帰路。
島への上陸にも利用した無人飛行艇『メーレ』。そのカーゴ内にて。
この飛行艇は魔術的防衛機構を装備しない代わりに高い速度と優れた電子戦能力、静粛性をはじめとした快適性を兼ね備えた、シュテレーラの特注品である。
過酷な任務に就く搭乗者がせめてストレスのないようにと備えられた、上等な造りのシートやソファー。
ささやかな贅沢として据えつけられた食料庫や通信用モニターなんかは、メンバーにもなかなかに好評であった。
主犯であるドリク博士はこことは別の貨物室内で拘束席に座らせている。護送が終わるまで起きることはないだろう。
その小さなカーゴの照明は薄暗く優しい橙に灯り、ソファーにはすうすうと可愛らしく寝息をたてる栗色の眠り姫。
真紅の瞳は、ただその姿を見守っていた。
戦場での目とは全く違う、優しい目で。
「無理させちゃったなぁ……ごめんね。不甲斐なくて。」
その丸っこい目を柔らげて言った、その時だった。
――ズ キ ン ッッ………!!
「ぐっ………ぎいっ………かふっっ…!!」
未だ体の芯に残る疼痛に、少しだけ呻き声が漏れる。
焦点が合わなくなり、呼吸が乱れた。
「……ッ!!」
セヅキは眠るリンを起こさないように、ゆっくりとカーゴの壁にもたれかかるようにカーペットの上に身を横たえた。
思わず、心臓に触れるように胸を掻き毟る。
血も疵もない。内臓がおかしくなったわけでもない。腹に開いた穴も関係ない。
ただ、痛いだけ。
怪我でも病気でもなく、ただその痛みだけが、コアによって得られる戦力の代償だった。規格外の戦闘力のコストとしては破格とも言える対価だろう。
――その激痛が、常人なら狂い死ぬほどの悍ましいものであることを除けば、だが。
「こほっ…立てないな、これ…」
食料庫から酒でも取り出して気を紛らわせようかと少し考え……意味がないと切り捨てた。
末期症状の最期の寄る辺であるモルヒネはおろか、さらに快楽も副作用も強い合成麻薬全般すら効かないのだ。アルコールではどうにもなるまい。
肉体には全く影響はない。かつてであれば魔力を制御しきれず、その激流が自分の肉体まで破壊していたが、訓練を繰り返した現在なら、身体への影響は最小限で済む。
だが、同期による副作用は別だ。
精神を直接侵される。それゆえに、対処法がない。
「ふうぅううう………はぁっ…!」
視界が歪む。瞼を閉じた。
頬をつうっと辿る熱い感覚。身体が反応したのだろうか。それを確かめる気力もなかった。
(自分で背負った代償だろうに……まだまだ私も…出来損ないだな。)
とうに受け入れた筈の痛みなど笑い飛ばせ。未だ己の肉体すら完璧に制御できない未熟な己に嫌気が差す。
それすら出来ない自分が、心底嫌いだ。
トンッ。
不意に。
肩に触れられた。
「吸って……吐いて……吸って……吐いて……!」
「……ごめんね。起こしちゃったかな?」
「喋らなくていいから…いいからぁ……!」
涙声だった。何よりも悲しみ、心配してくれるような。
ああもう、自分の情けなさに心底嫌悪が渦を巻く。
もっと強ければ。もっと速ければ。
この娘に、心配なんてかける必要はなかったのに。
ぎゅっと。優しい抱擁が身体を覆う。
バトルドレスを脱いでリラックスしたインナーだけになった、リンの体温と感触が直に伝わる。
ふわりと、甘い香りがした。『女の子は焼き菓子と、もっと素敵なものでできてるの。』なんて言葉があったのを思いだす。
とくん。とくん。
穏やかに響く、心臓の音。
何万回と聞き慣れた音。それは少しだけ、痛みに抗い強張る肉体に息を入れる余裕を与えてくれた。
そこへ襲いくる、二度目の激痛。
「――かは、ごふっ!づ、ああ……!ぎ、いい……」
痛い、痛い痛い痛い。
神経が狂う。骨がひび割れる。筋肉が裂ける。脳が茹る。
魂が、削れていく。
ヒュッと、リンが息を呑んだ。
「!落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから!」
