を傾け向き合う。民の流す涙には、たとえそれがどんなに小さくとも胸を痛め、その苦しみを取り除くために自ら手を差し伸べる。

 美しく、そして強くありながら、同時にとても優しくて。

 その生き様は、その在り方は。

 とっても、きらきらして見えた。

 

 わたしも。

 わたしも、なりたい。あの人みたいに。

 

「プリンセスに、なりたい!」

 

 ……幼いわたしが抱いたのはとても単純で、だけどあまりにも強い憧れだった。

 

 

 

 

 わたしーー桃原(ももはら) 結月(ゆづき)の毎日は、あの日からプリンセス一色になった。

 プリンセスが登場するおとぎ話の絵本を、毎日のようにお母さんに読み聞かせてもらったり。

 誕生日プレゼントには、ねだってねだっておもちゃのティアラを買って貰ったっけ。そんなに高価なものじゃない子ども用のものだけど、わたしには本物のように輝いて見えた。見た目からでも一歩、憧れの姿に近づけたことが嬉しくてたまらなかった。

 気づけば、同じ夢を持つ友達もたくさん出来ていた。

 あの頃のわたしは、プリンセスという夢をまっすぐに追いかけていたんだ。

 高校生になった今も、それは変わらない。

 プリンセスになりたいと、小さい頃と同じように夢見ている。

 幼い頃に心奪われたあのきらきらした姿が、今もわたしの中で色褪せずに輝いている。

 

 ……だけど。

 今は、その憧れを誰かに口にすることは少なくなった。特に、高校に進学してからは友達にも言っていない。

 もちろん、プリンセスへの想いは変わっていないけど。……皆が皆、それを肯定してくれる訳じゃないから。

 

『まだ好きなんだ、そんな子どもっぽいの』

『お姫様なんてさ、なれる訳ないじゃん』

 

 心ない言葉で大好きなものを笑われ、何度も傷ついて。

 

『結月も、そろそろそういうの卒業したら?』

 

 それでも、思い出してしまう。

 思い出す度に、泣きそうになってしまう。

 

 そのうち、正直な気持ちに蓋をするようになった。自分が傷つくのも、自分の想いを傷つけられるのも、恐かったから。

 成長していくにつれ、純粋な夢や憧れを心のままに口にする人は少なくなる。周りの目を気にして、なんとなく憚ってしまうようになる。

 そしていつしか、夢すらも忘れてしまう。

 みんな、そうなのかな。

 わたしも、その一人なのかな。

 心に蓋をし続けるくらいならこの夢を、憧れを、捨ててしまうべきなのかな。

 

 もう、子どもじゃないから。

 

 

 

 

「わっ……」

 

 風が吹いた。

 春を感じる暖かな風に、意識が現実へと引き戻される。

 弄ばれた栗色の髪を整えながら、はあ、とため息が漏れた。

 辛いこと、思い出しちゃったな……。

 

 辺りを見回して気づく。いつの間にか、わたしは土手の上の一本道を歩いていたらしい。

 わたしの住む澄空町(すみそらちょう)が見渡せる、眺めのいい道だ。

 気分を変えたくて散歩に出たはずなのに、景色にも気づかず上の空で歩いてしまった。

 何やってるんだろう、わたし。そんな呆れが胸に浮かんで、ため息がまた漏れる。

 目的もなく歩いても、思考が勝手に辛い記憶をなぞってしまう。

 

「……帰ろう、かな」

 

 そう、諦めるように呟いた時だった。

 

 

 また、風が吹いた。……一瞬そう勘違いしてしまったのは、わたしが俯き前を見ていなかったからかもしれない。

 風のようだったけど、風じゃなく。わたしの隣を駆け抜けて行ったのは。

 眼鏡をかけた、パーカー姿の女の子だった。

 

「あのーっ! 大丈夫ですかーっ!?」

 

