しばしご容赦ください
世界は理不尽で満ちている
例えば半額シールが張られるのを待っていた刺身のパックが目の前でかっさらわれたり、あるいは「どちら側からも切れます」と書いてあるマジックテープがしかしどうあがいても手では全く切れなかったりと
ともかく様々な形の理不尽が平然とまかり通っている
そしてそれらを前にしたとき、僕達は往々にしてただその場に立ち尽くすしかない
すんでの所で逃してしまった半額の刺身はもう二度と戻ってこないし、素手で切れないマジックテープはハサミを持ってこなければもうどうしようもない
粛々とその理不尽を受け入れる事しかできない
だから、世界にはどうしようもない理不尽がいくらでも転がっていて、そしてそれらに対して僕達が出来ることはただ耐える事だけ
それが真理であり、だからこそ僕は目の前の状況に耐えなくてはならない
具体的には
「…それじゃあ海斗くん
どうして今朝フブキと一緒の布団で寝ていたのか、うち達に説明してもらおうか?」
「納得のいかない説明だったらどうなるか、分かってんだろうなぁ?
あぁん?」
「僕は無実です」
目の前の笑ってるのに目が一切笑っていない白上神社のもう一人の祭神、大神ミオさん
そしてその横で険しい視線でこちらを見つめる白上神社神主代理のさくらみこさんに対して僕はキッパリと事実を述べる
だが逆の立場ならそれで納得するだろうか?
だからこそ、これから如何にして目の前の怒れる祭神達を説得するべきかと僕は必死に脳内で策を練るのだが…そもそもどうしてこんな状況になってしまったのか?
記憶の整理も兼ねて、僕は過去へ想いを馳せる
そう、あれは確か昨日の夜
白上さんが僕を助けてくれた後の事だ…
・・・・・・
「成る程、それで白上さんが日々冥獣を討っていると」
「そうですね
まぁ、とは言え今回みたいな大物はそんなに頻繁には出てきませんけど」
そう言いながら歩く白上さんの後ろに着いていきながら、僕はあの後彼女から受けた簡単な説明を自分の中で整理する
そうあの後
たまたま通りかかった白上さんにあの化物の襲撃から助けられた後、僕は一度白上さんの住んでいる神社に避難する事になった
理由としては彼女曰く僕の霊力が高すぎるから
なんでもこの磐ノ斗の地に時々現れる化物、冥獣は魂の力である霊力が高い人間を襲う傾向があり、そして普通の人間には見ることができない神である白上さんを見ることができる程の霊力を持つ僕は格好の獲物なんだとか
「まぁ、とは言え特別な資質か修行をこなした人間でもない限り、普通は一般人の霊力なんてそこまで大したものではないんですよ」とは白上さんの言葉
だから必ずしも冥獣が一般人を襲うとは限らないが、あくまでも霊力が高い人が狙われやすいというだけであって、普通の人間が襲われる事も別に珍しい事ではない
また冥獣は存在自体がこの世に悪影響を与えるらしく、放っておいても良いことは全く無いのだとか
と言うわけでこの磐ノ斗の地を守護する守り神である白上さんが、夜毎にパトロールをして定期的に冥獣を駆除したり、襲われてる人間を守ったりしているらしいのだが、そんな彼女から見て僕の状況は非常にまずいらしい
曰く鴨が葱を背負って歩いているようなもの
強い霊力を持ちながらも自衛手段のない僕をあのまま放っておくのは、白上さんから見てあまりにも危険な事であり、一先ず今夜は彼女の神社で保護してもらう事になったのだ
「それにしても…」
「?なんですか?」
「あのつかぬことを伺いますが…白上さんって本当に神様なんですか?」
そんなあんまりと言えばあんまりな僕の質問に流石の白上さんも目を剥く
「し、失礼ですね!