縋りついて必死に宥めてくれる彼女に感謝しつつ、壁に手をついて吐き気を堪えた。
(第二まで起こしたのが不味かったか……思ったより反動が大きいな…)
ただでさえ真っ白な顔は、今や死人のように血の気が引いている。呼吸が死戦期のように浅くなった。
リンはその頬に触れた。氷のように冷たい。
「やだ、やだやだやだやだ……!」
「だいじょうぶ、だよ…だいじょうぶだから…ごめんね、お水とってくれる?」
「わ、わかった…!」
唇から溢れるのも気にせず、ボトルの水をガボリと飲み干す。
結局こんなものは気合いでどうにかするしかない。気さえ沈めればなんとかなる。
「すう…はあぁ……」
爆発しそうな心臓を、深呼吸で無理やり落ち着かせる。
ひとつ。ふたつ。みっつ……よっつ。
静かに、ただ静かに数える。
――それから一分も経てば、痛みは嘘のように引いていった。
「ふうぅ……ごめん、落ち着いた。心配かけちゃったね。」
「ほんとだよ!びっくりしたんだから!」
「あははー……申し訳ない。」
泣きそうな親友にすっからかんのボトルを返す。
せっかくよく寝ていたのに、申し訳ないことをした。
「もう大丈夫だよ、ありがとう。燐京まではもうしばらくかかるしもう一回横になったら?」
「やだ。帰るまで離れないもんっ。あんなに心配かけたんだから…ちょっとぐらい我慢して!」
「えぇー…?」
めっちゃ甘えるじゃない。そんなに疲れたのだろうか。
確かに丸一日出ずっぱりでご飯も食べていないが、その気になれば私もこの子も、三日間は不眠不休でも問題ない。
あと間違いなく私の体は抱き枕にするにはちょっと以上に硬すぎである。ぶっちゃけ骨と筋だけだし。睡眠の質が悪くなるからやめといた方がいいと思うのだが。
「とりゃぁ!おとなしくしろーっ!」
「わっ。」
そんなことをセヅキが考えるうちに、今度はリンが胸に抱きついてきた。
猫のようにしなやかな肢体が、すっぽりと懐へ入り込んできた。
「でへへ〜♪いいにおーい…」
「もう……あんまり無理な姿勢だと首痛めるよ。ほどほどにしておきなさいな。」
ちょっと猫ちゃんにしてはデカすぎるので、どっちかといえば大型犬かもしれない。
現に懐へ飛び入って、ぎゅうぅ…と胸元に縋りついて思いっきり抱きしめてくるのは、甘えたがりのでっかいワンちゃんにしか見えない。ふわふわの毛並みの、栗色の大型犬だ。
ぐぐっ、ぐぐっと体重がかかって。
あ、これはまずい。
どさっと、壁際に押し倒された。
甘えるといえば聞こえはいいが、リンの身体がセヅキと同じくらい大きいせいで、壁際に追い詰められるような構図になってしまった。
今もお嬢さんはグリグリと胸に顔を埋めている。
むにゅん、と女子特有の柔らかさがセヅキの肌をくすぐる。
少々スレンダーが過ぎるセヅキと違って、リンは程よく引き締まりつつも肉付きのいいグラマラスなおねーさんボディである。
そんな二人の体格差的に、抱擁というよりも、一方的に捕食されている絵面になってしまった。
誰かに見られたら通報不可避だろう。
(やば、ちょっと重いかも……潰れる……)
「あー!いま重いって思ったでしょ!ちょっと思ったでしょ!」
「……ソンナコトナイヨハハハ。」
「嘘つき!わかるんだからねそういうこと考えたら!そもそもセッちゃんは嘘なんてつけないでしょ、無駄な足掻きだぞ!」
うん、自分でもびっくりするほどの大根役者ぶりである。
女の子に体重の話は禁止。流石にそれくらいわかっているので頑張って口を閉ざした――のだが、そんなささやかな抵抗はあいにくお見通しだったようだ。
プンプンと可愛くお怒りのお嬢さんは、罰だと言わんばかりにもっともっと強く抱きしめてきた。
いよいよ潰れちゃいそうである。
「すぅー…ん、えへへ。あったかーい…」
「好きだね、それ。」
「うん………安心するぅ。」
蒼い宝石のような眼がとろんと蕩ける。
母親の腕の中で眠る赤ん坊もこんな感じなのだろう。そんな、心の底からここにいたいと言わんばかりの姿。
