空想乙女レイ・ドリーマーズ!   作:海月 水母

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その6 扉を開く時

 わたしが、キリュウさんを守るよ。

 今しがた告げた言葉に、天知(あまち)さんが目を見開いていた。

 ……キリュウさんはぬいぐるみだから、ちょっと感情が読み取りにくいけど。たぶん、天知さんと同じ顔をしてるんだろう。なんとなく、それは分かる。

 

「……冗談じゃねぇよ」

 

 少しの沈黙を破って返ってきたのは、突き放すような冷たい言葉。

 しゃがんだままのわたしに視線を合わせるように、キリュウさんの瞳がわたしを見据える。

 もちろんその目はぬいぐるみらしい、ビーズを縫い付けたようなつぶらなものだけど。その奥に、凄むような圧を確かに感じる。

 

「あのバケモンは……デスキャッターは、武器も持たねえ小娘にどうこう出来る相手じゃねえ。みすみす命を捨てに行くようなもんだ。

……いいから、俺のことは置いて逃げろ。お前らに出来ることは、それくらいだ」

 

「逃げろって……じゃあキリュウさんは、どうするつもりなんですか……!?」

 

「お前らには関係ねえよ。……ラキの狙いは俺だけだ。だから行け、とっとと」

 

 天知さんの問いかけにも、キリュウさんはぶっきらぼうにそう返す。

 ラキさんの狙いは、キリュウさんが持っているという『鍵』だということは二人の会話で分かった。それが、ただの鍵じゃないってことも。奪うためならキリュウさんを傷つけることも、この世界を壊すことも、ラキさんは躊躇わない。

 ぎゅっ、と胸が締めつけられる。わたしの目の前でラキさんが、ベンチの怪物ーーキリュウさん曰く、デスキャッターが振るった理不尽な暴力の光景が頭を過った。

 怒りよりも、ただ悲しかった。わたしの憧れてきた優しさと真逆の、暴力で全てを奪おうとする光景が。悲しくて、心が痛かった。

 キリュウさんだって、その理不尽に晒されていたのに。そんな人を見捨てて自分だけ逃げるなんて。

 

「…………出来ないよ、そんなこと」

 

「うぉっ、おい!?」

 

 キリュウさんを抱きかかえて、走り出す。

 驚いたような、抗議するような声がキリュウさんから聞こえたけど。とにかく背後に迫るデスキャッターから少しでも離れるように、ただ走る。目指す先は公園の一区画、木々が密集した場所。ここなら高い所から見下ろしてくる怪物から、わたしたちが見えにくくなるんじゃないかって。

 思った通り、わたしたちが木々の下へ逃げ込むと追ってきたデスキャッターはこちらを見失ったように、木々の上で顔……みたいな部分を左右に振って辺りを見回し始めた。

 まだ逃げ切れた訳じゃない。それでもひとまずは怪物から追われなくなった。それを実感した途端、緊張の糸が解けたように力が抜けて、身体を近くの木にもたれるようにしてわたしはその場にへたり込んだ。

 

桃原(ももはら)さんっ、大丈夫ですか……!?」

 

 心配そうにこちらを覗きこむ姿を見て、天知さんも着いてきてくれたことに今さら気がつく。さっきまでは振り返る余裕も、声をかける余裕も無かったから。

 天知さんは、逃げて良かったのに。真っ先にそう思った。危険は去った訳じゃない、あの怪物から、ラキさんから逃げ切らなきゃいけない。逃げて、その後は……まだ、分からないけど。

 そんな危ないことに、天知さんを巻き込みたくなかった。だけど天知さんの顔を見たら、彼女が側に居てくれてよかったと、どうしようもなく安心できてしまう自分がいて。

 

「……ごめんね、天知さん」

 

 答えるより先に、その言葉がこぼれた。

 わたしが、何に謝っているのか。その言葉だけではもちろん伝わらなかったんだろう、眼鏡の奥で天知さんの瞳が戸惑うように揺れるのが見えた。

 ズン、ズンと重い音が響き、その度に地面が揺れる。デスキャッターは今もこの頭上で、わたしたちを探しているんだ。

 

「……手、震えてるぞ」

 

 ため息のようなその声は、キリュウさんのものだった。抱き抱えたままだったぬいぐるみの体を目の高さに掲げる。その指先はキリュウさんの言う通り、震えていた。

 今さら、自覚する。

 怖いんだ。怖かったんだ、ずっと。人を傷つけることを躊躇わないラキさんが、圧倒的な力でわたしたちの街を壊すデスキャッターが。目の前で見せつけられた暴力が、拭えない恐怖をわたしに植え付けていた。

