Stella Break   作:無間ノ海

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恩讐と踊るプロミネンス

 

 

 ――『シュテレーラ』。

 

 対異常事象秘密機関。神秘災害専門対策組織。人類文明の堤防。裏社会の暗部。星見屋。最高最悪の殺し屋集団。

 

 数々の忌名で呼ばれるその組織は、神秘を悪用する魔道犯罪者を、権力に護られた法で裁けぬ極悪人を、そして世界を滅ぼす神秘災害を。

 その全てを、逆に滅ぼし返すことを存在意義とする機密組織。

 

 ある意味では称賛されるべきその行為には、しかし喝采は与えられず、ただ恐怖だけが向けられる。

 それは人類文明に影響を与えないよう、彼らが決して表社会にその痕跡を残さないが故であり。

 

 ――そして彼らが、災禍を振り撒く連中を、決して逃すことがないからだ。

 

 

 

 男の――ヨハンの前には、極大の魔力を遠慮なく撒き散らす、青年の姿をした怪物がいる。

 今でも、覚えている。

 

(ああ、あの目だ。あの光だ。)

 

 緋色の目。紅蓮と黄金。

 

 3年前の、ジネドーゴ最後の任務。訳のわからない宗教団体から羽振りの良い依頼が仲介屋を介して送られてきた。

 ただの警護。楽な仕事だ。

 

 それが普通の新興宗教ではないことなんて彼らには分かっていた。

 何人もの魔術師やよく分からない奇物が拉致・盗難され、本部に運びこまれていることは知っていた。

 それを知っていて、よくあることだと切り捨てた。

 

 美味い話には裏があるが、その裏すらも見通し、握り潰し、自分たちの糧とする度量と実力が彼らにはあった。

 この依頼で手に入れた資金やルートを元手に、戦力の需要が大きい新大陸の方に繰り出してもいいかもな、なんて笑っていた。

 

(それが間違いだった。受けるべきじゃなかった。連中の儀式は、世界の滅亡に直結するものだった。コイツらは…それを見逃すような奴らじゃなかった。)

 

 

「くっくくっ、はっはっは…!!そうか『シュテレーラ』!!あの魔法使いの死神どもかっ!!理解できたぜ…テメェが俺の部下たちを焼き殺した理由も、ここに来ている理由もなぁっ!!」

 

 仇敵を前にして、ヨハンは耐え切れぬというように笑い出した。

 ぎらめく紅眼をゆっくりと開き、セヅキは歩き出す。

 その静かな一歩一歩が、地響きの如き轟音を空間に響かせた。

 

「納得できたのなら何よりだ。そして悪いが投降の意志が無い以上、ここで確実に潰させてもらう。…恨みたまえよ。」

 

「やってみろよクソガキが………よぉっっ!!」

 

 ヨハンの打ち出した拳がセヅキの掌底で止められる。

 それだけで、男の思考回路はその強さの解を弾き出した。

 

(重いっ!高すぎる神秘の出力がそのまま擬似的な質量になってやがる。だが………)

 

「ぜぇあっ!」

 

 反撃として細い足からハイキックが繰り出された。しかし、ヨハンの戦勘はその軌道を、蹴りが放たれる前から魔力強化の起こりにより読み取っている。

 

 回避――爆砕。

 

「おおっとぉっ!!」

「だぁっ!」

 

 海岸線を一部とはいえ吹き飛ばす一薙ぎ。

 それをのけぞって回避し、カウンターとして腹に、叩き込まれるヨハンの拳が差し込まれた。

 

 それをセヅキの右手が受け止める。しかし。

 右手の芯がビリビリと響いた。

 

「!?」

(硬い……ただの硬度上昇ではないな!地面と岩盤の特質付加を加味した概念強化か……)

 

「流石にこれならキクだろ、英雄サマよおっ!」

 

 攻撃が通じるのを見て、ニヤリと嗤う傭兵。

 

 地面は『地上のものを支え、受け止める』。

 その硬度の要素のみを抽出し、自身の動作に影響を与えないまま付与したのだ。

 

