空想乙女レイ・ドリーマーズ!   作:海月 水母

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その7 レイプリンセス

 

 扉の奥は、不思議な空間が広がっていた。

 無数の光が、満点の星空のようにあちこちで輝いてて。

 どちらが上か下か、自分が立っているのか浮いているのかも分からない、ふわふわとした感覚の中で。

 

 何を望む?

 

 そう、誰かに尋ねられた気がした。

 どこから聞こえたのか、尋ねた相手が何処に居るのかも定かじゃない。心の中に直接響いてきたような感覚だった。

 問い掛けた相手も、その理由も、わたしには想像もつかないけど。

 望みなら、決まっている。

 大きく息を吸い込んで。それから。

 空間の全てに響くように、聞こえるように、わたしは全力で叫ぶ。

 

「わたしは、みんなを守りたい……! 涙や苦しみに手を差し伸べて、救えるようになりたい! そうやってーー」

 

 いつぶりだろう。

 今、わたしは迷うことなく叫ぼうとしている。

 ずっとずっと抱き続けてきた、心からの憧れを。

 きっと……ううん。間違いなく、天知(あまち)さんのおかげだ。

 ありがとね、天知さん。

 もう一度心の中で、そう感謝を告げて。

 

 

「ーーわたしは、きらきらのプリンセスになりたい!」

 

 

 ありったけの想いを、響かせた。

 とくとく、と心臓が跳ねる。

 高揚と緊張が、胸の奥でない交ぜになる。

 それでも、この心に偽りは無い。

 これがわたしの望み。わたしの憧れ。

 わたしの、翼だ。

 

 

 その直後、いくつもの光がわたしの元に集まってきた。

 暖かくて優しい、けれど力強い光が纏うようにわたしの服を覆い、形を変える。

 その光がぱっ、と弾けると、着ていたはずのワンピースが純白にピンクの差し色が入ったドレスへと変化していた。

 突然のことに驚く暇も無く、さらに光は両手に、足に集まり、また弾ける。

 手に集まった光は、白いレースの手袋に。

 足の光も同じように、白のヒールへと姿を変えて。

 それから小さな光がリボンになって胸を、手首を、ヒールを飾ってゆく。

 今度はどこからか風が吹いたように、ふわっと髪が靡いた。

 肩辺りまでの長さだったはずのわたしの髪は、栗色からウェーブがかった金髪に変わり、腰の辺りまで伸びていて。

 最後に光が、わたしの胸の前に集まる。伸ばした両手の先に収まったそれは、きらきらと輝くティアラに変わった。

 そっと、ティアラを金色に変わった髪に載せる。

 あれほど辛かった体の痛みは、いつの間にか消えていた。

 代わりに、どんどん力が漲ってくる。

 

 周りを漂う光の一つに、今の『わたし』が映る。

 煌めくドレス、靡く髪、その上で輝きを放つティアラ。

 これが、わたし。

 まるでーープリンセスになったみたい。

 

 ……正直なところ、そんな自分の姿を一目見ただけで心が震えちゃって。ずっと、ずっと憧れてきたプリンセスに、ようやくなれたんだって思うと、涙も溢れそうだった。

 だけど、今は感動よりも先にやるべきことがある。

 

 もう一度、わたしの周りを漂う光に向き直る。

 ありがとう、わたしの望みに応えてくれて。

 ……そしてお願い、もう少しだけ力を貸して。

 助けたい人たちがいるんだ。

 

 わたしの想いに応じるように、光が再びその輝きを増して。

 吸い込まれるように、わたしもその中へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 ゆっくりと目を見開くと、視界に映った光景にはもう星空のような光はなくて。

 折れた木々、抉れた地面。壊された平穏だけがまざまざと突きつけられていて。

 天知さんとキリュウさん。ラキさんとデスキャッター。それぞれの間に立つようにして、姿を変えた『わたし』はそこにいた。

 静かに吹いた風が、わたしの髪を撫でる。その髪が長い、ウェーブがかった金髪に変わってることを改めて認識する。

 

「姿が変わってる……。これがキースタルの真の力、だってのか……」

 

