まさか「扉 古語」なんて該当単語が出てくるなんて思ってませんでしたよ
と言うか、それこそかなり普遍的な概念としてずっと昔からあるであろう「扉」という概念に古語があるなんて少し驚きました
まぁ、昔の日本語と今の日本語は違うという話はよく聞きますが、こうやって調べてみなければ実感は湧かないものですね
「ところで、海斗くんはこの磐ノ斗の地についてはどのくらい知ってるの?」
神社の裏手
山の奥へと繋がる薄暗い山道を先導する大神さんは、ふと思い出したように僕に尋ねる
しかしそれに対して僕はかぶりを振った
「いえ、ほとんど何も…」
「そっか、そう言えばまだここに来たばかりなんだっけ?
それじゃあ軽く説明しとかないとだね」
そう言って大神さんが語ってくれたこの土地の歴史の概略は、中々に興味深いものだった
なんでも、この磐ノ斗の地には昔から冥界へと繋がる大穴があったのだとか
その為現世と冥界の境界が曖昧であり、しばし冥界から吹き出た淀みや汚れといったものがより集まってできた冥獣が出現し人々を襲っていたらしい
そして白上神社の祭神は代々の神主一族と共に人知れず冥獣と戦い続けてきたらしい
「へぇ、じゃあ白上さん達は昔からこの地で戦ってきたことですか?」
「あはは、実はそういう訳でもなくて…」
「海斗、実は白上神社の祭神は代替わりしてるんだよ!」
気まずげに頬をかく白上さん
その意図が分からず首を傾げる僕に、さくらみこさんが捕捉する
そしてそれを聞いた大神さんが更に捕捉をする
「太平洋戦争末期…
大体80年位前かな?
そこで最後の戦いがあってね
これまでの千年にも渡る冥獣との戦いの中で少しずつ埋めてきた冥界の穴…この頃にはもう冥界の扉って言われるようになっていたそれを完全に封印する為に、白上神社の先代祭神と神主一族は文字通り死力を振り絞って戦ったんだ」
そこで大神さんは少し遠い目をする
「…結果は散々なものだったよ
確かに封印は成った
それでも神主一族は全滅し、先代祭神も力を使い果たし、後に代替わりをした後すぐに...」
「…」
「…ごめん、話がそれたね
そういう訳でうちらはこの冥界の扉を守っているって訳」
話を締めると共に大神さんは足を止め、くるりとこちらへ振り返る
気が付けば僕らは開けた場所に出ていた
そこは小さな広場だった
恐らく小学校の運動場程度の広さはあるであろうそこにはしかし、一切の生命の気配を感じない
虫や動物の存在どころか、木や草すら生えてないむき出しの地面に覆われたその空間は、明確に外の空間とは隔絶されており静寂に包まれている
だがしかし、それは決して安寧や平穏を意味する訳ではなく、むしろうっすらとした不安や恐怖を感じさせる
何故なら広場の奥、不気味な程の沈黙に覆われたその空間の奥には、これまで感じた事のない程の禍々しい邪気を放つ大きな観音開きの朱色の扉があって...
「これが…」
「そう、これがこの磐ノ斗の地に最後に残った冥界の穴の名残
千年かけて大きさを縮める事は出来ても、根本的に消滅させる事は未だに出来ていない彼岸との境界線
ーー冥界の扉だよ」
そう言いながら、結界が張ってあるからあんまり近づかないようにと注意を促す大神さん
だけど
(ーー言われなくても近づきたくない)
軽く10mはあるだろう巨大なそれを見て、思わずそんな感想を僕は抱く
何故ならそこにあったのは「死」そのものだったからだ
鮮血よりも鮮やかで色濃い紅に染められた巨大な扉
何十枚ものお札と頑丈な鎖による厳重な封印を持ってしてもなお、抑えきれない程の異様な圧力
僅かに開いた扉の隙間から漂う暗く、冷たく、そしてまるで真綿で首を絞められているかのようなどうしようもない閉塞感と悪意、絶望感を纏った冷たい冥界の瘴気に戦慄する
「この門をくぐるものは一切の希望を捨てよ」とは有名な地獄の門の描写だけど、目の前にあるのは意匠が和風になっただけでまさにそれそのものであり、真夏だというのにその周囲一体だけは冷淡で陰鬱な空気が流れている
そんな冥界の扉の様子を見ていると、先日からの説明が本当の事であるのが改めて身に染みて来るのと同時に、直前の大神さんの注意がそもそも無用のものであるように思えてくる
だってそうじゃないか
こんなにもおぞましく邪悪な気配を発する扉を前にして、一体どうしてわざわざ自分から近づこうとする奴がいるだろうか?
目の前に佇む名状しがたき根源的恐怖というべきものに対して、流石に僕も生唾を飲み込む
正気を疑うような底無しの邪悪さに、背中を伝う冷や汗が止まらない
だが、そこでふと気になったので大神さんに聞いてみた
「あれ?
でも冥界の扉は完全に封印されてるんですよね?