 さらにそれだけではなく。

 

「ドオオラァァッッ!!」

 

 ヨハンが踏み込んだ地面がひび割れ、そこから赤熱の液体が吹き出した。

 血潮のように華々しく場を赤く彩るその液体は、触れるだけで臓腑が焼け爛れそうな熱を抱えていた。

 まさしくそれは、海底火山から島へと引き上げたのだろう、

 

「マグマか、なかなかに無茶をする………」

 

「上等よおっ!!テメェを殺せるならなあ!!」

 

 あっという間にフィールドが1000℃を超える火山エリアに変化する。

 

 溶岩の海へと変貌した砂浜は、その熱こそ互いが纏う神秘の圧力に弾かれるものの、人間には到底耐えられない過酷な環境が大きく体力を削ってくることには変わらない。

 そして当然、異常環境によるダメージは適性のないセヅキの方が大きいのであった。

 

 だがやられてばかりで終わるほど、疑似太陽を吞み込んだこの怪物はヤワではない。

 

「そうか、ならば…!」

 

 瞬きの刹那、青年剣士は体を開き重心を深く落とす。頭上に振りかぶる形で構えた刃。

 一瞬、その刀身が輝いて。

 

 

 ずん、っと。

 

 重苦しい音と共に次元がずれる。

 

 飛来するは、袈裟懸けの大斬撃。

 縦一直線に描かれた白線が、一瞬にして飛来し。それは射程を無視してどこまでも伸びて延びて伸びて。

 

「っ!?」

 

 脳内のアラートに従い回避したヨハンの裾を掠め、衝撃が砂浜を超えて奥部の海面を吹き飛ばした。

 

 やはり奴に攻撃を放つ隙を与えるわけにはいかない。タメこそ大きいが直撃を受けたら一撃で致命傷になりうる。

 即死に直結するプレッシャーに、ヨハンの頬にも汗が垂れた。

 

「ちくしょうが、厄介だなその衝撃波…!」

 

 悪態を吐きつつ、ヨハンは冷静に思考を巡らせる。

 すなわち、基礎スペックで圧倒的に上回る目の前の相手を、どう攻略するか。

 

(わかってたが銃は効かねえ、直接殴るしかねえな。)

 

 魔力強化による火力の底上げが困難な銃器は、基本的に魔法使いや魔術師には効きが悪い。ましてここまで魔力出力に差があるのでは、たとえ艦砲だろうが玩具の水鉄砲同然だろう。

 

 なら、近接戦で殴り殺すしかない。

 

 たった一歩。どんっ、と踏み込みの音と共に、彼我の間合いが潰された。足一つ動かすことなく身体の重心を滑らかに並行移動させる歩法。

 意識の隙間を突く移動に、相対する敵は反応できない。

 

(貰ったぁ!)

 

 ヨハンの拳が残像と共に三つ、四つと分たれる。我流の喧嘩殺法ながら、的確に相手の意識と動作を封じる拳法。

 それがほとんど同時に、セヅキの身体に突き刺さった。

 

 

 が。

 

 

「ッッ!?通じねぇ………!!」

 

 硬い。硬い。途方もなく。

 

 その肉の薄い華奢で細身の肉体は、しかし余りにも頑強すぎた。

 まるで鉄塊でも素手でぶん殴ったかのような手応え。大木を思わせる常軌を逸した強靭さは、幾人もの精強な戦士たちの肉体を貫いたヨハンの剛拳を易々と弾き返した。

 

 そして、その一瞬さえあれば、紫紺を纏う剣士が反撃を取れる。

 

 ヨハンが大きく蹴りつけ距離をとる。詰めすぎた間合いを開くべく跳躍したヨハンは空中で身を翻し

 ……背面で膨大な熱量が湧き上がるのを捉え、さらに隆起させた地面を蹴りつけ回避軌道を取った。

 

「奪らせて貰おう……!」

「ナメんなっ!!」

 

 ボンッッ!!

