白上縁起恋灯絵巻【完結】   作:DX鶏がらスープ

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人によっては少しばかり刺激の強い展開かもしれません
ご注意ください




残響

遠くから微かに聞こえる鳥の声に、ぼんやりと意識が浮上します

 

うっすらと目を開けてみるともう朝らしく、暗い巣穴の中にかすかに光が差し込んでいます

それに気が付いた私はゆっくりと体を起こして辺りを見回しますが、特に変わった事はありません

土の巣穴の中はいつも通り暗くて狭いですが、それでも暖かくて快適です

そして私は思いの外早起きしてしまったらしく、家族はまだ皆寝ています

 

だから私は一瞬もう一度寝直そうと考えて…ですがその直前に思い付きます

 

すなわち、今なら自分も巣穴の外に出られるのではないかと

憧れの外の世界を見ることが出来るのではないかと

 

そうとなったら居ても立ってもいられません

早速私は他の家族に気付かれないようにこっそりと立ち上がり、巣穴の入り口へと向かおうとして…しかし、そんな私の密かな企みは実は起きていたお母さんに普通に止められて頓挫しました

 

曰く、まだあなたには早い

そう言って、口に咥えていた私を地面に下ろしたお母さんは説教を始めますが、私はそれにまともに取り合ったりしません

態度こそ神妙なものですが、内心では特に反省などせず右から左へと受け流します

 

だって、ずっと巣穴の中にいるのはとっても退屈なんです

だから、私にとって狭い巣穴の外の世界は憧れそのもので、お説教の最中でも私の頭の中はいつでもまだ見ぬ巣穴の外の世界の妄想でいっぱいでした

 

青い空がどこまでも広がる緑の平原に、薄暗くてどこから何が飛び出してくるか分からない深い森

そしてお父さんのお父さんの、そのまたお父さんが見たという、地平線の果てまで広がる水溜まり

 

そんな事ばかり考えていてろくに話を聞かない私にお母さんはため息をつきますが、ちょうど狩りから帰ってきたお父さんは、そんな私を見て嬉しそうな顔をしてこう言いました

 

ーーいつか大きくなったら一緒に外を冒険しよう

地平線の果てまであるという水溜まりを探しに行こう

 

そんなお父さんの言葉に私は心の底から喜びます

 

ーー約束だよ、お父さん!

 

ーーあぁ、約束だ

 

はしゃぐ私でしたが、やっぱり起きるのが早すぎたのでしょうか

急に湧いてきた眠気でウトウトとし始めた私を見たお母さんが呆れたように笑います

 

ーー良いからもう少し寝てなさい

 

そんな言葉に従ってお母さんの側までふらふらと近づくと、その瞬間ふわりと私の体を柔らかなものが包みます

フワフワで暖かなお母さんの大きな尻尾

とても良い匂いがするそれに包まれた私は、気が付くと心地よい微睡みの中に沈んでいきました

 

 

 

ーーそれがあの頃の、まだ私がただの狐だった頃の日常です

 

そしてあの頃の私は、こんな平和な日々がずっと続くって信じていました

 

まだ外に出ることはできないけど、それでもお父さんがいて、お母さんがいて、兄弟達がいて…

いつかは大きくなって外の世界を走り回りたい

皆で広い世界を歩いてみたい

 

そんな事を考えながら、暖かい巣穴の中で眠りこけていたのを覚えています

 

だけど...終わりというのは何時だって唐突にやって来るものです

そして私にとってのそれがやって来たのも、まさにあの時でした

 

 

 

ズンッ!!

 

突如としてそんな音が響き、衝撃で巣穴が揺れます

それに驚き、私は思わずその場で立ち上がります

 

ーーな、なに!?

 

ですが、それに答えられる人は誰もいません

 

突然の事態に兄弟達は怯えていますし、お父さんもお母さんも何が起こったのか分からず戸惑っています

そして、そうしている間にも音と衝撃は続いています

 

ズンッ!ズンッ!!ズズンッ!!