 唖然としたようなキリュウさんの声が聞こえた。

 天知さんの声は、聞こえない。わたしの背中を押してくれたついさっきの姿が嘘のように、キリュウさんの横で糸が切れたように蹲る姿だけがわたしの瞳に映っていた。

 視線を落とせば、確かにドレスに変わった服が目に入った。手に持っていたはずのキースタルは、いつの間にかドレスのウエスト部分にキーホルダーのように提げられている。

 ーーわたし、本当にプリンセスに変身したんだ。

 心が、まだふわふわする。

 だけど傷ついた二人の姿が、向き合わなきゃいけない現実を思い出させる。

 

「何が起きてやがるんだ……チッ、めんどくせェ!

纏めてやっちまえ、デスキャッター!」

 

 横目に見えたラキさんも、暫く言葉を失ったみたいに驚きの表情を浮かべていたけれど。やがて苛立ちを露にして、そう叫んだ。

 ラキさんの言葉に操られるみたいに、デスキャッターが唸り声を上げ、四本の足で大地を割りながらこちらに迫って来る。

 わたしの後ろで、キリュウさんが息を飲むのが聞こえた。

 

 ーー守らなきゃ、わたしが。

 

 そう、強い思いだけが頭を駆け抜け、わたしの身体は考えるより先に動いていた。

 目前まで迫ったデスキャッターが振り上げた、巨大な前足を遮るように自分の両腕を突き出す。

 力の差は、一目瞭然。

 当たれば、きっと痛い。

 我慢できるか、分からない。

 もしかしたら、大怪我じゃ済まないかもしれない。

 わたしの意思とは無関係に、思考は最悪の事態を考えてしまって。

 恐怖に、頭の中を覆われる。

 

「っ……!」

 

 逃げるように、目を瞑ってしまった。

 小さな悲鳴が思わず口から溢れ、思わず全身に力が入る。

 痛みを想像して、両手を突き出したまま身体がこわばる。

 あぁ、なにやってるんだろう、わたし。

 守るって決めたのに。せっかく天知さんが勇気をくれたのに。

 こんな呆気なく終わるなんて。

 また何も出来ないまま、終わるなんて。

 ……ううん。

 だめだ。

 もう、諦めちゃだめなんだ。

 

「終われないんだ……! みんなのためにっ……!」

 

 弱腰になる心を奮い起たせるように、そう叫んだ瞬間。

 突き出した両手の先が、眩しいくらいの輝きを放ち出してーー

 

 

 

「なっ……んだァ!?」

 

 痛みは、訪れなかった。

 代わりに、驚いたようなラキさんの大声が飛んでくる。

 恐る恐る、瞼を開いて。

 目の前の光景に、わたしまで声が出そうになった。

 デスキャッターの攻撃は、わたしの寸前で止まっている。……というより、防がれている。

 大きな、光の花によって。

 突き出したわたしの両手から、半透明の大きな花が咲いている。その花弁がまるでバリアのようにわたしを、わたし達を守ってくれていた。

 二度、三度とデスキャッターが足を振り下ろすけれど、光の花はびくともしない。

 ……すごい、と一瞬だけ思ったけれど。

 すぐに感心してる場合じゃないんだ、と我に帰って、わたしは地面を蹴って後ろに飛び退いた。

 わたしが離れると同時に、光の花はパッと散って。小さな、無数の光の花びらとなって公園中に舞い散ってゆく。

 バランスを崩したデスキャッターが、前のめりに倒れるのが見えた。

 ……けど、今はこっちが優先。

 倒れたままの天知さんとキリュウさんを抱き上げると……想像以上に軽々と抱えられた。

 やっぱり、気のせいじゃなかった。この姿に変わってから全身に漲る力が、普通じゃ考えられないパワーを生み出している。

 驚きと、少しの恐怖を感じながら、二人を抱えて走り出す。

 向かった先は、デスキャッターからはだいぶ離れた大きな木の根元。

 ここなら、たぶん巻き込まれないはず。その確信を抱いてから、傷ついた二人の体をそっと下ろす。

 

