砂塵のアルファ~死にたがりおっさんパイロットの俺が、世界の危機を救うまで~ 作:KIWIさん
チーム
タクティレイヴの格納機能を備えた、水陸両用中型輸送車……命名は、『ケージ号』
グラン=セレスタ第五研究棟……作戦エリアから約一㎞離れた森林内にて、迷彩に包まれた車両は鎮座していた。
格納庫の中は薄暗い。
此処には、油と煙と鉄の香りが満ちている。
鉄と鉄が引き合う音と共に、ハッチが開くと、
硝煙に塗れた"戦場の風"が入り込んでくる。
月明りに照らされ、姿を現すのは、旧型、然して古ぼけた様子の無い"黒鉄の亡霊"
旧公国陸戦用軍機。"イシュマエル"
僅かな警告音。全身のシリンダーの収縮と共に、軋む駆動部。
その身体に刻まれた疵と錆びが、この機体が戦場を駆けた時間の長さを物語る。
『イシュマエル。出るぜ』
音は無く、だが確実に地を抉るような足取りで。
滑るように姿勢を低く、鋼の猟犬は獲物の元へと駆け出した。
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ガクン。と、イシュマエルがグラン=セレスタ自治区境界を跨いだ刹那。
第五技術実験棟と名付けられた建造物の灯りは、一斉に沈黙する。
覇辰産業が仕掛けたという妨害が起動したのだろう。
それ即ち、"10分"と言うタイムリミットがカウントダウンを始めたということに他ならない。
月明りに照らされ、明化フィルターを通した景色の一点に、赤いマーカーが置かれた。
『マーズ。目標地点にマーカーを置いた。其処から旧公国の地下物流トンネル網に入り込めるはずだ。まずはそこを目指してくれ』
アレスのオペレート。
イシュマエルは、闇に包まれた研究区画を、マーカーを頼りに迷いなく疾走する。
ブースター炎は最小限に、然して、走行速度を最大限に保つ姿勢・出力制御。
新型であればオートマ化されているはずの機能だが、イシュマエルに於いてはマニュアル操作だ。
しかし問題はない。身体に覚え込ませた操作は、オートマチックに制御されるよりも信頼性がある。
侵入からものの十数秒で、イシュマエルはマーカーの指定地点にまで辿り着き、トンネルを封鎖する鉄扉の前で膝をついた。
『アレス。ダイモス。頼んだ』
『ほっほ。任せろい』
膝をついたイシュマエルは、鉄扉へ手の平を翳す。
『──当然と言うか、グラン=セレスタの標準計装システムだね』
『なんじゃなんじゃ、つまらんセキュリティじゃのう』
パチリ。と響いた刹那の絶縁破壊の音と共に、堅牢なる衛兵は、
自らそのロックを解放し、
────開パルス信号の遠隔出力。
如何に堅牢な鉄扉であろうと、そのシステムが既知のものであれば、強制的に開信号を出力させる。
特に、セキュリティシステムがダウンしている現在であれば、より操作は容易となる。
『……相変わらずワケが分からん技術だ。助かるけどな』
イシュマエルは、解放されたトンネル内へと身体を滑り込ませ、
輸送用のレールに足を付け、それをなぞるようにホバー移動を開始する。
地下へ地下へと潜っていく、網目状の腸が如き鉄の道。
周囲には大量の配管が巡っており、保温材が張り替えられているところから、
旧時代の配管は、未だに研究施設のライフラインとしてその役割を果たしていることが伺える。
(リユース意識が高くて結構なこって)
腹の中で誰に聞かれるでもない皮肉を溶かしながら、イシュマエルの身体は重力加速度に従って、加速を続けていき、
レールをなぞる為についた手から、キリキリと響く金属音は、次第に火花の散る音へと変化していく。
『良いペースだ。マーズ。そのまま道なりに行けば、地下の物流ステーションに突き当たる。目的の兵装はそこに護送車両ごと置いてあるはずだよ』
