燐京の旧き郷
峻厳な山から心地よく吹き下ろす風に桜が舞い散る、淡春色の街並み。
この街には民家に加え、白磁鋼と硬質セラミックで編み上げられたモダンな高層建築と、それすら優に上回るスケールの巨大壮麗な木造のビルが立ち並び、現代と古風が無秩序に入り混じる。
俗に街全体が、『旧文明の天守』とさえ言われるほど、ここでは木造の巨大ビルが多いのだ。
その間を色とりどりの草花や大樹が埋め、文明と自然が互いに相剋し、あるいは協奏していた。
道ゆく人もまた、この国でしか見ないであろう伝統的なゆったりした民族装束を現代風にカジュアルアレンジし、風に髪をたなびかせ笑い合う。
街の名を、『
此処は、風と桜に祝福されし国――『天櫻王国』の首都である。
その街の一角。大通りからは少し外れ、海に面した郊外にて。
艶やかな色合いの木材を噛み合わせ、まるで現代アートのように螺旋と直線を組み合わせた複雑な造形の超高層木造建築が建っていた。
飴色と漆色。
それらの木材が階段型や螺旋型に曲がりくねり、それをパズルのように互い違いに合わせてできた建物。その骨組みの中は、全面ハーフミラータイプのガラス張り。
その形は遠目で見れば、木とガラスで出来た500mを超える超巨大な逆向きの四角錐といったところ。なんとも奇怪な建物であった。
もっとも、こういった複雑な造形のオフィスビルはこの街では珍しいものでもない。道ゆく人が見ても、少し数奇な大企業の拠点ビルかな、と思うくらいだ。
――だから、街の住人に扮した密偵たちが出入りしても。
――厳重に密閉された、謎の遺物が運び込まれたとしても。
案外と、気付かれないものなのだ。
「……ん?あ、メーレね。ってことは帰ってきたのかしら。」
空に飛行機雲がかかる。
海面に沿うようにゆっくりと高度を下げながら飛来するその機影を見て、その高層建築物
――シュテレーラの本拠ビルで、パソコンを叩いていた女がつぶやいた。
――ヒイイィィィーーンン、と澄んだ音を立て、翼が薄い雲を引く。
その蒼いラインで彩られた飛行艇『メーレ』は、航空システムの指示に忠実に従い、海岸沿いの岩壁に開けられた洞窟へ、するりと滑り込んだ。
岸壁にこじ開けられ、結界で偽装された洞窟型の発着ポートに入り込んだ飛行艇。そこから、二人の若者が姿を現す。
今回の任務を終えた彼らは、すぐさまそこにいた保守要員の一人に挨拶をした。
「おかえり、二人とも。無事なようで何よりだ。」
「ただいま、ティラさん!」
「ただいま戻りました。」
腹を吹き飛ばされるちょっとした大怪我はあれどまだまだ元気な二人に、ティラと呼ばれた整備士は満足げに頷く。
「話は聞いてるぞ。主犯は中の貨物室だろう?船の整備と主犯の拘束は俺たちでやっておくから、お前たちは本部で休憩しておけ。」
「そうだぞ、今回の相手も強敵だったそうじゃないか!親方も心配してたぜ。とりあえず今は休め、またいつ何が起きるかわかんねえしな。」
「違いない!」
「へへん、今回も大活躍だったよ!」
整備士たちから口々に投げられる賞賛混じりの労いにふふん、とドヤ顔のリン。
「いつもありがとうございます。管理システムのロックキーは開けてますので、メーレの整備はお任せしますね。」
「ああ、主犯の方は地下の拘置室でいいんだな?」
「ええ、鎮静剤は打ってあります。『連盟』に引き渡すので、傷はつけないでください。」
「あいよ、わかった。」
機体の維持管理をセヅキが引き継げばここで作業は終わりだ。
「……それと、万が一暴れ出したら私を呼んでください、『静かにさせます』ので。最悪何かしら企んでいたら、切り捨ててもらって結構です。」
「相変わらず
超絶物騒なことをいうセヅキに、メーレの扉に手をかけていたティラが苦笑する。
発着ポートから出ようとする二人に、彼が追い気味に声をかけた。
「ああそうそう、ついこないだボスが帰ってきてたぞ。お前らが居なくて残念そうだったし、顔見せて安心させてやれ。」
「えっ?うそ?」
「ん?」
ボス。シュテレーラの現トップ。
単騎で難題に当たっていたはずの上司の帰還に、思わず目を見合わせた二人だった。
この燐京郊外の海辺一体はシュテレーラのフロントビルがいくつも仕込まれている。人目につかず施設にメンバーが出入りするためのアクセスポイントだったり、機密的な作業・訓練を行うための拠点だったりと、複数の施設を擁しておくメリットは結構大きいのだ。
例えば発着ポートへのアクセスは、それっぽく偽装された少し小さめのオフィスビル。そこのエレベーターに特定の番号を打ち込むことで到達できる、秘匿された地下通路から発着ポートに出られる。
当然街に戻る時もここを使う。
最新式の制動エレベーターがチャイムをりんと鳴らし、中にいた二人を吐き出した。
――扉を開けば、馴染んだ燐京の姿があった。
賽の目式に敷かれた道路は最新式の四輪車やフロートカーが行き交い、外国でも見られるセラミックビルやこの国特有の巨大な木造摩天楼が立ち並ぶ。もちろん古来から用いられる瓦葺きの小さな建物も数多い。
その上を飛ぶ形で個人所有であろう小型機やドローンがすり抜けていく。
他にはこれまた木組みの小屋や小舟が丸ごと、当たり前のように空を飛んでいるという摩訶不思議な光景も見られた。『
――だが何よりも目につくのは、少し遠方に見える、とんでもなく荘厳な桜。
まさしく天を衝かんばかりの大樹が山脈に丸ごと根付き、満開の桜を花開かせ天を覆っていた。一体何千メートルあるというのか、雲を易々とぶち抜く巨大さがもたらす存在感は、もはや生物のそれではない。
そう遠くない向こうに見えるは、暖かめの白漆喰に彩られた巨大な城郭。
古代さながらの瓦葺の木造建築でありながら、恐ろしく頑強な城壁。決して華美さだけでは無い、防衛戦のために機能化された、漆喰塗りの城という名の長壁が鎮座していた。
空を淡赤に染める大樹の桜を、その天守で囲うように作られた城は、桜に寄り添い守ろうとする砦のように見えた。
総じて――カオス。
おそらく、外国の人間が事前情報なしに踏み入れば情報量の洪水に目を回すだろう。
しかし、ここは二人が何年も住み慣れた故郷である。
自分の庭のように道ゆく人をすり抜けていく。
「やー、帰ってきたね!もうすっかり1日まわって朝になっちゃった。」
「せっかくだし何か買って帰ろうか?任務中何も食べてなかったし、お腹すいたんじゃない?」
「お、いいね!」
財布を渡すや否や、リンはそばのファストフード店へ駆け込んでしまった。
『すみません!チキンバーガーとマグロステーキバーガーひとつずつで!』
「――ふふ、私別に食べなくてもいいんだけどなぁ。」
ちゃっかり自分の分まで頼んでくれる妹分に頬を緩めつつ、セヅキは山に根付く天櫻のシンボル――『
(今回も、無事に帰ってこられたか。)
そう心中で独り言ちて、身体を緩めるように息を吐いた。
いつも読んでくださる方々に、感謝申し上げます。
今話より第一章が始まり、物語が本格的に始まりますので、お楽しみいただければ幸いです。