本物とは違う、偽物。
本物と同じ形をして、しかし違う目的で作られたもの。
ならば“ガワのみ”が本物で、中身が違うそれは偽物だろうか?
仮に中身が全くの別物だったとして。
けれどそれに“本物のガワ”をかぶせたなら。
それは――果たして、本当に“偽物”と呼べるのか?
………
金属の鈍い軋み音と、足音。
赤く点滅する警告灯の中を、ひとりの少女が駆けていた。
コンクリートで囲まれた薄暗い施設の廊下、錆びた配管が天井を這い、湿気を含んだ空気が重い。
少女の肩で揺れるのは、革のバッグ。そこにはギッチリと詰められた札束。顔を出す一万円札の束は、血のような赤の照明に染まって不気味な存在感を放っていた。
「いたぞ! 追え!」
後方から怒声。
ガスマスクを被った数人の少女たちが銃を構え、一斉に走り出す。
アリウスの制式制服を着た彼女たちは、無表情な仮面のような装備で感情を押し隠していたが、その行動には殺気がにじんでいた。
前を走る少女――彼女の姿は、アリウススクワッドの副リーダー“戒野ミサキ”そのものだった。
けれど、彼女の表情はニヤケ面。目は獲物を追う猫のように細く釣り上がり、口元には悪意のこもった笑みが張りついていた。
走りながら肩を震わせ、笑っている。いや、笑っていないと走れないのかもしれない。
「しつこいぞわれらァ!! たかが一千万ぽっちパクった程度で、そがいなヤケになりんさんなやぁ!?」
けたたましい広島弁。口調も、声色も、振る舞いも、ミサキとは似ても似つかない。
「「「黙れ! お前が金庫から金を盗んだ時点でアウトだ!」」」
怒声が重なる。
アリウスの少女たちは発砲する。閃光、破砕音。コンクリートの壁に弾痕が刻まれ、背後のガラスが砕け散る。少女の肩から紙幣がヒラヒラと舞い落ちるたびに、彼女の狂気じみた笑みは深くなる。
「ほうれ、またひとつ逃げ切りィ~♪」
角を曲がり、階段を跳ねるように降りる。
アリウスの生徒たちも後を追うが、動きに迷いが見える。なぜなら――
その“偽物”は、常軌を逸していた。
本来戒野ミサキは、無感情で無表情。冷め切った目をしており、口数も少ない。怒るでも、笑うでも、泣くでもなく――ただ沈黙と共に、任務を遂行する人形のような存在だった。
しかし、いま走っているそれは?
声を荒げ、罵倒し、動きが過剰にダイナミックで、挑発的で、まるで違う生き物だ。
「おとなしくその金を渡せば命までは取らない…!」
追撃の声に、偽ミサキが一瞬振り返って舌を出す。
「はぁ?! 誰がそがいなこと信じるんかァ? アリウスの言うことなんぞ、うそばっかじゃけェの!!」
再び加速。
不意に、進行方向の先にぽつんと現れる一台の車。黒塗りの旧式セダン。
「――来たァァァァッ!!」
ニヤリと笑う偽ミサキは、走ったまま跳び上がり、ルパン三世ばりのジャンプでボンネットに飛び乗る。クラクションをめいっぱいに鳴らしながら、運転席に滑り込んだ。
「な、なに?!」
「あいつ、いつの間に――!?」
戸惑うアリウスの生徒たちに、追い打ちのようなクラクションが鳴り響く。
ブゥゥン、とエンジンが唸り――
「じゃあの!アリウスの諸君!!」
タイヤが悲鳴を上げ、車体は急発進。警告ランプの点滅を掻き消すように、唸りながら加速する。
そのまま施設の壁に一直線。
「やめろォォォォ!! バカッ!!」
アリウスの生徒たちが叫ぶが、もう遅い。
偽ミサキの運転する車は、頑丈そうな外壁をまるで紙のように突き破り、そのまま地下カタコンベへ突入する。
■
そこは、忘れ去られた死者の迷宮だった。
旧時代の爆撃跡地に作られた、都市地下の防衛施設跡。
崩れかけた石造りのアーチ、すすけた標識、雑草の根が石畳を突き破っている。
だが少女は車を止めない。
狭い通路、急角度のカーブ。
地図も記憶もないのに、アドレナリンの奔流に任せてハンドルを切る。まるで『頭文字D』のように。
タイヤが火花を散らし、天井すれすれで鉄骨をかすめ、横転しそうになりながらも制御を続ける。
この先どうなるかは彼女にはわからない。
戒野ミサキの偽物…いや、偽生徒として転生した彼女はこの先何を目指すのか。
これはそんな彼女が繰り広げる、物語である
ハーメルンでの初めての投稿なので、変なところがあれば報告お願いします。