 

 その直後。

 0.01秒後に視界全域を薙ぎ払う魔力波が、頭部のギリギリを掠めた。

 

「まだだ。」

「!」

 

 セヅキの姿が、消えて。

 

「クソがっ!!」

「斬る。」

 

 落雷のごとき速度の剣撃が、最速の挙動に上乗せされて想像を絶する破壊力に変換される。

 側頭部、大腿部、内臓。実直極まりないその剣筋には、確実に一撃で致命傷を与えようとする意思(さつい)が垣間見えた。

 

 ただの余波で地形をガラスのように粉砕するふざけた破壊力だ。それを生み出す大元のあの業物に触れれば、肉片の一つも残さずに消し飛ばされるだろう。

 

 続いてその膨大な魔力は振り上げた上段に結集し、ビギリと彼の腕に回路状に罅割れた模様を浮かべる。

 それを見て、これまでで一番の寒気がヨハンを襲った。

 

(やべえっ!!)

 

「乾坤一擲――三境を断たん――!!」

 

 

 ふつ、り。

 

 無音にて。空間が分たれた。

 

 

 微細のさらに僅かといえど、星の表層を削り飛ばすに足る一閃は、範囲の概念を持たない。

 故に、ヨハンが防御ではなく、待機させていた攻撃を自分に向けての、自傷の衝撃による回避を選択したことは限りなく正解に近かった。

 

(危ねえっ、死んでた!!いや大丈夫だ思考を止めるな!当たったら終わりだがその分隙はある!接近して攻撃を出させねえっ!)

 

 岩の反発が生み出した衝撃で横っ跳びに回避した彼のすぐ横を、再び不可視の暴圧が抉り飛ばす。

 

 空間を歪め、津波を引き起こした規格外の暴力を前に、しかしヨハンはいまだ前進を選ぶ。

 即座にそれに反応した天霊の第二刀が、切り返しの形で振りかぶられ…

 

 

 びきりと、異音が鳴った。

 

(こいつはッッ!!)

 

 生まれた一瞬の空隙。それを歴戦の傭兵は見逃さない。

 

「退けやっ!!」

「ぐっ!!」

 

 首元を狙うダガーを前に追撃を諦め、差し込まれた天霊がぎゃりりりぃっ!!と火花を散らした。

 くるくるとセヅキの身体が空中を舞い、砂浜に着地する。

 

 

 距離が離れたことで、何方ともなく息を入れた。

 セヅキを睨めつけるヨハンの目。それは拭いきれない疑念に満ちていた。

 

「テメェ、手抜いてんのか?急に腑抜けやがってなんのつもりだこの野郎…!!」

 

「はあっ……ふうぅ……!」

 

 その問いにセヅキは答えは返せない。

 少しづつではあるが息が切れ、汗が垂れる。

 

 ヨハンの目は、セヅキの身体が大きく駆動する度に一瞬だけ硬直することを見逃していなかった。

 それは100分の1秒にも満たないタイムラグ。しかし二人の戦闘速度を鑑みれば、あまりに大きな隙。

 

 加えて言うならば、そもそも相応の練度の戦士が魔力操作で動きを先読みされるなどあり得ない。それは神秘の行使者として未熟の証だ。言ってしまえば、手札を全て相手に晒してカードゲームをしているようなものなのだから。

 手を抜いていると思うのも無理からぬことだった。

 

 それにセヅキは、あくまで大真面目に返した。

 

「けほっ、手を抜いた覚えなど毛頭ないさ…そちらこそ油断すれば」

 

 ビシュッッ!!!