それを見てほろっと笑みが溢れた。
「ふふ、遠慮しなくて良いんだよ。私の側がいいなら、いくらでも一緒にいてあげるからね。」
「ぐっ…!」
そのほにゃっとした微笑みはやめてほしいとリンは思った。なにがとは言わないが、すごく、すごく刺さるから。
「…セッちゃん、それ他の人に絶対いっちゃダメだからね。」
「??なんで?」
「なんでも!ぜったい!」
バッサリと言い切って、リンはもっと強く抱きしめた。
すんすん、と首筋に埋めた鼻が鳴った。
「わ、あはははっ!こらこら、くすぐったいってば…!」
「だって良い匂いだもん…はー落ち着く…」
汗の匂いすら全くしない彼の肌は、お日様のような優しくて柔らかい匂いだ。
陽だまりの中にいるような、とっても優しい香り。
自分は昔からこの匂いがないと落ち着かないのだ。それこそあたしが赤ちゃんの頃から、いつも家にいないお父さんの代わりに一緒に寝てくれていたらしい。
申し訳ないと思うが、そもそも自分を中毒にしたのはいつも添い寝してくれるセッちゃんなのであたしは悪くない。よし、証明終了。
「……むっ。」
かちん。
そんな至福の時間を遮るように胸に当たる、明らかに異質な硬質の感触。
目が僅かに苛立ちに細められた。
「ねえ、やっぱり捨てちゃダメなの、これ…」
「これがないと私は戦えないよ。それなりに素の状態でも鍛えてはいるけど、それでも熟練の戦士に勝てるほどじゃない。……やっぱり素体が弱いからね、私。」
そもそも取り外したら死んじゃうし、と苦笑する。
「んぅ……!」
その認識が事実だからこそ、リンは口を尖らせることしかできない。
――翡雨セヅキは、ソルヴェリア・コアがなければ貧弱だ。
(私の素の魔力は小さすぎる。それこそそこらのネズミにすら負けるほど。ある種の特殊体質だろうし、こればっかりは鍛錬じゃどうにもならないしなあ。)
もともとセヅキの身体は余りにも魔力が少ない。
それこそ生まれつき少ないとかいうレベルではなく、もはや人間としてありえないほどに低いのだ。
本来生命というのは、同じ質量の無機物等と比較すると非常に強大な魔力を持つ。それこそ目に見えないような小さなバクテリアでさえもそうなのだ。
キレた鹿が魔術的処理を施していない建物を破壊するなどよくある光景である。
だが彼の素の状態の魔力は、人間の水準を遥かに下回る。
それこそ、ネズミだのトカゲだのといった小動物にさえ劣る始末。
ここまで低いと戦士どころか、一般人とさえぶつかったら押し負けて吹っ飛ばされてしまうほどである。
もちろんそうならないように、常日頃からその少なすぎる魔力をやりくりし、なんとか常人のそれへと身体の強度を保っているのだ。
頑張って鍛えた強化技術をフル活用すれば、それなりの兵士程度には戦える。
だが結局はそれだけ。
幾ら魔力操作技術を引き上げても、元が雀の涙では限界がある。魔力量というのは、いってしまえば体重や身体のサイズにも例えられるほど重要なパラメータ。
それが極端に少ないというのは、圧倒的なハンデだった。
常日頃から理不尽の化身のような化け物どもを相手にしなくてはならない身としては、いささか以上に貧弱な器なのである。
それがわかっているから、リンも唸ることしかできない。
かつて『人間災厄』『凶星』とまで謳われた彼の強さの大半は、他ならぬソルヴェリア・コアの運用にかかっているのだ。
それがわかっていても、納得いかない。
「むうう……!!」
「わわっ?」
するりと服の間にリンの手が差し込まれ、胸郭を摩られた。形のいい指が柔らかな素肌と、その中に融着したガラス質の球体をなぞる。
それが彼の身を守る牙にして、今なおも苦しめている全ての元凶だった。
(これがあるから、セッちゃんは戦ってる。これがあるから、セッちゃんは苦しんでる。
――ねえ、なんで?なんでよりにもよってセッちゃんなの?なんでセッちゃんがあなたに苦しまされなきゃいけないの?)
