震えております。
皆様、誠にありがとうございます。
覚悟のオーディションⅠ
デルタ小隊とワルキューレの母艦、“アイテール”。その格納庫の中に、蒼天使と呼ばれた機体、ストライクフリーダムガンダムは装甲から輝きを失った状態で佇んでいた。そしてその機体を見上げるのはデルタ小隊の副隊長であり、コールサインデルタ2を与えられたメッサー・イーレフィエルトだった。
時は少し前に遡る。
惑星アル・シャハルでのヴァール騒動が完全に鎮静化した後、美雲が蒼天使のコックピットに飛び移ったことが全ての発端だった。損傷したVF-171をゆっくりと地上に降ろした後、コックピットに取り付かれた蒼天使は振り落とすと言った強引な手は使わず、驚くほどあっさり捕まった。
多少の抵抗はあるものと考えたが、不要な犠牲を出さないように立ち回る蒼天使の行動パターンを見ていれば、別に驚くことでもないのかもしれない。アイテールに着艦するや否や、機体の装甲から色が失われ、機体は色鮮やかな配色からグレー一色の機体に変わった瞬間は面妖な仕組みに驚いたが。
「これが、これが!! 念願の蒼天使ちゃんっ!!」
「ワクワク、メラメラ」
視線を少し横に向けると機体の近くに戦術ライブの直後だと言うのに、興奮を抑えきれないマキナとレイナの二人。電子端末を片手に早速機体の解析に取り掛かろうとしている。そしてこの二人が乗り気と言うことは、VF-31を整備する人間達も乗り気だと言うこと。
「野郎共!! ジークフリートの整備が終わったら蒼天使の解析だ!! 姐さんをバックアップするぞ!!」
『おう!』
少し、どころではないが騒がしい空気に包まれた格納庫。彼らの熱気にミラージュやチャックも少し気圧されている。パイロットにしか見えない世界があるように、彼ら技術職にしか見えない世界もあるのだろう。実際、蒼天使は人型かつ、バトロイド以上の大型機でありながらVFのファイター形態を上回る機動性と火力、そして防御力全てを実現している兵器としての理想を体現している。
速くて硬く、そして強い。言葉にすればシンプルだが、これを実現する為に日々多くの技術者たちが頭を抱えている。それの足掛かりとなるのなら、興奮するのも無理はない話なのだろう。だが、そうだとしてもここまで騒がしいのは願い下げなのだが。
「メッサー中尉」
「ミラージュ少尉、それにチャック少尉か……」
背後から声をかけてきたのはデルタ4のミラージュ。そしてデルタ3のチャックも一緒だった。二人の表情から察するに、連行された蒼天使のパイロットの処遇が気になるのだろう。
「あの機体に乗っていた男性は……」
「分からん、今は隊長の指示でアイテールの尋問室に居るそうだ」
「機体から降ろされて早々に尋問室かあ……」
「どれだけヴァールから民間人を救った実績があるにせよ、身元不明の人間を野放しにする理由にはならない」
ミラージュの話を聞けば、彼はヴァール騒動が始まる前にシャハルシティの周辺に居たのだと言う。そして偶然にも開発地区にて遭遇したと。だが関わりはそれだけで、これと言って有用な情報もなかった。チャックの場合は戦闘終わりに直ぐ尋問、と言うのが堪えているのだろう。
パイロットは機体を操縦するだけの人間だが、その時にかかる負荷は凄まじい。体力の消耗も激しい職業だ。全身にかかる重力、空間に気を回し続ける集中力や周囲を見渡す広い視野。その全てを戦場では出来る限りの全力で実践しているのがパイロットだ。故に、あの激しい戦闘の後に尋問をされるパイロットの立場となって考えた時に彼なりに思うところがあるのだろう。
「あのパイロットに気を遣う前に、今回の戦闘記録を振り返った方がいい。ミラージュ少尉、敵ゴーストのジャミングに惑わされて冷静さを欠き、対応出来ていなかったな」
「それは……」
「おいおいメッサー、いきなりそれは……」
「チャック少尉もだ。ミラージュ少尉よりは幾分か対応は出来ていたようだが、敵に遊ばれていたな。今回のミラージュ少尉と同じように抜かれていたらより被害が広がっていたかもしれないぞ」
「ぐっ……」
ぐうの音も出ないほどの正論だった。蒼天使のパイロットを気遣う前に、自分を気に掛けたらどうだと。メッサーの言う通り、アンノウンとの戦闘で敵機にまともに対応できて居たのは隊長のアラドとメッサー、そして蒼天使だけだった。それに蒼天使に関しては一機撃墜に至っている。