 そう、彼女が叫ぶのが聞こえて。

 風に乱れた髪を直すのも忘れて、わたしも彼女が呼び掛けた方へと振り返った。

 土手を下った先、平らに広がる部分は公園になっていて。

 そこに生えた樹の下に、小さな女の子が顔を覆うようにしてうずくまっていた。……距離があるから声は聞こえないけど、明らかに泣いている。

 

 ……気づけなかった。

 さっきまで、わたしも近くを歩いてたはずなのに。自分のことに、いっぱいいっぱいになってたせいで。

 気がつけばぎゅっ、と胸の辺りを握りしめていた。

 さっきの子が、女の子の側で必死に慰めているのが見える。よく見ればわたしと同年代の子だ。

 

「……ほんとに、何やってるんだろう、わたし」

 

 こんな時。

 プリンセスなら、どうしてただろう。

 たとえ、自分が落ち込んでいたとしても。

 たとえ、自分の中に辛い気持ちがあったとしても。

 目の前の涙に、きっと手を差し伸べる。

 

「そう、だよね」

 

 小さく呟き、顔を上げて走り出す。今しがた隣を駆け抜けていった、彼女の後を追いかけるように。

 

 今でも、わたしはプリンセスに憧れている。

 叶わない夢だと言われたこともある。

 なれる訳ないと笑われたこともある。

 ……そう、かもしれない。

 だけど。

 目の前の小さな涙を放っておくことも、見て見ぬふりも、わたしには出来ない。

 みんなに笑顔でいてほしい。そのために、困っている人がいるなら助けたい。

 たとえ、プリンセスになれなくっても。

 それが、プリンセスがわたしに教えてくれた、生き方だから。

 

 

「あの……どうしたの?」

 

 追いついた先で、二人に声を掛ける。

 小さい女の子は変わらずうずくまっていたけれど、近くに来たことで今はその嗚咽も聞こえてくる。

 先ほどの眼鏡の子も顔を上げ、困ったように眉を下げた。

 

「この子のボール、木の上に引っ掛かってしまったらしいんです……」

 

 視線の先、わたしたちの倍以上はある木の枝と枝に挟まるように、確かにピンクのボールが見えた。

 

「うぅっ…ぇぐっ……あたしのボールっ…」

 

 涙の止まらない女の子。その頭に優しく手をのせ、長い黒髪に沿ってそっと撫でる。

 少しでも、心を落ち着けてあげたくて。

 それから、眼鏡の子へと向き直る。

 

「わたしも手伝うよ! 二人なら、届きそうじゃない?」

 

「えっ……いいんですか……?」

 

「もちろん! ……この子にも、笑ってほしいから」

 

「! ……はい!」

 

 わたしの言葉に、眼鏡の奥で彼女の瞳が驚いたように見開かれ、それから嬉しそうに細められた。

 裏表のない、素敵な笑顔だった。

 ……優しい子なんだな、この子も。

 

「あっ、わたしは桃原 結月。よろしくねっ!」

 

「桃原、さん……。私、天知(あまち) 飛鳥(あすか)です!」

 

 自分の名前と一緒に手も差し出してきた眼鏡の子、もとい天知さん。

 握手に応えつつ、丁寧な子なんだなと思う。

 そういえば、ずっと敬語で話してるし。……同い年かと思ってたけど、もしかして年下なのかな?

 まあ、その辺は後で聞けばいいか。今は先に、あの子の笑顔を取り戻さないと。

 揃って頭上を見上げていた私たちに、泣き続けていた女の子も気づいたらしい。ぐすぐすと未だ溢れる涙をなんとか拭いながら、

 

「おねえちゃんたち……ボール、とってくれる……?」

 

 ……縋るような声で、そう聞いてきた。

 その言葉に。その涙に。

 私たちは顔を見合わせるまでもなく、笑顔で声を揃える。

 

「ええ、もちろんです!」

 

「お姉ちゃんたちに任せて!」

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