トリックは推理されたけど、ターゲットを全員殺すまで止まりませんよ? 作:Distance
毛利小五郎編
毛利小五郎はその日の依頼も無くニュースを見ていた。
あの凄惨な事件から既に十日程が経つも、未だに多くのニュース番組があの事件を取り沙汰している。
春日井明夫の両親がとある宗教の信者だった事で、危ない思想に取り憑かれていただの。
今回の警察の失態や被害者が勤めていた会社の不健全な経営体制。
もはや何処をバッシングしているのか判らなくなるくらい今回の事件に少しでも関わりのあったところを報道が責め立てている。
どこも似たようなニュースを流しているのを流し見していると、事務所のインターホンが鳴る。
誰が来たのか判っているので小五郎は立ち上がりドアを開けた。
「よぉ。よく来たな」
「お久しぶりです、毛利さん」
ドアの向こうに居た客は折られた腕を吊るした高木刑事だった。
彼は手に持っている袋を差し出す。
「これ、捜査一課からです。普段からお世話になってますので。皆さんでどうぞ」
「あぁ。悪いな気を遣わせて」
お礼を言って菓子を受け取る小五郎。
高木刑事を中に案内しソファーに座らせると、冷蔵庫から作り置きしてあった麦茶をコップに注いで高木刑事の前に置く。
「悪いな。わざわざ来てもらって。それも平日のこんな時間に」
「いえ。僕は今見ての通り休暇中ですし、この時間帯なら蘭さんやコナン君に聞かれる心配もありませんから」
腕を折られた高木刑事は今、労災扱いで休暇中だ。
もう少ししたら復帰するつもりだが、しばらく不自由な思いをするだろう。
高木刑事が今日毛利探偵事務所まで来たのは、あの事件に関して判明した事を毛利に話す為だ。
「守秘義務がありますので、今日お話しすることはどうか内密に」
「判ってる。俺も元刑事だ。口を滑らしたりしねぇよ」
小五郎に話す許可が下りたのは、今回の事件を推理したのが小五郎である事や彼が元刑事である事が大きい。
「本当は目暮警部が来たがってましたが、警部は今、色々と忙しく、時間が取れそうになくて。休暇中の僕に頼んだんです」
「……その、大丈夫だったのか?」
警察からすれば今回の事件で犯人に好き勝手されたのは大失態であり、メディアも激しくその事を非難している。
連日目暮警部がニュースで頭を下げている姿が映されていた。
高木は少し言いづらそうに話す。
「はい。目暮警部は今回の責任を取って辞任するつもりだったみたいですが、上に説得されて差し止められました。ただでさえ近年の犯罪件数が増加傾向にあるのに、ベテランの警部を辞めさせる余裕はない、と」
警察は今、末期的な人材不足である。
本人が犯罪を犯したならともかく、一度や二度の失敗でベテラン刑事を辞めさせる余裕がない。
本来捜査権限の無い探偵が事件に関われるのもこの理由が大きい。
毛利探偵や少し前の工藤新一など、彼らが事件を解決しなければ目暮達は今頃数十件の事件を抱えていただろう。
ハッキリ言って過労で死ぬ。
「まぁ、今年のボーナスはちょっと淋しいことになりそうですけど……」
彼なりに場を和ませるジョークなのだろう。
しかし、実際にはボーナスだけではなく、減給もされているのではないだろうかと小五郎は予想する。
「……今回の件で探偵の事件に対する関わり方にも色々と制限が付くと思います。今、大急ぎでマニュアルを作成してますので出来上がり次第送付します。その、コナンくん用のも」
少し躊躇いつつもコナンの名前を出す。
あの事件から一週間くらいはなにかを思い悩んでいるのを蘭と二人で心配していたが、今では元通りに過ごしている。
小五郎の目の届かないところでも事件に首を突っ込んでいるコナン。
