ちなみに前回、白上さんが主人公を助けるために使ったのは禁術です
説明する機会がないのでここで軽く説明すると、
被使用者から使用者の記憶を消すという形で、被使用者が使用者と関わっている間に起きた出来事の因果律を消滅させ、被使用者から使用者と関わっていた期間に受けた肉体的損傷などを無かったことにするという類の禁術です
分かりやすく例を挙げるなら、
三年ほどの付き合いがあるAとBがいたとして、Bが見ている前で大怪我を負ったAにBがそれを使用すると、AからBの記憶が全部消える代わりに、Aがケガを負ったという事実自体が消滅します
そして何らかの形でBが関わっているという条件付きですが、この例なら3年前までのケガや病気まで対象に取れます(しかも条件はその場にいたとかでもOK)
これが禁術と言われる由縁は、使った相手から自分の記憶が消えること…ではなく、強引な因果律操作の揺り戻しによって、何が起こるか誰にも分からないことです
ですので下手をするとあの段階で世界が終わってる可能性までありました
目を覚ますと、そこは何度か見た白上神社の詰所の天井だった
「…?」
しばし呆然とする
咄嗟に直前の記憶が思い出せず、そのまま天井を見つめる
しかし、のんびりと現状を把握する間もなく、僕の様子に気付いたみこさんが慌てたように「海斗が起きた!」と言って部屋を飛び出し、少しすると大神さんと一緒に戻ってきた
「海斗くん!体は大丈夫?もう平気!?」
そう言ってこちらに抱き付かんばかりの勢いで駆けてきた大神さんの顔には、心配と不安の色が色濃く出ている
そして、それは大神さんを連れてきたみこさんも同様であり、いかに二人が僕の事を心配してくれていたのかがよく分かる
とは言え、僕も今起きたばかりで何がなんだかよく分かっていない
だから心底心配そうに僕の容体を聞いてくる大神さんの言葉に何とか相槌を打ちながら、ここで目を覚ます直前の事へと意識を向けて…
「…あ」
その瞬間に僕は全てを思い出した
(そうだ...僕は白上さんにプレゼントをもらった後、背中を刺されて…)
思わず胸元を押さえるも、特に外傷はない
と言うか…
(何で生きてるんだ?)
真っ先に来る疑問はそれだ
実際僕はあの時の事は全部覚えている
心臓に穴が空いた感覚もそこから血が抜けていく感覚も、そして段々と自分の体が冷たくなっていく感覚も…全部、全部覚えている
どう考えてもあれは致命傷だったし、僕自身あの瞬間確かに死んだと思ったのだ
だからこそ不思議で仕方がない
(どうして僕は死んでないんだ?)
内心でしきりに首を捻るが、取り敢えず今すべき事は僕の事を必死に気にかけてくれている大神さんにちゃんと自身の無事を伝える事だろう
だから僕は寝ていた布団から上半身を起こすと、取り敢えず自分は大丈夫だと伝えた
「そっか、良かった…」
心底安心したように胸を撫で下ろす大神さん
その後ろでこっそりと安堵の吐息をもらすみこさん
「もし目を覚まさなかったらどうしようかと…」
「本当ににぇ…」
「ご心配をおかけしました…」
僕がそう言って頭を下げると、大神さんは僕のせいではないと慌てて手を横に振る
「いやいや、海斗くんのせいじゃないよ!
何事もなくて本当に良かったよ!!」
「…ところで、僕はどうして生きてるんですか?