 

 ヨハンの首の横の空間が捻り取られた。

 目にも止まらぬ速撃の突きが掠め、つつぅーと鮮血が一筋垂れる。

 

「即座に私は君を断つぞ。」

 

「…上等!」

 

 瞬間、爆散した砂浜と共に両者が姿を消し、常人なら秒に100度は死に至りうる激闘が再開する。

 

 

 

 

 

 白刀を大胆かつ精緻に振り回すセヅキ。

 その範囲の間をすり抜け格闘を仕掛けるヨハン。

 

 敵の緋色の目に一欠片の偽りも油断もないと判断したヨハンは、なればこそ何故そのようなあからさまな隙ができるのだと考えを巡らせた。

 

(油断でもなく、策謀でもねえ。そもそも嘘をついているなら一発で見破れる。それが出来ねえほど嗅覚が鈍った記憶はない。となると…)

 

 ハッと嘲笑った。

 

「テメェ、さてはかなり無理してやがるな。そのアーティファクトが原因で、反射で硬直するんだろ。」

 

「っさて、どうだろうね…」

 

 超高速の攻防の中、はぐらかす青年から一筋飛び散った汗が正解を表していた。

 

 

 

 ――ソルヴェリア・コアは翡雨セヅキを、使用者を燃料とする。

 

 それ故に破格の魔力と強化の代償に要求されるのは、心を直接蝕まれ砕かれる激痛。生きたまま精神を分解され、供物として喰われ続ける。

 それはどれだけ鍛錬を積んでも完全には抑え込めるものではなかった。

 

 加えて外部から膨大極まりないエネルギーを常に流し込まれることによる、身体への凄まじい過負荷。

 今もセヅキの肉体には、粉々に自壊していないのが不思議なほどのフィードバックがかかっていた。

 

 神経が肉体に激痛を訴えかけ、反射で硬直を起こす。

 それがコアを稼働させている間に起こる、わずかな隙となっていた。

 

 

 

(なら速度で押し切る!切り返しのタイミングは与えねぇっ!)

 

 すかさずヨハンは戦法を変更する。

 すなわち少したりとも被弾を許さない回避主体から、攻撃を出させないための超短期決戦へ。

 

「ぐうううぅらあああああっっ!!!」

 

 魔力もまた、物理学的にはエネルギーの一つとして定義される。

 故に、スタミナ切れからの斬殺を覚悟して己の限界以上の魔力出力を引き摺り出した今の彼は、霊体スケールの存在規模という観点では、世界に対しより高い位置に存在し。

 

「!!」

 

 ばきん、と。

 

 毀れてはいけないモノから、鳴ってはいけないオトがする。

 

 すなわち彼から拡散する魔力圧は、確かに空間へ罅を入れた(世界の上へと達した)

 

「行くぞオラアァァッッ!!」

 

 瞬時に間合いが殺され、襲いかかるは正面暗殺を旨とする格闘術!

 

 幾多の戦場で錬磨された技術は、蛇のように空間をすり抜け確実に一撃での命を狙う。

 頸椎に肝臓、今も心臓に灯る光。

 食らえば最低でも意識は持っていけるよう、遠慮なく人体の弱点を突きにかかった。

 

 ヨハンの目にも止まらぬ連撃を、セヅキは一つ一つ丁寧に捌いていく。

 手掌を沿わせ、刀身で受け止め、蹴りで迎撃し。

 

「速いな………!」

「気分がいいもんでなぁ!これがゾーンってやつかぁっ!」

 

 しかし戦況は防戦一方だった。反撃の糸口すら掴めないほどに速度差で負けている。

 

 まだ純粋な速度で言えば圧倒的にセヅキの方が上だ。その異常な強化は攻撃力、防御力、速度全てにおいて発揮されている。

 だが上昇しすぎたスペックは制御を失い、技術の発揮という点で足を引っ張っていた。

 

(攻撃動作、回避動作全部が映像のそれより遥かに大振りだ。これなら俺でも捉えられる。)

 

 既にヨハンは、セヅキのその『動きの荒さ』こそが最大の弱点だと看破している。

 ならば、そこを突かない道理は無い。

 

「どうしたあぁっ!!そんなもんかよ!!」

「くっ………」

 

 咆哮と共に頬を掠めた蹴りが、軽く放たれたにもかかわらず強く皮膚を傷つける。

 溶岩を含み赤く染まった岩が拳を覆い、強化を貫通して肩に突き刺さる。

 

 魔力量も、出力も、魔法の効果も範囲も速度も。

 ヨハンのあらゆるスペックがリンと、そしてセヅキとの戦いを通して激増していた。

 