『……不用心が過ぎないか?』
『用心するという思考が無いんじゃろ。何せ自治区内。安全に慢心しきっとるのじゃ』
『……成程ねぇ』
────道なりに。降りたシャッターを勢いのままに蹴破り、イシュマエルは中空へと飛び出し、十数mの落下の末、着地した。
『……』
ガコン。と、蹴破られたシャッターが遅れて落下する音が反響し、そしてすぐに静寂が満ちる。
静かだった。息を飲むほどに、全てが止まっていた。
旧公国の物流網の中枢の一部。物流ステーション。かつて物資と技術が流れた"動脈"だった場所。
けれど、今はその機能は喪われ、その巨大な空間だけが、意味を失ったまま残っていた。
イシュマエルのセンサがゆっくりと水平に旋回する。
視界の先には、融けた床材、焼けた鋼材、
壁から突き出たまま停止した自動吊り下げアーム。
壁に沿って配置された観測ガラス室。
ガラスは殆どが割られ、空間の内側へと欠片が散らばっている。
『……何だこりゃ』
何が起きたのかは知らない。
だが、この空間には“決定的な破綻”がある。
それに思考が追いついた時、イシュマエルの熱源センサが、中央搬送レーンを跨いだ奥側に"目標"を見つけ出した。
『マーズ、護送機体だ。熱源反応は最小。想定通り、未起動状態だ。破壊出来る』
眼を凝らせば、白銀で象られた車両が、其処に鎮座しているのが分かる。
この異様な空気の中に於いては、まるで棺か何かのようだ。
イシュマエルと共に、マーズはそれに歩み寄る。
砂の一粒も無い、異様に乾いた床と脚部がぶつかる足音が反響する。
この場所に満ちる"過去の気配"が、鉄の身体と、魂の輪郭に纏わりついて離れない。
護送車の正面に立つ。
────違和感。
マーズは、感じる儘に機体を停止させ、コックピットを部分開放する。
『マーズ?何を……?』
「……嫌な予感がすんだよ」
白銀のそれは、"まるで棺"かのように見えた。
それが、違和感だった。
マーズは車両のパネルに触れ、パイロットスーツについたデバイスで強制的にそれを"解錠"させる。
《コード承認 "開封"します》
扉が開くと、霧が、吹き出す。
液体窒素か、あるいはそれに類する冷却気体。
マーズはずかずかと護送車の内部へと入り込み、そして周囲を見渡した。
白磁の騎士。とでも表現するのが近いだろうか。
その機体の孕む生物的かつ彫刻的な美は、
本能と理性の隙間に入り込むような感覚とともに、心の底にあった恐怖を塗り潰した。
リークされていた白銀のタクティレイヴ。
護送車の中に恭しく跪くそれは、まるで、
その目前にあるカプセルを外敵から護るように、抱き抱えていた。
「……くそ……ッ」
マーズの感じた違和感は、的中したと言える。
カプセルの中に在るのは、安らかに眠る少女だった。
現実離れした白髪と、陶磁器のように白く、霜の張った肌。
人形のように整った顔と、控えめな身体。
成長の余地を未だ残す、未成熟なその造形は。
現実に存在するものとして、余りに儚く、美しすぎるその姿は。
否応にも────彼女が、被造物であるという事実を。マーズ・カラハラへと突き付けた。
白銀のタクティレイヴではない。
これが。この少女こそが。
覇辰産業が実戦投入を危惧した、新型の戦術兵装だ。
葛藤。逡巡。
ただ、見た目が人であると言うだけ。
この少女を破壊しなかったことで、どれだけの被害者を生むか。想像もできない。
覇辰産業の戦術分析は誠実だ。
「本当は兵器ではなかった」なんて、生易しいことは起こらない。
だが、マーズには出来なかった。
戦場に骨を埋める覚悟を持たない者を、子供を。殺す覚悟が出来なかった。
「……アレス。確認だ」
『どうしたんだい。マーズ』
「覇辰の目的はなんだった?」
