またお気に入り件数1000件越え、ありがとうございます。
皆様の期待に添えるか不安ではありますが、
これからも頑張りますので何卒宜しくお願い致します。
時が止まったかのように、互いの視線が絡み合ったまま動かない。
突然の訪問者に固まるキラをよそに、美雲は迷いなく部屋の中へと入り、まるで自分の部屋のようにデスク横のワークチェアへ腰を下ろした。
───今日、何度目の混乱だろう。
何がどうなってこうなったのか、考えれば考えるほど訳が分からない。
ただ一つ確かなのは、今目の前に居る女性、美雲・ギンヌメールこそ自分が今この船に乗っている状況を作り出した人物だということ。
あの戦闘の直後、正体不明機に飛び移るという普通では考えられない行動を取った彼女。結果的には自分のような怪しい人間を捕縛することに成功したのだから、何とも言えない。だが、彼女の行動は正しいものとも言える。
自分は正体不明の兵器を操る得体の知れない存在だ。強大な武器を個人の意思で振り回す危険な存在を単身で身動きを封じたのだから、ケイオスとしても万々歳だろう。
「面白い反応をするのね。もっとこう、お前のせいで面倒なことになったって、言われるかと思ったけど」
「えっ、あー……いや、それは……」
美雲の唇が、くすりと笑みを刻む。
確かに、あの時彼女が飛び込んでさえこなければ───と考えることはあった。だが、冷静に考えてみればそれは筋違いと言える。彼女は銀河の為に生身で危険な戦場に飛び込み、戦う歌姫。一方で自分は理由を語らぬまま、戦場で自分の為だけに戦う人間。正しいのはどちらかは明らかだった。
それに、彼女が機体に飛び込んできた瞬間、機体のシステムが一瞬だけ異常を示した。見たこともない文字をコンソール上に浮かべ、フォールド機能が停止した。あの時は機体が示した異常よりも、詰みの状況を作り出され、混乱していたから考えてもみなかったけど。
だけど、逃げることは出来なかった。
あの時、確かにそう悟った瞬間が自分の中にあった。
「貴女の方が正しいですし、僕は結局、正当性のない行動をしていた人間です。正しい行いをしても、それが許されるとは限りません」
「そう。ならいいわ。私も文句を聞きに来たわけじゃないし」
赤い瞳が、まるで心を射貫くように見つめてくる。
見惚れるほど美しい顔立ちで、絶世の美女と二人きりという状況なのに、自分は赤面の一つもしなかった。不思議とそんな感情は湧かなかった。
あるのは自分の中を覗きこまれているような、不快感に似た感覚だった。少なくとも、美女と狭い部屋で二人きりなんて喜べるような感覚ではないことだけは分かる。早く一人になりたい、この感覚から逃れたい。今自分の中で芽生えた感情はただそれだけだった。
「それで、どうして貴女がここに? アラドさんから何か?」
「来たのは……これを届けに」
思案するような間を挟み、美雲は紙袋を差し出した。
受け取って中を覗くと、白を基調に赤いラインの刺繍が入った制服が、丁寧に畳まれて入っている。そして彼女に指を指され、言われる。
「いつまでも艦内でそのパイロットスーツって訳にいかないでしょ?」
「あ、ありがとうございます……」
指摘されて気が付いた。確かに、アル・シャハルでの戦闘でパイロットスーツに着替えて以降の活動、全てパイロットスーツのままだった。デザインもケイオスや統合軍のものとも違う。青を基調にしたキラ・ヤマトが世界監視機構コンパスに所属していた時のスーツ。
世界観的な意味でも合っていないので、このまま活動していたら変に目立つ。そもそも、ここでは自分は他所者なのだから浮いてしまうのも無理はないのだが。
「元々カナメが上からの指示で渡そうとしてたんだけど、私が貴方に用があったから持ってきたのよ」
「僕に、ですか?」
「えぇ、貴方によ」
自分に用とは一体なんだろうか。そもそも、彼女と関わりなどあっただろうか。いや、そんなものはなかったはずだとキラは思う。何せ、ずっと戦場から戦場を渡り歩き、人との関わりなんてなかった。もし彼女のような美女との面識があれば絶対に忘れないと思うのだが。
「惑星アル・シャハルで聞いたわよね? 私の歌を聴いて何を思ったか」
「……えっ?」
はて、そんなことを質問されただろうか。そんな疑問を浮かべた時のことだ。キラの脳裏にシャハルシティで自分に声をかけた裕福そうな淑女に声をかけられた記憶が蘇る。"さっきの曲を聴いて、何か思った?"───確かにそう問われた。
髪色なども違い過ぎて気が付かなかった。いや、冷静に考えて菫色の髪がどうやったらブルーグリーンになるんだ。違い過ぎて気が付くはずがない。はっとして美雲の顔を見ると反応が面白かったのか、クスクスと笑っている。