あの時確かに僕は自分が死んだと思ってたんですが…」
純粋に不思議に思って聞くと、返ってきた答えは僕の中の白上神社の神主の力が助けてくれたというものだった
「運が良かったね…」
そう言いながら大神さんが説明してくれたところによれば、何でもあの時僕はとっさに自身の力を発動し、自分の生者としての存在定義を最大限まで補強する事で強引に自分を生者として定義し続けていたとの事
ハッキリ言って禁忌の領域に触れる程のとんでもない力技であり、それを持ってしても時間稼ぎが精一杯だったらしいのだが、それでもそのお陰で大神さんの神通力と博衣さんの科学力、そしてみこさんの巫術による治療が間に合ったのだという
以上の説明を終えた大神さんは、改めて「何事もなくて良かったよ」と胸を撫で下ろす
「本当に、海斗くんが無事で良かったよ…」
「にぇ~」
そう言って微笑む大神さんとみこさん
その様子は最初に部屋に飛び込んできた時は打って変わったように穏やかで…だけど足りない
…いや、実を言うと最初から分かっていた、目を反らしていた
とは言えずっとこのままという訳にはいかないだろう
だからこそ僕はもう一つの気になっていた事を二人に聞く
すなわち
「あの…ところで白上さんは?」
その瞬間、二人は沈痛な面持ちになる
周囲の空気が一気に重くなる
そしてその反応だけで十分だ
(…まぁ、正直に言うと予想はしてた)
そもそも僕が刺されたタイミングがタイミングだ
きっと一緒にいた白上さんも、何か大変な事に巻き込まれているに違いないとは薄々感づいていた
それに…
(「また、守れなかったな?」)
僕の背後でそう嗤っていた声は、今思えばあの黒上フブキの声だった
彼女の目的は不明だけど、前回会った時も白上さんによく分からない事を言っていたあたり、恐らく狙いは白上さんだろう
加えて
(さっきの夢…)
…今思えば、どうして忘れていたのだろう
でも、もし黒上フブキがあの夢の中での出来事を言っているのなら、その言葉の意味が分かってしまう
そして…その言葉がどれだけ白上さんの事を傷付けたのかも分かってしまうだけに、そんな黒上フブキが白上さんを放っておくとは到底考えづらい
だから
「…教えてください
白上さんはどうなったんですか?」
そう言って僕は二人を見る
するとそれまで辛そうな顔をしていた大神さんが、覚悟を決めたような目でこちらを見る
その真剣な表情に思わず姿勢を正してしまうが、そんな彼女の口から出た言葉は白上さんの現状についてではなかった
「…その前にうちの質問に答えて
多分フブキと海斗くん、うちらに何か隠してることあるよね?」
「隠してる事?」
首を傾げる僕に、大神さんは続ける
「そう、具体的に言うなら例えば、白上祭りの時逃がしたって言ってた不審者の具体的な人相とか」
「そ、それは…」
確かに、僕と白上さんは黒上フブキの事は誰にも言ってない
勿論あの騒動の裏でホロックスを利用して冥界の扉を開ける事を企んでいた人間がいた事はちゃんと話しているし、彼女の使った冥獣の召喚や結界術に関してもちゃんと情報は共有している
だけど、彼女の顔が白上さんそっくりだった事と、その名前に関しては白上さんと相談して誰にも言わない事にしたのだ
それは僕らも混乱していたというのもあるけど、その情報が広がる事で白上さんにあらぬ疑いがかけられ、みんなの仲がギクシャクしてしまう事を恐れてのものだったんだけど…
「ねぇ、海斗くん
君達はその人物の顔までは見てないって話してたけどーー」
ーーもしかしてその人の顔、フブキにそっくりだったんじゃないの?
「なっ!?」
「やっぱりか…」
頭を抱える大神さん
それに驚く僕だったが、他に知っていることは無いかと続ける大神さんに、慌てて他の隠していた事についても教える
…と言っても、後僕らが隠してた事なんて、黒上フブキっていう彼女の名乗った名前と、前回の去り際に白上さんにオリジナルだとか何とか言ってた事位なんだけど…
「…状況証拠からして、多分確定だね…」
そう言って苦い顔をする大神さんにはそれらは重要な情報だったようだ
「大神さん…」
「…取り敢えず、まずは今の状況について説明するね」
そう言って大神さんが説明してくれた現状は驚くべきものだった
「白上さんが体を乗っ取られた!?」
「そう
そして海斗くんの話を聞く限りでは、恐らくその犯人は黒上フブキ…長いから黒上って呼ぶけど、多分その少女で間違いない」
そして黒上は風真さんと沙花叉さんの追跡を振り切り、現在冥界の扉の前で結界を張って引きこもっているのだという
「うちらも頑張って結界を壊そうしたんだけど、前に海斗くんが言ってた通り黒上の結界術の技量は頭一つ抜けててね…
今でもホロックスの皆が頑張ってくれてるんだけど、結局傷一つ付けられないまま、今日で3日目だよ」
「…え!?じゃあ僕3日も寝てたんですか!?」
その言葉に、そう言えば言ってなかったっけ、と大神さんは素で忘れてたという顔をするけど…まぁ良い
ちょっとショックだけど、それより重要なのは黒上がそうまでして引きこもっている理由だ
「それにしても、一体何をしているんだろう…?」
冥界の扉を封印する結界の解除に手間取っている…という事では恐らくないだろう
黒上の結界術の腕前なら、仮になにかで手間取っていたとしても3日という時間は少しばかり遅すぎる
実際白上祭りの時にホロックスの皆に一時間程度も稼げないのかとぼやいていたけど、逆に言うならそれはその程度の時間があればある程度の目処は立つという事であり、それを踏まえるならどう考えても時間が掛かりすぎだ
…正直、あの結界は普通なら解除出来ない程に強力な結界であり、尚且つ僕らが再封印をした時に補強、強化も行っている
だが、それでも一度封印を破られたという実績がある以上、黒上が再び冥界の扉の封印を解くのは決して不可能な事ではないだろうし、だからこそ、それにしては時間が掛かりすぎているのが気になる
となると、残る可能性は…
「白上さんを完全に乗っ取る為の時間稼ぎ…」
「…恐らくそれが一番大きな理由だろうね」
そう頷く大神さんに僕は問いかける
「…大神さんはもう検討が付いているんですよね?
