空想乙女レイ・ドリーマーズ!   作:海月 水母

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その3 青空の下、笑顔が灯る

「どうかなーっ? 届きそうーっ?」

 

「ボールまでは難しいですが、枝には捕まれそうですね。あとは樹を登って行ってみます」

 

「えっ、木登り!? ……分かった、気をつけてね……っと!」

 

 ふっと肩が軽くなり見上げると、確かに天知(あまち)さんは太い枝の上に乗っていた。わたしの様にスカートじゃなくショートパンツだから、下も気にせず枝を縫ってボールを目指していく。

 大人しそうな印象だったけど、意外とアクティブな子だなあ、なんてぼんやりと思ってしまう。

 ……でも。

 見ず知らず誰かのためにここまで頑張ってくれる彼女は、間違いなく優しい人だ。

 なんて思っている間に、天知さんは枝から枝へ。あっという間にボールの場所まで辿り着いていた。

 

「ボール……!」

 

 さっきまで泣きじゃくっていた、ボールの持ち主である女の子の声が、初めて弾んだ。

 相変わらず涙でぐしゃぐしゃだけど、その奥に確かな喜びの感情が見える。

 ふっとわたしの心も軽くなり、思わず表情が綻ぶのが自分でも分かった。

 天知さんの居る高さからも、それは見えたんだろう。ボールを手に、彼女からも微笑みがこぼれる。

 そのせいで、気が緩んでしまったのかもしれない。

 

「ぅわっ……!」

 

 天知さんが、足を滑らせてしまうのが見えた。

 咄嗟のことに息を飲む。わたしの隣で直前まで瞳を輝かせてた女の子が目を覆い、小さな悲鳴が刺すように耳に響く。

 

 「天知さんっ……!」

 

 間に合わないとか。

 大ケガをするほどの高さじゃないとか。

 そもそも抱き止められるほどの力が無いとか。

 ぜんぶ分かっていても、何もしないなんて出来なくて。

 伸ばしかけた手の先に、わたしは目を疑うものを見た。

 

 

 例えるなら、コマ送りのように。

 まるで世界の全てが、スローモーションになったみたいに。

 天知さんが着地するまでの、不思議なまでに長い体感時間の全てが、衝撃を伴ってわたしの瞳に映し出される。

 そのコマ送りの一瞬の中の、さらにほんの一コマ。きっと瞬きよりも早い時間の間。

 

 ……彼女の背に、白く大きな翼が見えた。

 天使を思わせるその翼が、ふわっと天知さんを一瞬浮かせて、落下の衝撃を全てゼロに変えてその体を地上に運んだーーように、見えた。

 

 

 

 天知さんのスニーカー、その爪先が地面を踏んだ瞬間、世界の時間がまた動き出した。

 ……一瞬見えた、あまりにも荒唐無稽な光景。

 夢を見た。そう言ってしまった方が、わたし自身あの光景を飲み込める気がしたけど。

 だけどあれだけの高さから無事、現に彼女は降り立ってみせた訳で……

 

「よっ……と。……と、ととと……うわっ!」

 

「……あ」

 

 幻想的な白昼夢は終わりを告げて、待っていたのはあまりにも現実的すぎる光景。

 着地の直後にバランスを崩してひっくり返ってしまった、天知さん姿だった。

 幸か不幸か、転んだ先は砂場だったからそこまで痛くない、のかもしれないけど。

 現実離れしすぎた翼の光景は、幻か何かだったんだろうと勝手に結論付けて。そんなことより、と女の子と二人で慌てて砂場へ駆け寄る。

 

「……だ、大丈夫……?」

 

 恐る恐る声を掛ける。

 と、返事ではなくガバッ、と両腕が突き上げられた。

 その手の先には……

 

「ボール!!」

 

 女の子が抱きつくように受け取って、ボールは無事に持ち主の元へ帰ってきた。

 後からむくり、と天知さんが起き上がる。……その眼鏡は斜めにずれて、パーカーは砂まみれだけど。

 

「……良かったぁ」

 

 汚れも、眼鏡のズレもまるで気にせず。

 ただただ満面の笑顔で、彼女は笑っていた。

 その姿を、その笑顔を見ていたら。

 とくん、と。

 わたしの内側で、何かが熱くなるような感じがした。

 あぁ、この子はすごい。

 自分が転んだって汚れたって、お構い無しに。

 誰かの幸せに、こんなに心からの笑顔を向けられるんだって。

 なんて美しい心の持ち主なんだろうって。

 これがどんな感情なのか上手く表現できないけど、ただ心が暖かくなって、嬉しくなって。

 その心のままにわたしは、彼女の前に手をさしのべた。

 

「手、掴まって? ……ありがとね、力になってくれて」

 

 眼鏡がずれて、レンズを隔てない天知さんの瞳と初めて目が合う。

 澄んだ瞳の奥に青空を映しながら、少しきょとんとしていたけれど。やがて柔らかな笑顔を浮かべてわたしの手を取ってくれた。

 

「こちらこそ、ありがとうございます」

 

「体、痛くない?」

 

「ええ、なんとか。……転んだとこ見られちゃったの、ちょっと恥ずかしいですね」

 

 照れ笑いを浮かべる天知さん。

 近くに並んで気づく、ちょっとだけの身長差。僅かに上から見下ろす笑顔。

 彼女の新しい一面がまた見えた気がした。

 

「おねちゃん、ありがとうっ!」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 女の子に目線を合わせるようにしゃがんでから笑いかける。

 笑顔だった女の子は、屈んだ天知さんを見て何かに気づいたようにぽかん、と口を開けていた。

 

「おねえちゃん……眼鏡、ずれてるよ?」

 

「えっ!? わっ……ほんとだ、気付きませんでした!」

 

 一転、あわあわと眼鏡を整えだす天知さん。

 ……ほんとに、気付いてなかったんだ。

 

「……ふふっ、あははっ!」

 

「もーっ、桃原(ももはら)さんも教えてくださいよ!」

 

 冗談交じりに拗ねてみせる天知さんが、なんだか可愛くて。

 ごめんごめんと言いながら、また笑みが溢れてくる。

 可笑しくて、楽しくて。

 ついさっきまで、わたしの心は沈んでいたはずなのに。ため息ばかり吐いていたはずなのに。

 天知さんに会ってから、そんなこと忘れちゃってたなぁなんて、ぼんやり思っていた。

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