知ってますか?表だけのコインって存在しないんですよ?
博衣さんの『どこでも行ける君』の起動は成功した
ボタンを押した瞬間、気が付くと僕らは白上神社の裏、冥界の扉が封印されている場所に繋がる山道の前にいる
思わず周囲を見渡すも、そこは間違いなく白上神社の敷地内
本物の瞬間移動に僕が感動していると、突然隣にいた白上さんが悲鳴を上げた
「ミオっ!」
そう言って走り出した白上さんの目線の先には確かに見覚えのある人物が倒れている
だから僕らは慌てて大神さんの下へと駆け寄り状態を確認した
「…」
「…大丈夫
気絶してるだけです」
だが、それは裏を返せば大神さんを一人で打倒しうる人物がこの先にいるという事で…
「白上さん…」
「いいえ、白上も行きます
…行かなければなりません」
そう言って白上さんは暫し目を閉じると、何かを決意したかのように続けた
「だって白上は、白上神社の祭神なんですから」
「…分かりました、行きましょう」
僕は頷き、白上さんと一緒に山道へと足を踏み入れる
とは言え目の前は一寸先も見えない程の闇の中
日が落ち、完全に暗闇に包まれた山道に灯りなんてものはない
元々普通の参拝客は知らない場所であり、普段は関係のない人がうかつに近づかないようにしている場所だ
道自体はある程度は整備されているものの、それを照らす灯りまでは流石に設置されていない
だけど何となく分かる
この先に悪意を持った何者かがいることが
夏の事件の際に有力説として上がったものの、結局痕跡すら見つける事ができなかった何者かがそこにいるのであろうことが
「海斗くん?」
「…」
思わず自身の手を握りしめる
一体相手が何者なのかは分からない
だが、その相手は冥界の扉の封印を破り、単独で大神さんを退ける程の手練れだという事だけは分かる
決して一筋縄でいく相手ではないだろう
(勝てるのか?
僕と白上さんだけで…)
ハッキリ言って分からない
相手の全貌どころか一部ですら把握できていないのだ
勝算を立てるどころか、戦いになるのかどうかすら分からない
今まさに山道を昇る僕らを包み込むこの果てしない闇のように、まだ見ぬ驚異への不安や焦りが徐々に僕の精神を蝕んでいき…
「ーー大丈夫です」
隣から聞こえたその言葉と、右手に感じたひんやりとした手の感触にハッと我に返る
「きっと何とかなりますから、ね?」
そう続く言葉とは裏腹にしかし、繋いだ右手は少しだけ震えていて
それでも懸命に、僕を安心させようと笑顔を見せる白上さん
その姿に僕もまた微笑む
「………いえ、そうですね
ありがとうございます白上さん」
「ふふっ、さぁ目的地はすぐそこですよ
気合い入れていきましょう!」
そう口にするや否や白上さんは走りだし、それに引っ張られる形で僕もまた走り出す
そして、気が付くとさっきまで僕の心を蝕んでいた不安や焦りはいつの間にかどこかへと消えてしまっていた
(…)
いつだってそうだった
一人で不安な時、辛くて悲しい時
いつもこの人は僕の側にいてくれた
いつでもこの人が僕に立ち上がる勇気をくれた
いつだって、この人の笑顔が僕にとっての太陽だった
そう考えると、途端に繋いだ手の温度が愛おしく思えてきて
「海斗くん?」
不思議そうな顔で振り向く白上さん
その手を僕は軽く握り返した
「…行きましょう、白上さん
大神さんやホロックスの人達の分まで、僕らが犯人をやっつけましょう!」
「…はい!」
そうして僕らは山道を駆け抜ける
走って走って…そしてたどり着いた
その場所は、相変わらず山の中だというのに開けた土地だった
「…海斗くん」
「…分かってます」
草一本生えていない不毛の土地
周囲に生えている森の中にぽっかりと空いた小さな広場
空に輝く星々がよく見える封印の地
そこに僕達が追い求めていた人物はいた
「!