 

断続的に続く謎の音と衝撃

それに耐えきれず、皆の制止を振り切って、少しでも状況を確認しようと巣穴の縁までそっと近づいた瞬間の事でした

 

ーーひときわ大きな音と衝撃、そして強烈な光と共に、私の視界が反転します

いえ、それだけではありません

重力の軛から解放される感覚に、足の下にある空

吹き飛ばされたのだと気付いた瞬間には、既に私の体は地面に投げ出されていました

 

思えばまだ私の体が小さく、体重もそこまで無かったのが幸いしたのでしょう

たまたま吹き飛ばされた場所に茂みがあったのも良かったのかもしれません

 

とにかく、落下による衝撃と痛みはあっても、幸いにも私は怪我をしませんでした

ですが、それはあくまでも私が怪我をしなかったというだけの話です

 

突然の事態に驚き、恐怖し、慌てて吹き飛ばされた場所、つまりさっきまで自分のいた巣穴へと戻ると、もうそこには何もありませんでした

そう、文字通り何もありませんでした

 

私達が住んでいた巣穴のあった土手には、代わりに深い穴が空いていました

そして、その穴の周りにはもう何もありません

 

遠くに火の手が上がり、轟音と共にB-29の編隊が空を埋め尽くします

そんな中、私はかつてあったはずの居場所の残骸を見つめます

勿論それで何かが変わる訳でも、何かが戻ってくる訳でもありません

それでも、あの時の私に出来た事はそれしかなくて…

 

 

 

…正直、そこから先の事はあまり詳しく覚えていません

でも一つだけ覚えているのは、あの後私がひたすら歩いた事だけです

 

何故ならあの時の私にはもう何も残っていませんでしたから

家族と故郷を失った小狐に出来たのは、せめて安住の地を求めてそこから立ち去る事だけでした

 

ですが、それは決して安穏な日々ではありません

 

一人ぼっちで行き先などなく、ただただ歩き続ける日々

当然ちっぽけな子狐如きに満足に餌なんて取れるはずもなく、本当に僅かな食料を糧に、それでもここではないどこかへとひたすら歩み続ける虚ろで弱々しい旅路

 

…実際に自分がどのくらい歩いたのか、正確なところは分かりません

実は案外自分で思っているよりもその距離は短かったのかもしれないですし、もしかすると自身の体感通りに、それこそ地の果てまで歩き続けたのかもしれません

 

そのどちらが正しいのかは、今となってはもう分かりませんが、それでも歩いて、歩いて、歩いて、歩いて…

 

気が付いた時にはもう私の肉体は失くなっていました

そして、そこはもうこの世ですらありませんでした

 

 

 

赤い空にひび割れた大地

そこらじゅうから禍々しい瘴気が吹き出し、見たこともないような化物が平然と闊歩する、文字通りの死の大地

その中で恐怖に怯え、震えながら隠れ潜む日々を始めてから、一体どれだけの時間が経ったのでしょうか

 

精も根も尽き果て、冷たく固い大地の上に体を投げ出す私はぼんやりと空を見上げていました

 

幸いというべきですか、気が付けばここでの私は空腹を感じませんし、睡眠を取らなくても活動できます

 

ですが、一体それに何の意味があるのでしょうか

 

あたりを平然と歩く冥界の化け物達を前にして、そんなものは何の慰めにもなりませんし、意味もありません

それにそもそも、襲い来るそれらの化け物達を相手にして、たかだか小さな子狐一匹如きに一体何が出来るというのでしょうか

 

それに…

 

(もう、私には何も残ってない…)

 

家も、家族も、故郷も

肉体すら失った私には、もう何もありません

そんな私がこれ以上頑張る意味なんて、一体どこにあるのでしょうか

 

それに気が付いた瞬間、私は自分の心が折れる音を聞きます

今まで私の心を支えていたのであろう最後の何かが音を立てて壊れるのを感じます

 

そして奇しくもその瞬間、唐突に死の世界に一筋の光がさしました

 

暗黒の世界を照らし出す閃光のあまりの眩しさに一瞬だけ目を閉じますが、次に目を開けた時にはどこかの森の中でした

 

ですが…

 

(…どうでも良いですね)

 

冥界のまるで血のように染まった不気味な赤い空ではなく、染み渡るような美しい現世の青い空を見上げたところで、何も変わりません

 

あの地獄のような場所から帰ってきたという感慨こそあるものの、それは私の心の中の空虚を埋めるほどではありませんでした

 

それなら…

 

(このまま、ずっと一人ぼっちのままなら…)

 

ひび割れ荒れ果てた固い地面の上ではなく、柔らかく私の体を支えてくれる草の上で、私はそのまま目を閉じます

それと共に今まで形を保っていた私という存在そのものが次第にほどけていくのを感じます

 

でもきっとそれで良い

だってもう私には何も残っていない

これ以上存在している理由なんてないのですから

 

だから、私は目を閉じます

自分自身が消え行く感覚に身を委ねます

 

そして…

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

「…何ですか、これ?」

 

脳裏を過る知らない記憶に、白上は頭を抱えます

だって…

 