 その脅威は、先の竜種に並ぶほど。

 そして傭兵団のトップとして並外れた激戦の戦場を渡り歩いたこの男を、先ほどのように出し抜くのは容易ではない。

 

 鍛えられた技術に、頭打ちだった基礎能力が追いつき始めたのだ。経験と刺激を糧にして、傭兵はさらに急速に強くなっている。

 敵の想定以上の成長に、思わず青年は毒づいた。

 

(まだ能力上限に余裕はあるが…このレベルとなると準超越者(オーバード)級か?戦闘中に覚醒などどんな理不尽だ、まったくっ!)

 

 生まれてから一番のコンディションにヨハンの全身は至る。呼吸するように望んだ神秘が織りなされ、エネルギーの出力は須臾のキレを得た。

 

(まだだ、俺はまだ上に行ける…【陸動地変(ディルトイロス)】には先がある。)

 

 先ほどから可能となった、【陸動地変】の概念的効果の抽出。

 そもそも、魔法の力をより広範囲に解釈し発露させるのは、魔法使いの中でも一部の上澄みだけが持つ特権である。

 

 それは星辰が定める、生命が至りうる崇高の座。

 その足がかりの一歩目に、ヨハンは踏み出していた。

 

 

 白熱し続ける戦闘。

 

 しかしながら、相対する青年の心は異様なほどに凪いでいた。

 

(今のやり合いで相性を計られたな、これだから巧い戦士との一対一は苦手なんだ…少し賭けにはなるが、まあいい。どのみちこのスピードでは小細工を仕掛けても意味がない。望み通り、ここは一度誘いに乗ってやろう。)

 

 追い詰められるセヅキだが、その内心に焦りはない。

 焦る暇があるなら殺す算段を探せ。喜悦も悲嘆も、敵を殺しきってから考えろ。

 師匠に死ぬほど叩き込まれた思考だ。

 

 ――次は、こっちから誘ってやる。

 

 

 

 

 その光景を見た時に。

 ヨハンが内心でほくそ笑んだ。

 

(ッそうだよなあ、今のままで対応しきれねえってんなら、そうするしかないよなあっ!)

 

 ソルヴェリア・コアの紅蓮色の発光。それがみるみる鈍っていく。

 

 只の青年の肉体を、神に近いそれへと昇華させていたメインエンジンの輝きが鈍り、魔力出力が大幅に低下する。

 視認するには些か速過ぎる速度域だが、拡張されたヨハンの魔力感知――第七感とも呼ばれるそれは、セヅキの鬱陶しいほどの硬さ重さが、急激に薄れていることを完璧に察知していた。

 

 牽制に白熱を帯びた石礫を放つが、明瞭に動きがコンパクトになった白刀が、しゅるしゅると水の流れるような動きで逸らしていく。

 それは基本に何処までも忠実な、実直な剣捌き。才能のない凡人が、ひたすら途方も無い努力を積み上げて築いた剣術。

 

「はっ、どうしたっさっきまでの怖さがねえぞっ………!!」

 

(そうだ、それでいい。痺れを切らせ………!!)

 

 あえて挑発を重ねる。

 それに反発するように、落下するセヅキからぎろりと睨まれた。

 

 向こうにはおそらく相当の負荷が掛かっているのだろう。外付けで無理やり、それも災害級のエネルギーを供給しているのだから、器が持つわけがない。マグカップに海を丸ごと入れるようなものだ。本来なら強化どころか自殺行為に近い。

 

(つまりヤツの規格外の強化能力。その最大の欠点は反動による自傷ダメージと…継戦時間の短さだ。)

 

 あのアーティファクトへの同期が続けば、いずれヤツの肉体は崩壊する。よしんば肉体が持ったとしても、心が崩壊して先に廃人になるだろう。

 だから一定時間攻撃を凌ぎきり、スタミナ勝負に持ち込めば当然、向こうが息切れする。

 

 少しでも頭が回るなら、力押しから攻め方を変えるために同期を解くか、出力を緩めるはずで………

 