 さっき、光の花が開いた瞬間。終われないと、叫んだ瞬間に。

 脳内をイメージが駆け巡っていた。この姿で出来ること、今のわたしに使える力、それを教えてくれるみたいに。

 そのイメージを反芻しながら、両手を二人に翳す。レースの手袋に覆われた指先が、やがてじんわりと熱く優しい光に包まれて。

 光はわたしの手を伝い、花の蕾のような形となって二人を包んでいく。

 

「痛みが引いてく……この光の力、なのか」

 

 驚きを隠せない様子のキリュウさんに、頷いて答える。これが今のわたしに授けられた力。みんなを守る、そのための力だ。

 二人の肌に見える傷も少しずつだけど塞がり始めている。回復にはまだ時間が掛かるけど、これならきっと大丈夫。あとは二人を守るだけだ。

 安堵が一瞬だけ弛めた心を、もう一度引き締めて。

 立ち上がろうとした瞬間、キリュウさんの声が届いた。

 

「……戦うつもりかよ、あいつらと」

 

「うん。だからキースタル、もうちょっとだけ借りてていいかな」

 

「…………」

 

 キリュウさんの瞳が、何かを言いたそうにわたしを見上げる。だけど開きかけた口から、言葉は紡がれなかった。

 立ち上がり、最後に天知さんの方を見る。苦しげだった表情は少し和らぎ、痛々しい傷跡も少しずつだけど治癒されていく。

 ……こんなにボロボロの体で、それでも折れかけたわたしに言葉を届けてくれたんだ。

 蕾の中の天知さんに、今触れることは出来ない。分かっていても、手を伸ばさずにいられなかった。

 伝えたいことはたくさんある。だけど『ごめんね』も『ありがとう』も、今の天知さんには届かない。

 だから。

 

「わたし、もうちょっとだけ頑張ってくる。二人のことも、ちゃんと守ってみせるよ。だってーー」

 

 痛む心を決意に変えて、わたしはまた顔を上げる。

 視線を切って、後ろを振り返る。

 正面にはラキさんと、再び臨戦態勢となったデスキャッター。異形の影を、真っ直ぐに見据える。

 もう目は瞑らない。

 戦うんだ。

 戦って、守るんだ。

 

「ーー今のわたしは、プリンセスだから!」

 

 わたし自身を奮い起たせるように。

 高らかにそう宣言し、一直線に駆け出す。

 わたしを威嚇するように、デスキャッターは吼えた。重低音が地面を揺らし、舞い上がった砂埃が、渦を作る。

 だからって、怯むもんか。

 ドレスをふわり、と靡かせ、さらに加速して。

 わたしがど真ん中を突っ切って、砂埃の渦は弾けるように消えた。

 デスキャッターが、怯んだように後ずさる。

 隙ができた。

 速度を緩めず、大地を強く蹴って全力でジャンプする。強化されたわたしの身体能力は、一瞬にしてデスキャッターの顔面までわたしを運んでくれた。

 

「っ……はぁっ!」

 

 右腕を大きく振りかぶり、全力の拳をデスキャッターの顔面に叩きつける。

 ただのパンチじゃない。わたしの拳は、光の花で覆われている。

 さっきのバリアほど大きくはない、グローブ大の花。デスキャッターの一撃を止めた硬さなら、攻撃にも使えるんじゃないかって。

 予想は、当たっていたみたいだ。

 顔面にパンチをお見舞いされたデスキャッターは、その巨体を公園の端まで吹っ飛ばされていた。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 ドキドキと、自分の鼓動がうるさくなるのを感じる。