「もしかしてあの時、の?」
「ふふっ、気が付くのが遅いのね」
本当に昼間の回答を聞きたいが為に訪問したのだろうか。いや、仮にそうだとしても質問の意図が分からない。純粋に曲の感想を求めている様子でもなさそうだ。うん、本当に質問の意図や背景が分からなくて困惑していると、いつの間にか美雲は椅子から立ち上がっていた。
「疲れているところ悪かったわね。その様子だと聞くにはちょっと早かったみたいだし……」
明らかに残念、と言うような目でこちらを見ている。
そんな勝手に期待をして勝手に失望されるのはキラとしても意味が分からないと言わざるを得ない。そもそも、彼女と出会ったのはシャハルシティが初めてだと言うのに。
「最後に、私の名前は美雲・ギンヌメールよ。貴方は?」
「えっ……僕は、キラ・ヤマトと、言います」
慣れない。やはり慣れない。本日三度目になるが、やはり自分があのキラ・ヤマト准将の名を語る違和感が拭えない。前世の、本当の名前を思い出すまでは仕方がないといい加減に割り切るしかないのだが、人間とは面倒な生き物でそう簡単に割り切れるものでもない。
「キラ・ヤマト……そう、じゃあキラって呼ぶからよろしく」
「あ、はい……分かりました……美雲・ギンヌメール、さん?」
「ふふっ、別に美雲でいいわ」
本当に不思議な人だと思った。決して自分のペースを乱すことなく話を進める彼女に、キラは終始主導権を握られっぱなしで若干の疲労を見せる。一方で美雲は、キラとのやり取りがなぜか心に引っかかっていた。この三年間、歌以外に興味を持たなかった自分が、なぜ出会ったばかりの彼のことが気になる。
「それじゃあ、またね」
会って間もないのに、なぜか興味は尽きない。
求めていた回答が得られなかったのは残念だが、これからはいつでも聞ける。ケイオスも彼を安々と逃がすつもりもないだろうという確信があるからだ。
そう言い残し、美雲は部屋を後にした。そして残されたキラは、嵐の去った後のような静けさの中で独り小さく呟く。
「一体、なんだったんだ……」
その声は、静かに部屋の中に溶けていった。
■
格納庫内は、常に機体のメンテナンス音や機材の光でざわついている。
デルタ小隊の駆るVF-31と少し離されたゼントラーディ軍のクァドランなどを格納する場所にストライクフリーダムはあった。周囲にはワルキューレのメンバー、マキナとレイナをはじめ、VF-31の整備を終えた整備班の人間が機体に危険物がないかなどの解析を行う為、人だかりが出来ていた。
VFやゼントラーディ軍が運用するどの兵器とも類似する点が無い未知の兵器。これだけで心躍る者達も居るが、アイテールはあくまでもデルタ小隊のVF-31を運用する為の船である為、機体を解析する機材は十分とは言えない。そんな中でも船に害を及ぼす物が搭載されていないか、調査するのは彼らの急務なのだが……。
「レイレイ、機体のシステムにはアクセスできそう?」
「ダメ、また弾かれた……」
「ダメかぁ……これで八回目……」
解析対象であるストライクフリーダムは外部からの干渉を拒み、完全に沈黙をしていた。整備班総出で機体のシステムにアクセスをしようと機体の随所にあるコネクターから解析用の端末を接続し、機体のシステム、OSや機体に搭載されている武装データを収集しようとしているが、機体の中枢にあるプログラムにアクセスするどころか、逆に弾かれてしまい、作業が全く進まない。
「やっぱり、銀河標準規格とかけ離れた独自規格……システム面も軍事用で使われるプロトコルとは別物なのが痛いかなぁ……」
「また一からやり直し……」
作業が進まない原因、それはVFやゼントラーディ軍で使用されるシステムのプロトコルなどが銀河標準規格で統一されたものではなく、独自の規格で構築されていることにあった。またアクセスに失敗すればまるで生きている生物かのようにパターンを学習し、一度使った手法では解析を行うことが出来なくなる。
そんな中でレイナは自分が持ちうるあらゆる言語、パターンを用いて機体システムにアクセスを試みるが、徐々に手札が削られており、コックピットすら開放できない状況に若干の苛立ちを募らせていた。マキナはそんな彼女の頭を撫で、子供をあやす母親のように彼女を落ち着かせる。
「どうします姐さん。やっぱり機体の装甲とか、外部からのスキャンに切り替えますか?」
「取り合えずそうだね。このままだと埒が明かないし、出来るところから進めるしかないかな……」