「今回の戦闘は蒼天使に救われたな。今回の反省点を上げて改善をする努力をしろ。でなければ次は死ぬぞ」
ミラージュは先ほどの戦闘でアンノウンに対応できなかった。機体から分離したゴースト相手に精一杯となり、結果的に防衛ラインを抜かれてしまった。蒼天使によって被害は防がれたものの、一歩間違えれば市民の命と、何よりワルキューレの命を奪われてしまうところだった。
ワルキューレを守るはずのデルタ小隊なのに、その本懐を果たせずに醜態を晒してしまった。メッサーにその事実を突きつけられ、二人は何も返すことが出来なかった。
「はい……」
「ウーラー・サー……」
二人とも、その言葉を絞り出すように言った。特にミラージュは唇を微かに噛みしめていた。その瞳に浮かぶのは悔しさや怒りではなく、己の未熟さへの痛烈な自覚だった。それはチャックも同じだった。だが、幾分か彼なりに受け止め、メッサーの言葉を理解しようと解釈はするが、ミラージュは真面目だ。
他者から受け取った言葉をそのまま受け止めてしまう節がある。チャックはそんな様子を見せるミラージュを気にかけるが、メッサーはそんなものに興味はないと言わんばかりに視線を二人から外し、早々にこの格納庫から立ち去ってしまった。
■
キラ・ヤマトは焦っていた。部屋の広さは六畳あるかないかぐらいだろうか。壁は無機質なコンクリートを思い浮かべるような灰色で天井の中央にある電灯だけが部屋を照らしている。そして中央に置かれたテーブルを挟んでデルタ小隊の隊長、アラド・メルダースと向かい合わせになっている状況。どう見ても今から捕まった容疑者が警察に尋問される現場にしか見えない。
まずい、本当にまずい。惑星アル・シャハルで抵抗するべきだったか。いや、強引に美雲・ギンヌメールを振り落として怪我でもさせたら全銀河中でお尋ね者になってしまう。いや、現時点でもお尋ね者だったようだが、身元不詳の男が兵器を使って戦場に出ていました、と言うのは常識で考えてもまともな話じゃない。
そもそも個人で兵器を持つこと自体が違法なのだが。一部の許可を得ている人たちは別として、許可すら貰っていない自分は無所属の条約違反の人間という経歴に傷しか付かない状況なのである。
「まずは礼を言わせてくれ。ワルキューレの防衛、感謝する」
「い、いえ。自分は、出来ることをしただけですので……」
さっきから緊張で手の震えや冷や汗が止まらない。まだ戦場で戦っている時の方が緊張していないような気がする。戦っている時はフリーダムのコックピットの中で守られているけど、今の自分は生身だ。それに相手は軍人に尋問されている状況だ。話そうとしても声が詰まってしまう。
「自分にできること、か。ゴーストとアンノウンを易々と撃墜し、ヴァールから市民とワルキューレを守る。これだけのことを君はやってのけたんだ。もっと誇ってもいいんじゃないか?」
頭に手を当てて苦笑いをするアラド。三年間キラの戦闘を見てきた彼は、軍人の本懐を“自分に出来ることをした”、という一言で片づけてしまった。これでは本当にワルキューレの護衛である自分も含め、顔負けである。だけど不快な感じはしない。それはこれまでも彼の戦闘と市民を命がけで守る姿を見てきたから。初対面だと言うのに、不思議な感覚を感じていた。
「まぁ、そんなに固くならないでくれ。別に敵意があるわけでもない。純粋に俺がお前さんと話がしたかったんだ」
「僕と、ですか……」
「あぁ、二年前からな。戦場では何度も会ってて、こちらからコンタクトを取ろうとしても一切の応答はなし」
「…………」
予想より遥かに友好的で驚いている。もっと高圧的で厳しい追及みたいなものが飛んで来るとキラは思っていた。だが実際はその逆で、アラドは多少の警戒こそはしているものの、デルタ小隊のアラド・メルダースではなく、純粋に一個人として彼との会話を楽しんでいた。
「その蒼天使のパイロットとまさかこんな形で話せるとは思ってもみなかったが。まずは自己紹介といこう。俺はアラド・メルダース。ケイオスラグナ第三戦闘航空団デルタ小隊、その隊長を務めている」