 そこに付け入る隙がある。

 

 

「――そこかぁっ!!」

 

 

 ぐしゃっと、肉を潰した音がした。

 赤色が舞った。

 

「っ!」

 

 すでに死んだはずの神経系が、悲鳴の信号を上げた。

 

 ばら撒かれる魔力を含んだ礫石。散弾銃じみたそれに紛れ、迎撃の布陣を潜り抜けた岩の一矢。鋭く、細く研ぎ上げられたそれは、空気の壁を優にぶち抜き、誤策をとった愚者へ裁きを下す。

 策がハマったことを確信し、ヨハンの唇が釣り上がった。

 

 最も魔力強化の薄い胴の左を射抜き、5cm大の穴を抉じ開けたのだ。

 

セヅキの動きがさらに一瞬鈍る。

 

「こぷっ。」

 

 欠けた内臓を介して喀血が噴き出す。ドス黒い血が彼のスーツを染めた。

 常人なら戦いを続けるどころか、即死へ至りうる重傷。

 

 だが悲しいかな、戦闘用の破壊機構へと改造されたシュテレーラの戦士は、この程度では殺せない。痛みに慣れきった彼の身体は、それ以上の反応すら示さない。

 宙を舞いながら体勢を整えつつも、即座にリカバーの為の手段を重ねてきた戦闘経験から模索する。

 

(循環器系損傷、筋力低下。呼吸器本体に問題なし。血液を排除し、気道を確保する。)

 

 冷徹に回る彼の思考回路は、戦闘能力喪失を最低限に抑えるため、わざと鼻と口から大きく血を吐かせ気道を確保した。苦痛への反応を抑えつけ、酸素不足が齎す行動速度の低下を最も避けるべきだと判断、最適な選択を肉体へ強制する。

 

 結果、翡雨セヅキは失態を最低限の負傷へ抑え、依然健在。

 衝撃を利用して受け身を取りつつ距離を取った。

 

 それでも、男は自分が得たリードにむしろ苛立ち、仇敵が無様に外傷を負った事実にさらに怒り狂う。

 

「テメェはまだ…そんなんじゃねえだろっ!どうしたよ、殺してみろよ!」

 

 もはや自分で何を言っているのかも理解できないほどの激情がヨハンの胸中を赤く染める。

 彼自身が、その正体に気づくことはなく。

 

 

 

「あの、金色の火でよおっ!!」

 

「…!!」

 

 

 

その時、セヅキはほんの少しだけ彼の激情の理由が垣間見えた気がした。

 

「…ハァッ!!」

「逸ったなバカがっ!!」

 

 斬地。

 

 無理やり繰り出された左の正拳突きは真っ二つに大地を割り断つ。

 だがやぶれかぶれの攻撃など、今のヨハンであれば即座に軌道を見切り、回避から反撃まで持ち込むことが可能。

 

「俺に従え、地の下僕共……!!」

 

 これまでと比べものにならない速度で発現した赤熱の岩槍と石礫が天災の如く降り注ぎ、さらにマグマの武装を纏うヨハンが突進を繰り出した。その全てに、高層ビルを支えられる程の『重み』が上乗せされる。

 

 質量は威力。熱は破壊。欠片の一つも残さない。

 

 それは間違いなく、ヨハン・フォルゲという男が至りうる最高の一撃だった。

 

 

(あばよ。ここがテメェの墓場だ。)

 

 この戦いと、因縁の終わり。男はそれにこれまでにないほどの高揚と、ほんの少しの寂然を覚えて。

 

「セッちゃんっ!?」

 

 少女は仲間の想定外の苦戦に、力不足を承知で割って入ろうと魔力を巡らせ。

 

 

 そして二人は、其の眼の光輝を見た。

 

 

 

「――覚醒、第二深度――」

 

 

 

 

 光。それは黄金。

 

 波濤。それは純白。

 

 熱。それは赫灼。

 

 

 

 

 世界を焙る灼熱の星が、刹那に顕現し。

 

 そして潰えた。

 

 

 

 

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