このキュートなお耳にふわふわ尻尾!どこからどうみても狐の神様じゃろがい!」
「あ、いえそこは別に疑ってないんですが…
その…最初の自己紹介が妙にこなれているというか…その…」
そう僕が言った瞬間白上さんは顔を真っ赤にして視線を反らした
「白上さん!?」
「あ、あれはその…白上達を見れる人ってなかなかいないので、テンションが上がってしまったというか、その…
せ、せっかくの機会だから、みこさんが教えてくれた『あいどる』風の自己紹介をしてみようかなと思ったというか、その…」
違うんです、別に練習とかしてないんです、出来心だったんです…等と頭を抱えてその場で踞る白上さんを何とかフォローする一幕などもありつつ、僕達はその場所に到着した
「ーーここが」
「はい、そうです
ここが白上達のおうちにしてこの磐ノ斗の地を守護する神社、白上神社です」
歓迎しますね、と微笑む白上さんに促され鳥居をくぐると空気が変わる
何と言うか…これまで喧騒に満ち溢れていた空気が、いきなり静かで清涼なものに変わったというか…
思わずあたりを見回すも、そこにあるのは何ということはない普通の神社の境内
だかしかし、近くの小さな山の麓にあるその神社の境内は、深夜であるという事実を差し置いてもしんと静まり返り、どこか神聖な気配に包まれているようで
「ーーこちらから誘っておいてなんですが、今日はもう休みませんか?
こんな時間ですし、詳しい説明はまた明日するという事で」
これが聖域というものなのかと呆けていた僕は白上さんの言葉で我に返る
とは言え彼女の言う事は一理あるし、実際命を狙われる経験をして疲れているのも事実
それを認識した瞬間、白上さんに出会ってからの非日常との邂逅で棚上げにされていた疲労が一気に襲ってくる
「…そう、ですね
申し訳ありませんが、寝床を貸していただいても?」
「勿論です
それではついてきて下さい、こっちに詰所があるので」
そうして案内された場所で布団を借りた僕は一先ずそこで寝る事にする
そして翌朝、用事で別の場所に出向いていた神主代理のさくらみこさんと、本殿で休んでいたはずなのに姿が見えなくなった白上さんを探しに来た大神ミオさんに出会う事になるわけだが…
「…ん?」
どこかから微かに聞こえる鳥の声に、暗闇の底を揺蕩っていた僕の意識がゆっくりと浮上する
そのまま静かに目を開けると、そこにあるのは見慣れない天井
それをぼんやりと眺めながら、ここはどこだろうと僕は考える
すると、まだ少し寝ぼけている脳内に昨晩の記憶が少しずつ戻ってくる
そうだ、確か昨日僕は冥獣に襲われて...
「それで白上さんに保護されて、白上神社に行くことになったんだっけ?」
そんな独り言と共に静かに体を起こして周りを見ると、そこは見慣れない畳の部屋
恐らくは白上神社の詰所なのだろう
その片隅に敷かれた布団の上に寝ている事に気が付いた僕は、しかし取り敢えずもう一度寝ることにする
(特に用事があるわけでもないし…)
何より正確な時間は分からないが、周囲の明るさを見る限り、多分まだかなり早い時間だろう
(…恐らく5時くらいじゃないかな?)
それならもう少し位は寝ていても良いはずだ
そう思い、改めて二度寝を決め込もうと掛け布団へ手を伸ばしたところで、ふと僕の視線は自然と手元へと向き…そしてそこから自分の隣にあるものに気が付き、戦慄する
何故ならそこには…僕が寝ていた布団の隣には、気が付けば一緒に誰かが寝ていたからで…
ついでに言えば、その人物の…少女の頭から生える白い耳と尻尾には、見覚えがあって…
「………白上…さん?」
驚愕のあまり、思わず震える声で名前を呼んでしまう
そして、それで気が付いたのか伏せられていた白上さんの目蓋がゆっくりと開き、透き通った湖の底のような青緑の瞳が僕を捕える
「ふぇ………海斗くん?」
おはよ~ございます、とふにゃりと微笑む白上さん
その笑顔には警戒心なんてものはまるで無く、どこまでも朗らかで愛らしい
だがそんな彼女とは裏腹に、僕としては混乱と冷や汗が止まらない
だってそうだろう?