出来ればラグナ到着までにある程度の解析を進めたかったが、現状だとその見込みはない。整備班の一人が言う通り、装甲など外部から分かるものから調べるしかないとマキナも気持ちを切り替え、電子端末を置き、別の機材を手に取る。
「アイテールに着いてから色が変わったのも気になるし、装甲のスキャンをお願い」
「任してください!!」
「了解っす!!」
マキナに依頼され、颯爽と作業に取り掛かるのはちょび髭が特徴の中年男性、"ガイ・ギルグッド"と、帽子を被った青い髪が特徴の"ハリー・タカスギ"だった。普段はVFの整備を行う彼らだが、VFとは全く異なる機体の調査に心を躍らせ、装甲のスキャンなどを開始する。
何せ、軍事機体とは機密の塊だ。例えば戦争中に敵軍の機体を鹵獲し、解析することが出来れば敵の狙いや、次の作戦をどのように組み立てるのかなどを推測することも出来る。今回はそれに近いシチュエーションで、更に二年前から蒼天使と呼ばれている機体の調査なのだ。
彼ら整備班の血が騒がないはずがなかった。
自分の知らない技術や素材、解析することによって技術の発展があるかもしれない。そしてその感情と同じぐらいに大きいのがパイロットの命とも言える機体を整備する人間として、半端な仕事は出来ないという職人気質。蒼天使に船や乗員に害を及ぼすような危険物が積んであるとは思えないが、何かあっては遅い。その一心で機体の解析を進めていく。
「私はもう一度システムの方にアクセスできないか調べる」
「分かった。レイレイ、システムの方はお願いね」
「任せて」
レイナの方はリベンジと言わんばかりにシステムの解析に闘志を燃やしていた。きっかけは単純に自分の技術を持ってしても解析を拒む機体に興味が湧いたのもあるが、解析の為にコックピットに入ろうとしたら閉じたのである。まるで、機体の方から"乗るな"と言われているような気がして、ムカついたのである。
目の前のボタンを押すなと言われたら押したくなるのと同じように、目の前で調べるなと拒絶されたら調べたくなるのもまた人の性。銀河中のあらゆるケイオスが有するデータベースにアクセスし、フリーダムのシステムに使われている言語に類似しているものがないかを調べ上げる。
そうしてこの場に居る全員が解析に熱を入れる中、遠目にその様子を伺う人影があった。
「随分と凄いことになってるな……」
「ラグナに着くまでには終わりそうにありませんね」
先の戦闘に関するブリーフィングを終えたアラドとメッサーである。蒼天使の解析に皆が盛り上がっているとメッサーから報告を受けたアラドが整備班の様子が気になって足を運んだのである。もう一つの理由はあまり心配はしていないが、蒼天使の解析に力を注ぎ過ぎてデルタ小隊の主力、VF-31の整備が疎かになっていないか、という若干の心配もあったのだが。
「整備は完璧にしてくれているから、まぁいいか……」
ここに足を運ぶ前に自分の機体を見に行ったところ、何も言うことがないほど完璧に整備された状態のVF-31があった。戦闘時に着いた煤も落とされ、交換が必要な部品は綺麗に取り換えられている。職人気質な彼らには不要な心配だったのだが、突然未知の技術が降ってきたらそっちに行ってしまうのではないかと勘繰ってしまった。
「だとしても、ここまで騒がしいのは……」
「まぁ、メッサーの言うことも分かるがな……」
実際、自分もレア物のお酒が手に入った時は目の色を変えて今の整備班と同じような感じになる。そう思ったら何とも言えない気持ちになるのだが、メッサーの言うことも一理はある。彼らも盛り上がってはいるが、その仕事の内容は至って真面目で、このケイオスにとっては欠かせないものだ。
「実際、フリーダムの解析は今のところ最優先だからな」
「フリーダム……? それがあの機体の名前ですか?」
「あぁ、キラ・ヤマトから聞いたところによると、あの蒼天使の正式名称はストライクフリーダムと言うらしい」
キラ・ヤマト。あの蒼天使、いやストライクフリーダムのパイロット。二年越しにその名前を知ったメッサーは、感慨深げにフリーダムの方へと目を向ける。思い出すのだ。あの機体を目にすると、二年前の惨状が脳裏に蘇る。その機体が目の前にある、と言うのは何とも言えない気持ちにさせる。
「中間報告、という訳でもありませんが、現状を確認しておきますか?」
「そうだな……あの様子だと収穫は少なそうだが、聞いてみるか……」
しかし、いつまでも感傷に耽る訳にはいかない。メッサーはデルタ小隊の副隊長として思考を切り替え、アラドに現状の確認を提案した。それについてはアラドも賛成の様子で、機体の方へと歩き出す。格納庫内には機材の電子音や整備班の話し声が飛び交っており、近づくアラド達の足音に気が付く素振りはない。