どれほど苦しくて、痛いんだろう。その苦痛は、あたしには想像すらできやしなかった。
さっきのセッちゃんの苦しげな顔が目に浮かぶ。
締め上げられたような声を聴いた時、背筋が凍った。死人のように冷たい頬に触れた時、泣きそうになった。
本当に、怖くて、怖くて。
何より惨いのは、彼はあの悍ましいコアを、とっても小さいころから背負っているのだ。
何度も何度も、何年もあんな痛みを負わされているんだ。
それがないと戦えないから。それを持つ以上戦うしかないから。
たとえどんなに苦痛でも、受け入れるしかなかったんだ。
ソルヴェリアが彼を依代に選んだのは、まだあの人が6歳の頃。
その頃から、あの劇物を抱えていたのだ。
今でも、覚えている。
全てが焼き払われた、地獄のような光景。
空も地面も燃やし尽くしてしまいそうな、恐ろしい光。
ソルヴェリアから流れ込み、身体の中から溢れるそれに、小さな身体を罅割れ崩壊させながら。
左半身が燃え尽き灰になりかけて、身体中から血を流して。肺も潰れて息を吸うことすら、ままならないというのに。
その時も、セッちゃんは、にっこりと微笑んでいた。
きっとどれほど強い人でも耐えられないだろう痛みを、何でもないかのように背負って。
どれだけ身体をグチャグチャにされても、構わないって笑って。
相変わらずの微笑みで、ぽろぽろと涙を零していた、まだ小さかったあたしを撫でてくれて。
『――だいじょーぶだよ。ぼくが、みんなみんな、まもってみせるからね。だから、あとはぜんぶまかせて。
ぼくが、せかいをすくうんだ。』
――あたしが強くなりたいと願ったのは、その時からだったかもしれない。
だから。
(あたしが守るって、そう決めたのにさ。)
どうして貴女が彼を護るの?そのくせに、どうして貴女が傷つけるの?
……そこは、あたしの居場所なのに。
(もうさんざん、あなたはその身体を痛めつけてきたんでしょ。そろそろ、あなたは退くべきだよ。あなたなんかに、セッちゃんは奪わせない。何があっても。どんな手を使ってでも。)
引きずり降ろしてやるから、待っていろ。
……そんなドス黒い感情を、少女は心の奥へ閉じ込める。
花も恥じらう乙女が持つには、ちょっといやーな想いだから。
「……馬鹿。セッちゃんの馬鹿。命知らず。」
「ひどいや。」
だからその苛立ちの責任は、代わりに他ならぬ当人にぶつけよう。というか彼だって、好き好んでこんなものを使うから悪いのだ。
情けない兄貴分は、苦笑することしかできなかった。
その硬質さの奥から、とくん、とくんと僅かな振動が伝わる。
「生きてる………うん、ちゃんと生きてる。」
「――大丈夫、大丈夫。どこにも行ったりしないから。安心して?」
それが自分たちにとってどれほど儚い言葉だと知っていても、セヅキは口にせずにはいられなかった。
置いていかれることの痛みは、よく知っている。
リンもセヅキも、何度も何度も、戦いの中で肩を並べた人たちを見送ってきたのだから。
しゅるっと伸びた指は、腹に巻かれた包帯にも触れる。少し湿った感覚がするその白色の下には、すでに焼き塞がれ備え付けの組織賦活剤で応急処置された傷跡があった。
痛みはない。コアリンク時の激痛と比べれば、欠損すら微風に等しいから。
「お腹は大丈夫なの?思いっきり風穴開いてたじゃん。見ててびっくりしたよ、ほんとに怖かったんだからね。」
「ごめんごめん、でも致命傷ではないしね。この程度じゃべつに戦闘能力は下がらないさ、よくあることだし。」
そういうことじゃないよ。
……そういいたいけれど。でも、気を遣わせてしまうだけか。だから、頑張って吞み込んだ。
この人が自分を気遣って負傷を避けるなんて、ありえない話だろうから。
「そっちこそ大丈夫だった?色々任せちゃったでしょ。」
「…うん。でもちょっと疲れちゃったかも。いろいろ張り切りすぎたかな。」
「そっか。そうだよね。お疲れ様。」
セヅキも、彼女の背にそろりと手を伸ばした。
その柔らかな背中に触れる。自分の命の熱を捧げるように。黒いぴっちりしたインナーが、指先に吸い付く。