『……?グラン=セレスタの最新兵装を実戦投入前に破壊すること……だけど……』
「そうか。じゃ、グラン=セレスタがこいつを使えない状況になれば良いわけだな?」
『マーズ……何を?』
マーズは駆け出した。護送車のルートインストールパネルを起動し、本来の予定……脱出用のルートハックプログラムを、インストールする。
「この兵装は回収して俺らが管理する。合流予定地で俺と護送車の回収の準備だけしといてくれ」
『ちょっ!!コンプライアンス違反だよマーズ!!仕事の内容を勝手に……いや、それは良いとしても……!』
インストールの進行を示す、青緑色のバーが、黒色の余白を潰していく。
『マーズ、君はどうするんだ!もし途中でセキュリティが復活してしまったら……!』
本来であれば、破壊任務を終えたイシュマエルを積むはずだった護送車の空白には、未だ白磁の機体と、少女を封印したカプセルが存在し。イシュマエルを積む余裕はどこにもない。
「大丈夫だ。そんときゃ壁を壊すなりなんなり……まあ、どうにかする。お前も道案内してくれるだろ?」
『分かったよ。覇辰にはこちらから確認を取っておくし、ルートも検討する。頼むから、変な無茶をしないでよ?』
アレスはため息と小言を吐き切ると、仕方ない。とダイモスと共に自分の仕事に取り掛かった。
脱出ルートの検討と、護送車の受け入れ準備だ。
セキュリティシステムの復旧まで、残りの時間は六分弱。
(大丈夫だ。十分間に合う)
一息の安心。
その望みは、真逆の形で叶えられることとなる。
キィン。
それは、鳥の囀りによく似た、甲高い音だった。
この場所のような閉じた空間では、高い音はよく響く。
その音は、護送車の出立を待つマーズの耳へ、ほんの僅かな違和感として届けられる。
瞬間、その全身に悪寒が走った。
ありえない。セキュリティシステムの停止から四分。来れるはずがない。
ありえない。今は深夜。唐突な襲撃に冷静に対応できるわけがない。
ありえない。グラン=セレスタの実験棟だ。他に幾らでも盗品の候補はある。一切の迷いなく来れるはずがない。
幾つもの可能性が脳裏に浮かび、即座にそれを否定する言葉が重なる。最後に残るのは、ありえないというただ一言だけの結論だ。
しかし、マーズは駆け出した。
走り出そうとする護送車から飛び出し、急いでイシュマエルの中へと飛び込んだ。
旧型が故の、時間を取る再起動シークエンス。
たったの五秒が、今のマーズには無限に等しく感じられる。
(来るな。来るな。来るな。来るな)
死神は、被害者が最も望まぬ瞬間にこそ訪れる。
甲高い鳥の囀りが、一際大きく響き渡り。
切り刻まれたシャッターだったものが床面へと落下する轟音が、数秒遅れて轟いた。
その着地は、見惚れて、息を忘れるほどに程に優雅であった。
二十mの高度からの落下だと言うのに、ヒールが地面を鳴らしたような、小さな音しかしなかったのだ。
イシュマエルの目前に着地したそれは、余りに華奢で、脅威に見える形をしていなかった。
バレエ・ダンサーと形容するのが近い、一切の飾り気と無駄を排した流線形の身体。
夜をそのままタクティレイヴの形に収めたような、吸い込まれる色彩。
しかし、その踊り子が数多の命を奪ってきた死神である証拠は、その両手に握られていた。
実体剣。閉所での戦闘に適さず、使用用途の限定性に対して携行性にも難がある、使う者がほとんど居ないマイナーを極めた兵装。
そのマイノリティが故に。
とある機体の代名詞として、その存在は囁かれる。
そして、その死神を駆るのは、
"その名を知らない傭兵は居ない"とさえ語られる、
軍事企業グラン=セレスタ最強の男。
『撃墜王、カロン……?』
撃墜王とか、名乗ってみたいですよね。
そんな機会、生涯訪れないことを望んでいますけど。