そんな事はやめてほしいのが本音だが、なにを言っても首を突っ込むんだろうな、と眉間にしわが寄る。
小五郎は分かったと頷き、本題に入る。
「春日井明夫さんですが、事件後に司法解剖に回された後に火葬。遺骨は婚約者だった雨ヶ谷小夜さんのご両親が引き取りました。仕事を早期退職して田舎にあるお墓に二人の遺骨を納めたいと」
自殺に使われた薬物の特定にその入手経路を調べる為の解剖。
しかし小五郎は高木の説明に首を傾げた。
普通なら、春日井明夫の両親が引き取りそうなものだが。
「春日井の親は?」
「ご両親とは絶縁状態だったみたいで、戸籍も何年か前に抜いていました。それでも連絡を取ったところ、受け取り拒否したようです」
「それは、今回の事件が理由か?」
小五郎の疑問に高木は首を縦に振る。
息子の訃報を両親に知らせに行った佐藤が戻ってきた時には大層不機嫌な様子だったらしい。
「春日井さんが中学に入学した頃に知人の勧めでとある宗教団体に加入したみたいで。春日井夫婦も周囲への強引な勧誘をしていたみたいです。それが原因で親子間での喧嘩が絶えなかったそうです」
その勧誘が息子の交友関係にまで伸び、段々と周囲から孤立していったらしい。
「特に、高校の入学費用を寄付金に当てたことが原因で大きな喧嘩に発展し、警察に通報される事態になったみたいで。その時に親子三人と止めに入った警官四人が病院に搬送される騒ぎだったとか。ご近所も当時のことは印象深く記憶に残っていたようです」
凡そ十五年近く前の出来事の筈なのに、近所の住民は昨日の事のように当時の事件を話してくれたという。
「病院で治療を受けた後、春日井明夫さんは家に戻らず、しばらくは日雇いのアルバイトで食いつなぎながら各地を転々としていた模様です」
「それだけ親と一緒に暮らすのが苦痛だったってことか」
まぁ、そんな環境に居れば逃げ出したくもなるだろう。
「事件後にマスコミなどにかなり強引な取材を迫られたようで、精神的にやつれてたみたいです。だから、息子さんの遺骨も無縁仏に入れるつもりだったのをそのことを知った雨ヶ谷夫妻がいくらかのお金を包んで引き取った流れだと。結婚後は婿養子に入って雨ヶ谷の姓を名乗る予定だったみたいですし」
佐藤刑事が言うには、その時にかなり息子のことを口汚く罵っていたそうだ。
こんな事件を引き起こされていれば仕方ないが、聞いていて気持ち良いものでもない。
「まぁ……恋人と同じ墓に入れるんだ。アイツからしたらその方が良かったのかもな」
墓の中で一緒に居られるのだ。
死後の世界なんて物は信じてないが、それでもそれが幾ばくかの慰めになれば良いと思う。
「それと、雨ヶ谷小夜さんが勤めていた会社ですが、近い内に畳むことになりそうです」
「やっぱり、今回の事件でか?」
「えぇ。事件後に株の殆どが売却され、銀行からの融資も打ち切り。なにより労基の監査が入り、労働基準法の違反が発覚しました。ただ、雨ヶ谷小夜さんと仲の良かった同僚や彼女の世話になった部下や後輩の大半が小夜さんの自殺後に転職してます。自分も同じように使い潰される可能性が恐かったそうです」
残っていたのは長年会社に勤めていた年配の社員やそれなりに優秀だが圧倒的に数の少ない中堅社員。そして給料を貰う為だけに出社してるようなやる気の無い社員ばかりだと言う。
たとえ今回の事件が無かったとしても、十年先まで存続していたかは怪しいところ。
「それと、雨ヶ谷夫妻の下に雨ヶ谷小夜さんの遺書と綴られた日記が事件の前に送られていたそうです。彼女の死後、春日井さんが所持していた物と思われます」
日記には会社内で行われていた社内イジメに対する小夜さんの心情。
