Stella Break   作:無間ノ海

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傭兵と炎の記憶

 

 

 ――ああ、そういや。

 

 俺が欲しいのは、いったい何だったか。

 

 

 

 ヨハン・フォルゲという男はスラムに生まれた、ただの子供だった。

 

「おい待てやゴラアァァッ!今日こそは許さねえぞクソガキがっ!」

 

「はっ、遅えんだよクソジジイ……!」

 

 毎日のように喧嘩に明け暮れ、表通りの住人から今日の飯をかっぱらい、時折裏通りに入ってくるチンピラや公僕から逃げる。

 

「チッ、いつもいつも生意気なんだよ、死ねやっ!」

 

「は、甘ぇ拳だなぁ!ナメてんじゃねぇぞクソ野郎!!」

 

 そんな、何処にでもいるような貧民。ありふれすぎて、語ることもない。

 

 

「ごめんね、ヨハン。アンタに迷惑ばっかりかけて……」

 

「構わねえよ。いずれ俺はでっかくなって、ムカつく表の奴らに目にもの見せてやんだ!」

 

 それでも、貧しい母親が女手一つで育ててくれたことには、痩せっぽちの餓鬼なりに感謝していた。

 

 

「アニキ、かっぱらってきたぜ!ラッドピッグの肉だ!」

 

「おおでかしたぜサリー!よっしゃ、こないだ分捕ってきた酒で食おうや!」

 

 たとえ奪ったものでも、同じ釜の飯を食った仲間といるのは楽しかった。

 

 

 貧しい生まれなりに、生きていたのだ。

 

 

 ――転機は、あの時。

 

 スラムに他所から住み着いた流れ者が、表の奴らを殺した。

 なんでも有名な魔術師だったらしい、名前は知らないが。

 

 だがその無法に、表の連中がキレたことは確かだった。

 

「テメェ、此処がどこだか分かって……ギャァァァッ!!」

 

「お、おい!サツがそんなことしてただじゃ…いでぇ!」

 

 

「捕えろっ!これを機にスラムの薄汚い犯罪者共を一掃する!」

 

「全員拘束するんだ!抵抗する奴は射殺して構わん!」

 

 裏のチンピラに浮浪者、スラムの連中と、表の公僕や軍人の間に小競り合いが起きた。

 いや、向こうは完全に取り締まろうとしていたから、どっちかといえば戦争か。

 

「く……そがっ……!」

 

 建物に火がつき、表は封鎖され、スラムは血に塗れた。

 爆発系の術式を使うやつがいたのだろう、中には豪勢に火を上げて木っ端みじんに吹っ飛んだバラックまであった。

 

 ヨハンはそうして、思い知った。

 

 ここまでするのか。

 アイツらは、ここまで俺たちを恨んで、殺したいのか。

 

 こんな時に、ようやく理解した。

 自分たちは、このクソッタレな世界に、必要とされてないんだって。

 

「いたぞ、スラムの生き残りだ!」

 

「こいつ、まだ子供か…いや何でもいい、拘束して搬送するぞ。」

 

「オラッ、さっさと立てっ!!」

 

 焦げ崩れた瓦礫に挟まれ動くことのできない自分に、しかし警邏は容赦無く手枷をかけようとしてくる。

 

 

(ふざけやがってっ……!!)

 

 胸中を満たす怒り。

 

 それは惨劇の幕を切った流れ者に、無関係な自分達を平然と虐げる表の連中に。

 そして、弱く奪われるだけの自分に。

 

(お袋も、あいつらも。もう捕まったか殺されたか。)

 

 家族や仲間の死に際に付き合うことさえ出来ないのか。

 

 無力だった少年は、己と世界を呪った。

 

「捕まえ……」

 

 

 

 

 ―――轟!!

 

 

 

 

 赤が、黄金へ書き換わった。

 

 その瞬間、スラムを焼いていた全ての炎が、金の火に上書きされた。

 

 瓦礫も、警邏も、全てが灰すら残さず揮発する。超自然的な、不可思議の不知火。

 

 残ったのは、痩せ細った小さな餓鬼ひとつ。

 

「はっ………何がっ…!?」

 

 

 ざりっ、と足音を立てて。

 何時の間にかそこには、金の火を従えた男が立っていた。

 

 白髪でくたびれきったクロークを被った、しかし鉄塊のように鍛えられた肉体と、餓狼の如き眼光を備えた男だった。

 

 壮年の男は、しわがれた声で聞く。

 

「ふむ、その齢で既に”星持ち”か………小僧、お前は何を望む?死の間際にあってなお、何を欲している?その目の運命を輝かせるものは、何だ?」

 

 何が欲しいか?

 そんなもの、決まっている。

 

 警戒心もなく不思議なほどに、するりと答えが返せてしまった。

 

「……力だ。こいつらを殺せて、一緒に生きてる奴らを守れる力だっ!」

 

 錆銀のような男は、にいと唇を吊り上げた。

 

「なればよし、その光を熾してやろう。」

 

 男がその人差し指をこちらに向けた瞬間。

 

 ふっと、視界が二層に別れた。

 

 片方は通常の視界。しかしもう片側には、幾つもの眩い光の織りなす模様が映る。

 それは己の指であり、半身。

 

 それを見つけた時、彼はすでにその名を呼んでいた。

 

「【陸動地変】。」

 

 陸動地変。操るは地面。

 今度こそ皆が安心して住めるような、何よりも硬く、何にも侵されず、決して揺るがない地面。

 