黒上フブキとは何者なんですか?
一体白上さんとどんな関係にあるんですか?」
「…」
しかし大神さんは何も話してくれなくて…
「…大神さん?」
「ミオちゃん…」
「…わかってる」
心配そうに大神さんを見つめるみこさん
そんな彼女に、まるで自分に言い聞かせるように言うと、大神さんは僕を見る
だけど、その瞳には迷いがあって
「…今から話す事はあくまでも仮説に過ぎない
先代白上神社祭神の日記と、海斗くんから聞いた状況証拠をもとにうちが推理した、最もらしい与太話…」
それでも
「…でも、これを聞いたらきっともう戻れない
海斗くんはフブキの事を、今までと同じように見れなくなるかもしれない
もしかしたらフブキの事を嫌いになるかもしれない
うちは…フブキの大切にしていたものを壊しちゃうかもしれないんだ...」
そう言って俯く大神さんの顔には押さえきれない苦悩と葛藤が滲み出ていて
「大神さん…」
「怖いんよ…うちは!
うちがどうにかなるだけならまだ良い!
でもフブキが...大切な妹が傷付く事になるかもしれないって考えたら…
折角あの子にできた大切な友達を、また奪う事になっちゃったら…
うちは…うちは…!!」
ぽたりと光るものが大神さんの膝に落ちる
そこにいるのはいつも冷静で頼りがいのある、白上神社のもう一人の神様ではない
ただただ大切な妹の事を案じる、一人の優しいお姉ちゃんの姿で…
「…嫌いになったりなんてしませんよ」
だから僕も正直な気持ちを大神さんに伝える
「何があっても、絶対に
だって、僕にとって白上さんは恩人で、友達で…何より一番大切な人なんですから」
「海斗くん…」
「それに…思い出したんです
僕は昔強くて優しい大人になりたかったって
そしていつか白上さんを守れるような人になりたかったって」
「!
海斗くん、記憶が!?」
「だから大神さん
教えてください、全部を」
驚く大神さんに僕は頭を下げる
「彼女がどんな事情を抱えていたとしても関係ありません」
だって白上さんは白上さんだから
彼女がどんな存在であったとしても、一緒に積み上げてきた時間と想いは変わらないから
だから
「必ず白上さんを取り戻して見せます」
そう改めて宣言する
暫しの沈黙
僕も、そして大神さんも何も言わない
だけど…
「………分かった」
そう言って大神さんは頷く
「…さっきも言った通り、一度この話を聞けばもう戻れない
そしてこの話を聞いた上で君が何を思うかも、うちには分からない」
だけど
「…信じるよ、海斗くん
他ならぬあの子を救ってくれた君の事を…
君ならきっと、あの子の事を受け入れられるって…」
「大神さん…」
そう言って微笑む大神さん
そして語られるそれは、白上さん本人すら知らないであろう彼女の本当の出生の秘密で…
「…結論から言うよ」
そう大神さんは人差し指を立てる
「ーー白上フブキなんて人物は、多分最初から存在しないんだ」
次回は白上さんsideです