 改めて、すごい力だ。たぶん普通の人間の何倍、何十倍ものパワーを振るってる。

 勢いでやっちゃったけど、誰かを、何かを殴るのなんて生まれて初めてで。

 指先が、震えているのが分かる。

 少し、こわい。怖くて、胸が痛い。

 暴力を振るわれるのと同じくらい、暴力を振るうことも怖いんだと痛感する。

 ……それでも。

 今は、戦わなきゃいけないんだ。

 震えに負けないくらい、固く拳を握りしめて。

 再びデスキャッターの懐に飛び込み、更にパンチを叩き込む。

 四足歩行のデスキャッターは、決して素早い訳じゃない。巨体の大振りな動きが、徐々にわたしのスピードに翻弄され始めるのが分かった。

 その隙を突いて、また攻撃する。何度も、何発も。

 再び吹っ飛ばされ、尚も起き上がり戦い続けようとするデスキャッター。その動きは最初より、ずいぶん遅くなってきた。

 わたしの攻撃が効いてるんだ。

 生き物じゃないけどダメージを受けるし、その分だけ動きも鈍くなる。

 ……だけど、倒しきれない。

 拳を見つめ、考える。

 さっきのパンチみたいに何発も打つんじゃなくて、もっと。

 もっとすごい一発に、力を全部込められたら。

  そう、思い至ったとき。また脳裏に、イメージが過った。

 

「浄化……? それでデスキャッターを倒せるの……?」

 

 誰が、何がわたしにイメージを見せているのか分からないけど。今のわたしにできることを教えてくれてる、導いてくれてるのは、分かる。

 だから信じるよ。

 この力を。わたし自身を。

 

 両手の指を開き、手のひらを合わせる。

 力いっぱい、蕾が花開く姿を指先で形作る。

 その両手を、まっすぐデスキャッターへと構えて。

 

「花よ、悪しき力を包み込め!」

 

 力を、想いを込めて叫んだ。

 それと同時に、光が放たれて。

 最初のものよりさらに大きな光の花が、デスキャッターの巨体を中心に形成される。

 その花びらが、まるでデスキャッターを封じ込めるように閉じられた。

 花へと包まれる様は、天知さんたちを治癒した光景にも重なるけれど。花に閉じ込められたデスキャッターは反対に、断末魔のように雄叫びを上げて。

 

 やがて光が、ぱっと弾けた。

 

 静かに、風が流れる。

 舞い上がる砂埃が徐々に収まり、視界が開けると。

 あれほど巨大だったデスキャッターは、どこにも見えなくて。踏み荒らされた公園の地面に、ただ一つだけベンチが倒れるように転がっていた。

 ……えっと。

 何が、どうなったんだろう。

 ぽかん、と立ち尽くしていると。

 

「ウソだろ……デスキャッターを浄化しやがった、ってのかァ!?」

 

 ラキさんの愕然とした声が、大音量で響いてきて。

 浄化。

 ……そっか、この力で治せたんだ。あのデスキャッターを元のベンチに。

 さっきまでの戦いが、非日常が嘘みたいに、公園は元通りの静けさを取り戻していた。 

 じゃあ……勝てたんだよね、わたし。

 

「………………よかったぁ」

 

 ふにゃっ、とだらしないくらいに頬が緩んで。へなへなと足から力が抜けてしまうのが自分でも分かった。ずっと緊張してたから、なおさらだ。

 わたしにも、守ることが出来たんだ。この町の、この世界の平和を。

 

「~~っ、何もよくねェ、ふざけんなっ! これからこの世界を絶望に沈めようって時に! なんなんだよてめえはっ!?」

 

 一方のラキさんの表情には、わたしと正反対の怒りが滲んでいた。やっと取り戻したこの平和を、憎むように。

 それが、やっぱり悲しくて。

 ……何を愛し何を憎むか、それは確かに人それぞれだけど。そのために誰かを傷つけるのは、絶対に間違ってるって思うから。

 

「……絶望なんて、させない…!」

 

「あァ!?」

 

 だからわたしは、もう一度両足に力を込めた。

 ラキさんの前に立ちはだかるように、ギラギラの瞳を見据えて。

 純白のグローブを纏った手を、そっと胸に当てる。

 力強い、温もりを感じる。

 

「この力は……絶望になんて負けない、希望の光だから。みんなのことは、わたしが守ってみせる……!」

 

 わたしの胸に灯った(レイ)

 それを纏う今のわたしはーー

 

「わたしは……レイプリンセス!」

 

 この輝きで、きらきらで、全てを守る。

 戦うわたしの、新しい名前だ。

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