Stella Break   作:無間ノ海

13 / 31
悼み

 

 

 炎がゆるやかに溶けていく。

 

 極大に過ぎる光輝が故に、逆に不可視への域と至った紅炎は、まるでその威容が幻だったかのように消えていった。

 

「深くは聞かないよ…もう、眠っておくれ。」

 

 灰が、パラパラと崩れていく。

 僅かに燻りを上げるその灰の山は、どこかヒトのような形をしていた。

 

 セヅキはそれを前に、目を伏せ、胸に手を当てて黙祷した。

 

「…殺し、たんだね?」

 

「ああ、紛れもない強敵だった。手加減などできなかったよ。」

 

 いつの間にか近くに来ていたリンが、沈痛とした表情で目を閉じて五指を組む。

 

「せめて、安らかに…」

 

 曙海リンは、容赦はなくてもなんだかんだと優しい人間だ。

 どれほどの悪人であろうと、寄り添えなかったことを悲しみ、その死を悼むだけの慈悲を忘れたくはなかった。

 

 組んだ手を解いて、聞いてきた。

 

「最後の攻撃、あのタイミングで差し込めたんだ。見ててすごく焦ったよ。」

 

「かなり無理をしていたんだろうね。当然か、急激な階梯の上昇に耐え切れるほど人間という生き物は頑丈じゃない。」

 

 戦いの中、衝動の力で生物としてのレベルをいくつも段飛ばしで至った領域。

 だが、それだけの無茶をすれば至極当たり前に、肉体という器には多少なりとも破綻が起きうる。

 

 最後の攻撃を放つためのあの一拍の隙は、普段の用心深いヨハンならば、決して晒さぬ急所であった。

 

 島を消し飛ばさないように気を遣う中、それでも3年前を再現する技を出して終わらせたのは、葬送代わりか。

 少なくとも、黄泉路を照らす灯籠としては上等な部類だろう。

 

 

 そんな時、くぐもった声がした。

 

「傭兵は…そうか、死んだか。」

 

「目覚めたのか、ドクター・ドリク。」

 

 目覚めた今回の件の主犯は、不自然なほどに落ち着いて、拘束されたまま亡骸の灰の山を眺めていた。

 

「のう、"灰劫"よ。あやつは、ずっと仇敵である貴様を探しておった。そうか、けりをつけられたんじゃな……死に様はどうじゃった、満足していたか?」

 

「――ああ、とても安らかだったよ。私が言えたことじゃないのかもしれないが、満足そうだった。」

 

「そうか、ならば何も言えぬな。」

 

 白髪の男は、縛られたままで、どっかりと胡座をかいた。

 その目に敵意はなく、ただ透明な決意だけがある。吃りすらもいつの間にか抜けたその言葉には、ある種の清々しさすらあった。

 

「あやつにとって、ワシは単なる雇用主じゃ。ならば、最期まで『傭兵』と呼んでやるだけよ。ワシのすべきことはもう終えた。――契約満了、じゃな。」

 

 それは、実質的な降伏の宣言だった。

 

 だがその言葉にリンの目が鋭くなった。

 

「この島の子達をあれだけ振り回したのに、随分と潔いじゃない。これだけ事を引っ掻きまわしといて、あんたがいまさらおとなしくするなんて思えないんだけど?」

 

 なんだかんだこの男は油断ならないのだ。今更潔く降伏するタイプじゃないだろお前、と言外に圧をかける。

 少しだけ魔力が荒れるリンに、しかしドリクはなんの感慨も向けなかった。

 

「ヒルダは王たる資格を得た竜として目覚め、傭兵は本懐を果たした。この上でワシがなすべきことなどもはや何もない、好きにするがいい。どうせ貴様らはヒルダを傷つけんじゃろう?『神秘災害』が絡んでいないならば、基本貴様らはリスクを取らんはずだ。」

 

「よく分かってるじゃないか。」

 

 食えない爺様だなと胸中でぼやきつつ、セヅキは小型の注射器の蓋をとってドリクの手首にあてる。

 ぱしゅっと軽い音がして、博士の身体から力が抜けた。

 

「即効性の鎮静剤だけど、24時間は持つ。今からなら十分本部まで護送できるかな。」

 

「…そっか。じゃあ、これで一件落着だね。」

 

 これ以上感情を荒らげても無駄だと思い直したリンは、セヅキに向き直る。

 

「身体はどう?大丈夫?」

 

「大丈夫だってば。この程度じゃ死なないよ。」

 

 腹に空いた大穴はいまだに血を流しているが、あいにくとこの程度は重傷のうちにもならない。セヅキからすれば、戦闘能力の大幅低下が無い時点で全てかすり傷扱いである。

 

 それでも治療くらいはさせてよ、とジト目で訴えるリンだが、流石にこの傷に使えそうな治療具はここにはなかった。

 

「じゃあいいけどさ。もうあんまり無茶しないでね?今度おんなじことしたら本部の地下牢に『黒界鎖』で縛りつけるよ!」

 

「それはちょっと怖いかなあ……一生外出られなくなっちゃうよ。」

 

 拗ねるようにリンはうなだれるしかなかった。

 

 セヅキは苦笑する。超大型魔獣すら拘束できる封印魔道具でガッチガチに監禁されるのは流石に勘弁願いたい。

 

「振り回してしまったね。ごめん。それにもう大丈夫、私たちの仕事は終わりだよ。」

 

 見上げれば、キィーンと澄んだ音を立てて青いラインの入った無人飛行艇が飛んできていた。

 先ほどの一撃が灯台がわりとなって、座標を把握してくれたらしい。

 

 静かに海面を滑りながら近づいてきた飛行艇のハッチが開くのが見えた。

 

 

 そっと、どちらともなく手を握った。

 

「さ、帰ろうか。リンちゃん。」

 

「うん!セッちゃんもお疲れ様!」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。