「だって白上は普通の狐で…先代様に拾われたのだって、お父さんとお母さんが病気で死んじゃったからで…」

 

まるで誰かに言い訳をするように…あるいは自分に言い聞かせるように、白上は自身の記憶を振り返りながら、さっき見た知らない記憶を必死に否定します

あれは自分の記憶ではないと必死に自分に言い聞かせます

 

だけど背筋を走る悪寒は止まりません

体の奥から込み上げてくる吐き気を必死に押さえながら、白上は口に手を当てます

 

「知らない…白上はこんなの知らない…」

 

カチカチと自身の歯の鳴る音が聞こえます

それでも、心のどこかが叫んでいる

納得している

自分はこれを知っていると

これは過去の自分だと

 

でも認められない

いや、認めたくない

だってこれが正しいのなら白上は…白上は…!

 

「ーーお前が知らないのも無理はない」

 

葛藤する白上の耳にどこからか声が聞こえてきます

 

ですが、白上の周囲には誰もいません

だけど、その声は続けます

 

「何故なら、この直後にお前を拾った白上神社の先代祭神がこの記憶を封印し、偽物の記憶を植え付けたからだ」

 

ーーだが、残念ながらこれが真実だ

 

そう言っていつの間にか目の前に立っていた黒上フブキは肩を竦めます

そして白上の顔を覗き込みながら残酷な笑みを浮かべました

 

「――なあ白上フブキ?

これを見た上で、それでもお前はまだ自分が幸福に生きる事を許される人間だと思えるのか?」

「!」

「いや、もう少し正確に言おうか…

お前はこの期に及んでまだ自身の日常に…あの少年のもとに帰る資格があると思っているのか?」

 

そう言ってニヤリと口角の端を吊り上げる黒上フブキ

そんな彼女に白上は咄嗟に言い返そうとして…でも

 

「し、白上は…!」

「大切な人を守れないのに?

もう二度と同じことを繰り返さないと、そう誓ったのに?

何より――」

 

 

 

――お前はもう、とっくに死んでるのに?

 

 

 

その言葉に何も言えなくなります

何も言い返せなくなります

 

何故ならそれは全部事実だからです

 

白上は、海斗くんを守れなかった

子供の頃、彼が冥獣ケガレに襲われて致命傷を負った時だってそうだったし、あの雪の日に彼が胸を貫かれた時だってそうでした

 

白上はいつも何も出来ない

神様なのに、何も出来ない

 

いつだって、白上は黙って見ている事しかできません

いつだって、白上には何も守れません

 

(…その上、そんな白上自身もとっくの昔に...)

 

絶望のあまり膝の力が抜け、白上はその場に崩れ落ちます

そして、それを待っていたかのように白上の足元が崩れ、無限の奈落が口を開けました

 

深い深い闇の底

きっと一度落ちたら二度と戻って来られない底無しの深淵

その中心へと白上はなす術もなく落ちていきます

 

ですがもう白上には抵抗する気力もありません

だから、白上はただ重力に身を任せて落ちていって…その途中でふと白上の脳裏を海斗くんの顔が横切りました

 

(海斗くん…)

 

かつて白上が傷付けてしまった男の子…

何の因果かもう一度会う事が出来たかけがえのない友達にして…そして、もう一度傷付けてしまった大切な人

 

そんな海斗くん事を思うと、白上の胸の中は罪悪感と申し訳なさでいっぱいになります

だからでしょうか、こんな状況の中で白上の口からまず溢れ出たのは謝罪の言葉でした

 

(ごめんね…海斗君…

白上は…もうダメだ…)

 

そんな呟きはしかし、どこにも誰にも届きません

だから、白上はただ果てしない闇の底へと落ちていく事しかできません

 

ですが、そんな中でも走馬灯のように眼前を過る彼との思い出はキラキラと輝いていて

彼とのありふれたなんという事もない日々の記憶は、白上の中ではまるで宝石のように確かな輝きを放っています

 

それがどうしてなのかなんて、今さら考えるまでもありません

ですが、その事実に思い至った瞬間に白上は改めて気が付きました

 

つまり

 

(…あぁ、白上は嬉しかったんですね)

 

…あぁ、そうだ

白上は彼とまた会えて嬉しかったんだ

海斗くんと一緒に過ごす日々が楽しかったんだ

 

そう改めて自覚すると同時に、海斗くんと一緒に過ごした日々が、まるでその場にいるかのように色鮮やかに浮かび上がります

 