「僕は、キラ・ヤマトと言います。皆さんが蒼天使って呼んでいるストライクフリーダムのパイロットをしています」
そしてキラ・ヤマトとして名乗ることに慣れない。だが、前世の名前を思い出せない以上、今はそれを受け入れるしかないと割り切る。お互いの自己紹介が終わるや否や、アラドは机越しに手を差し出し、キラは思わず反射的に差し出された手を握り返す。
「ストライクフリーダム、か。それがあの機体の名前か……その辺りも追々聞かせてくれ。あ、それと先に言っておく。申し訳ないが、お前さんの機体を調べさせてもらう。こればかりは理解してくれ」
「いえ、それは当然のことかと思います……」
機体の名前を出すと微かにアラドの雰囲気が変わる。やはり本職として正体不明機の情報は必要としているのだろう。それに何が積んであるのかも分からない機体を母艦に乗せておくのはリスクもある。少しでも危険性がないことの確認をする為にも機体の解析は彼らにとって急務なのだろう。
それとは別に、純粋に技術面での解析もあるかもしれない。実際、ストライクフリーダムには前世の記憶にもない未知のエンジンを積んでる。単純にマクロスシリーズのコアな設定で、自分が知らないだけという可能性はあるのだが、自分としてもあのフリーダムは分からないことが非常に多いので調べられることの不快感はなく、寧ろようやくあの機体のことが少し分かるかもという期待感の方が勝っていた。
「そう言ってくれると助かる。では、だ。キラ・ヤマト君。少しお話といこうか」
空気に緊張が走る。さきほどまでの気前のいい大人の雰囲気は消え、猛禽類が獲物を見定めるような鋭い目付きに変わった。当然の対応なのだが、これに耐えられる自信がない。だけど、ここを乗り越えなければ自分に明日はないと気を引き締め、アラドの目を見据えた。
■
時は少し経ち、アイテールのブリーフィングルーム。部屋の明かりは灯っておらず、中央にある大型スクリーンがこの薄暗い部屋に薄っすらと明かりを灯していた。空中に投影する大型スクリーンと、画面の端にはアル・シャハルで確認されたアンノウンを映し出したポップアップ。
「予定の時間より少し早いな、メッサー」
「敵の情報を少し整理したかったので」
部屋で戦闘記録を閲覧していたのはメッサーだった。そして遅れてキラ・ヤマトへの尋問を終えたアラドが部屋に入ってくる。二人で予定した時間よりも早く部屋で待機し、早々に敵の分析を始めている副隊長の手腕に流石だと感心する反面、少し気を張り詰めすぎているように感じ、アラドは肩をすくめた。
「蒼天使のパイロットの尋問は無事に終わった様子ですね」
「あぁ、想像していた人物像とは少し離れていたが、悪い奴ではなさそうだ」
「後で隊長の報告書を拝見して確認します」
「おうさ。直ぐにまとめて提出するさ。レディMからの指令でもあるしな」
蒼天使の鹵獲に成功するや否や、ケイオスのトップの一人でもある“レディM”と呼ばれる女性はキラ・ヤマトの尋問と彼の素性、機体の解析とそのデータ提出を求めた。
その素性や今どこで何をしているのかなど、全てが謎に包まれた人物。アイテールから報告を上げた瞬間にこれまでにないほどの返信速度で艦内が一瞬静まり返ったが、これまで謎に包まれていた存在をようやく捕まえることができたのだ。そうなるのも無理はないかと考えたが、アラドの中では少し気にかかっていた。
「ひとまずは先の戦闘の状況をまとめましょう。俺の方で気になる点なども含めていくつかピックアップはしておきました」
「流石は副隊長だな」
しかし、今優先するべきことは他にある。惑星アル・シャハルでワルキューレの戦術ライブを妨害し、守備隊に甚大な被害を与えたアンノウンの存在。それに観測された謎の生体フォールド波など。確認しなければいけないことが山積みになっていた。
「まず、アル・シャハルでの戦闘記録についてです。全ての映像データにジャミングがかけられています。該当データも見当たりません」
「ジャミング、か……空戦技術だけでなくその手の方も強いとはな」
「はい。蒼天使が撃墜した機体の破片は現地に残った工作員が回収中。ただ、機体の損壊が激しく、データの吸出しには少し時間がかかりそうとのことです」