 一度気づいてしまったらもうだめだった。手の震えも、自分の意思で抑えることができない。悪意を向けられ、傷つけられ、無事では済まないかもしれない。押し殺そうとしていた最悪の想像が頭を過って、息が詰まりそうになる。

 強くありたかった。心に抱いた恐怖も乗り越えて、自分よりも誰かを助けるために動きたかった。

 わたしの憧れたプリンセスなら、きっとそうすると思ったから。

 なのに、突きつけられてしまった。強くいられなかった心の脆さを。天知さんが居てくれることに甘えてしまうくらい、弱かったわたし自身を。

 

 メキメキ、とおぞましい音が遠くから迫ってくる。デスキャッターがわたしたちを探して、躊躇うこともなく木々を薙ぎ倒しているのが見えた。

 

「もう、お前らは逃げろ」

 

 キリュウさんが、静かに言葉を投げ掛けてきた。

 逃げろ。ついさっきもキリュウさんに同じことを言われた。冷たく、突き放すように。

 だけど今の口調は、少しだけ優しく聞こえた気がして。わたしも、天知さんも思わずキリュウさんの方を見ていた。

 

「このまま俺が逃げりゃ、奴らは当然追っかけて来る。んなことしたらこの世界を、何の罪も無いこの世界の人々を危険に晒すことになる。……俺はそんなの御免だ」

 

 どくん、と心臓が跳ねた気がした。

 わたしはただ、キリュウさんを助けることだけを考えていた。ラキさんたちを止めることも、戦うことも出来なくても、目の前で暴力に曝されるキリュウさんに、手を差し伸べたかった。

 キリュウさんの言っていることは間違ってない。デスキャッターに折られ無惨に倒れた木々のように、澄空町を、この世界を、ラキさんたちは踏み荒らしていくつもりだ。彼らの目的を果たす、その時まで。

 逃げれば逃げるだけ、その被害は大きくなる。行き当たりばったりに逃げることしか考えていなかったわたしと違って、キリュウさんはここにいないたくさんの人々のことまで考えていたんだ。たぶん自分自身が助かることよりも、そんなたくさんの人たちを優先させて。

 ……自分の弱さを、また思い知らされる。

 わたしには何の力も無い。理想を語ったって、キリュウさんを守ると宣言したって、それを実現することは叶わない。差し伸べた手で、出来ることは一つもなかった。

 

 力の入らない指先から、すっと柔らかな感覚が消える。キリュウさんがわたしの手を離れ、ぬいぐるみも足で地面に立っていた。

 何かに迷うように、無言でこちらを見上げていたキリュウさんは、やがてわたしと天知さんに向けて静かに口を開いた。

 

「……最後に、礼は言っとく。お前らの優しさは正直嬉しかった」

 

 ぶっきらぼうに、だけどどこか優しく。

 キリュウさんから伝えられたのは、お礼の言葉だった。わたしも、天知さんもその意外な言葉に声を失う。

 言葉を返したくて口を開いても、何も言えなくて。ただ俯いて、首を横に振ることしか出来なかった。

 お礼を言われるようなことなんてしていない。わたしは、何もしてあげられなかったんだから。

 

「よォ、キリュウ。話は終わったか?」

 

 その声は、頭の上から降ってきた。

 声につられて顔を上げた瞬間、ひゅっ、と息を飲んだ。

 ラキさんだ。見上げた先に伸びる樹の枝に仁王立ちをして、ギラギラとした笑みを浮かべている。

 とうとう見つかってしまった。その恐怖に再び言葉を失ったわたしの横で、キリュウさんが食ってかかる。

 

「ラキ……なんだよ、待っててくれたのか?」

 

「ハッ! バカ言え、オレが待ってたのはお前らじゃねェよ」

 

 ラキさんがそう吐き捨てた直後。

 ふと、生暖かい風が頬を撫でた気がして。すぐにそれが気のせいじゃないと気づく。ラキさんの後ろ、既にへし折られた木々の奥へと風が吹いている。……まるで吸い寄せられるように。

 あれ。

 そういえば、デスキャッターの姿が見えない。どうしてラキさん一人なんだろう。

 頭のどこかにそんな疑問が過ったのと同時、風が吹き抜ける先に鋭く光るものが二つ見えた。

 途端に、嫌な予感が全身を駆け抜ける。まさか、この風を生んでいるのってーー

 