月明かりの下で再会した日の事に、みこさんに修行を付けられている彼を応援した日の事

一緒に冥界の扉マガツトボソを閉じる為に戦った日の事に、白上祭りが終わった後に二人で話した事

 

そして何より、あのクリスマスパーティーの日の事

 

海斗くんと一緒に過ごしたすべての時間が、白上にとってはかけがえのない宝物で…

どうしようもない程に愛おしい大切なものだったのだと、白上は改めて認識します

 

それに何より…

 

(…幸せ、だったんだ…)

 

あの時、君があの綺麗な髪留めをくれた時

そして、それを着けた白上の事をかわいいって褒めてくれた時

本当は涙が出るくらい嬉しくて、胸がいっぱいになるくらいに幸せで…

あの瞬間、間違いなく白上は世界で一番幸せな女の子だったって胸を張って言えると今でも思っていて…

 

(…あぁ、そっか)

 

無意識の内に見ないようにしていました

気が付かないようにしていました

でも、きっと違うんだ

今さらのように白上は気付きます

 

(いつからかは分かりません…)

 

でもきっと…きっと、ずっと前から白上は、私は…

 

(君の…事が………)

 

その時、ポケットから小さな髪飾りがこぼれ落ちます

それはまるで、一滴の涙のように輝きながら白上の視界から遠ざかっていって………

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

「………これで、もうこの体はワタシのものだ」

 

誰もいない闇の中…自身の精神領域の中で、ワタシは誰に聞かせるまでもなくポツリと呟く

 

「…アイツはもう戻って来ない

80年前、冥界にワタシ魂の一部を置いて、一人だけ現世に行き幸せになったアイツは、もう二度と…」

 

まるで自分に言い聞かせるようなその言葉に、しかしワタシの胸中は晴れない

 

「ワタシは…アイツの不幸を望んでいた…

冥界に取り残され、さ迷い続けたワタシと同じ苦しみをアイツにも味合わせてやりたかった…

この世界そのものを目茶苦茶にしてやりたかった…」

 

なのに、どうしてこんなにも気が晴れないのだろう?

どうしてこんなにも嫌な気分になるのだろう?

目的は半分果たしたはずなのにどうして…

 

「………まぁ、良い

後は冥界の扉マガツトボソさえ開けばそれで終わりだ」

 

そう言ってワタシが目を開くと、そこには今度こそ完全に自分のものになった…否、元に戻った自分自身の姿がある

 

その結果に満足し、思わずニヤリと口角をあげた瞬間の事だった

 

『…本当に、それで良いのか?』

 

不意に脳裏を過ったのは、先ほど白上フブキに見せた記憶の一部

ただし、意図的に彼女に見せなかった白上神社の先代祭神との出会いの記憶

 

『…故に小狐よ、お主に家族を、友を、生きる喜びを教えてやろう

新しい人生をくれてやろう』

 

そう言って笑う隻眼の黒い狼の姿で…

 

「…ワタシにも…」

 

あんな風に言ってくれる誰かがいたのなら…

あのほの暗い冥界から連れ出してくれる人がいたのなら、あるいは…

 

「………今さらだな」

 

それに、今から冥界の扉マガツトボソを完全に開いてしまえば世界は冥界に沈む

そうすれば皆が平等に同じ苦しみの中で果てる事になる

ワタシの夢は叶う

だからワタシは今度こそ封印を完全に解こうと冥界の扉マガツトボソへと向き直った

 

「さぁ!今こそ現世と冥界を一つに…!!」

 

 

 

「ーーそんな事、させるもんか!!」

 

 

 

その声と共に冥界の扉マガツトボソのではなく、ワタシが張った結界の方がガラスが砕けるような音と共に壊れる

 

驚くワタシ

だがまるで水晶のように煌めきながら降ってくるそれらは、間違いなくワタシが張ったはずの結界で

 

「…白上さん、君がどんな存在であっても関係ない」

 

その中を歩いてくる一人の少年を見た瞬間に驚愕する

何故ならワタシはあの時確かにアイツを殺したはずで...

 

「ば、馬鹿な…」

「僕はあなたに笑顔でいて欲しい

笑っていてほしい

それだけだ」

 

そう言って佇む少年は死んだはずの少年

様々な要因が重なり、白上フブキと仲を深める事になり、だからこそ目の前で殺す事でその死を利用した少年

だけど、最後に会った時にはワタシに手も足も出なかった彼の瞳は、それでもまっすぐにワタシを見ていて

 

 

 

「…だから、終わりにしよう黒上フブキ

全てを、今ここで!!」

 

 

 

 





遂にここまでやって来ました!
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