目を覚ましたら隣に美少女が寝てましたなんて状況で驚かない人間なんていないし、何よりこの状況を誰かに見られたら一体どう思われるか
無論、僕は無実だ
誓って何もしていないし、そもそも昨日の状況で何か出来るほどの気力も体力も残っている訳がない
とは言え、この状況でそんな僕の言い分を信じる人間なんて果たしているだろうか
というわけで、まだ弱冠寝ぼけているのかトロンとした表情の白上さんの肩を掴み、取り敢えずどうしてここにいるのかを問い詰めようとして…
「あれ?詰所の鍵が開いてる
誰かいるの?」
「フブキ~、ここにいるの~?」
「「「「あ」」」」
・・・・・・
「す、すいません二人とも!
全部白上の責任です!!」
こちらを性犯罪者か生ゴミのような目で見つめる二人に対して白上さんが慌てて弁明する
何でも久しぶりに自分達の事が見える人に出会えた事が嬉しくて、僕が寝た後こっそり寝顔を見に来たらしい
だが時間が時間だった事もあり気が付いた時には寝落ち
そのまま朝まで一緒に寝ていたのだとか
「成る程…そういう事情だったんだね…」
「ご、ごめんなさいにぇ…」
必死に謝り倒す白上さんの言葉に納得の言葉を発する大神さんと、バツが悪そうな顔でこちらに謝ってくれるさくらみこさん
そんな彼女達に、こちらこそ紛らわしい事になってすみませんでした謝罪しながらも、僕は内心で胸を撫で下ろす
実際こちらとしても、こういう場面において男の僕がいくら弁明したところで意味はないので、白上さんが二人に真実を伝えてくれたおかげで本当に助かった
でなければ今頃どうなっていた事やら...
とは言え
「あの…僕が言うのも何ですが、本当に信じてくれるんですか?」
恐る恐る聞いてみると、大神さんは特に含むところもなく頷いた
「まぁ、そりゃフブキがこう言ってるんだし、信じるよ」
「それにフブさん意外とPONなところがあるから、寝顔を見に行ってそのまま寝落ちするっていうのも割りと現実味があるラインというか…」
「はうっ!?」
まさかの身内からの口撃に、思わず胸を押さえる白上さん
それを横目で見ながら大神さんは「それに」と続ける
「今さらだけど、海斗くん…だったよね?
うちの事も見えてるよね?」
「まぁ、はい」
「それなら少なくとも君をフブキがここに連れてきた事は嘘じゃないだろうし、そもそもフブキが変な人を連れてくる訳がない」
だから信じるよ
そう優しく微笑む大神さんと、横で腕を組んでうなずくさくらみこさん
その表情からは二人が何だかんだ言っても白上さんの事を信頼し、大切にしている事が伝わってくる
「…え~と、それじゃあ二人とも
誤解も解けたところで…」
「そうだね、それじゃあまずは何から話そうか…」
そんな二人に復活したらしい白上さんがおずおずと声をかけると大神さんがうなずく
「う~ん…
取り敢えずまずは現物を見てもらうのが一番早いかな?」
そう言って立ち上がる大神さん
そんな彼女に俺は首を傾げる
「現物?」
「そうだよ
うち達が冥獣と呼んでいるものの発生源
この白上神社が守っているもの」
ーー『冥界の扉』を見に行こうか
そう言って大神さんはニヤリと笑うのだった
ちなみに、ちゃんとさくらみこさんも二人のことは見えています
まぁ、この人が見えなかったら終わりだろうというメタ的な事情もないではないですが、作中の理由としては普通に二人が見えるレベルの霊力があるからです
ほら、作中フブキさんが「特別な資質か修行でもしない限りは~」みたいなこと言ってますよね?
あれです