「……っ、逃げろっ!」

 

 キリュウさんの叫び声は、確かに聞こえた。

 だけどその直後に、全ての音を掻き消すほどの重く、低い音が轟いて。

 耳を塞ぐよりも、逃げなきゃという思考が足を動かすよりも速く。

 わたしの体は、突き飛ばされていた。

 白く細い腕。わたしを突き飛ばしたそれが天知さんのものだと、一瞬遅れて気づいて。

 反射的に、わたしも手を伸ばしていた。

 天知さんの手を掴まなきゃ。心のどこかで鳴り響く警鐘が、そう言っている気がしたから。

 

 だけど伸ばした指先は、ただ空を掴んで。

 轟音と共に、天知さんの姿はわたしの視界から消え去った。

 

 

 

 

「うっ…………うう、ん……」

 

 地面の、土のひんやりとした温度を頬に感じて。

 ようやくわたしは意識を取り戻す。

 耳の奥がびりびりと痛む。たぶん、さっきの轟音を間近で聞いたせいだ。

 地面に突っ伏していた体を、なんとか起こす。それだけで、全身のあちこちに痛みが走った。苦悶の声が口から漏れる。同時に痛みが、あやふやだった意識を鮮明にさせて。

 

「……そうだ、天知さんは……キリュウさんは……!?」

 

 わたしはようやく、思い出さなきゃいけなかったことを思い出して。

 すぐさま顔を上げて、同時に血の気が引いた。

 公園の一角、木々が繁っていたはずの目の前の場所は、折れた木の幹や枝が散乱し、抉れた地面から舞い上がった砂埃が立ち込める、平穏な公園とは思えない風景と化していた。

 そして、その奥に。

 

「……天知、さん……?」

 

 見覚えのあるパーカー姿の人影が、力なく倒れていた。

 

「っ! 天知さんっ……!」

 

 全身を走る痛みに耐えながら、天知さんの元に駆け寄って。

 ようやく目にした天知さんは、想像以上の重傷だった。額には血が滲み、ショートパンツから露になっている太ももにも、あちこち擦り切れたパーカーの下にも無数の傷が覗いている。眼鏡の奥の瞳は閉じられたまま、苦痛に歪んでいる。

 荒く短いけれど、呼吸はしている。それだけでもほんの少し安堵してしまう自分がいて。だけど放っておけば命に関わる、それを理解している自分もいて。心がぐちゃぐちゃになったままのわたしの目に、天知さんの腕の中で動くものが映った。

 

「う、ぐっ……」

 

「キ、リュウ……さん……」

 

 抱き抱えるように天知さんに包まれていたキリュウさんも、ぬいぐるみの体のあちこちに擦れたような痕が出来ていた。その声も、明らかに痛みに耐えるような苦しげなもので。

 這いずるように体を起こしたキリュウさんもまた、ボロボロになった天知さんに気づいて唖然としていた。

 

「お前…………くそっ、なんで庇いやがった! 死ぬ気かてめぇ!!」

 

 未だ目を覚まさない天知さんに対して怒るように怒鳴りつける声は、同時にどこか悲しくもあって。悲痛に叫ぶキリュウさんの声が響く中で、わたしは膝から崩れ落ちた。

 天知さんに守られたんだ。わたしも、キリュウさんも。

 わたしの目の前で、天知さんは吹き飛ばされた。巻き込まれそうになったわたしを突き飛ばして、そのせいで天知さんの方が助からなかった。

 手を、伸ばしたんだ。天知さんの手を掴もうとして。

 あのまま掴めていれば。わたしの方に引き寄せられていれば。助けられたのに、守れたのに。

 

「っ……うっ…………ぅあぁっ……!」

 

 震えるほどの悔しさに、嗚咽が漏れる。

 キリュウさんだけじゃなく、天知さんにも。差し伸べた手で何も出来なかった。

 

「くくっ、ハハッ! 良い絶望じゃねェか!」

 