きゅうっと、その華奢な身体が抱き締められた。
強く強く、だけど宝石に触れるよりもなお柔らかく。
「……ね。あたし、あなたの役に立てたかな?」
「何言ってるの、むしろ私がお礼を言う側でしょ?…いつもありがとうね。無力な私に付き合ってくれて。」
とん。
とん。
とん。
とん。
ゆっくり、ゆっくりと、落ち着かせるように背が叩かれる。
「いーち……にーい……さーん……しー……」
抜けるように優しい囁きがリンの耳をくすぐる。
褥で絵本を読むような、暖かな体温と声。
「ふふっ…くすぐったいよぉ……」
それが彼女を再びの微睡に堕としてしまうまで、さほどの時間はかからなかった。
「やー、相変わらず仲良しさんですねー、あははっ!」
不意に、二人しかいない空間に明るい少女の声が響く。
どこか電子的な音色を含んだその声に、セヅキは抱き締め合ったまま返答を返した。
「空気を読んでくれたことには感謝するよ、"ミスカ"。というかいつの間に通信復旧したの?」
「15分と32秒55前ですね。ここまで離れると霧の効果も途切れるみたいですし。ようやく繋がったと思ったらなんか二人揃って重苦しい空気を出してるんですもの、びっくりしちゃいました。」
「ふふ、順調に君の情操教育が進んでいるようでなによりだね。どうせなら少女漫画でも読んでみたら?」
「人間どころか機械人未満のただのプログラムにはあんなオトナ向けのコンテンツはまだ早いのですよー。」
「いやちゃんと読んでるじゃん。」
苦笑を滲ませて、モニターを見やる。
そこには薄青い波形が球状に集合したような、球体のホログラムが輝いていた。
それがぐにょぐにょと蠢き、集約し、パーツを成して。
気づけばそれは、水色のストレートヘアーを伸ばした、パイロットスーツのようなラインの浮き出る格好をした女の子へと早替わりしていた。
どこで学んできたのやら、ビシッと敬礼を決めて女の子は言う。
「改めまして任務達成お疲れ様でした、セヅキさん。このM.I.S.K.A、無人島の出現原因解明と首謀者の捕縛および討滅を確かに確認しました。本部のデータベース登録と連盟への引き渡し、報告等はお任せください。」
「うん、ありがとうね。天櫻まではあとどれぐらい?」
「だいたい1時間弱ってところでしょうか。最近無人武装機の高速操縦で鍛えてるので、もうちょっと飛ばせますよ?」
「んー……いや、大丈夫かな。せっかくだししばらくはゆっくりするよ。」
全機構情報自動統括管理システム。開発ネーム『ミスカ』。
彼女は本部のメインコンピュータを本拠とする電子幽体型演算システム――つまるところ、幽霊っぽいAIだ。
本部、支部、その他の施設の間を行き来し、コンピュータや全員の端末に流れる情報を一手に管理・防衛する、シュテレーラの情報部門の要である。
本来は無機的な電算プログラムでありながら、少女の精神構造を忠実に模した思考回路上に人間と同じ情操教育を施した彼女は、ともすれば人間より人間らしい。
今も飛び続けるこの無人飛行艇もまた、彼女の自律型分節システムによって制御されていた。完全無人式のフライバイワイヤも、彼女のオートパイロットによる賜物なのだ。
「本部の方はどうだろう?何か言ってきてる?」
「現状は落ち着いてます。新たな神秘災害の情報はありませんし、立て続けに出動する必要はないとのことでした。」
その言葉にホッとする。
想定外の強敵に二人ともかなり消耗していた。回復するにしてもカーゴ内の仮眠ではやはり限界がある。
少しばかりは、身体を休めるべきだろう。
「通信オフ。運行は引き続きサイレントクルーズモード。着いたら連絡してくれるかい?」
「了解です。それではっ。」
モニターの電源が消え、再び静寂が訪れる。
微かに開いたクリームホワイトのブラインドの隙間からは、藍色に染まり始めた空と朝日に照らされた大海原が覗いていた。
ブラインドを閉め、心地よい体温を心臓のそばに感じながら、目を閉じる。
瞼を伏せて共に眠る彼らは、しかし決してその身体が示すような大人ではなく。
今は深海のようなひと時の安らぎに身を委ねる、ただの幼子であった。