フリーダムの足元まで到着し、アラドが近くの人間に声をかけようとした時、作業がひと段落したマキナが二人に気が付いた。
「あっ、アラド隊長にメサメサ!!」
「戦術ライブの後なのにお疲れ様さん」
機体の胴体部の高さで停止していた作業用の昇降機をゆっくりと下降させ、二人の前に降りた。戦術ライブの直後なのに、機体の整備や解析などを行うマキナのストイックさに流石だと笑みを浮かべ、アラドは捕獲したフリーダムに関する情報を問いかける。
「機体の解析は順調、って訳でもなさそうですね」
「そうなんだよねぇ……使われているプログラムの言語やシステムのプロトコルが標準規格と違い過ぎて予想以上に時間がかかってる感じなんだよね……」
「そうですか、現時点で分かることはなさそう、という感じですかね?」
アラドの見立て通り、作業の進捗はやはり芳しくないようだ。それに対して、マキナも渋い表情を浮かべている。フリーダムはパッと見ただけでも既存のVFシリーズやゼントラーディ軍の機体とは全く異なる。どこかの組織が独自開発をしたとしても、プログラムの根幹などは標準規格のものを使用しそうなところを、全てが独自規格で構成であれば苦労するのも仕方ない。
「うーん、それがそうでもないんだよね……」
「と言うと?」
「ちょっと見てもらった方が早いかな」
収穫は無し、と思いきや流石はメカニック家系のマキナ。そしてレイナ、ケイオスの整備班の面々だと感心する。マキナから手渡されたタブレットを受け取り、メッサーと二人で内容を確認する。その予想していなかった内容に、二人は目を見開き、驚きの表情を見せた。
自分達も知らない、全く未知の技術が使われていたからではない。寧ろのその逆で、マキナ達が調べた情報の中には自分達が知り得る技術が使われていること、そして何より、今しがた判明した記述の中にこうあるのだ。フリーダムを構成するシステムにもっとも類似するもの。
───"プロトカルチャーの遺跡"
■
───歌を、歌いたい
目覚めた時から自分の中にある感情はただそれだけだった。ケイオスに来る前の記憶は存在せず、自分の出自も、両親も、誕生日すら覚えていない。それを思い出そうとも、知ろうともしない。なぜなら、歌えさえすれば他はどうでもよかった。
───なのに……
「これは、楽しい?」
他人との関わりなんて、興味すらなかった。それなのに、キラ・ヤマトと会話をした後、自分の中にはどことなく満足したような感覚があった。流石に、ライブで思いっきり歌を歌った時ほどの喜びには遠く及ばないが、それでも歌以外で楽しいと感じている自分が居る。
アイテールの展望デッキ。美雲は外のフォールド空間をじっと見つめながら考えに耽っていた。そんなフォールド空間は視界いっぱいに虹色の帯が流れ、遠くの光が引き延ばされて揺らめいている。星々は線となって交差し、まるで巨大な川のように見える。
「どうしてなのかしらね……」
美雲・ギンヌメールは、理由は分からないがキラ・ヤマトと言う存在に興味がある。それは彼から痛々しい慟哭を感じたからなのか、それとも覚えのない景色に蒼天使と似た機体があったからなのか。理由は自分でも分からないが、悪い気分でないのだけは確かだ。
でなければ、わざわざ自分から彼の部屋に赴いたりはしない。何より、彼と話してみて感じたこと。何故そう感じたのかも自分でも良く分かっていないのだが……
「どこか似ている気がする……」
会って間もない相手に、そう感じたのだ。記憶を持たず、歌を歌いたいだけの自分と、ヴァールが出現すれば戦場に必ず現れて戦う彼。同じ戦場に立つことはあれど、やっていることは全く違う。なのに、自分とどこか似ていると感じ、あまつさえ親近感すら感じる。
「本当に、面白いわ……」
右手の人差し指を口元に添え、そっと微笑む。
こんなに面白いと感じたのはいつ振りだろうか。気が付けばフォールド航行が終わり、艦内アナウンスでアイテールが超次元空間から通常の三次元空間に戻ったことを告げる、デフォールド完了の知らせが流れた。そして目の前には暗闇の中で輝く無数の星々と、美しい青い惑星。
ワルキューレとデルタ小隊が拠点とする惑星ラグナ。
時間はたっぷりとある。少しずつ、この自分の中に湧き出る歌以外の興味について。そしてどうしてそれが彼を発端として感じるのか。それは、これからゆっくりと知っていけば良いのだから。
今回も導入パート2みたいな感じになっちゃいました……。
次回以降、惑星ラグナを舞台にしたお話が書けそうです。
今後も皆様に楽しんで頂けるように頑張ってまいりますので、
感想や評価を頂けると非情に嬉しいです。
よろしくお願いいたします。