 未だに痛む耳の奥に、無遠慮な大声が響く。

 再び現れたラキさんは、デスキャッターの上に腰を下ろし見下すような笑みをこちらに向けていた。

 デスキャッターのギラギラと光る一対の目が、射るようにわたしたちを睨んでいる。それと共にベンチの座面部分が口のように開き、重々しい咆哮が轟いた。

 ……あの光と咆哮の音。天知さんたちを傷つけた轟音と、それが響く前にわたしが見た光と同じだ。

 やっぱり、さっきの衝撃はあのデスキャッターの咆哮、だったんだろう。直前に感じた生暖かい風は、デスキャッターが息を吸う瞬間に生じたもの。

 ……目の前に広がる惨状は、ただデスキャッターが吼えただけで引き起こしたもの。本当に、怪物だ。

 

「さァ、次はてめェの番だぜ、キリュウ?」

 

「くっ……!」

 

 わたしの視線がデスキャッターに向けられたほんの一瞬で、ラキさんの姿はキリュウさんの、そして天知さんの眼前にまで迫っていた。まるで瞬間移動でもしたかのように。

 反射的に息を飲む、それよりも速く。ラキさんの抜いた鞘が二人の喉元に突き付けられた。

 

「どけよ、ガキ。悲鳴も上げられねェヤツは、オレらにとっちゃもう用済みだ」

 

 冷徹なその言葉は、気絶したままの天知さんに向けられたものだった。

 ラキさんが狙うキリュウさんの体は、依然として天知さんが庇うように抱えたまま。そのボロボロの体を目障りだと言わんばかりに、ラキさんは鬱陶しげに見下ろしている。

 やがてその眼に、危険な光が宿る。

 手にした鞘がゆらり、と振り上げられる。

 

「おいっ、おいっ! もういい離せ!」

 

 キリュウさんが懸命に、天知さんに呼び掛ける。

 弱々しい息遣い以外に、返事はない。

 張り詰めた空気の中、ラキさんは嗤っていた。

 躊躇いなんて微塵も見せずに、鈍器のような鞘を天知さん目掛けて振り下ろすーー

 

 

 

 

 

『それが、桃原さんの翼なんですね』

 

 こんな時に、ふとその言葉を思い出した。

 天知さんがくれた言葉。

 わたしの憧れを肯定してくれた言葉。

 わたしはプリンセスを好きなままでいいんだって、勇気をもらえて。ずっと昔に抱いた純粋な憧れの心に、もう一度出会えた気がした。

 嬉しかったなあ。

 

 

 差し伸べた手は、キリュウさんにも天知さんにも届かなかった。何も出来なくて、自分の無力さを痛いほどに突き付けられた。

 それでも。

 守りたいという思いは、まだわたしの中に生きている。

 諦めたくない。何度だって手を伸ばしたい。

 だから信じるよ、天知さんの言葉を。

 わたしにも、翼があるなら。

 今、もう一度羽ばたくんだ。

 大切な人を、今度こそ守るために。 

 

 

 

 

 

「なっ……何してんだお前……!」

 

 唖然としたキリュウさんの声が、背後で聞こえる。

 ってことは、ちゃんとラキさんから守れたんだよね。キリュウさんのことも、天知さんのことも。

 

「っっ……痛っ……!」

 

 激痛が全身に走る。そりゃあそうだ。

 ラキさんの振りかぶった鞘を、抱き止めるように体で受け止めたんだから。

 痛い。信じられないくらい痛い。

 二人を守るために盾にした体に撃ち込まれた鞘は、鋼鉄のように硬く重かった。感じたことのない程の痛みに襲われ、食いしばった口の中に血の味が滲む。

 たまらず片膝の力が抜けてがくん、と崩れるように膝をついてしまう。

 

「チッ、つまらねえ真似しやがって。だがなァ、弱っちいその体じゃオレの一撃は耐えられるモンじゃねェだろ?」

 

 崩れた姿勢のわたしをさらに追い込むように、ラキさんが鞘に力を込める。

 骨が軋むような音が、体の内側から響いてくる。

 

「……ぐっ、うぅぅ……っ!」

 

「さァ、恐怖しろよ! 泣き叫んで逃げ惑っちまえ!」

 

 ギラギラとした残酷な笑顔がわたしに向けられる。

 恐怖なら、とっくに感じてる。今も体の震えは止まってないんだから。

 泣きたい気持ちも逃げたい気持ちも、確かにわたしの中にある。

 わたしの弱さは、変わってなんかいない。

 だけど今わたしの後ろにいる二人の方が、わたしよりずっと苦しいはずなんだ。

 だから退かない。どんなに痛くても、どんなに怖くても。

 叫ぶんだ。ありったけの力を込めて。

 絶対に譲れない、わたしの想いを!