ヴァールと並行して現れた新たな敵。この映像だけだと何も分からなかっただろうが、幸いにもキラとフリーダムが一機を撃墜。工作員が現在その機体を回収次第解析にかけようとはしてくれているが、メッサーから渡された報告書を見る限り、システム面まで壊れている為、データの吸出しには多少の時間を要する。
こんな時、ハッキングなどで頼りになるレイナはマキナと一緒に蒼天使の解析にかかりっきりだ。今頼んでも「面白くない、後で」と意味の分からない理由で突き返されそうだ。その肝心の蒼天使の解析も、順調には進んでいなさそうとの話も少し小耳には挟んだが。
「アンノウンの解析は一旦工作員に任せよう。謎の生体フォールド波は結局調査できず仕舞いだったが、別の収穫が色々とあったからな」
「そうですね。今こちらが焦ったところで何も出ませんし、ここは待ちましょう」
主目的を果たすことは出来なかったが、それ以上の収穫を得た。それについてはメッサーもアラドと同じように考えていた。それに解析に回せる人員にも限りがある。今は限られたリソースを最大限に活かし、待つしかない。そう考えていると、ブリーフィングルームの扉が開いた。
「ん? おっ、ステージお疲れさん。どうです、バレッタクラゲのスルメでも」
「ご遠慮しておきます」
新たに入室したのはワルキューレのリーダー、カナメであった。電子端末を手に、操作をしながらアラドの差し入れを断ると中央のスクリーンに報告すべき情報をアップする準備を進めている。戦術ライブとテロリストの奇襲で体力を使っているはずなのに、その立ち姿からは疲労は感じられなかった。
「さっきはありがとう、メッサー君」
「いえ、任務ですから」
先の戦闘でカナメはヴァールの駆るリガートやクァドランに包囲され、その危機をメッサーが救った。怪我がないことは確認できていたが、戦闘を終えて無事な姿を確認して内心で安心し、目線をカナメから中央のスクリーンに戻すのだった。
■
一方で、尋問の終えたキラ・ヤマトはアラドに案内された船員に与えられる個室の中に居た。もっとこう、終わったら独房みたいなところに入れられるかと思っていたのだが、備え付けのベッドにデスク。それにパソコンといった機器まで置いてある。
緊張の糸が解け、ベッドに仰向けで寝転がる。ぼーっと天井を見つめて、これからどうなるんだと先が見えない不安に襲われる。まず、結論から言ってしまえばアラドとの尋問で嘘はつけないと思い、これまでのことは全てではないが正直に話した。
記憶がないこと、目が覚めたらフリーダムのコックピットの中で、謎の組織から逃げ出したこと。それ以降はヴァールを感じることができ、機体もそれに呼応してフォールドする為、戦場に武力介入をしたことも。流石に自分は前世のある転生者です!とまでは言わなかったけど。
「疲れた……」
久しぶりのベッドはふかふかで柔らかい。フリーダムのコックピットシートよりも何倍もだ。戦闘の疲れも相まって睡魔が襲ってきて、このまま寝てしまっても良いんじゃないかとすら思う。何せ、この部屋はアラド曰く、外からじゃないと開けられないようにしたから惑星ラグナに着くまではここでゆっくり過ごしてくれと言われている。
起きていてもすることないし、休める時には休んでおこう。このまま天井を見つめていたってこれからの不安が襲って来るだけだ。若干の現実逃避もあるが、このまま眠ってしまおうと目を閉じた瞬間だ。外からこの部屋の扉を解錠しようとする音が聞こえた。
「えっ……」
もう着いたのだろうか、なら早すぎないか?尋問終わってからまだ十分も経っていないと思い、慌ててベッドから起き上がると同時に扉は開いた。てっきりアラドが聞き忘れたことがあった、もう目的地に着いたとか声をかけにきてくれたのだと思ったのだが。
「お疲れ様、元気そうね」
「えっ……」
思わぬ来客に思考がフリーズする。驚き、困惑?いや、その全てがキラの脳内を支配している。自分がこの船に鹵獲されるきっかけになった人物、驚きの身体能力でストライクフリーダムガンダムのコックピットに乗り移ってくるという行動をしたワルキューレのエース、美雲・ギンヌメールが居た。
今回は導入でもあるので少し短めです。
ワルキューレの面々との交流は次回からになります。
美雲との絡みを中心にしようかなと思っていますので
よろしくお願いいたします。