…チッ、早すぎねぇか…?」
そびえ立つ朱塗りの巨大な赤い門、冥界の扉
その足元にいたのは一人の少女だった
ラプラスさんが言ったように黒いフードを纏ったその少女は、不思議な事にそれ以外の特徴を認識する事ができない
恐らく強力な認識阻害の術を使っているのだろう
やはり一筋縄にいく相手ではないと改めて気を引き締める
「アイツらには端から期待はしてなかったが、まさか一時間程度の時間も稼げないとはな…
使えねぇ奴らだな、まったく…」
そうしてガシガシと乱暴に自分の頭をかくその少女に対して僕らは構える
だが、僕らの予想に反して彼女には戦闘の意思は無いようで、面倒臭そうに言った
「まぁ良い…
どうせお前らがここに来たって事は、その内他の奴らもここに来るって事だろうからな
さくらみこだけならともかく、ホロックスの面々にまで来られると流石に面倒だ
ここは逃げの一手を打たせてもらおうか」
「…それを僕らが許すとでも?」
そんな僕の言葉に黒いフードの少女は獰猛に笑う
「やれるものならやってみな!」
その言葉と共に少女の足元から禍々しい瘴気が溢れ出す
そして、気が付くとその足元には複雑怪奇な紋様が描かれた召喚陣が展開されていて
「!?」
次の瞬間、そこから溢れ出る異業の獣達
夜の闇よりも深く、おぞましい漆黒の闇で象られた獣の影
血よりもなお紅く禍々しい紅玉の瞳を光らせるそれらを見るや否や、白上さんが驚愕する
なぜなら、そこにいたのは僕らが良く知る…しかし予想だにしなかった存在だったからで--
「そ、そんな!
冥獣の召喚!?」
「ハハッ!
術式さえ構築できれば、理論上不可能じゃないだろっ?」
そう言って、黒いフードの少女は呼び出した大量の冥獣達を僕らにけしかける
慌ててその後を追おうとする白上さんだったが、目の前に立ち塞がる冥獣の群れがそれを阻む
「お前達の相手はこいつらだ」
「くっ!?」
苦悶の声を上げる白上さんだが、召喚された冥獣達が多すぎ、すぐには追いすがれない
だから黒いフードの少女はそれを見届け、悠々と立ち去ろうとする
しかし
「っ!させるか!!」
そんな彼女を逃がさない為に、僕は咄嗟に結界を張り少女を閉じ込める
動揺で初動が遅れた白上さんの代わりに、なんとか冥獣達をかわして少女を追った僕は、どうにか彼女をとらえることに成功する
だが
「…結界術はお前の専売特許じゃねぇんだよ」
「なっ!?」
ぬるりと、そんな音がしそうな程にあっさりと、少女は僕の張った結界をすり抜ける
そのあまりにも鮮やかな手腕にしばし呆然とし…だがここで取り逃すわけにはいかない
再度結界による黒いフードの少女の捕縛を試みるが、何度やっても彼女をとらえることができない
驚愕する僕に、彼女は言った
「…確かに潜在的な才能はお前の方が上だろう
たった数か月でこの精度の結界を自在に操れるというのは驚嘆に値する
そこに関しては素直に認めてやる」
だがまだ青いな、と少女は嗤う
「本当の結界術って言うのはこうやってやるんだよ!」
「っ!?」
言うが早いが少女が結界を展開し、僕はその中に取り込まれる
慌てて抜け出そうとするも、その精緻でかつ複雑な術式に僕は手も足も出ず、結界を壊す事も、そこから脱出する事も出来ない
そしてそれだけではない
突然岩でも降ってきたのかと思うほどの重圧が体全体にかかり、思わず僕はその場に膝をつく
ミシミシと骨が軋む音がする程の極大の質量に、体が物理的に動かなくなった
「ぐっ…あ...!?」
「結界術ってのは障害物や足場を出すだけの大道芸じゃねぇ
その本質は空間の再定義、及び新たな世界の創造
自らの敷いた境界線で世界の一部を切り取り、その内部を独自の領域として再定義
まったく別の異界を創造することこそが結界術の本質にして奥義だ」
その言葉と共に僕を囲っていた結界が突然フッと消え、同時に身体中にかかっていた圧力も霧散する