そのせいで私生活で春日井明夫に当たり散らしてしまう後悔。
精神的に追い込まれながらも責任感や上からの圧力で退職という道を選べなかった事。
解雇後の安堵もつかの間、望まない相手との子を妊娠した事への絶望。
日記の最後の方は最初は綺麗に整えられた字も震えた手で書かれていたようで、大分荒かった。
「雨ヶ谷小夜さんの自殺後に消されてますが、被害者の中には彼女の下着姿を鍵アカですがSNSへの投稿や、強姦時の画像を撮っていた人も居たようです。それも脅迫に使われて、辞めるに辞められなかったようです」
顔は隠していても、特定班などに身元を割られる可能性もある。
近年のSNSはそれだけ恐ろしいのだ。
加えて日々の過剰な仕事量での過労だ。
まともな判断が出来なくなっていた可能性があると捜査で話を聞いたカウンセラーが言っていた。
全てを話し終えて、高木は半分残っていた麦茶を飲み干す。
その様子がおかしい事に気付いて声をかける。
「どうした?」
「……その、春日井さんを庇うわけじゃないんですけど。もしも自分の大切な人がこんな理不尽な目に遭っていたら、僕ならどうしていたかなって考えちゃって」
春日井明夫と雨ヶ谷小夜の二人と違って高木と佐藤は同じ職場だ。
だがもしも自分の知らないところで最愛の人が追い込まれていたら、冷静で居られるだろうか?
そう考えてしまうのは刑事としてまだまだ未熟な若手だからだろうか?
そんな考えがふと過る事がある。
すると、そんな高木の肩を叩く。
「あんまり、そういうことは考え過ぎんな。身が保たねぇぞ」
色んな犯罪者と遭遇する刑事という職業で誰かれ構わず感情移入し過ぎれば心が確実に病む。
まぁ、あの職場でそんな心配はないと思うが。
「それでも、なにか悩みがあったらいつでも来い。酒を飲みながら愚痴くらい聞いてやる」
別に今更先輩刑事面するつもりはサラサラ無いが、人生の先輩として愚痴を聞くくらいは出来る。
それからどうするのか考えればいいのだ。
小五郎の言葉に高木の表情が少しだけ晴れる。
「奢りですか?」
「バカ野郎。そんな余裕あるか! 割り勘だよ割り勘!」
話を終えた高木が帰って行くと、小五郎は窓を開けて煙草を吸い始める。
思い出すのは初めて春日井明夫と会った時に一緒に煙草を吸った時の事。
彼女がくれたというジッポを大事そうに握っていた青年。
もしもあの時に何かを察していれば、あの青年の犯罪を止められたのではないか。
「馬鹿馬鹿しい。俺はエスパーじゃねぇんだ」
人の心など読めないし、仮にあの青年の憎悪を感じ取れたとしても、簡単に説得出来ると思える程傲慢ではない。
それでも、と思ってしまうのは自分もやはり今回の事件で思うところがあるからか。
「高木の事をどうこう言えねぇな……」
そう言って吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、スマホを手に取る。
登録している番号から通話を押す。
二回鳴ってから相手が電話を取った。
仕事中なのだろう。不機嫌そうになに? と訊いてくる。
「英理。今度、時間あるか?」
別居している妻も何かと人の嫉妬や恨みを買いやすい職だ。
雨ヶ谷小夜のように突然自殺するとは思ってないが、何故か無性に心配になった。
電話の向こうで妻が訝しむ様子でなんで? と言う。
「あぁ〜その、なんだ……今度どこかで一緒にメシでもどうだ? 二人きりでもいいし、蘭やコナンを連れてもいい。家族で一緒にメシを食いたい。そう思ってな」
電話越しの妻が茫然としているのが見えた気がした。
次で最後だぁっ!!
今回書きたかったのが、実は英理に電話するシーンだったりする。