それならどうして冥獣がまだ出るんですか?」
「良い質問だね
実は冥界の扉が封印されても、この土地にそれがまだ存在する事は変わらない
だから現世と冥界の境界が安定しないのはそのままなんだ」
だから冥界の瘴気がこの世に出てきて、それが一定の場所に溜まる事がある
そしてそこから新たな冥獣が生まれてしまうのだと大神さんは語る
「もっとも、それでも冥界の扉が封印される前よりは遥かに冥獣の発生頻度は少ないし、その力も弱いんだけどね」
そう締めた大神さんは「これでこの土地がどんな場所なのかは大体分かったかな?」と僕に問いかけてくる
「そうですね、なんとなくは」
「よし、それじゃあ本題に入ろうか」
「本題?」
首を捻る僕に大神さんは笑う
「そう、今までのは全部現状説明
ここがどんなところで、そして今何が起こっているのかという事を理解してもらっただけに過ぎないんだ
だから、それを踏まえた上でうちから海斗くんに提案したい事があるんだ」
「それは…一体?」
「なに、そんなに難しい事じゃないよ
単にしばらくこの白上神社で修行をしないかって話だよ」
「…修行?」
僕が思わず繰り返すと、今度はさくらみこさんが話始める
「フブさんから言われてると思うけど、海斗は霊力が本当に強い
いや、強すぎるにぇ」
ぶっちゃけ霊力だけなら修行を積んだ偉いお坊さんとか聖人レベル
まがりなりにも神を視認でき、そして無事でいられるというのはそれほどの事なのだと付け加えた上で、彼女は続ける
しかし現段階ではただそれだけだ、と
「今の海斗には力はあってもそれを使えない
強大な力があるのにそれを使う為の術をなにも知らない
…これはとても危険なこと
制御できない力程危ういものはないにぇ
だから…」
「そう、だから取り敢えずこの夏休みの間だけで良い
せめて自分の身は自分で守れる程度、もしくはうちらが駆けつけるまでの時間稼ぎでも良い
とにかくうちらで必要最低限の自衛手段を君が身に付ける為の手助けをしたい
どうかな?」
・・・・・・
「ただいま~…」
と言ってもそれに対する返事は返ってこない
だから僕はそのまま玄関の扉を閉めると畳の間に向かい、そこにおいてあった布団袋の中から枕を取り出すと、それを敷いて横になった
どこからかセミの鳴き声が聞こえる
夏の空はどこまでも青く遠く、窓から部屋の中へと投げかけられた日差しがジリジリと肌を焼く感覚に夏だなと思いながら起き上がり、周りを見る
積み上がるダンボールの山
引っ越したばかりでろくに荷解きもしていないそれを見ていると、さっきまでの事がまるで夢か何かのように思える
だけどそれは間違いなく現実にあった事だという事を僕は知っている
だからこそ
「どうしたもんかな…」
むせ返るような気温に辟易しながら、僕はさっき白上神社で提案された修行をするという事について考える
あまりの情報量の多さに取り敢えず一度持ち帰らせてくれとは言ったものの、内心気が乗らない
それは彼女の話があまりにも突飛で非科学的だから…ではない
そもそも一度その非科学的なものに殺されかけているのだ
今さらそんな理由で彼女達の話をないがしろにはしないし、そこにあるのが単なる善意でしかないことだって分かってる
きっと悪いようにはならないだろう
それが分かっていてなお、何かが心の奥で引っ掛かる
どうしても自分のために修行に励むというイメージがわかない
(多分した方が良いとは自分でも分かってるんだけどな…)
それでも何故か不思議な程やる気が出ない
彼女達の話を聞く限りでは、下手をすれば自分の命に関わることだというのに、まったくと言っても良い程にモチベーションが上がらないのだ
(別にめんどくさいって訳でもないんだけどな…)
不思議なものだ
元々運動部なんだから肉体的鍛練に抵抗があるという訳でもないのに
そんな事を考えていると、ふとこんなにも誰かと長く話をしたのは久しぶりだという事を思い出す
思えばこの一年、僕はあまり他者と関わろうとはしなかった
それは接するのが知らない大人ばかりだったのもあるだろう
頻繁に色々な所へ飛ばされる都合上、友達なんて作っても無駄だという思いもあったのだろう
だけど本当は…
(あぁ、本当は…)
誰もいない家の中、部屋の真ん中に座り込んだ僕はなんとはなし窓の外へと手を伸ばす
だが届かない
窓の外に広がる青い、青い空には僕の手はどうしても届かなくて
ピーンポーン♪
直後に聞こえたインターホンの音に思わず伸ばしていた手を引っ込める
突然の音にしばし放心し、それでも二度目のインターホンの音に、流石に対応するべきだろうと慌てて玄関へと向かう
(誰だろう…?)
ドアの外にいるであろう人物に「ちょっと待ってください」と言いながら考えるも、当てはまる人物が特に思い当たらない
そもそもお隣さんなんていないし、特に何かの配達を頼んだ覚えもない
この家の元々の持ち主である親戚もわざわざ僕の様子を見に来るような人達ではないだろう
(新聞の契約か訪問販売か?)
いささか情報が早すぎるような気がするが、現実的にはこんなところだろう
そう思いながら開けたドアの先には白い少女
昨日命を助けられた白上さんが立っていた
「…あれ?白上さん?」
予想外の客に思わず呆けてしまう
だが目の前の少女はそんな僕とは対照的にどこか緊張したような面持ちで
「…あの海斗くん、今暇ですか?」
「え?え、えぇまあ…」
「で、でしたら!」
食い気味な白上さんの様子に少しばかり面食らう
だが白上さんは臆することなく踏み込んできた
「白上と一緒に、遊びに行きませんか!?」
え?なんで白上さんが主人公の家を知っているのか?
それはまぁ、一応この地の守り神ですから…