 その瞬間、彼の母や悪友たちを捉えていた拘束車のエンジンが、一つ残らず地面から飛び出した岩の槍に貫かれる。

 発現した魔法は忠実に主人の敵を捕捉し、壊し尽くした。

 

『な、なんだぁ!?』

『魔術…いや魔法、魔法使いだっ!探し出して殺せ!!』

『このままでは全滅するぞ、離脱すべきだ!』

 

 決して中の人間を傷つけることなく、爆散したエンジンが火を吹く。

 

 大わらわのこの事態。疑うまでもなく奇襲には絶好であると、日頃盗難を繰り返す少年には分かっていた。

 

 男が言う。

 

「行け。」

 

「……!!」

 

 少年の姿が消えてから、全てのスラムの住人が解放されるまで長い時間はかからなかった。

 

 

 

(ああ、そうか。あの火だ。)

 

 

 

「おいヨハン!今度は『デンライト』商会から依頼が来たぞ!聞いて驚け……なんとガレシュオの大商会だ!どんどん名前が広まってるってよ!」

 

「見せろ……敵商会の幹部の暗殺か。大商会っつーわりにはやり口がチンピラだな。」

 

「えー、でも羽振りはいいぜ?」

 

「まぁな。よし、手の空いてる奴はいるか?この依頼、受けるって返しとけ。」

 

「おうよ!」

 

 スラムから命からがら生き残った仲間をまとめ、ヨハン達は傭兵団として身を立て始めた。

 

 行き場のない浮浪者や、力ばかりで学のない者たちを集め、一端の戦士に育てあげ、権力者の憂い払いや戦争の裏工作に加担させる。

 ヨハン自身の才能もあったのだろう。メキメキとジネドーゴは力をつけ、僅か数年で、裏社会でもいっぱしの腕利きとして名が売れていった。

 

「おい、買ってきたぞ!山盛りの酒と肉だ!」

 

「よっしゃ、テーブル空けろっ!宴にしようや!」

 

 何も信じられなくなるほど、陰惨な目に合った。

 けどそれを差っ引いて余りあるほど、自分はこの道を選んで正解だったと思う。

 

 全ては暮らしのため。みんなで卓を囲み食べていくためだ。

 それこそが彼の良心であり、それ以外に価値など見出せなかった。

 

 酒盛りでギャハハと笑うバカどもを見ていれば、口角が上がる。安酒が美味くなる。

 あの時諦めなかったことが、今に繋がっている。

 

 

「あんとき、柄にもねえ頭を下げて正解だったぜ。」

 

『頼む……アンタの、アンタの力を貸してくれ!俺は、強くなんなきゃいけねぇんだ!』

 

 あの銀灰の男は、凄腕の魔法使いであった。

 経歴も思惑も知らないし、興味もなかった。だが彼が魔法使いとしての戦い方を、少々腕っぷしが強いだけの子供に叩き込んだことは事実だった。

 

 傭兵の運用、人心掌握も彼から学んだ。凄まじかった。

 もちろん、死ぬよりキツイ訓練を課しやがったことは今でも恨んでるし中指立ててやるが。

 

『なあジジイ「礼儀は教えたはずだが?」……師匠、何で俺を鍛えてくれたんだ?師匠には何のメリットもねえだろ?』

 

 一度、なぜ縁のない自分をわざわざ鍛え、協力してくれるのか聞いたことがある。

 答えの意味は、分からなかった。

 

「俺はただ主君の命を果たしているだけに過ぎん。彼の方の御考えを理解しようとするほど愚かでもない。」

 

 それきり、師と仰いだ男は口を閉ざした。

 

 

 あくる日に、男は姿を消していた。

 

『もう教えることは全て伝えた。好きに生きて死ぬがいい。』

 

 そう記した、書置き一枚だけを残して。

 血反吐を吐き散らすクソみたいな鍛錬を自分に課しつつも、それでも生涯ただ一人尊敬した男は、それっきり姿を見せなかった。

 

 

 

(そうか、だからだ。テメェが気に食わなかったのは。)

 

 

 

「ハアッ……ハアッ、クソッ!受けるべきじゃなかった、畜生め……!!」

 

『赤と茨』がその魔術儀式により、文明を滅ぼさんとした時。

連中の支部からその情報を得て、間に合うと信じて走っていた時。

 

「あ、あああああぁぁぁッッ!!??」

 

 

 ――ゴ オ ン !!

 

 

 天から注いだ、黄金の炎。

 

 堕ち行く矮星。紅炎の王冠。

 

 七感の全てが焼き尽くされるような魔力と共に膨れ上がるように輝いたそれは、山を、人を、そこにあった全てを塵も残さず存在そのものごと蒸散させた。

 

「あ、ああ、ち、くしょうが……!?」

 

 何が起きたかもわからなかった。

 理解なんてできなかった。

 ただ、間に合わなかったことだけがわかった。

 

 

 ああ、だけど。

 

 夜を昼へと書き換えたそれは。

 天に見えた、それを放つ緋色は。

 

 まさしく、師と呼んだあの男のようにも見えて。

 

 

 

(ちくしょう…結局、届かねえのか、俺は…)

 

 

 

 仲間を、家族を焼き殺した奴を、憧れた師と同じだと思いたくなくて。

 

 それでも、あの黄金の太陽はどうしようもなく綺麗で。

 あの日の、自分を救った炎とよく似ていて。

 

 

「私はその名を忘れないよ。ヨハン・フォルゲ。」

 

「はっ、そうかよ。」

 

 

 それっきり、意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

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