 

「ぜったい、逃げないっ! 誰かの苦しみを見て見ぬふりなんかしないっ……! 何度だって守るために手を伸ばしてみせる……! それがわたしの憧れた、プリンセスの姿だから!」

 

「プリンセス、だァ……? ハッ、とんだ夢物語だなァ! 現実を見てみろ、何を喚こうとお前はプリンセスじゃねェ、ただの無力なガキだろうが!」

 

 ラキさんの言葉が、満身創痍の体を突き刺してくる。

 憧れを否定する言葉は何度も浴びせられてきた。……何度目だろうと、その痛みは軽くなんてならない。

 退かない覚悟は出来ていても、それでも胸の奥が揺さぶられるような感覚を覚えて。ラキさんの鞘を受け止めたままの体がずん、と重くなる。

 負けるな。折れるな。何度も心に言い聞かせて、必死に血の滲む奥歯を食いしばる。

 その時だった。

 

結月(ゆづき)の『翼』を……笑うなっ……!」

 

 苦しげな、だけど力強い声が背後から聞こえて。

 思わず振り返り、目を見開く。

 

「天知……さんっ……!」

 

「私は信じます、結月の『翼』を! だから、結月も……!」

 

「! …………ありがとう、そうだよね」

 

 よろめき、膝をつきながら、それでも天知さんはその身を起こし叫んでくれた。

 息も絶え絶えの、傷だらけの体で。けれど眼鏡の奥の瞳だけはまっすぐ、力のこもった眼差しで。

 天知さんの姿が、言葉が、心を奮い起たせる力になって。やっぱり天知さんはすごいなと思う。また力を貰っちゃった。

 っていうか、今わたしのこと『結月』って……

 

「チッ、どいつもこいつも……! 大人しく絶望してりゃいいものを……!」

 

 ラキさんが吼える声で、わたしは再び前に向き直る。

 どんなに怒りを露にされようとも、わたしの心はもう恐怖になんて負けない。天知さんがくれた、勇気があるから。

 

 

「うおっ!」

 

「わっ……!」

 

「きゃあっ!?」

 

 直後、キリュウさん、天知さん、そしてわたしがほぼ同時に驚きの声を上げた。キリュウさんが提げていた小さなポシェットから、眩い光が飛び出して来たのだ。

 流れ星のように弧を描いて飛来してきた、わたしの手に収まりそうなくらい小さなそれは、まるで錆び付いた鍵のような形で。

 その錆びがみるみる剥がれ、内側から発する光がより強くなっていく。眩しい、だけど暖かい光だ。

 やがて錆びが完全に剥がれた鍵は、まるで水晶で作られたみたいに透き通り、それ自体が煌々と輝きを放っていた。

 

「まさかキースタルが……こいつを選んだってのか……!?」

 

 キリュウさんが驚く横で、鍵は独りでにわたしの手の中へと収まった。

 キースタル。それがこの鍵の名前らしい。

 そっか。これがキリュウさんたちの言っていた『鍵』なんだ。

 

 直後、わたしとラキさんを隔てるようにキースタルから壁のような光が展開された。

 

「チィッ……! なんなんだよこいつは!」

 

 舌打ちをしながら飛び退くラキさん。

 一方のわたしが呆気にとられているうちに、光は何かの輪郭を形作っていく。

 壁、じゃない。

 これは……扉だ。

 わたしの目の前に、光が半透明の扉を形成した。

 分からないけど、分かる。

 最後の希望は、この扉の先にある。なぜかそう直感した。

 

 一度だけ、振り返る。

 天知さんも、その腕に抱えられたキリュウさんも、驚きと、同時に僅かな不安を表情に浮かべて言葉を失っていた。

 

 正直、この直感がどこから来るのかも分からない。扉の先に何があるのか、本当に信じていいものなのか。

 それが、わたしにも少しだけ不安だけど。

 

「大丈夫、だよ」

 

 二人に、そして自分自身に言い聞かせるように。

 ふっ、と二人に向けた笑顔は、思ったより自然に見せられた気がした。

 天知さん、キリュウさん。二人を助けられる可能性が少しでもあるなら、わたしが立ち止まる理由なんて無い。

 進め、と”わたし”がわたしの背中を押す。

 ああ、これがきっと天知さんの言う『翼』なんだ。

 

 

 キースタルを鍵穴に差し込めば、光の扉が開く。

 その中へとーー

 

 わたしは今、大きく一歩を踏み出した。

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