だけど、僕は身体中に残るダメージでその場から動くことができない
そして、そんな僕の様子を見て少女は嗤う
「…まぁ異界創造なんて絶技はそれこそ神の領域だが、それでも結界内部の物理法則を弄って重力を10倍にする程度の事はワタシでもできる」
そう話しながら悠々と動けない僕の下まで歩いてきた少女は、そのまま僕の体を蹴り飛ばした
「がはっ!?」
「要するに修行不足だな
一昨日来やがれ」
そうニヤリと嗤う少女だったが、突如そんな少女の体に一本の線が走る
「!」
直後、弾かれたように体を翻す少女と、そんな少女へ鋭い斬撃を放つ白上さん
「っ!!」
「これ以上海斗くんは傷付けさせません!!」
いつの間に冥獣の群れを全滅させたのだろうか
瞬時に少女の懐へと潜り込み、神速の一撃を振るう白上さん
直前で気付かれ回避はされるものの、それでも完全とはいかなかったのだろう
少女の顔を覆っていたフードがハラリとその場に落ちた
しかし
「まったく…これ気に入ってたのになぁ」
そう言いながら残念そうに足元に落ちたフードを拾う少女の顔は
満月の光を受けて、濡羽のように瑞々しく輝く黒髪の下にあったその顔は
ーー白上さんの顔そっくりで
刹那、走る稲妻
突如、冥界の扉のある広場入り口付近の木々がまとめて消し飛び、強烈な雷撃が彼女へと迫る
まるで矢のように真っ直ぐに少女へと放たれたそれはしかし、大岩をも砕く破壊の奔流であり…だが、彼女もまた並みの使い手ではない
咄嗟にそちらに手をかざすと、先程僕に使ったものとは比べ物にならない程の強度の結界が構築され、それと雷撃が勢い良く衝突する
轟音と衝撃
まるで爪で思いっきり黒板を引っ掻いたような不協和音が大音量で周囲に響き渡り、大型車両同士が正面衝突したかのような凄まじい衝撃に空気がビリビリと振動する
まるで神話の戦いのような凄まじい神秘と暴力のぶつかり合いに、その場から動けない僕はただただ圧倒され…周囲に立ち込めた土煙が次第に晴れ、無事に攻撃を凌ぎきったらしい白上さんそっくりの黒い髪の少女の姿を目にして戦慄する
(あれを…耐えきったのか!?)
まさに「神鳴り」そのものと言って良いほどの破壊を前にして無傷で佇む彼女の技量に、畏怖すら覚える
だが当の本人の表情は険しい
良く見ると、先の衝突の衝撃を完全には止め切れなかったのか、微かに手が震えている
更に、先程雷撃が放たれた方角から、僕らのよく知った気配が近づいてくるのが僕にも感じられる
だからこそ
「…頃合いだな」
その言葉と共に、白上さんそっくりの少女は僕らに背を向け空に飛び上がる
それと共に小さな立方体の結界が空中に展開され、それを足場にして着地した彼女は何度か同じ事を繰り返してこちらから距離を取った後に一度こちらを振り返った
「散々な結果だったが、思わぬ収穫を得られた
次はこうはいかないぜ」
「待ってください!あなたは一体…!?」
思わずそう叫ぶ白上さんの言葉に、少女はニヤリと口の端を吊り上げた
「安直だが…黒上フブキとでもしておこうか
精々束の間の夢を楽しむ事だな、オリジナル」
その言葉と共に少女は…黒上フブキは消え、ようやく避難誘導を終えたみこさんと、そんな彼女に介抱されたのだろう大神さん
そして、どういうやり取りがあったのか分からないけどホロックスの面々までもが到着する
だけど、その時にはもう全てが終わっていて…
「白上さん…」
思わず白上さんの事を呼ぶも、彼女は呆然としている
何が起こっているのか分からないという顔で、黒上フブキと名乗る少女が消えていった方角をただ見つめて続けていて…
一体どういう言葉をかけて良いのか分からない
そして、そんな何も出来ない自分の無力がただひたすらに悔しくて
そんな僕らを満月が静かに照らし出す
ーーこうして白上祭りの後に起こった騒動は、ひとまずの終結という形を取るのだった
次回、第二章終結です